第20話
朝の8時からさらに1時間くらい歩いただろうか。寒さはまだあるし、髪も乾かない中歩いていたが、突然目の前に東屋が現れた。
「へぇ……こんな山の中に東屋か」
本能寺先輩が思わず漏らすと、俺も言った。
「ここまで建築資材を持ってくるのだけでも大変ですけど、よく作りましたよね。こんな場所」
「なんだ? 休憩か?」
三蔵も話に加わると、東屋があるということが後ろのほうへと伝わっていく。
「そう言えば、3時からだから……もう6時間も歩いているのか」
「流石に少し休みたいですね」
「ちょっとお腹へったー!」
「確かに言われてみれば腹は空いたな」
智里先輩、宇佐美さん、柊、閂先輩の反応がひと通り聞こえると、先頭にいる助教が音頭を取った。
「よし! ここでひと休みするぞ! みんな、弁当を持ってきてるな? 食べよう!」
おお……やっと弁当の時間か! なんだかその言葉に少しだけほっとする。やっぱり歩きっぱなしってだけでもきついが、滝行もあったからだろうか。今は空腹を通り越した何かだが、食べることでまた体力が復活するかもしれない。
東屋に到着すると、テーブルがいい感じにあった。椅子はないが、あったとしても8人全員が座れるという根拠はなかったし、仕方ないだろう。歩きっぱなしで椅子があったら座りたいところではあるけども、変に休むとそのままもう歩きたくなくなってしまうかもしれない。まだ山頂にもたどり着いていないというのに。
雨は止んだとは言え、髪は濡れたままで冷え切っている。弁当はあるがこれも冷たいんだよなぁ……。体の温まる何かが欲しいところだが。俺はふとつぶやいた。
「自動販売機って、すげぇんだな……」
突然の脈絡のない言葉に、一瞬一同沈黙する。が、意味がわかったらしい1年メンバーが盛り上がり始めた。
「……言われてみれば、自販機っていつでも『あったか〜い』が備わっているな……」
「確かに! さすがにこんな山の中に自販機なんかあっても逆にゴミが出るし迷惑だけど、電車通学のときとかにあると寒い日は助かるよね」
「いつでも温かいものを供給されているってことは、すごいことなんだね」
俺たち1年の言葉を聞きながら、3ぼーず先輩たちがアドバイスする。
「それはそうと、君たちは濡れた髪を拭いたほうがいいだろう」
「ま、俺たちは坊主だから楽だけどな」
「仏門女子はともかく、髪の毛あるやつはタオルでもう一度水分吸ったほうがいいぞ?」
自分のことにしか気が行ってなかったからあまり気づかなかったけど、3ぼーず先輩と三蔵は坊主だ。よく考えたら滝行してもさっと拭いて帽子を被ればあまり頭を冷やすということがなかったのだろうか? むしろ髪の毛のある俺や宇佐美さん、柊のほうが風邪を引く可能性があるってことか。心配をかけられたことに気づいた俺は、お礼を言ってから念の為リュックから多めに持ってきたタオルで髪を拭く。
「あっ、タオル頭に巻いておく? 帽子の下にタオルを重ねるだけでも少しマシになるかも! うさみん長いから大変じゃない?」
「とりあえず髪はまとめて帽子の中に入れておくようにするよ」
俺や柊はそんなに長い髪ではないけども、宇佐美さんは長めだから大変そうだ。
「三蔵は坊主だけど、寒くはないのか?」
「髪がない分直に冷えるから寒いことは変わらん」
「だよな。三蔵も3ぼーず先輩も帽子の下にタオル被ったほうがいいと思いますよ?」
「お、1年ナイスアドバイスさんきゅーな!」
閂先輩にお礼を言われる。俺たちは全員タオルを取り出し、髪や頭を拭く。そして更に新しいタオルを頭に巻いてからもう一度帽子を被り直した。漁火助教はその間に、ゴソゴソとリュックから何かを取り出している。……なんだろう? 見ていると、昨日登山グッズ専門店で見かけたものが出てきた。
「それは……」
「まぁ見ていなさい」
助教はバーナーを取り出すと、カップと水筒を用意する。それで何をするかというと、湯沸かしだ。俺たちは少しでも暖を取りたくて、漁火助教とバーナーを囲むように立つ。湯が沸くまでゆっくりと雑談だ。
「助教、湯を沸かしてどうするんですか?」
「っていうかこんな準備していたなんて……さすが教師だね!」
三蔵と柊のテンションが少し上がっていることに気がつく俺。寒い場所に灯りがあるだけでこんなにも人の気分って変わるものなんだな……。
「火のゆらめきって、なんだかいいね」
「う、宇佐美さん、立ったまま眠っちゃダメだからな!?」
「あ、大丈夫だから!」
一瞬凍死寸前の状況かと思って慌てたが、宇佐美さんは否定した。ただのロマンチック発言だったか。状況が状況だけに、ロマンチックも何もない。
湯がぐつぐつと沸騰するのを待ちつつ、助教は3ぼーず先輩たちと協力して、カップにティーパックを入れる。
「ゴミは当然持ち帰るように」
「もちろんだって、じょきょー」
「これ、アールグレイか?」
「だな。総、メガネ少し曇ってるぞ」
なんだかんだわいわいと過ごしているうちにお湯の準備が整うと、助教がカップに注いでいく。俺たちは各々カップを受け取るとその温かさをてのひら全体で受け止める。
「あ……あったけぇ……」
思わず漏らすと、柊も同調した。
「こんなにお湯のありがたみを痛感したことはないよ……」
「私たちはなんだかんだ言って、贅沢な生活をしていたんだな……」
「体が冷えすぎて、この温かみも痛いくらいだけど、ありがたいね……!」
三蔵や宇佐美さんも思わず零す。温かみですら痛いくらいに、俺たちの体は冷え切っていたらしい。
「……あちっ」
「なんだ、総。猫舌か?」
「猫舌も何もないだろう。あまりにも寒かったんだ」
「まぁなー!」
仲が悪いと閂先輩に言われていた智里先輩と本能寺先輩。智里先輩が弁明したら、閂先輩が笑った。3ぼーず先輩たちって、結構チームワークもいいし、仲も実際は悪くないよな。俺は先輩たちを見ながら茶をすする。……確かに熱い。でも、冷たい体を芯から温めてくれるようでーー少し心地いい。
「こうやってゴミ拾いや滝行のあとに山の中で一息入れることは、最高の贅沢だと思わんかね?」
漁火助教は相変わらず呑気だ。器がでかいとも言えるけども、あれだけ大変な思いをしたあとの一服だ。最高じゃないわけがないだろう。
「さ、皆の衆。ランチタイムにするぞ!」




