第18話
確かに滝だ。しかも山なのに、かなり大きい……。っていうか、この大量に落ちている水の中に入っていくんだな……。
「頑張らないと!」
横一列に並ぶと、宇佐美さんの声が聞こえた。頑張ると言うか、もう本当に根性論とかそういう感じになってくる気もしなくはないが……。
「滝行なんて、こんな機会がなかったらしないからな」
閂先輩も言っている。なんというか、もうここまで来たらやるしかない。
「ところで助教。どこで着替えるんですか?」
三蔵がたずねる。俺は辺りを見回した。着替えられるような草むらとかはないし、もちろん滝行のための小屋もない、本当に山の中腹だ。どうする気だろう、助教は。
「こんなこともあろうかと、簡易テントを持ってきているぞ。杭を打たずに手軽に立てられるやつだ」
え、そんな重いもの持ってここまで登ってきていたのか、助教は! 俺たちは自分の荷物だけで精一杯というのに、とんでもない人だ。助教はリュックからテントを出し、割と平坦な場所に設置する。あとは順番に中に入って着替えればいい。
「ちなみに我は水着を服の下に着てきているので気にするでない」
「じゃあ、俺らは順番どうするか?」
「この並び順でいいんじゃない?」
柊が言うと、本能寺先輩が首を振った。
「俺たちは男だからその場で着替えても……」
「いえ、私たちが気にしますので」
三蔵がクールに返す。それもそうか。この並びの順番が一番いいな。助教の立ち位置にテントもあるわけだし。
「着替えたら滝に入るように! 我は先に行って待っている!」
話している間にいつの間にか助教は長袖短パンの水着に着替えていた。本能寺先輩がテントの中に入るが、俺たちの視線は助教にあった。助教は、軽く自身の体に水をかけて慣らすと、ザブザブと水の中に入っていく。
「寒くないかな……?」
「寒いだろう、僕らも入るんだぞ」
宇佐美さんと智里先輩が話しているのが聞こえる。ゆっくりと水の中を進んで、滝のふもとに着くと、さっそく水をかぶる。
「重くないのか……?」
「絶対水圧パないぞ、あれ」
三蔵の言葉に俺は反応した。滝に打たれたことはないが、これから打たれるのか……。寺の坐禅で活を入れられるのとわけが違うだろう。
「修験者って、普段こんなことしてるの?」
「いやぁ……」
柊の問いかけに閂先輩が濁した。聖職者でもさすがに最近はここまでの苦行はしないのか。というか、ゴミ拾いは徳を積むとか善行を行うという意味でわかるのだが、この滝行って善行か? ただの苦行のような気もしなくはないが……いや、考えちゃいけない。やるからにはやる。そうこうしているうちに、本能寺先輩が着替え終わった。
「寒っ……! 先に滝に打たれてるからな!」
ヤケクソ気味に言うと、助教のいる方向へ行く本能寺先輩。
俺が着替える番になり、テントの中へと入る。扉のファスナーを上げると、服を脱ぐのだが……寒気が肌に当たるだけで寒い。現実世界は春だが、この山は冬山……。雪こそは降っていないが、気温は一桁くらいだと思われる。そんな大自然の中で水着に着替える、俺。これがせめて夏だったらよかったのだが。ガタガタ震えながらの着替えだから、水着に着替えるのも手間取る。これも何かの精神鍛錬だと思ってやるのだが、半端な覚悟じゃできないな。
「三蔵、開いた」
「1年で一番に滝に行くのは君だな」
「三蔵、待ってるぞ」
「わかっている」
言葉を交わすと、さっそく助教と本能寺先輩のいる場所へ行こうとする。まずは水慣れからだ。水に手を差し込むと、冷たいとかそういうレベルではなく、即凍りそうだ。この水を根性で足から順に体に浴びせる。
「……っ!」
思わず声が出そうになるほど冷たい。いや、冷たいというか、それを通り越して痛い。でも、水慣れしているうちに、だんだんと痛さは和らぐ。ただ……寒いのは変わらない。だが覚悟は決まった。行こう。水の中に足を入れると、腰まで一気に浸かる。……よし。
奥歯をガタガタ言わせながら、滝壺の中を歩く。水しぶきがすごくて、助教や本能寺先輩の姿がわかりづらいが……いた。距離はそんなに遠くないが、近づくに連れ水の迫力に圧倒される。漁火助教と本能寺先輩は、滝の中で手を合わせている。
俺もっ……! と思うが、なにこれ、滝、重っ!!
「いいいだい痛い……」
思わず声が出るが、助教と先輩はそんな中で直立不動だからすごいというか、とんでもない。しかし、女性の教職員と先輩がやっているのだから、できないことはないということだ。最早根性論だが、俺も滝に打たれながら手を合わせてみる。こ、これも多分一生に一度するかしないかの経験だ! 正直他人を気にしている場合ではなく、自分のことでいっぱいいっぱい。他のメンバーが滝に入ったかとかわからない状況だ。だけども、滝の中に入っていると不思議な気持ちになった。確かにめちゃくちゃ寒いし、水圧は重いどころの騒ぎではない。でもーー他のことが考えられなくなるということは、ある意味邪念が消されているということなのかもしれない。これはこれで、ある意味新境地だ。
ーーどのくらいの時間が経ったのだろう? 俺の肩を叩く人間がいた。漁火助教だ。
「そろそろ上がりなさい」
そう言われてようやく滝から出ると、すでに三蔵から後ろにいたメンバーは着替えを終えていた。本当に精神的な修行だったんだな……。そんなことを思いながら水から上がると、外のほうが寒いことに気づく。ともかくすぐにテントに入り、タオルで体を拭くと、すぐに服に着替える。もう体が冷えすぎて肌の感覚はないのだが、その分服の温かさを感じるような気がする。歯はずっとガチガチなりっぱなしだ。体も震えている。俺は、俺たちはとんでもない体験をしたんだーー。
テントから出ると、他のメンバーも震えていた。
「焚き火とかしたい……」
「ダメだよ、火気厳禁だもん」
「しばらくは我慢だ。また動けば暖かくなる」
柊がぼそっというのを宇佐美さんと智里先輩がたしなめる。でも気持ちは痛いほどわかる。
「なんだか……すごかったな」
「ああ……」
凍える三蔵も俺と同じ意見らしい。俺は聖職者志望ではないが、なんというか、言葉にはできない大自然の脅威を体験したというか……ともかくなんとも形容できない体験を、俺たちは自然にさせてもらったんだと思う。
「貴重な経験だった」
「俺はさすがに一回でいい……」
ガタガタ震えているうちに、本能寺先輩と漁火助教も上がって順番に着替えをする。この待っている間も、寒さと戦う修行のようなものだった。




