第15話
漁火助教に案内され、寮に到着すると、まずは各部屋に荷物を置きに行く。寮は男子寮と女子寮に分かれているが、キッチンや食堂は共用らしい。今日泊まる部屋は、受験のときに泊まったビジネスホテルのような感じだった。ポットがあるくらいで、部屋はベッドくらい。キッチンは共用らしい。まぁ、俺は自炊しようと思ったので部屋は借りたが……ある意味寮でも悪くなかったかもな。でも、てっきり奨学金生とかが借りるものだと思っていたが、部屋がいくつも空いているということは、意外と借りる人はいないのだろうか? まぁ、金銭的に余裕があったら、寮よりもひとり暮らしするほうが気楽っちゃ気楽だもんな。
「じゃあ我は研究室に戻る。あとは明日の準備をするように。ただ、お主らは停学中だ。羽目は外すんじゃないぞ」
漁火助教はそう言うと、研究室に戻って行った。
部屋に荷物を置くと、1階の共用キッチンへ向かう。大学は午後の授業中だ。さすがに新学期入ってばかり。授業をサボる学生はいないのか、寮には俺たちくらいしかいない。
「さて、どうするか」
集まると、先ほど買ったおにぎりの材料を机の上に置く。寮のキッチンはいくつかの炊飯器とコンロがある。
「とりあえず、ご飯を炊かないとだね」
三蔵が仕切ると、柊が米の封を切る。
「お米を研ぐザルは……」
「ここにある」
宇佐美さんがキッチン用具を探しているところ、俺は「ざる・ボウル」とラベルが貼ってある棚からざるを取り出した。
「何合くらい炊く? 3ぼーず先輩たちは、ボクたちとは別にお弁当持ってくるんでしょ?」
「そうだな、先輩方ばご自身で持ってくるだろうから、とりあえず私たちの分だけでいいだろうか」
「じゃあ5人ですし、5合でいいのでは? 計量カップは……」
「こっちだ」
俺は計量カップを取り出すと、柊に渡した。柊が米の分量を測り、ざるに入れると、流れ作業のように三蔵が米を研ぎ出す。
「俺たちは卵焼きと浅漬けの準備をしようか」
「私がきゅうりを切るね」
包丁を取り出して、洗ったきゅうりを刻み始める宇佐美さん。俺が卵焼き担当か。とりあえず、ぼうるに卵を5個ほど割り入れて、溶き始める。フライパンは……。
「ほい、くろっち。これでいいかな? 四角いのじゃないから、頑張って」
「お、普通のフライパンで卵焼きか……難易度高いな」
「黒巣の腕が試されるな」
「浅漬け作りと代わる?」
「いや、大丈夫」
なんだかんだで調理実習みたいだな。米の計量が終わった柊が、宇佐美さんと一緒にきゅうりを刻む。三蔵は5合の米研ぎだ。俺はフライパンにキッチンに置かれていたサラダ油を敷くと、卵液を入れる。うまくできればいいんだがな……。薄く卵液をフライパンに広げ、フライ返しで少しずつ巻いて行く。
「ほっ」
「案外うまいじゃないか」
米を研いでいる三蔵が、横から口を出す。それを聞いていた柊と宇佐美さんも、俺に目をやる。
「へぇ、くろっちって料理できるんだ」
「簡単なのくらいだけどな」
「すごいね。私、お料理ってあまり上手にできないから……」
わいわい騒ぎながらの弁当作りは悪くない。ひとり暮らしが始まってから、メシは作ってはいたけども、ひとりで作っていたから新鮮だ。こうやって、ゼミのメンバーと料理するっていう経験も、高校の時の調理実習以来だな。って、卒業してからそんなには経っていないけど、受験期間があったから久々だ。
宇佐美さんと柊がタッパーにきゅうりを入れ、塩で揉む。昨日作ったキャベツの塩揉みと同じ原理だ。その間、三蔵は炊飯準備が完了だ。早炊きスイッチを押すと、あとは待つだけ。
俺はというと、そこそこうまく卵焼きを作っていっていた。四角いフライパンを使っているわけではないので多少は不格好であるけども、許容範囲内だろう。
炊飯している間、梅干しと塩昆布と海苔の準備だ。作業が終わった三蔵が、海苔をキッチンバサミで切り始める。
「どのくらいの大きさにするか?」
「適当でいいんじゃないかな?」
「海苔は別で持って行く? 巻いていく? パリパリ派の人ー!」
柊がたずねると、海苔は別派と巻いていく派で見事に分かれた。
「半々だな」
「じゃあ、パリパリ派用の海苔はアルミ箔に包んでおこう?」
宇佐美さんが引き出しからホイルを取り出す。
そうこうしているうちに、卵焼きも完成だ。あとは冷まして、弁当箱に入れるだけだ。
「弁当箱ってどれだ?」
「あ、買ってないな」
「まじか!?」
三蔵の言葉に俺はオーバーとも言えるリアクションをする。っていうか、あれだけ登山用具! とか弁当! とか言っておいて、弁当箱を忘れるとかいう失態かよ……っ!
「どうする? 今からスーパーで買ってこようか?」
宇佐美さんの申し出だが、二度手間だ。
「おかずはアルミ箔で包んでいけばいいんじゃない? 浅漬けだって、水気を取ればホイルで十分だよ。おにぎりも!」
「それもそうだな。そもそもおにぎりを作るということが念頭にあったから、弁当箱を忘れたんだろう。おにぎりもラップで包んでいけば事足りるからな」
案外失敗もうまくカバーしているな、俺たち。少し我ながら感心しながら、米が炊けるのを待つ。
「夕飯、どうする?」
柊が炊飯待ちの俺たちにたずねる。さっきから食べることしか考えていない気もするけど、夕飯のこともあるのか。
「学食でいいと思うよ。学内だから」
宇佐美さんの意見に、三蔵も同調する。
「そうだな、これからスーパーでまた買い出しというのも大変だ。学食は夜も開いていたか?」
「うちの大学は夜学があるから、多分開いていると思うぞ」
夜間学生のために学食を開けておいてくれるというのもありがたい話だが、確か午後6時までだっけ? スマホで確認していた柊が、俺の言葉に添える。
「今夜は早めに食べたほうがいいかもね。なにせ明日は3時に集合だし」
「寝るのも早い時間になるね」
「寝付けるだろうか……」
3人が話している間、俺は共用キッチン内の中を見渡す。ちらりとお茶コーナーがあるのが目についた。何気なく近づいて、カップを取り出し、横にあったお茶セットからティーパックを選ぶ。
「茶があるぞ? お湯を沸かすか」
「お湯なら浄水器から出せるみたいだよ!」
結構色々設備が整っているんだな、この寮は。俺がカップにお湯を入れると、3人も続いた。茶でも飲みながらまったり雑談し始めようかと思ったときに、米が炊ける。
「まぁ、米が冷めるまで待つからちょうどいいだろう」
三蔵がしゃもじで米をぼうるに入れ替える。冷めないと熱すぎて確かに握れないからな。ひと作業終わったので、椅子に座って茶をすする。なんだか今日は忙しなかったから、こういった息抜きも大切だ。
「明日、とりあえず各自研究室集合でいいのか?」
「真夜中の学校ってちょっと怖いな……」
宇佐美さんがごく普通のリアクションをする。俺だってそうだ。少し怖い。
「じゃあ、キッチンに集合する?」
「みんなでまとまって行ったほうがいいだろう。そうしよう」
怖さを微塵も見せなさそうな柊と三蔵がさらっと助け舟を出してくれた。男だろうが女だろうが、不気味なものは不気味だ。夜の人気のない学校は少し怖いことには変わりない。屈強な、自分の強さに自信があるやつは怖くないのだろうか? こういうのって。
「少し鍛えるかな……」
俺がつぶやくと、柊が笑った。
「明日嫌でも鍛えられるじゃん!」
「柊の言う通りだ。明日は30km歩いて滝行だぞ」
「言われてみれば、お化けが怖いとかよりもそっちのほうが大変だよね……」
確かに。三蔵や宇佐美さんの言う通りだ。俺たちは明日、多分想像するに体力おばけであろう漁火助教と一緒に山登りだ。ついていけるだろうか?
「とりあえず、今夜はよく休むようにしよう」
「そうだね。あっ、そろそろおにぎり作ろうか?」
「いい感じに冷めてるんじゃん?」
ラップを取り出すと、各々おにぎりを作り始める。具は先ほど用意した梅干しと塩昆布だ。
「俵結び、普通の丸型、三角形……おにぎりと一口に言っても、多種多様だな」
三蔵がぼそりと言うと、柊が思いついたように口をつく。
「こういうのも社会学的に考えると、やっぱり風土とかあるのかね?」
「おにぎりの握り方はあまり考えたことはなかったけど……言われてみたらそうだね」
宇佐美さんも「むむっ」と言った感じで考え込む。大学ーー色々考えると、些細なことでも奥深いことがたくさんあるらしい。俺たちはまだ入学したての1年だ。これから最低4年間、しっかり学ばないといけないんだなーー。そんなことを俺は考えながら、おにぎりを握った。




