第13話
朝3時集合……。そう言い残すと、漁火助教は自分の研究室と思われる奥の部屋へと入っていってしまった。
「朝早いねぇ、電車始発出てないよ……」
「困りましたね。お母様になんて言えば……」
「そうか、ふたりは始発の問題があるのか。漁火助教も無理難題を言ったな。私たちに拒否権がないとわかっていながら……」
1年女子三人、困った表情を浮かべる。始発問題があるのか。かと言って、女子だから俺の部屋に泊まればなんて言えない。ここは三蔵の家に前泊させるしかないのか。
「三蔵、いきなりお泊り会じゃないか」
「だけど、私の部屋もまだ片付いてはいないし、客用の布団などはない」
「そう思って、この研究室を貸そうと思う」
「わっ!」
研究室に行ったと思った漁火助教が出てくる。その手には寝袋があった。
「寝袋……」
さすがの柊の顔も引きつる。前日は研究室で、寝袋で寝ろってか? とんでもない助教だな!?
「で、でも、そしたら荷物の用意ができないです!」
「お主らは今日このあと準備をするだろう? 講義は停学中で受けられないのだからな」
「そうだけどっ!」
宇佐美さんも柊も困った様子だが、漁火助教はどこ吹く風だ。
「男子たちは学校から近いのだろう?」
助教の質問に、俺はうなずいた。3ぼーずたちもだ。
「まぁ……」
「俺たちはこの大学の近くに住んでるからな」
「助教もご存知でしたか」
「そりゃあな。大学を囲むようにお主らの実家がある。土地柄知っている」
まぁこの辺の土地は神社仏閣という歴史的建造物があるからな。そこのご子息ってことか。でも、もしかしてこれって俺たち男よりも女子のほうがハードル高くなるんじゃないか? 山登りってだけなのに、寝袋で前泊って。
「ねぇ、三蔵サン。ボクとうさみんは合宿みたいな感じだけど、よかったら一緒に学校泊まらない? どうせひとり暮らしでしょ? ライバル同士なんだし、同じ土俵じゃないとフェアじゃないよ」
「だったら男子も同じ条件じゃないとな」
「え!?」
三蔵の言葉に、俺と3ぼーずが固まる。そ、そんな……。でも女子だけ寝袋で寝かせて、俺たちは家のふかふかなベッドや布団で寝るっていうのも確かに気は引けるけども……。
「確かに君の言う通りだな。女子だけ寝袋に寝かせて、自分たちは実家で休むのは紳士的ではない」
「だけどどうする? 寝袋なんてそんなに持ってないだろ? 漁火助教も」
「そもそも同じ部屋で寝るわけにはいかないしな」
参ったな。また新たな問題の発生だ。何かいい着地点があればいいのだけども。そんなことを考えているときだった。研究室をノックする音。俺がドアを開けると、そこにいたのは天利先輩と日向先輩だった。
「天利先輩っ!」
3ぼーずが声を合わせると、天利先輩は「やっ」と手を広げた。
「はぁ……こいつのレポートのお目付け役やってるけど、全然終わらなくってさ。でも、様子が気になるっていうから付き添いで来た」
「どう調子は」
日向先輩が頭をかくが、天利先輩は気にしていない様子だ。3ぼーずたちは天利先輩を見るやいなや、声を上げる。
「明日3時集合で山登りっす!」
「女子の泊まる場所がないです!」
「俺たちも同じ条件じゃないと紳士的ではない……っ!」
「まぁまぁ」
3ぼーず、今まで天利先輩が心配とか言ってたくせに、これじゃあ立場が逆じゃないか。これじゃ逆に天利先輩に甘えているみたいだぞ?
「日向、よくわからないけどいいアイデアある?」
「明日早いのに前泊する場所がないってことだろ? あそこはどうだ?」
「ああ、あそこ? 教授に連絡しないとダメじゃない?」
日向先輩と天利先輩にしかわからない会話だ。何、ふたりってそんなにツーカーな仲なのか? そんな様子を3ぼーず先輩たちがおどおどしながら見つめている。
「先輩、何か案があるんですか?」
三蔵が聞くと、天利先輩が答えた。
「いや、近くの寮がいくつか空いてるんじゃないかなって。事務方に聞かないとわからないかもだけど」
「おお、その手があったか」
「……ってか、漁火助教もそこに部屋持ってますよね?」
日向先輩が呆れたような顔をする。漁火助教は「すまん、すまん」と笑うが、そんなところがあるなら最初から言ってくれ。だが、普段漁火助教はその寮に戻るのすら億劫で、寝袋を使っているということか……。どれだけハードモードな仕事をしているんだよ。
「漁火助教、電話一本で寮の部屋借りれるでしょ? えーと……7人だから7部屋か」
「寮が借りられるなら、俺たちは帰りますよ」
天利先輩が数えると、3ぼーずが辞退する。だとしたら、俺や三蔵も近くに部屋があるから、実質宇佐美さんと柊のふたり分の部屋があれば十分だろう。
「天利くんが来てくれてよかったよ。ありがとう」
漁火助教が笑顔で天利先輩にお礼を言うと、天利先輩はよくわかっていないような感じではあったが照れくさそうに笑った。
「寮では食事も作れるからのう。もし弁当を作るようなら、キッチンを借りるといい」
「よかったな、柊、宇佐美」
「三蔵サンも来ればいいじゃん? どうせなら一緒にお弁当作るのはありだよ」
「それはいい考えです! 一緒にお料理!」
柊の案に宇佐美さんが乗ると、三蔵も少し嬉しそうだ。
「……漁火助教、私も寮の部屋を借りることはできるだろうか?」
「いいだろう。女子3人、親睦を深めるのも悪くない」
結局俺だけまた蚊帳の外だなぁ……。かといって、俺、男だし……。女子の輪の中に入るのもなんだかなぁ……と思っていると、宇佐美さんが首をかしげた。
「女子3人だけというのはおかしいです。私たちは4人で同じゼミのグループですから。黒巣くんも、一緒にお弁当作りしませんか?」
「えっ!?」
い、いいのか、そんなの……。まぁ、俺は男だし、寮を借りなくても自分の部屋があるから泊まらなくていいとして。だけど料理かぁ。一緒にすると言っても、さほどうまくはないからなぁ。
「1年に負けてられないんじゃない? 3ぼーず」
「うっ」
天利先輩がじとっと3人を見る。天利先輩はレポートで頑張っているけども、3ぼーずに関してはとばっちりみたいな感じはあるんだけどなぁ。だけども3人は前向きだった。
「ある意味、これは俺たちも料理を頑張るチャンスか……?」
「パンでいいかと思ったが、1年が料理をしているのに僕たちがしなかったら3年として情けないな」
「誰の家集まる?」
3ぼーず先輩たちは誰かの家に集まって料理するつもりらしい。天利先輩の一言でここまでまとまるなんてすごいな。それを言うなら俺にも声をかけてくれた宇佐美さんもすごいし、三蔵を何気なく誘った柊もすごい。
「はっはっは、いいことだ。では、とりあえず寮は女子部屋3つと男子部屋1つを借りよう。三蔵くんと黒巣くんも今日は寮に泊まるとよい」
「だけど問題は登山道具だ。リュックサックとか、トレッキングシューズとか……」
「お小遣いが……」
「ボクもだよ」
三蔵の言う通りだ。確かに俺も金はない。どうしたものだろうか。山登り道具って高いよな。金の工面か。新入生にいきなり高額な教材を買わせようとするのは、大学の悪いところだ。困っているのは俺たちだけではない。何より困っているのは3ぼーずたちだ。
「あの、助教。俺たちはある意味1年のお目付け役と聞いているんですけども」
智里先輩がおずおずと口を開く。そりゃあそうだ。目付けと言われて来たのに、いきなり登山用具を買い揃えろって言われても困るだろう。
「俺たちもそんなに金はないっすよ、じょきょー」
「ただでさえお布施から小遣い出てる身なんで……」
閂先輩も本能寺先輩も困った表情を浮かべる。まぁ確かにその通りだ。話を聞いていた日向先輩が、あごに手を当てて考える。
「漁火助教の研究費から出せないものですかね? なんか『特別研究費』みたいなのあったような」
「日向、よく知ってるね?」
天利先輩が日向先輩のほうを向くと、一瞬困ったような顔をした。
「まぁ……ちょっと聞いたことがあるって程度だから、詳しくはないけど」
「特別研究費か。すぐ出せるかもしれんな。事務に申請してみよう」
漁火助教はまた自分の研究室へ戻る。研究費としてお金が出るならば、俺たちも心配はない。
「よかったぁ……今月発売のゲームには支障がなさそう」
「それよりも、研究費用が出るとしたら、このあと買い出しに出ないと行けないということだな」
「お弁当の材料も買わないとです」
買い出しか。大学から少し離れているけど、ショッピングモールで揃うだろうか? あと、弁当の材料はスーパーに買いに行けばいいとして、問題は中身だ。
「弁当ねぇ……おにぎりがいいのではって話だったけど」
俺がつぶやくと、三蔵と柊も負けじと参戦する。
「漬物もほしいところだな」
「おにぎりの具はどうする?」
「柊さん、私もですけど親御さんに泊まりのこと言わないと!」
宇佐美さんが柊をフォローする。なんだかんだで、もしかして俺たちのゼミのグループってチームワークいいのか? 少しだけ、ゼミが楽しいという気持ちが生まれてくる。最初は停学の措置とのことだったけども、大学のゼミの勉強方法というものがわかったような気がしてきているし……。停学は停学ではあるんだけども。
「1年たちは買い物か。拳、総、そろそろ講義の時間だぞ」
「もうそんな時間か? 早いな」
「俺達は講義後に買い物へ行くとして……研究費は下りるのだろうか?」
講義の時間が迫り、3ぼーず先輩たちがそわそわしているところ、漁火助教が研究室から出てきた。
「喜びたまえ! 研究費が出たぞ!」
助教の言葉に全員色めき立つ。よかった、これで生活費を削る必要はなくなった。これは言ってくれた日向先輩に感謝だ。
ちょうどそのとき、チャイムが鳴った。




