#56 「こちらを覗き込む悪夢」
のるんは「ヘルヘイム」内でフカを探すために、校庭を出て市街地へと足を運ぶ。
以前起きた凪織のケースでは、「エゴ」が集る場所に、攫われた主が居た。その流れで言えば、「エゴ」がより多い場所へと移動すれば、何かしらの手がかりが得られるはずだと考えた。
前回同様、校舎内にも、校庭にも、校外も比較的「エゴ」の湧きは少ない様に見える。
月の輝きを加味して考えても、此処の何処かにフカが居るのは間違いないだろう。
(問題は何処に居るかだけど……前回は明らかに目立つ建物だったけど、そういうのは……)
辺りを見回し、それらしい建物を探すが、どうにも見つからない。
まさか、歩いて向かえる距離にないのだろうか。残念ながら、のるんに周囲を探知する能力は無い。
こうやって愚直に歩くしか手段がないのだが、どうしたものかと頭を抱える。
「ひとまずは精神力は最大限温存して……接敵も避けるのは大前提として……、宛もなく歩いても仕方ないよね……何か手がかりは……あ」
フカは、見た目の通り、メイド喫茶と水族館──特に鮫をこよなく愛している。
時折、メイド喫茶でサボっているのを生徒に見られ、教頭に叱られているのを見掛けるほどだ。
星失市には、メイド喫茶はないが、水族館ならある。市の外れにある星失水族館。
殆ど客も来ず、生き物の数は最低限だが、フカが仕事終わりに足を運んでいるという話は、風の噂程度だが、聞いたことがある。
「確か、学校から歩いて十分くらいだった筈……、情報も何も無いし、行ってみよ……」
スマホも機能停止しまう「ヘルヘイム」に備えて、ミニマップはいつも持ち歩いている。
方角を確認すると、どうやら水族館は自宅とは真逆の方向だった。
「ヘルヘイム」に居るだけで、体力を大幅に消耗してしまうので、のるんは足早に駆けていった。
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「ヘルヘイム」内──「アビス・アクアリウム」付近
目的地に辿り着くと、そこには想像していたものとは違うものが聳え立っていた。
明らかに悪趣味な黒を基調とした水族館に似た何か。あちこちが暗黒物質のような物が侵食しており、至るところから、紅い水が流れ続けている。歪に歪められた成れの果てに見える。
間違いなく、フカは此処に居るだろうと、のるんは確信した。
「深淵を覗く水族館……だから「アビス・アクアリウム」ね……でも、どうして……」
「ヘルヘイム」に攫われた人間は、その人間の願望や欲望に応じて、「エゴ」が巣食い、巣を作る。
凪織の場合は、囚われの姫として、城が生まれたが、今回のフカの立ち位置が今一つピンと来ない。
アビス・アクアリウムを眺めながら、痺れた足を休ませていると、巡回中の「エゴ」に出会したため、急いで近くの茂みに隠れる。
目を凝らしてみると、出入口付近を歩き回っているのは、水族館でよく見る、受付用の制服に身を包んでいる「エゴ」だ。人間の姿に限りなく近いが、顔は真っ黒に塗り潰されており、誰かまでは特定出来そうにない。
水族館が舞台なら、水棲生物を模した「エゴ」が多いのかと思ったが、そうでもないらしい。
「一先ず、猫鮫先生を探さなきゃ。中には……流石に正面突破は厳しいから……」
のるんは、正面口から横に逸れ、何処かに職員用の裏口や、隙を突けるような抜け道を探し始める。
歩いていると、通気口を発見する。服が汚れてしまうのは、この際、気にしている場合じゃない。
「戯装」で鉄格子を切り裂いて、のるんは華奢よりの身体を無理矢理ねじ込んで中へと入り込む。
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「ヘルヘイム」──「アビス・アクアリウム」内部
中は、外以上に混沌と化していた。あちこちの水槽が、ゴシックかつファンシーに飾られており、その水槽には凶暴な鮫や他の水棲生物を模した「エゴ」が悠々と泳ぎ回っている。
ただ、どの「エゴ」も顔は黒く塗り潰されており、姿形だけは精巧に作られているせいで、より不気味さが増してしまっている。
悪趣味な世界に、可愛さや恰好良さが混じっているせいで、より不快感の強い空間が生まれている。
なるべく、水槽内の「エゴ」の視界に入らないように、のるんは慎重に内部を散策する。
「普通のフロアには、人型の「エゴ」……水槽内には魚類や両生類、貝類の「エゴ」……、想像力豊かなのかなぁ……くわばらくわばら……」
ダークライトで照らされているクラゲも、よく見たら真っ黒に塗り潰されている上から、瞳だけが真っ赤に光り輝いている。
可愛くライトアップされた路を、慎重に進んでいると、「エゴ」達の話し声が聞こえてくる。
『今日はネコザメ様の機嫌が相当悪いが、何があったか知ってるか?』
『あぁ。多分発生源が中々しぶといからだろ。もう時期餌にされるのにな』
(ネコザメの発生源……もしかして、猫鮫先生の事!?)
聞き捨てならない会話を聞いてしまったのるんは、思わず物音を立ててしまった。
しまったと思った時には時既に遅し。盗み聞きしていた「エゴ」達が騒ぐ前に、始末せねばならない。
即座に「戯装」を展開し、こちらに向かってくる二匹目掛けて、双小剣を喉元へと振り翳した。
「なっ……やはり侵入者か……かひゅっ」
「ネコザメ様に知らせね……」
「そんな事させないよ。悪いけど、援軍なんて呼ばせないから」
急所を狙って放った一撃は、「エゴ」をたちまち霧散させる。
それなりに経験を積んできたのるんからすれば、闇討ちだって、不可能ではなかったらしい。
「戯装」を解除し、のるんは「エゴ」の多い方向に向かって、慎重に物陰に隠れながら進む。
「時間が無いみたいだけど、うーん。情報が少ないなぁ。どうしよ」
あちこちを散策するが、情報があまりにもない。近くにあった館内案内図を見るも、どうやら、地下三階から四階までの六階構造になっている。
館長室や、機関室、監視室などと、本来の水族館には無さそうなものも混ざっており、本当に判別がつかない。
フカの「エゴ」を探すのもそうだが、何処かに囚われているフカ本体が何処に居るのかを考えても、それらしい場所が見当たらない。
「ん〜〜……。情報を引き出すためにも、「エゴ」が集まってそうな場所で情報収集するしかないか」
闇雲に動いていても、情報が得られないなら、回り道をするしか無い。
その道中で、手がかりがあるのならば、急行すれば良い。
自分一人の判断で動けるのは、今回単独で動いているメリットではある。
ひとまずは、館長室に向かいながら、情報を収集することにした。
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「ヘルヘイム」──「アビス・アクアリウム」内、三階
館長室付近まで忍び寄ったのるんは、行く先々でフカ関連の話をあちこちから聞いていた。
どうやら、話を聞いていると、未だにフカは生きており、どうやら今晩にフカの「エゴ」に処刑されるらしい。
その為、今、フカの「エゴ」は処刑の舞台を作っているらしい。そして、フカは館長室に幽閉されているということまで掴んだ。
そうしてようやく館長室付近まで到達することが出来たのだ。きっと、この奥にフカが居る筈なのだ。
(でも、やたら情報をポロポロと話す「エゴ」が多くない……?口軽すぎる気がするんだけど)
扉を開く直前に、ふと考えてしまった。これは罠ではないのかと。
一人で心細い、戦力も心許ない。時間も猶予はない。焦りを覚える状況下で、情報が溢れている。
此処まで上手く行ってしまって良いのだろうか。そう思いながら、のるんは扉を開く。
中にフカが居ると信じて、開いた先には、普段よりも数段大きい鮫の尻尾を携えた、鮫とメイドの様子が普段の三割増に盛られたフカがこちらを見て仁王立ちしていた。
「ようやく来ましたのね。侵入者さん」
「……どうやら、貴方は先生の「エゴ」みたいだね」
やはりそうだった。此処までの情報は全部ブラフ。侵入していたことも全部分かった上で、此処に誘い込む為に、「エゴ」を使って、のるんをここまで誘導したらしい。
焦りと共に、心拍数が跳ね上がる。フカの「エゴ」を視界から外さずに、辺りを見回すも、フカは何処にも見当たらない。
「残念ですけれど、此処にお目当てのモノはありませんわ。そして、貴方には特等席で見て頂きたいんですの。やはり、お客様がいらっしゃった方が燃えますもの」
不気味な笑いを浮かべながら、フカの「エゴ」は指をパチンと鳴らす。
その刹那、のるんが立っていた場所の床が突然開き、のるんは奈落の底へと落とされてしまった。
普段のフカからは絶対に聞こえてこない笑い声が、上の方から聞こえてくるのを感じながら、のるんは重力に従って、下へ下へと落ちていく。
「さて、来賓も揃いましたし、始めましょうか。わたくしが、わたくしになる為に」




