#50 「共鳴する二つの崩壊」
未だに痛む脇腹を押さえながら、のるんは懸命に現状を打破する手段を考える。
凪織がなしろの近くにいる限り、なしろへの攻撃は全て凪織が無効化してしまう。
(ならどうすれば良い?凪織をなしろから引き剥がせば良いのは分かるんだけど……)
堅牢な守りを誇り、その場から一歩たりとも動かない凪織を動かすのは、至難の業だ。
それに、戦闘領域はそこまで広くはない。
下手にこちらが機動戦を仕掛けても、詠唱術で範囲外に飛ばされてしまえば、その時点で勝敗が決してしまう。
(漆原さんがなしろの攻撃を捌いてくれている内に、なんとか策を練らないと……)
自称じーにあすのヤタノも、なしろの攻撃を回避している間は、作戦を練ることは出来ない。
考える余裕があるのはのるんだけなのだ。何か無いかと、懸命に脳をフル回転させていると、ふと思い出した。
(そう言えば、ニュクスが詠唱術の説明をしている時に……)
去り際に、彼女が詠唱術の応用で、と言うことでボソリと呟いていた内容を思い出した。
二人の「戯装」使いが、特定の詠唱術を扱う事で、強力な効果を発揮するのだと。
気になったのるんは、この一週間の間で、生徒会室にて詠唱術の文献を一冊、読んでいた。
「共鳴詠唱術」と呼ばれるそれは、様々な組み合わせ、其の者達の相性によって、強力な詠唱術へと変貌すると書かれていた。
(使ったことはないけど、きっと漆原さんとなら出来る、かもしれない)
崩壊属性には、磁力を操作する物があることをのるんは把握している。
ヤタノが以前、詠唱術の練習をしていた時に、その手の詠唱術を使用していたのを見ていたのだ。
見ただけでその詠唱術が扱えるかは分からないが、ジリ貧になっている現状を打破するにはそれしか無い。
のるんの思考が現実に戻ってくると、ヤタノがバックステップでなしろの攻撃をなんとか回避し、のるんの近くへと戻ってきていた。
苦々しい顔で額の汗を拭っている辺り、ヤタノも攻めあぐねているらしい。
「くっ……、やっぱり弾丸が全部吸われるから、回避しか出来ないねぇ……」
「漆原さん、ちょっといい?」
のるんに対して、怪訝な表情をしながら、ヤタノは何も言わずに、耳だけをこちらに傾ける。
「強力な磁界を発生させる詠唱術、確か漆原さんは使えたよね?」
「一応使えるけど、ぼくが使った所で、コリが多少改善されるくらいだよ?」
作戦会議をしている間にも、なしろの巻き起こす旋風が、身体や服を切り裂いてくる。
なんとか寸での所で回避はするものの、全ては回避しきれない。反撃は全て凪織の聖盾が吸収する。
なしろは、こちらを見て勝ち誇ったような顔で、間髪入れずに詠唱術を使用している。
「作戦会議は事前にしておくことね。一方的展開なんてツマラナイじゃない?」
「何人たりとも、姫宮さんには攻撃を当てさせません!ボクが全て弾いてみせますから!」
ドヤ顔で尻尾を振り回している凪織の顔を見たのるんは、絶対にぶっ飛ばしてやると心に誓った。
凪織の繰り出した氷槍を回避し、ヤタノの近くに戻ると、のるんは簡潔にだけ言葉を紡ぐ。
「強力な磁界の中で、異なる極を生み出す詠唱術を使うってのはどう!?」
「はは〜ん、のるのる。お主も中々業が深い事を考えるねぇ。乗った!ぼくが姫っちに接近して使えば良いんだね!」
短い言葉で、こちらのしたいことを完全に理解する辺り、彼女は本当に「じーにあす」なのだろう。
首を縦に振ったのるんは、ヤタノから離れ、双小剣型の「戯装」を握り、凪織に急接近する。
どうせ攻撃を仕掛けるのだろうと思った凪織は、聖盾を握り締め、ふふんと鼻を鳴らす。
「何を考えついたのかは知りませんが、ぼくの聖盾は破れませんよ!」
「大丈夫、破る気なんて一切無いから」
凪織は「はぇ?」と情けない声を上げているが、なしろの背後まで回り込んだヤタノを確認する。
完璧とも言える凪織の防御を崩すには、相手の想定外を突くしか無い。
二人が所定の位置に立ったことを確認したのるんは、息を合わせて二人で同じ詠唱術を発動させる。
「「共鳴詠唱術──」」
ヤタノ達が放った言葉を聞いたなしろの表情は一気に険しいものになった。
きっと、彼女は「共鳴詠唱術」を知っているのだろう。だが、気づいてももう遅いのだ。
凪織に「逃げなさい!」と言った所で、呑気な顔をして聖盾に身体を隠している凪織は耳を傾けていない。
「ちっ、「共鳴詠唱術」なんて発動させないわ!」
なんとか、ヤタノを詠唱術を止めようと、なしろがヤタノを「戯装」で斬ろうとするも、あっけなく躱される。
満足げなヤタノは、胸を張って満面の笑みで、なしろを見ている。
「実はねぇ、ぼく達がこの位置に来る前に、強力な磁界を発生させてたんだ。気づいてた?」
「何らかの詠唱術を使用するのは目視していたけれど。……まさか、結代さんのもう一つの属性って」
なしろが顔を青褪めさせると、ヤタノは指をぱちんと鳴らし、大正解!と大きな声で言った。
「そういう事、じゃ、のるのるいっくよ〜!」
「勿論!ド派手なのかましちゃうもんね!」
二人は、同時に磁石でいうN極を自身の出来る限りの強度で、自身の身体に付与させる。
同じ極を持った者が、近くに居るとどうなるかは、高校生にもなれば分かるだろう。
「「せーのっ!擬似的大崩壊」!!!」」
詠唱術を発動した刹那、二人の間に生じた磁力が反発し、近くに居た凪織と、なしろごと吹き飛ばした。
事前にこうなることを理解していたのるんは、自身の足元とヤタノの足元を氷で固定させていた。
「うわああああああああ!!!」
何も対策をしていないと、悲鳴を上げていた凪織のように、いとも容易く聖盾ごと場外へ吹き飛ばされる。
どうやら、近くの木に全身を打ち付けられたのか、少し離れた場所で目を回して気絶してしまった。
共鳴詠唱術が成功したことを確認すると、のるんとヤタノはハイタッチをし、なしろの方を見る。
足元を、呪詛の鎖で縛り付けており、場外ギリギリの所でなんとか踏みとどまっていた。
「やってくれるじゃない。崩壊属性が扱えることを隠していたのね」
「それも戦術のうちなのさ!ふふん!あいむじーにあす!」
隠していたのはのるんなのだが、という言葉は言わないでおこう。
何となく、嬉しそうにしているヤタノの言葉を遮る気にはならないのだ。
なしろは、少し離れた場所で気絶している凪織を一瞥すると、ふぅっと息を吐く。
「人数の利がある所で、わたしには勝てないわ。投降したらどうかしら?」
「この状況下で?冗談きっついなぁ姫っち〜。ぼくは、ううん。ぼく達は勝ちに来たんだよ」
勝利への執念に囚われているのか、ヤタノの瞳はギラついている。
勝負は決していない。のるんには、ヤタノ程の執念はないが、戦闘の経験は積んでおきたい。
のるんもまた、なしろの言葉に耳を貸すことはなかった。
のるんが「戯装」を握り直し、なしろの方を見ると、隣りにいたヤタノに肩を叩かれる。
「のるのるは、わんこの様子を見ててくれない?あの人はぼく一人で戦ってみたいの」
「えっ、でも……」
はっきり言って、なしろは、一人で勝てる相手ではない。
近接戦闘が不得手ななしろであろうとも、二人がかりで戦う方が得策だ。
(何かしらの精神操作系の詠唱術でも使われたのかな。使えてもおかしくないだろうし)
知識はないが、詠唱術のバリエーションは、本当に多岐に渡る。
呪詛属性の中には、相手を呪う名目で、治療したりするものもあるらしいのだ。
考え方や、使用する者の趣味趣向で発揮される効果や範囲が変わってくる為、対策が本当に難しい。
だが、こうなったヤタノは、きっとのるんの言葉に耳を傾けないだろう。
「分かった。でも、無理はしないでね。勝敗が決したら、すぐ止めるからね」
「もちのろんごみあんどだよ!のるのるも、わんこの事、頼んだよ〜!」
のるんは、頷いた後に、凪織の方へと走っていく。
のるんを見送ると、ヤタノは双機銃型の「戯装」を取り出し、銃口をなしろへ向ける。
「さて、これでタイマンになったね。姫っち」
「あら、二人きりになりたかったの?でも、ごめんなさい。わたしには心に決めたひ」
なしろが言葉を言い切る前に、ヤタノは黒い銃のトリガーを引いていた。
放たれた弾丸は、なしろの頬を掠めて、紅い切り傷が顔に残ってしまっていた。
「ゴム弾だっていうのに凄い火力ね。詠唱術でブーストしてるかしら」
「まぁ、そんなとこかな。で、前から気になってたんだけどさ〜。どうして生徒会と敵対してるの?カイチョーも副カイチョーも何も教えてくれないし。この際、ぼく一人で姫っちに勝ったら教えてくれない?」
なしろは、心底おかしいと感じたのか、声を出して笑い始める。
ヤタノは不快そうな表情で、なしろを睨むが、彼女は臆すること無く、暫くの間笑っていた。
ようやく笑いが落ち着いたのか、目尻に溜まった涙を指で乱雑に拭うと、大きく息を吐いた。
「それくらいならお安い御用よ。でもまぁ……」
なしろは大剣型の「戯装」を地面に突き刺し、腕を組みながら嘲笑うかのような表情を見せる。
「私に勝てたら、だなんて。教えて貰う気無いんでしょうけどね」
「さぁ〜?ぼくじーにあすだからね!姫っちにも勝っちゃうかもよ〜?」
のるんの知らない所で、女二人が火花を散らしているのだった。




