#51 「わたしのこと、舐めすぎ」
暫くの間、二人は互いの出方を伺っていたが、ヤタノが先に動き始めた。
弾丸に自身の出せる最高出力の電撃を付与し、相手を殺す気満々で引き金を引く。
弾丸を詠唱術で起動を歪め、電撃を付与させて、避けにくくさせたのだが、あっけなく躱される。
勿論、この程度で死ぬ相手ではないと分かっていた。舐めていた訳ではないが、想像以上だ。
「弾道誘導に、電撃付与……。わたしを殺す気満々じゃない。模擬戦のレベルじゃないわね?」
「避けれるだろうって見越しての攻撃だからね!……それとも、この程度で被弾しちゃうとか?」
案の定、ヤタノが放った弾丸は、一発たりとも、なしろの身体には被弾していない。
余裕そうな表情を顔に貼り付け、ヤタノは二丁拳銃を手で遊ばせながら、なしろを挑発する。
「妨害役にしては、随分と動けるじゃん。流石だねえ、つよつよだねぇ」
「当たり前よ。わたし一人で「ヘルヘイム」に潜ることだってザラだもの。誰かが居ないと潜れない、だなんて話にならないわ」
彼女は短くない期間を、一人で戦ったと謳っていた。ただ、ヤタノは嘘だと思っていたのだ。
妨害役は、一番戦闘に向いていない役割であり、戦闘をする必要が無い人物でもある。
実際、戦闘でも、一度たりとも前線に立たず、妨害や追撃に徹していた彼女の戦闘能力は、高くないと錯覚していた。
(それでも、戦闘のセンスは一級品って訳だねぇ……。これはのるのるも要るかも……)
だが、退くに退けない。あそこまでの啖呵を切ったのだ。
武士でも男でもないが、吐いた言葉を飲み込むような無様なマネをするつもりなど無い。
ヤタノは周囲を改めて観察する。遮蔽物が殆ど無い平面だけの校庭。
強いて言うなら、血で汚れ、「エゴ」の残骸が、こびり着いている遊具が複数あるくらいだ。
「来ないのかしら。それとも、もう降参?ふふっ、じーにあす故の考えなのかしらね?」
こちらが動きを止めると、なしろはなしろでこちらを盛大に煽ってくる。
表情、動き、態度、仕草。そのどれもがこちらを苛立たせるのに最適化されている。
(これ、分かっててやってるなら、相当終わってるなぁ……そりゃあ敵が増えるよねぇ)
勿論、挑発に耳を傾けることはない。彼女の言葉は右から左に流しつつ、戦術を組み替える。
どちらにせよ、有効打を産み出さない限りは、こちらに勝利はない。
(しょうがない。当たるまでひたすら狙うしか無いなぁ。勿論命をだけどね!)
休憩は終わりだと言わんばかりに、乾いた銃声が校庭に鳴り響く。
青白い稲光が弾丸に付与されており、当たれば重傷間違いなしだ。しかも、実弾に変えてある。
軌道も、青白い稲光が尾を引いており、ただ見ているだけでも、惚れ惚れしてしまう程だ。
なしろは小振りの大剣を片手に、いくつもの弾丸をスイスイと躱してしまう。
「追撃性能もあるんだけどなぁ〜。うまいこと避けるねえ」
この言葉は賛辞ではない。塊根の意を含めた、嫌味だ。
対象に当たるまで追尾させる詠唱術に、当たればかなりの殺傷力を誇る電撃。
二つの詠唱術を重ねて付与した実弾の威力と速度は、並大抵のものではない。
だが、彼女は、重そうな「戯装」を片手に握りながら、まるで踊るように躱している。
(どうなってんのさぁ……。精神力が先に尽きたら、困るなぁ)
残りの精神力は、およそ2/3程。まだまだ戦えるが、詠唱術の多重付与はそれなりに消費する。
重たそうな「戯装」を持っているなしろには回避しにくい弾速と弾道の筈だが、効果が薄い。
どうしたものかと悩んでいると、少し離れた距離でこちらの様子を見ているなしろが嗤う。
「もう終わりかしら。来ないならこちらから行くわね」
なしろが赤黒い「戯装」を握り締めると、「戯装」が答えるかのように、赤く脈打つ。
地面を踏み込み、こちらへと走り出そうとしたのも目視したのも束の間、いつの間にか、眼前で彼女が剣を振り下ろすシーンに切り替わっていた。
ひゅっと息を吐き、寸での所で緊急回避をしたヤタノだったが、本当に死んだかと思った。
脳天をかち割り、そのまま、息絶える自分の姿が容易に想像がついてしまう。
後方に飛び退き、なしろが居た場所を目をかっぴらいて見ると、彼女の表情は冷徹なままだった。
「死角からの一撃だったのだけれど、反射神経も秀でているのね。凄いわ」
「死角を移動し続けたって、あの速度で動ける訳無いでしょ〜!多分、死角も使って、疾風属性で移動系の詠唱術を使ったんじゃないかな?」
彼女の足には、詠唱術を用いた形跡が見られた。
あまりに信じられないものを見たせいで、集中力を研ぎ澄まして相手を観察した賜物だ。
ヤタノの言葉に、なしろは「へぇ……?」と興味深そうな表情を見せる。
「あら、良く見てるのね。凄いじゃない。でも、次は視界にすら入らないかもね」
「それはどうかなぁ」
気づくと、なしろが消え去っていた。
人間の死角など、そう多くはないのだが、彼女は完全に姿を眩ませている。
「ここよ」
「!?」
声のする方向から、2m程後方に飛び退くと、自分が居た場所にクレーターが出来ていた。
もし当たっていたらと思うとゾッとする。命に別状のない攻撃のみというルールはもはや存在しない。
「これぇ……当たったら死ぬんじゃないの?」
「えぇ。大怪我で済めば良い方でしょうね。まぁ、わたしも高圧電流が付与された実弾なんて受けたら確実に死ぬけれどね」
お互いがルールを破っている状況で、ヤタノだけが異を唱えるのはお門違い。
そう言わんばかりのなしろの態度に、ヤタノは面白いじゃん、と笑う。
「不慮の事故って訳ね〜。頭ぶっ飛んでるねぇ!」
「ふふっ、貴方が言えたことかしら。大丈夫よ、半殺しで生かしてあげるから」
再度、弾丸に電撃を付与すると、ヤタノは引き金を引く。
殺られる前に殺らないといけない。額から垂れる汗が、冷や汗なのかすら、もう分からない。
弾道誘導させている弾丸を、なしろは軽快なフットワークで捌きながら、距離を詰めてくる。
「やっぱり大剣型だと、近づかないと攻撃は出来ないっぽいねぇ。詠唱術も、補助や妨害系が多いみたいだし」
「えぇ。そうね、そこはわたしの明確なデメリットだと自分でも思ってるわ」
涼しい顔で「戯装」を肩に乗せている彼女は、汗一つかいていない。化け物だ。
彼女のメインである呪詛属性の妨害系詠唱術は、ヤタノのアクセサリで大半を防ぐことが出来ている。
そのため、なしろは疾風属性の攻撃詠唱術と、「戯装」でしか攻撃が出来ていない状況だ。
あれだけの弾丸を回避しながら、こちらにも攻撃を仕掛けてくる辺り、かなりの手練だと言える。
(対してこちらは……)
弾道誘導を外したり、電撃を無くしたりとで、精神力を温存しながら戦っているが、正直ジリ貧だ。
双機銃型の「戯装」はシリンダー部分を露出させると、自動的に弾丸が装填される特別製。
そのため、装填時を狙われるという致命的な弱点は無いのだが、如何せん、彼女にも隙が無い。
(というか、あんなどでかいの持ってても、速さでぼくに追いつくとか……こわ)
精神力も心許なくなってきた頃合いだ。そろそろ大技でキメに掛からなければならない。
使うつもりはなかったのだが、此処まで来てしまえば、やむを得ない。
普段は二丁の拳銃を模しているのだが、更に二丁の拳銃を詠唱術によって具現化させる。
流石のなしろも、四丁の拳銃には驚いたのか、興味深そうにこちらを見ている。
「あら、貴方の「戯装」は二丁の拳銃だった筈だけれど、実は四丁拳銃だったのかしら」
「そういう使い方もあるってだけ!普段は疲れるからこんな事しないし!」
疲れるだけではない。使用する精神力も、制御する集中力も倍必要になる為、本当に奥の手だ。
四丁の拳銃に弾道誘導、電撃付与の詠唱術を掛けると、全ての拳銃を空中に浮かせる。
「あらあら、もしかして、空想の腕でも生やしたの?凄いわね、阿修羅みたい」
「お喋りはそこまでにしておいて!行くよ!「魔銃・ヴェルズべルグ」!!」
ヤタノの声に呼応して、四丁の拳銃が自動的になしろに照準を合わせる。
「うてぇ〜!」
引き金を引くこともなく、四丁の拳銃はなしろ目掛けて、シリンダー内の弾丸を全て射出する。
全ての弾丸が、計算されたかのように、青白い軌道だけを残しながら乱れ舞っている。
一発たりとも互いに衝突すること無く、弾丸達は、なしろの元へと飛んでいった。
「ふふっ、流石に避けきれないわね」
なしろは、剣をその場に突き立て、目を瞑る。どうやら避ける気は更々無いらしい。
対するヤタノは、四丁の拳銃の操作と、詠唱術の多重使用でかなりの精神力を消耗した。
視界がボヤケている中、なしろの居た場所を凝視し、弾丸が巻き起こした土煙が晴れるのを待っていると、そこには彼女の「戯装」だけが残されていた。
「なっ、姫っちが……居ない?」
「さて、終幕としましょうか。それなりに楽しかったわ」
土煙が晴れた瞬間、どこからともなくなしろがヤタノの眼の前に飛び出してきた。
何も持たず、何も詠唱をしていない彼女は、文字通りの丸腰の状態でこちらへと走り出している。
「速い……、「ヴェルズベルグ」!」
蹌踉めきそうになりながらも、ヤタノはなんとか精神力を振り絞り、「戯装」に指示を出す。
「ダメよ。御主人様はお疲れなんだから、それ以上精神力を奪っちゃ」
なしろは、宙に浮いた四丁の拳銃を、慣れた足つきで蹴り飛ばして、そのままヤタノへと突進する。
逃げなければならない。幸い、かなり疲弊はしているが、まだヤタノの身体は動く。
彼女との距離は5mもないが、素手での攻撃なら、数歩動く程度でも躱すことが出来るだろう。
足蹴りが得意ならば、後ろに距離を取り、反撃で雷の槍を打ち込んでやろう、そう考えた時だった。
「なっ、身体が動かない……?」
顔も、身体もその場に固定されたかのように、一歩たりとも動かない。
どういう事だ、と足元を見ると、見慣れない布のようなものが足に巻き付いていた。
一瞬、たった一瞬だけ彼女を視界から外したその刹那、腹部に強烈な後ろ回し蹴りが炸裂し、ヤタノは吹き飛ばされる。
「これで、あの子も場外に出たわね。怪我は……まぁ。瀕死にはなってないし、問題ないわね」
「大アリだよ!?那雲さんを見てよ!産まれたての子犬みたいに震えてるんだから!!」
「なぁん……なぁん……」
離れた場所で凪織の介抱をしていたのるんが、目くじらを立ててなしろに怒鳴り込む。
彼女に怒鳴り込む暇があるのなら、全身が動かない程に痛めつけられた自分を介抱して欲しい。
そう思いながら、ヤタノは意識を手放してしまった。
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気絶したヤタノを介抱し終えたのるんは、なしろに正座して貰い、状況を確認する。
「で?二人してルールガン無視のガチバトルした挙句に、このザマなの?」
「……それは、漆原さんが」
指を捏ねながら、言い訳をしようとしているなしろに、のるんはピシャリと言ってのける。
「言い訳無用。この勝負は、漆原さん、姫宮さんはルール違反で失格。那雲さんは場外退場で、残ったボクが一人勝ちだね。文句はないよね?」
のるんの有無を言わさぬ態度に、先程までの勢いと牙を引っこ抜かれたなしろは、シュンとする。
こちらが、気絶していた凪織を介抱している間に、やけに盛り上がってるぁとは思っていたが、まさかあそこまで熱狂しているとは思っても見なかった。
ため息を吐きながら、後半に気になった部分について、のるんはなしろに尋ねた。
「最後の方、漆原さんが身動き取れてなさそうだったけど、あれも詠唱術の一つ?」
「あれは、呪符と言ってね。御札に精神力を流し込んで、効果を発揮するものよ」
呪詛使いが一番上手く使えるけど、呪符さえあれば、誰でも使えるわ、となしろは言葉を足した。
「そんなモノいつの間に……」
「さてね。さ、こんな場所で寝かせるのも酷だし、現実世界に帰りましょうか」
誰のせいで彼女が寝てると思ってるんだ、という言葉を飲み込んで、のるんは首を縦に振る。
最低限の回復は済ませた凪織には、気合いで歩いて貰い、のるんはヤタノを背負って、帰還した。




