#47 白と黒の異様な場所で
盞華との対話後、すっかり疲弊していたのるんは、お風呂から上がるとそのまま意識を手放していた。
幸い、明日は学校が休みだ。それに予定も特に入れていない。少しくらい、寝ても良いとの判断だった。
盞華とした話は、正直言って衝撃が強いものが多かった。考える時間が欲しくなるくらいに。
(「純喫茶ごーすてら」……ね。あの記憶にも、その名前はあった。確か……)
姫宮のるんが店主を勤めていた喫茶店の名前だ。
彼女がとてもその店を大切にしていたであろうことは、ぼんやりと覚えている。
何処かでの記憶と同じ名前の店を、如月先生──如月奏が経営しており、行方不明になっている。
平穏な高校生活を得たかっただけなのに、様々な要因がそうさせてくれない。
深い眠りへと落ちたのるんは、気がつけば知らない所に迷い込んでいた。
(何此処……、白と黒が入り混じってるバー……?)
目を覚ますと、バーらしき場所のカウンター席に座っていた。
眼の前では白い髪の少女が、酒瓶の並んだ棚をパタパタと掃除をしている。
長い髪を二つにまとめており、瞳の色がマリンブルーの十代前半くらいの見た目の少女だ。
バーに似つかわしくない格好をしている彼女は、こちらに気づくとニッコリと笑う。
「やぁやぁ、起きた?って、現実のキミはすやすやお休みモードな訳だけどっ」
手をパタパタと振り、こちらに笑いかける様子を見ると、まるで知り合いだと言わんばかりだ。
名前も知らない彼女は、のるんの前に一杯のドリンクを差し出す。
「はいこれ、よかったらど〜ぞ!ま、ココアだけどね?にししっ」
いたずらっぽく笑う彼女は、ココアを淹れる際に使ったシェイカーを片付けている。
この場の空気に飲まれつつあるのるんは、キョロキョロと周囲を見回してみた。
一見普通のバーだが、カラーリングが白と黒で統一されており、聞き覚えのない曲がレコードから流れている。
状況がよく理解できていないのるんは、眉を下げ、困惑している様子で少女を見る。
「あの、ここは何処で、貴方は……?」
「え〜?んー、まぁ良いか〜。ボクはニュクス!Nxyって書いてニュクスって読むよ!」
ニュクスと名乗った少女は、目元でピースをしながら、よろしくっとウインクをしている。
見るからに陽キャである彼女に、のるんは心の中で引きながら、ココアを少しだけ口に含む。
「あ、美味しい。温かいココアなんて久々に飲んだかも……」
「そうなんだ〜?ま、本来此処に居るべき人は、お酒とか、珈琲淹れるんだけどさ。ボクはそういったのは出来ないから、ココアしか出せないんだぜっ」
胸を張ってふふんと鼻を鳴らす彼女は、悪い人ではなさそうだ。ただ、言っていることは気になった。
本来居るべき人、という言い方は、彼女──ニュクスが本来居るべき人ではないと言う事になる。
何か理由でもあるのだろうか。分からないことだらけで、頭が混乱してしまっている。
頭痛も酷く、頭の奥から痛みがじわじわと広がっている。
さっき寝ていると言っていたが、これは夢なのだろうか。
「それで……此処は……?」
「あぁ、此処?なんて言えば良いのかなぁ。招かれた客人を饗す場所、といえば良いのかな?」
招かれた客人、自分の事を指しているのか。招待状を貰った記憶すら無い。
考えようとしても、頭痛のせいで上手く考えが纏まらない。さっきまで何をしていたのだろう。
「ボクが……客人?」
「そ〜だよ!困難な旅路を彷徨う旅人!ボクはそのサポート役って感じかな?」
困難な旅路、何のことだろうか。自分は平穏な日常を送っていた筈なのに。
ずきずきと痛む頭を懸命に誤魔化しながら、ニュクスとの会話を続ける。
「サポートって具体的に何を……?」
「ん〜色々だけど。まずは今の状況を振り返ってみようかなって!ボクはキミを見守る者だからね!」
のるんは、一先ず頷いておく。聞いておくだけでいいなら、楽だ。
ニュクスはうんうんと頷きながら、話を続ける。
「キミの旅路は随分と困難みたいでねぇ。ずっと見守ってたけど、手を貸さなきゃってね。本来の部屋の主がそう言ってさ?ボクにお鉢が回って来たわけだ」
「どうして本来の主が出てこないの?」
ニュクスは難しい顔をしながら、口籠っている。何か裏の事情でもあるのだろうか。
深い事情にこちらが関わっても良いことなど無い。今は黙って話を聞くことにしておこう。
「まぁ、詳しいことは言えないけど……、キミの担当はボクって事だけ、覚えておいてくれたら良いかな!で、話を戻すけど、今の状況だけど、随分とややこしいことになってそうだね」
「ややこしい……?」
のるんは難しい顔で鸚鵡返しをする。ニュクスもそれにあわせて、眉を顰め、腕を組む。
「今のキミの交友関係は、「生徒会」関連、「オカルト研究部」関連、「天下布舞」関連、「零明高校」関連、「その他」で構成されている訳だけど、そのどれもが他グループとはあんまり仲が良くはない。特に前者三つは異世界「ヘルヘイム」に置いても、活動理由も信念も、動き方も大きく変わってくる」
「……そうだね。確かに生徒会、オカ研、天下布舞は皆、敵対しているようなものだもんね」
さぞ当たり前のように、自身の交友関係を把握しているニュクスには触れずに、のるんは話を続ける。
「うむぅ。今は「オカルト研究部」に傾倒してるみたいだけど、「生徒会」、「天下布舞」にも気をつけておくべきだと思うなぁ。後は、「ヘルヘイム」での戦闘についてだね」
「うん、まだあんまり経験がないから、詳しくは知らないや」
「うむぅ、まだちょっと経験が浅いように見えるから、改めておさらいしておこうか」
ニュクスは何処からか、ホワイトボードを取り出して、何かをスラスラと書いていく。
『詠唱術というのは、自身の中でイメージしたものを「ヘルヘイム」内で具現化させる物なのだが、その人が持つ得意属性によって、扱えるものが変わってくる。属性は全部で八つ。火炎、氷結、疾風、電撃、地変、呪詛、祝聖、崩壊。基本的には、得意属性一つ、副属性一つを使える人が多い』
前になしろから教わった内容だ。確か自分は氷結属性が扱えることが分かったが、それが得意属性なのか、副属性なのかは判然としていない。
なしろは得意属性が呪詛、副属性が疾風。ヤタノは得意属性が電撃、副属性が崩壊だった。
自分の得意属性も副属性も把握できていないのは、正直まずい自覚自体はあった。
月曜日にでも、「ヘルヘイム」に侵入して、その辺を調査しようと思っていた所だ。
「普通の人なら、基本属性は二つしか使えないんだけど、キミはどうやら違うらしいんだ〜」
「違うって……?」
のるんが首を傾げていると、ニュクスはメガネを徐ろに取り出し、装着する。
「詠唱術ってね、使用する「戯装」によって属性が決まるモノで、「戯装」は一人につき一個が普通なんだけど、キミは違うんだ。見た所、自分じゃない誰かの記憶、持ってるでしょ?」
「なんでそれを……」
正直、バレてるとは思っていなかった。
いや、こちらの状況を逐次見ている彼女であれば、知っていてもおかしくはない。
散々、彼女の記憶に苦しめられてきたのるんの気持ちを、少しは汲んでくれるだろうか。
「見たら分かるって。で、キミの「戯装」──双小剣型とは別に、キミは「戯装」を出せる可能性があるってことだよ!キミに宿る誰かの記憶から、願いや思いを形にしてみるといい。きっと、キミの力になる」
「願いや思い……、彼女の記憶から探る、かぁ……」
正直、向き合いたくはない。彼女と自分の境界線がより無くなってしまいそうな気がする。
それでも、「カレンデュラ」や「スノードロップ」といった強敵や、いずれ敵になるかも知れない「生徒会」や「オカルト研究部」の面々と戦う可能性も加味すると、戦闘の幅は広げておきたい。
「キミを蝕むだけじゃ、損だけしか無いじゃん。でも、力に変えてしまえば、それはきっとキミの旅路の助けになる。そう考えた方が、きっといい人生になる。そう思わない?」
「……そうだね、考えとく。でも、どうしてそこまでしてボクの旅路を?」
ココアを飲み干し、この場を後にする準備は整えた。
彼女を信頼するかどうかは、のるんが聞いた質問の答え次第だ。
ニュクスには今のところ、のるんを手伝ってもメリットがない。人間、メリットがなければ動かない。
少し考え込んだ後、ニュクスは微妙な笑みを浮かべて、口を開いた。
「ん〜?さぁね。それはキミの記憶の中に答えがあるかもよ。じゃ、そろそろ夢から醒めてね」
ニュクスが指をぱちんと鳴らすと、のるんの視界が暗転した。




