#41 不思議な珈琲、奇妙なロリ
5/3、日曜日。今日は朝から雨が降っている。ジトジトとして髪の毛がくるんと跳ねてしまう。
こういう日はテンションがどうしても上がらない。気圧による頭痛も屡々起きるせいで、雨は嫌いだ。
そんな中、今日は予定が入っている。星骸のとある店に行くという、大事な予定が。
ベッドからのそのそと降り、眠い目を擦りながらのるんはボサボサの髪を櫛で梳く。
「酷い顔だなぁ、疲れてるのかな。昨日の出来事のせいなのかなぁ」
昨日は、Rpas.で「カレンデュラ」に、「スノードロップ」と出会した。
どちらも、知っているようで知らない人。のるんは知らない筈なのに、何故か自分は憶えている。
その奇妙な記憶の齟齬が、どうしようもなく、不快なのだ。自分を否定されている気分になる。
未だに時折、自分が姫宮のるんなのか、結代のるんなのか分からなくなる時がある。
(特に姫宮さんと一緒に居る時は、それが顕著に感じる。それに、きっと彼女は……)
のるんは、顔を冷水で洗い、邪な考えを無理矢理祓った。言葉にするのはよしておこう。
それに、まだ我を見失ったわけじゃない。自分は自分だと、自我ははっきりしている。
(姫宮のるんとして、関わったことのある人と仲良くしすぎるのは、良くないのかもしれない)
ネットで前からこういう症状については調べていた。どれも似ているようで、違うものだ。
強いて言うなら、解離性障害が近いのだが、どうにも自分には当てはまらない気がする。
苗字や、境遇、他にも様々なものは違うが、最終的にはどちらも、のるんだと思っている節がある。
だからこそ、今の|自分が本当の自分なのか、確証を得ることが出来ていない。
(精神系の医者と知り合うことが出来たら、診てもらおうかな。知らない人は怖いし)
段々とこんがらがってきた思考を一度リセットし、無心で出かける準備を整える事にした。
数十分ほど掛け、服と髪をある程度、余所行きの物に整えると、のるんは家を後にする。
鍵を掛けたかもちゃんと確認してから、傘を指し、駅へと歩む。
「やっと駅に着いたぁ……、はぁ。やっぱり雨じゃない日に行けば良かったかなぁ……でも、今日行こうって決めてたし。うん、ちゃんと買いに行くんだ」
両頬を手で叩き、気合を入れ直したのるんは、無人駅である星失駅で切符を買い、隣町へ向かう。
発車した後も、ぼんやりと車窓から外を眺めていても、景色は田んぼと畑ばかりだ。
此処に来てから一月経つが、未だにこの光景は見慣れない。中々日常へと変わってくれない。
未だに、頭の中にはファンタジーのような近未来な光景が、焼き付いてしまっている。
「はぁ……はぁ……、違う、違う。ボクは結代のるんだから……」
誰も居ない車内で、のるんは一人。この症状は誰にも見られるわけには行かない。
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暫くの間揺られ、星骸駅に到着したのるんは、げっそりとした表情で下車する。
星失と比べると幾分か発展している星骸は、星失に住む者にとっては都会だと言える場所だ。
此処に来て買い物に困ることは早々ない。今回欲しい物も、此処にあることは把握している。
スマホで場所を確認し、キョロキョロ辺りを見回しながら、のるんは歩き始める。
「此処ね、おすすめされてた喫茶店。喫茶「曇り空」」
路地裏にポツンと建てられているお店は、外から見ても古き良き喫茶店といった風体だ。
煉瓦造の壁面、ステンドグラスは、雨のせいか、てらてらと光りつつ、濡れている。
木製のレトロチックなドアにはプレートが掛けられており、「OPEN」の文字が刻まれている。
のるんは、ドアノブを捻り、中へと入る。すると、挽き立ての珈琲豆の香りが一気に押し寄せてきた。
「わぁ……凄い」
中に入ったのるんは、感嘆の息を漏らしながら、喫茶店の中をキョロキョロと見回す。
店の中には、店主らしき男と、カウンターに座っている少女の二人だけだった。
内装はアンティーク調で統一されている。小説に出たっておかしくない程、古めかしい。
暗めの照明はムードを演出し、カウンターやテーブルは、レジンで装飾された杉の木で作られている。
昨今見ないレコード、ラジオはどう見たって数十年前のもの、古時計に至っては百年前の物に見える。
落ち着いた雰囲気に合わせられたBGMは、人の心を落ち着けてくれる。思わず、息を呑んでしまった。
「おや。こんな雨の日に、お客さんが来るとは。いらっしゃい、好きな場所に座っておくれ」
白と黒が入り混じった髪を持ち、水色の瞳の男が、にこやかな表情でのるんを迎え入れた。
色の入ったモノクルを付けている彼は、どうにも日本人離れしたビジュアルだが、日本語は達者だ。
彼も、何処か見覚えがある。いや、勿論自分じゃない自分の記憶だ。遠い昔に会ったような感覚。
(きっと……ネメシスだ……。顔も表情も、何もかもが彼と同じだけど……)
席に座ったのるんに、お冷とおしぼりを持ってきた店主らしき男は、メニューを手渡す。
「今日のおすすめは、ゲイシャだよ。新鮮なのが入ったんだ。良かったら試してみて」
「じゃあそれで。あと、貴方の名前を聞いてもいいかな?」
のるんの問いに、男は不思議そうな顔で首を傾げつつもメニューを下げる。
男は優雅な礼をしながら、モノクルの奥の瞳は、真っ直ぐのるんを射抜くも、にこやかに笑う。
「僕の名前?ネメシスだよ、ネメシス・ナイトレイ。これでも日本人だけどね。キミは?」
「ボクは、のるん。結代のるんです。先月星失に引っ越してきたんです」
のるんね、とネメシスは優しく鸚鵡返しをすると、ちょっと待ってて、とカウンターへと戻る。
すると、すぐにミルで豆を挽く音が聞こえ、ふわりとバラのような香りが漂う。
ゲイシャ特有のフローラルな香りが店中に広がり、これから出てくる珈琲への期待が膨らむ。
暫くの間、店の中は珈琲を淹れる音だけが聞こえていたが、やがてのるんの前に一杯のコーヒーカップが置かれた。
「おまたせ、ゲイシャだよ。熱いから気をつけてね。ごゆっくり」
のるんは置かれたコーヒーカップを見つめていると、隣りにいた少女の視線に気づく。
こちらを見つめているのは、ライトブロンド髪の赤とオレンジが混ざったような瞳の色の少女だ。
髪は長髪をツインテールにしており、見た目は十歳前半そこらと行った所だろうか。
それなりの雨量で人も出歩かないこんな日に、一人で喫茶店に居る少女にのるんは、薄く笑う。
「キミ……一人なの?この店、良く来るの?」
「あぁ、此処は我のお気に入りでな。人の少ないこういう日にこそ、来たくなるものだ」
のるんは目を丸くさせる。見た目は可愛い小学生なのに、声は渋い壮年の声が聞こえてきた。
見た目と声のギャップが相まって、脳がバグりそうになる、いや既にバグってしまった。
そもそも男なのか、女なのかは些末な話ではあるのだが、年齢すらも分からないとなると困る。
(丁寧語で話した方が良いのか、タメ口の方が良い……?)
先程までは、幼い子に向けた話し方だったのだが、話しぶりはとても十代には思えない。
悩みに悩んだ末に、普通の話し方で対応することにした。決め打ちして、間違ったら怖すぎる。
「そ、そっかそっか。えと、貴方の名前は……?」
「名乗っていなかったな、失礼した。我はセトだ。所でお主は高校生に見えるが……零明か?」
セトの問いに、のるんは訝しげな表情で首を縦に振る。そんな事を聞いてどうなるんだろうか。
零明だと答えると、セトはそうか、と顎を撫でながら考え込む仕草を見せる。
顎髭なんて無いのに、顎を擦ってる仕草を見せる彼女は、他の壮年よりも様になっている。
「いや何、見ない顔だったから、個人的に気になっただけだ。気を悪くしたのなら謝罪する」
「ううん、気にしなくていいよ。ボクも小さい子供みたいな扱いしちゃってごめんね」
のるんが頭を下げると、セトはあわあわとしながら、頭を上げさせる。
服装も良く見てみれば、革のジャケットにボディラインが出るようなホットパンツに、ロングブーツ。
それを踏まえても年齢層がさっぱり分からない。男性の趣味なのか、女性の趣味なのかすら。
「謝るな謝るな。今日の所は、我がお代を支払おう。ついでに豆も持って帰ると良い。そなたも、珈琲を嗜む同士であろう。家でゲイシャを飲んで、安らぎの一時を享受するべきだ」
そう言ったセトは、のるんに砕かれた豆が入った袋を二つほど握らせる。
確かに自分も豆を買いに来たのだが、良いのだろうか。
ちらりと横目でのるんが、ネメシスを見ると、彼は我関せずといった様子だ。
「じゃあ今日の所は貰っておくね。またお礼するからね」
「気にせずとも良い。若人が老獪な老いぼれに気を使う必要など無いのだ」
のるんは暫くの間、セトとネメシスの二人と談笑した後に、二袋の豆を抱えて帰路についた。
「Result」
・のるんはセトと「知り合い」になった。
・のるんはネメシスと「知り合い」になった。
・のるんは自宅で珈琲を淹れられるようになった。
家に誘った友人達に振る舞ったり、一人の時間に飲んでみようか。




