#40 ネーミングセンスゼロ
5/2の土曜日。今日は珍しく予定が入っていない。
たまにはこういう日があっても良いだろう。折角だから、茶々丸の所にでも行ってみようか。
「エゴ」の残滓もそれなりに溜まっているし、あまり顔は見たくないが、時間がある時に行っておきたい。
「取り敢えず、服だけ着替えて行くかぁ……。帰りにゲーセンでも寄ろうかな」
起きたばかりで、まだ眠たい目を珈琲で無理矢理覚醒させながら、ため息を吐く。
まだ、本は読み切っていないが、ゲームセンターで息抜きするのも良いかもしれない。
土曜日であれば、三月が退屈そうに彷徨いている可能性もある。
「前の学校ではこんな充実してなかったからなぁ。「ヘルヘイム」も、学校生活も……」
「ヘルヘイム」──未だに謎まみれの異空間。この世界と酷似している別の世界に見える場所。
「エゴ」が蔓延り、時折、落とされた人が殺される危険な場所。「戯装」が無ければ、太刀打ちできない。
今日行こうとしている場所も、「戯装」を強化するパーツを作成してくれる大事な場所だ。
店主である茶々丸は、一癖も二癖もある人物だが、それでも力になってくれる以上、無下には出来ない。
「よし、んじゃあ先に「Rpas.」に行きますか……」
少し雨が降り始めているので、おろしたての傘を持って、のるんは商店街へと向かう。
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星失商店街──「BlackSmith.Rpas.」
外から見れば、ただの一軒家、中に入っても非常にシンプルな一軒家に見える此処が目的地だ。
鍵の掛かっていない扉を開けると、そこにはごく普通のリビングが広がっている。
シンプルなテーブル、簡素な椅子。真っ白な無地の壁紙に、茶色のフローリング。
古い置き時計は、今日もチクタクと懐かしい音で、時を刻んでいる。
他の家具も、前来た時と全く変わらない。個性も、歴史も何も感じない。
「本当、簡素過ぎるよねえ。一見さんお断りって意味ではあってるんだろうけど」
慣れた手つきで古時計の長針を十二時の方角へと調整すると、隣の壁が動き出す。
何度見ても、このシステムには驚かされる。
茶々丸から聞いた話だが、これも「エゴ」や「戯装」から着想を得たらしい。
『あぁ〜!ちょっと!なにするんで、モガモガ……』
遠くの方から、聞き覚えのあるような、無いような気がする声が聞こえてくる。
何となく嫌な予感がしながら、のるんは奥へと続く路を重い足取りで歩く。
「おや、「狂兎」かい。今日は少し騒がしいかも知れないが、歓迎するよ」
「さっき、呻き声みたいなのが聞こえてきたけど……あー」
のるんは、ふと横を見ると、近くで猿轡をされ、全身を縛り上げられた女性が椅子に座っている。
零明の制服を、何故か土曜日に着ている点も気にはなったが、それ以上に格好が格好だった。
オレンジ味の掛かった金髪を、セミロング辺りまで伸ばしている彼女は、何処か見覚えがある。
(でも会った記憶はない。ってことはつまり……)
自分じゃない彼女の記憶で、ということになる。
彼女がもし、彼女だとすれば、恐らく近くには彼女も居るはずだ。
「おや。貴方も此処に来るのですか。確か、結代のるんさんでしたか?」
「モガモガ……?モガガガ!?」
どうしてこの人は、何処に行っても縛られているのだろうか。考えるだけ無駄かもしれない。
猿轡のせいで、何を言っているのかは分からないが、きっと碌でもない内容だろう。
縛られている女性はそっとしておいて、眼の前の女性──「カレンデュラ」を見る。
何故か彼女も、制服を身に纏っている。リボンを見るに、三年らしい。
「恋人ではないですよ、あちらでお会いした方です。同業、という訳では無さそうですが」
「同業……?」
のるんが首を傾げると、「カレンデュラ」は薄く笑う。
「あんな金の匂いがする場所で、ビジネスにしない方が居るとは思いませんでしたが……」
「ビジネス……、まさか」
のるんは、怒りを瞳に滲ませながら、彼女を問い詰めようとすると、二人の間に手が挟まれる。
手の伸びている先を見ると、茶々丸が首をゆっくりと横に振る。
「外で喧嘩する分には構わないが、此処は全「戯装」使いが使う店だ。諍いは止めて貰おう。「金盞花」、キミもキミだ。幼子に、事実を突きつけることが正しいこととは思えないが?」
「店主にそう言われると、耳が痛いですね。この店では相互不干渉が不文律。結代さん、改めて失礼しました。お詫び申し上げる」
恭しく礼をする「カレンデュラ」を見たのるんは、気にしないで下さいと頭を上げさせる。
それよりも驚いたのは、彼女もこの店を知っており、使っていることだ。
なしろとも知り合いのようだし、少しでもなにか情報を仕入れることが出来れば良いのだが。
「えと、「カレンデュラ」さんは、姫宮さんのお知り合いなんですか?」
「あぁ、「御令嬢」ですか。旧知という訳ではありませんが、知り合いですね」
「カレンデュラ」は話しながら、「エゴ」の残滓を茶々丸に手渡し、茶々丸から金を受け取る。
「「御令嬢」……貴方はそう呼んでいましたよね。姫宮さんは、「カレンデュラ」さんと同族なんですか」
此処で言う同族は、「ヘルヘイム」をビジネスとして用いている、という意味で言っている。
仮に使っているのならば、のるんも今後は、付き合い方を考える必要があるかも知れない。
(でも、きっと違うはず。そうじゃなきゃ……)
『知ったような口を聞かないで。それに、わたしはもう、貴方の「御令嬢」じゃないの』
なしろはあんな言い方をしないはずだ。もし仮に、それが演技だったとしても。
少しでも、彼女のことを信じたい。そう、のるんは切に願っている。
心臓がどくどくと全身に血を巡らせている中、「カレンデュラ」はふっと笑う。
「残念ながら、今は「御令嬢」じゃないらしいですから。同族ではないんでしょうね」
「カレンデュラ」の言葉に、猿轡を付けられていた女性は、鎖を引き千切り、猿轡を噛み砕いた。
金属製の鎖を引き千切ったことも、驚くべきことだが、猿轡を噛み砕いたのを見て、若干引いた。
「どういう事ですか!盞華さん!なしろさんが離反したっていうんですか!!」
「はぁ……、やっぱり連れてくるんじゃなかったですね……。また余計なことを」
盞華と呼ばれた「カレンデュラ」は頭を抱え、蟀谷に手を添えて困った表情をする。
対する赤金髪の女性は、目くじらを立てながら、のるんに人差し指をびしっと突きつける。
「一体、貴方は誰で、盞華さんや、なしろさんの何なんですか!」
「えっ、何って言われても……。な、なんなんでしょう?芥川さん」
困りに困ったのるんは、一旦茶々丸にパスしておく。正直、対応に困る。
話を振られた茶々丸は、依然余裕綽々といった様子で、髪の毛を手でたなびかせている。
「人生の伴侶候補、と「御令嬢」は言っていたよ。「雪雨」」
「なっ、なしろさんが……!?人生の伴侶にこんな芋を!?」
随分と失礼な物言いをされた気がするが、一旦流しておく。
茶々丸は、鎖で縛られていた女性の事を「雪雨」と呼んでいた。なら、彼女はユキで間違いない。
見た目や、喋り方が記憶の中の彼女と一致しているのだ。後、縛られてるところも。
「カレンデュラ」は、驚いた様子もなく、ふぅと息を吐いたまま、貰ったお金を懐に収める。
「あくまで、現段階では候補でしょう。何故、貴方が気に入られたのかは分かりませんが」
「流石に許しませんよ!「御令嬢」はうちの組の「御令嬢」なんですから!」
うちの組の「御令嬢」──つまり、「雪雨」を名乗る彼女も、「カレンデュラ」と同じ組織なのか。
同じ制服を着ている辺り、零明で会う可能性も高そうだ。警戒しておいて損はないだろう。
(というか、「雪雨」はかなりお喋りなのか、色々情報をくれるなぁ)
そんな事を考えていると、茶々丸がのるんの方をじっと見ている。
目が合うと、茶々丸は手招きをし、のるんを近くまで呼び寄せ、こっそり耳打ちをする。
「もし、彼女達のことを知りたいのなら、「拳でファイト部」に顔を出してみると良い。丁度、GW明けから部活の中途入部募集が始まるだろう?きっと、何処かで見掛けるはずだからさ」
「「拳でファイト部」……?えと、ボクシング部とかではなく……?」
茶々丸は無言で首を縦に振る。あまりのセンスの無さに、のるんは何も言えずに居た。




