#39 蟲惑的で神秘的な
本屋で買い物をしたその晩、のるんは黙々とガイドブックを難しい顔で、読み込んでいた。
明日何処に行くのかを、前日の晩に考えている時点で、問題ありなのだが、さなから決めてほしいと言われている時点で、あちら側に意見を乞うのは間違っているのだ。
発行年が2016年と約10年程前の本ではあったが、どれも見覚えのある店が書かれている。
「星骸には、水族館、ゲームセンター、ショッピングモール、喫茶店、神社、総合スポーツセンター……か。総合スポーツセンターは前に那雲さんと一緒に行ったトコかな。ふむ……」
のるんはペラペラと頁を捲る。古い本だからか、キャッチコピーも、あちこちがやや古臭い。
ただ、情報を知るという観点では、充分なものだった。
こう考えると、本当に星失には何も無いんだなぁと、痛感する。
あるのは、フルールと寂れた商店街、後は本屋に、怪しげなお店が幾つか並んでいるくらいだ。
せいぜい繁盛しているのはラーメン屋と、若者人気を狙ったスイーツショップくらいだろうか。
茶々丸のお店も、人が出入りしているのはあまり見ない。表向きは、一軒家にしか見えないし。
「そういや、あのスイーツ屋、結構色々品物置いてるんだよね……、今度一人で行ってみようかな」
通りがかった時は確か、タピオカミルクティーとドーナツを売っていた気がする。
少し前に流行っていたものを改めて並べる、リバイバルショップみたいな感じだろうか。
田舎特有と言えば、それまでかも知れないが、流行の最先端というものはあまりなさそうな印象だった。
対して、ラーメン屋の方は昔ながらの豚骨醤油や、鳥白湯系などと、男性人気が強そうな品揃えだ。
「近場で男の子とご飯行くなら、ラーメン屋と……フルールのフードコートとかになるのかな」
市内唯一のショッピングモール──フルールのフードコートには、色々なお店がある。
ハンバーガーに、ファミレス、粉もの屋に、うどんや蕎麦などなど。食べるものには困らなさそうだ。
ただ、零明生がそれなりに多いため、有名人と一緒に活動するには、やや人目が気になる所。
のるんは、腕を組み、難しい顔で明日のお出かけを何処にしようか悩んでいると、スマホが震えている。
画面を覗くと、そこにはさなの文字が書かれていた。のるんは、ちらりと時計を見る。
まだ20時を回ったくらいだ。もう少し悩ませてくれたって良いのになぁと思いながら、応答する。
『はい、結代です』
『こんばんはろ〜!ごめんね!こんな遅い時間に!』
夜の時間帯でも、さなの声は明るく、こちらの気分まで明るくさせてくれる気がする。
恐らく、明日の場所をどうするかの相談をしようと掛けてきたのだろう。自分ならきっとそうする。
『ううん、大丈夫。明日の場所の話?』
『そ!きっと、のるんちゃんが悩んでるんだろうなぁって思って電話した!』
優しい気遣いではあるが、その優しさがあるのなら、是非とも行く場所も決めて欲しかった。
そんな事は口が裂けても言えないことだが、のるんはぐっと堪えて言葉を続ける。
『む……黒崎さんにはお見通しかぁ。色々スマホで調べたりしてたけど、悩んじゃってさ』
『ほほう……。悩みごとがあるなら、明日はわたしのオススメ秘境でも行ってみますか!』
オススメ秘境。そんなものはガイドブックにも、スマホの検索結果にも出てこなかった。
興味が湧いたのるんは、さなの誘いに乗り、明日の午前中にその秘境に行くことを約束した。
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4/29、水曜日。今日からGWだ。暫くの間は学校が休みの為、久々に羽を伸ばせるだろう。
今日はさなと約束しているので、準備を整えて家を出ようとしたタイミングで、チャイムが鳴る。
さなとは確か、駅近くで待ち合わせをしていたので、誰だろうとドアを開けると、さなが立っていた。
「おはよっ!待ちきれないから、家まで来ちゃった!……ダメだったかな?」
玄関口に居た彼女は、申し訳なさそうな表情のまま、上目遣いでこちらを見ている。
こんな小動物みたいな顔で、のるんを見るさなを、糾弾できる人間が存在するだろうか、いや居ない。
うっかり惚れてしまいそうになる自分に活を入れて、のるんはニコリと微笑む。
「おはよ〜。んーん、大丈夫だよ。一緒に秘境、行っちゃおっか」
「うんっ!んじゃ、行こっか!この時間ならまだ涼しいから、この格好のままでいいか……」
その日はまだ暖かくはなっているが、長袖でもまだなんとかなる位の気温だ。
対してさなは、ホットパンツにキャミソール、かなり夏用の格好だが、暑いのだろうか。
のるんは薄手のニットにジーンズと春先のコーデに身を包んでいるのだが、そこまで暑くもない。
手をパタパタと振りながら、扇いでいるのを見ると、それでも暑そうだ。
(夏本番になったら水着で彷徨きまわってるとか……無いよね?)
世の男子高校生を敵に回すようなことはしたくない。
まだのるんは死にたくない。平穏な生活を過ごす為に画策しているのに、嫉妬殺害エンドは避けたい。
扇情しまくっているさなと一緒に居たら、いつかのるんごと拉致されるのではないだろうか。
(最悪の場合は、そっと逃げよう。ボク悪くないしね)
そんな事を考えながら、のるんは玄関の鍵を閉める。
いつの間にか、さなはのるんの腕をガッチリとロックしていることには、目を逸らす。
目的地までは暫く掛かるとのことで、二人は暫くの間、雑談しながら、田舎道を歩いていった。
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星失──「神薙の滝」
のるんはさなに連れられ、学校の裏山付近にある場所まで来ていた。
午前中にも関わらず、薄暗い日光が鬱蒼としている木々をより不気味にさせている。
此処に来るまでも、神秘的な雰囲気が漂っていたが、眼の前の滝は、より神秘的だ。
見るものを圧倒する水量でも、高さが凄いわけでもない。
口のように空いた岩の切れ目から、水が落ちているのだ。のるんは自然の神秘につい見惚れる。
「岩の裂け目……?から、水が落ちてるんだね。音も静かだけど、水量もしっかりしてる……」
「うんうん!水も澄んでて、飲んでも良し、水浴びしても良しで、お気に入りの場所なんだ〜」
岩に囲まれた滝壺の水を覗き込んでみると、確かに澄んでいる。
それに、人が訪れた気配も殆ど無い。周囲にも、獣の足跡はあるが、人のものは無い。
水の流れる音、鳥の鳴き声といった自然由来の音以外は、何一つ聞こえてこない。
のるんが自然に溶け込んでいく中、さなはふぅと息を吐き、近くにある大きな苔生した岩に座る。
岩の上で、身体を伸ばし、少し婆臭い声を出しながら、深呼吸をしている。
「ん〜、涼しい〜!近くの滝がマイナスイオンを発してる気がして、気持ちいい〜!」
「ちょっと肌寒いくらいだけど、確かに黒崎さんには丁度良いかも」
極度の暑がりであるさなは、出会った時から非常に薄手の格好をしている。
個人的には、襲われないのか心配になるが、今の所は誰も手を出そうとはしていない。
変な話だよなぁ、と思いながらも友人がそういう目に合うのは嫌なので、感謝している。
「落ち込んだりした時は、ここでぼーっとしたりしてるんだ。誰も来ない、わたしだけの場所」
「……いいの?そんな大事な場所を、ボクなんかに教えちゃって」
のるんは、滝壺に足を放り、さなを見上げるように見る。
「勿論!のるんちゃんと此処で過ごしたいって思ったから、教えたんだもん。……嫌だった?」
「んーん。嬉しいよ。ありがとうね、黒崎さん」
のるんが感謝を述べると、さなは頬を膨らませながら、岩から飛び降り、こちらへと向かってくる。
目を丸くさせながら、さなを見守っていると、徐ろにのるんの両頬をむにぃっと引っ張り始めた。
痛みこそ無いものの、突然のぷち暴力に戸惑っていると、さなが少ししかめっ面で、こちらを見る。
「な・ま・え!わたしの事は、さなって呼んでよ。……だめ?」
そんな言われ方をされて、断れる人間はきっとこの世には存在しない。
最初の方は、えーと、と言葉を濁しながら躱していたが、どうやら今回は逃がしてくれないらしい。
二人だけの場所まで提供されてしまったからには、それくらいのことは承諾しろと言わんばかりだ。
散々考えた挙句、のるんは力無く首を縦に振った。
「分かったよ、さなちゃん。……これでいいかな?」
「ふふん、まぁ、今はそれでいいでしょう〜!」
これ以上は何を望むんだ……、とのるんは暫くの間、さなとその場で過ごしてから解散する。
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さなとの関係が「親しい友人」へと変化した。
星失「神薙の滝」が解放された。
──黒崎さな以外との外出には使用できませんが、ここでは関係値が大幅に上昇します。
単独での使用時は、滝行をすることで、魅力が上昇しやすくなります。




