#36 天才流話術
ヤタノとなしろは一足先に、現実世界へと戻り、のるんと凪織の帰りを部室で待っていた。
すっかり日が暮れ、もう間もなく夜になりそうな時間だ。結構長い間、「ヘルヘイム」に居たらしい。
なしろの計らいで珈琲を淹れてもらったヤタノは、温かい珈琲に息を吹きかけ、口に運ぶ。
「あちちっ、淹れたては熱々だねぇ……、ぼく猫舌だから時間かかりそ〜……」
「すぐに帰るのなら、無理して飲まなくてもいいわよ?」
なしろはヤタノを気にすることもなく、自分専用のティーカップに口を付けている。
湯気が立ち、香り高い珈琲は、学校内にも関わらず、ミルで先程挽いたばかりの豆を使用している。
こういう時はインスタントのモノを飲むのが定石なのだが、相変わらず、彼女の事は理解し難い。
なしろの気遣いに、ヤタノは手をパタパタと振り、謙遜した様子で、丁重に断る。
「いーんだよ〜。どうせ、まだわんことのるちゃが帰ってきてないからねぇ。二人が戻るまでは残るよ」
「そう、何も無いけれど、ゆっくりしていくと良いわ」
会話はそれで終わり、暫しの間、沈黙が空間を支配していた。
古時計の針がチクタクと鳴り、なしろの読んでいる本の頁が捲られる音まで鮮明に聞こえる程、部屋の中は静かだった。
口火を切るのは、何時だってヤタノの方だった。
最初の方はソワソワするだけだったが、次第に我慢できなくなったのか、ねえ、と声を掛けてしまった。
「なにかしら」
なしろが本から視線を動かさずに、簡単に返事をする。
彼女の事は、書類やデータ上では知っているが、実際の彼女はほとんど知らない。
折角の機会だ、今のうちにある程度仲良くなっておこうと、ヤタノは考え、質問を考える。
「此処の教室って、多分学校の地図にも載ってないはずだけど、どうしてなの?」
「生徒会の人間がそんな事を聞くなんてね……。生徒会──生徒会長様が消したのよ。反乱分子の影響力を割くためにね」
ヤタノは、なしろの言葉を聞き、頭上に疑問符を幾つか浮かべる。
そんな話は聞いたことがない。生徒会長は干渉するなとは言っていたが、潰せとは言っていない。
ただ、何も知らない自分が、なしろの話を頭ごなしに否定する訳にも行かない。
ここは話を合わせながら、情報を収集しておいた方が良いだろう。
「詳しいことは何も知らないんだぁ。なにせまだ入って二週間だからねえ。姫宮さんのことも、書類でも見ただけだし〜」
「それもそうね。漆原さんは一年生だもの。知らないのも無理ないわ」
どうやら納得してくれたらしい。これで、凪織達が帰るまで話題が絶えることはないだろう。
こちらでの会話も気になるが、凪織達は何をしているのだろうか……。
(特に何事もなければいいけどなぁ〜。わんこ、のるちゃにボコボコにされてないかなぁ)
まぁ無いか、と頭の片隅に居た凪織を消し去り、ヤタノは眼の前のなしろに集中する。
ヤタノの偏見ではあるが、なしろの事は個人的にかなり警戒している。
勿論、生徒会長達に言われれいたのもあるが、どうにも胡散臭さがあるのだ。
(なんていうか、とても1個上には見えないと言うか……何処か底知れなさがあるというか)
そんな、気持ちの悪さが、なしろのそこかしこから溢れ出ているのだ。
薄気味悪い微笑も、的確な指示や、「ヘルヘイム」での立ち回りも。
気になる部分が多すぎるのだ。のるんや凪織はまだ分かりやすい。腹の底も読める。
けれど、彼女だけは読み切れない部分が多すぎる。だからこそ、話しておきたい。
(本当に、彼女を信頼して良いのか。それとも、生徒会と同じ判断を下すのか……)
天才と周りから呼ばれている以上、失敗はできない。
天才とは、他者に期待され、その結果に応えたからこそ、与えられる勲章なのだ。
「折角の機会だし、何でもは無理だけれど……、答えられる範囲でなら答えるわよ?」
「え?本当〜?嬉しい〜!じゃあね、じゃあね〜」
ヤタノは嬉しそうにしながらも、頭をフル回転させ、質問を考える。
的確に、それでいて核心を突けるような、そんな一撃をなしろに与えるにはどうすればいいか。
考えが纏まらないヤタノは、話しながら考えることにした。そうすれば、猶予が与えられる。
「見た感じ、この部室に数人くらい居た痕跡があるけど、その人達って今どうしてるの?」
「へえ……、どうしてそんな事が分かるのかしら」
なしろの目が細くなり、こちらを鋭く睨みつけている。
顔は笑っているが、目は笑っていない。完全に地雷を踏んだ可能性もあるが、もう退けない。
ヤタノは、笑顔で考えを悟らせないようにしながら、周囲を見回しつつ、言葉を続ける。
「例えばね〜、そこに積まれている椅子。最近動かしたんじゃない〜?掃除はある程度されてるけど、椅子の裏まで綺麗にされてる辺り、使わなくなって久しい、って感じでもなさそうだし。って事は、前まで使ってたけど、使わなくなったって考えるのが自然じゃない?」
「良く見てるわね……。模様替えしただけよ。私はずっと一人だもの」
ずっと一人で此処を使っていたのなら、模様替えなどする必要はない、と言いたい所だが、それでは彼女を追い詰めることは出来ない。
それでも、ヤタノは諦めずに情報を引き出すべく、舌の根が乾く暇がない程に口を動かす。
「他にも、ソーサーが四つも……。これも一人で使ってた、なんて言わないよねぇ。来客用に四つも必要な事なんて、無いもんね?」
「……仮に、私に……。いいえ、この部活に人が居たら何か不都合があるのかしら?」
なしろは目を伏せながら、本をパタリと閉じる。どうやら、話をする気になったらしい。
ヤタノは、少し頬が緩むのを感じながら、捲し立てるように話を続ける。
「ん〜。だって、生徒会長が存在を認めないってことは、その部活が無い扱いされてるってことじゃん?でも、要注意人物として、生徒会で警戒されてるのは姫宮さんだけ。でも、他に部員が居たとしたら、その子達はどうしてるのかなぁって思うのは、おかしいことじゃないよね〜?」
「皆辞めていったわよ。この部活だって、昔は普通にオカルト研究をしていただけだったもの」
ヤタノは、ふむふむとなしろの言葉を聞きながら、考えを纏める。
目を通した書類では、なしろが要注意人物に指定されたのは、去年の夏頃。
それまでは、複数人部員が居たのだろう。一年の夏に部活を一つ潰したとなれば、恨みも凄いだろう。
「解散した理由は……?そこは詳しく知らないんだよねぇ」
「もう忘れたわ。聞きたいなら、生徒会長様に聞けば良いわ」
なしろはそう言い残すと、再び読書を再開した。
どうやら、これ以上の情報を今引き出すことは出来なさそうだ。
(まぁ、珈琲でも飲んで、わんこの帰りを待ちますか……)
日が暮れる中、ヤタノは少し冷めた珈琲に、砂糖とミルクを数個入れて、ぐいっと飲む。
ブラックではとても飲めない苦さだったが、今は程よい甘さが全身に染み渡っている。
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少ししてから、のるんと凪織が現実世界へと戻ってくると、二人は各々でゆっくりと過ごしていた。
やけに席を離しているのが気になったのるんは、首を傾げながら、ヤタノに耳打ちをする。
「姫宮さんと何かあった?」
「ん〜ん、何にもないよ〜。それより、わんこが満面の笑みで尻尾振ってるけど、なにあれ?」
のるんが凪織の方を見ると、確かに自慢したそうな表情でウズウズしているように見える。
きっと、「戯装」を出せるようになったから、一緒に戦えると喜んでいるのだろう。
味方を護る事ができる聖盾に、巨大な螺旋槍を携えた凪織は見るからに聖騎士といった風貌だ。
あんなすけべわんこに護られたい人は居ないだろうが、戦力として十二分に活躍できるだろう。
今すぐにでも報告したそうにしている凪織の口に飴を放り込みながら、のるんはなしろを見る。
「今日の所は解散して、また後日に今回の件での報告とかをする感じでいいかな?もう皆疲れてるだろうし」
「えぇ、構わないわ。那雲さん、漆原さんは生徒会に気をつけなさい。貴方達をどうするか、分かったものじゃないもの」
なしろのその言葉は、何よりも重い気がした。
助けに来てくれなかった二人が、今何しているのかすら分からないのだから。




