#35 「覚醒」
瓦礫に埋もれてしまった凪織の「エゴ」をのるんは、目的もなく眺める。
これで、凪織を救うことが出来たのだろうか。あまりに実感がない。
なぁんなぁん言っている凪織は、普段と特段変わらない様子で、鳴き声を上げているだけだ。
難しい顔でシャンデリアを眺めているのるんに、ヤタノは肩を叩き、満面の笑みでこちらに微笑みかける。
「ま、わんこも無事だし?後はわんこを無事に送り返すだけ!ぼくってばじーにあすだねえ!!」
「そうね。無事に堕ちた人を生きて現実に帰せるなら、上出来よ」
なしろも、ヤタノの言葉に同調し、穏やかな表情のまま、その場を後にしようとする。
だが、のるんは何となく引っ掛かっている。言葉に出来ないが、何となく嫌な感じがするのだ。
言語化できない自分に嫌悪感を抱きながら、のるんはその場から動けずに居る。
(本当に、この問題は解決したの?那雲さんは、死なずに済むの……?)
急遽落ちてきたシャンデリアの下に居るであろう、凪織の「エゴ」はそのままにしておいて良いのか。
この場を後にしてしまって良いのか。シャンデリアをぼおっと眺めていると、凪織が隣に座る。
「此処に居るんでしたっけ。もう一人のボクが」
「……うん。ぺしゃんこになってからは……反応、ないけどね」
凪織は複雑な表情で、シャンデリア周りを歩いて回る。
足取りは重く、一歩一歩踏み締めるように、何かを後悔しているような態度を隠さずに。
暫くの間は、お互い何も言葉も交わさなかったが、次第に凪織は、ぽつぽつと言葉を漏らし始める。
「ボクは……生きてても良いのでしょうか。のるんさんも見たでしょう」
凪織が殺人を犯したことを言っているのだろうか。そんなもの、自分には決められない話だ。
生きたいのなら生きれば良い。死にたければ、一人で勝手に死ねば良い。
生殺与奪の権利は自分にしか無い。誰かに死ねと言って死ぬのは、きっと間違っている。
曖昧な表情でのるんは、苦笑いする。だって、答えは自分で決めるべきものだからだ。
「さぁ。那雲さんが死にたいのなら、ボクが今此処で罪を背負ったって良いよ」
「や!流石にそういう訳ニモ……。それに、「今は」死にたいとは思ってませんし……」
なんとなく、凪織の言葉が引っかかる。喉元に魚の骨が引っかかる感覚だ。
(あ、そうか……今は、って事は、「ヘルヘイム」に堕ちた時は死にたいって思ってたんだ)
そうでなければ、彼女が、此処で「エゴ」に殺されかけることもない。
血飛沫まみれのシャンデリアを眺めていたのるんに、凪織は、ニヒルな表情を浮かべる。
「命が惜しいなって思っちゃったんですよね、「エゴ」に身体を寄越せって言われた時。咄嗟に拒絶してしまったんデス。まだ死にたくないって、漆原さんや、のるんさんの顔が浮かんで、まだ出来てないことが沢山あるんだって思ったら、拒んじゃった……えへ。本当はそんな資格なんて無いのに」
「……それは、親や妹を殺したから?」
のるんの問いに、凪織は首を力無くカクリと縦に振る。
正直言って、簡単に想像できるものではない。親も兄弟も、元より居なかった自分にとっては。
親殺しの罪が重いことは、知識としては知っている。
した事も、する事が出来ないのるんにとっては、同情することすら烏滸がましい。
「でも、生きたいって思ったから、今こうしているんでしょ?」
「そう……ですネ。例え、無能だって罵られても、漆原さんを裏切れない。裏切りたくない」
凪織は拳を固く握り締め、唇を噛んでいる。
「だから、ボクは生きます、死んでなんかやりませんとも。罪を背負って、いつか……「ヘルヘイム」で、のるんさん達の力になれるように、少しでも努力するつもりです。今は弱くたって……、未来まで決まってるわけじゃないんですし!わふっ」
「へぇ、「ボク」の分際で言ってくれるじゃないデスか。現に「戯装」の一つも出せないくせに」
のるんがビクリと身体を震わせると、シャンデリアで潰されていたはずの凪織の「エゴ」が、下から這い出てくる。
あちこちから血が吹き出し、いかにも満身創痍だと言わんばかりな風体の彼女は、力無く笑う。
「お前が努力して、どうにかなるもんじゃないんデスよ。「戯装」も、親殺しの罪も。さっさとボクに身体を明け渡せば、もっと幸せに死ねただろうに……」
「かもね、もしかしたらずっと「戯装」を出せずに、お荷物になるかも知れない。その時はその時で、ボクでも力になれることを探すだけだよ」
ふぅん、と声を漏らす「エゴ」は随分と不服そうだ。
「まぁ、どちらにせよ。ボクはもう直、消える。でも流石に迷惑料を払わないのは、何となく嫌だから、キミにこれ、あげるよ」
凪織の「エゴ」は凪織の身体に手で触れ、黒い光を放ち始める。
慌てた凪織は、振り解こうと抗うも、「エゴ」の力の強さの前では、成す術も無いらしい。
やがて、黒い光は収束し、凪織の身体に浸透していき、「エゴ」はその場から消えてしまった。
「えと……なんだったんだろう……?」
「もしかして、今なら「戯装」出せたりするんじゃない?出し方、憶えてる?」
そりゃあ覚えてますけど……と、凪織は半信半疑で、目を瞑る。
「「戯装」……抜錨」
凪織の周囲に黒い光の粒子が顕れ、全身から発した黒い光はやがて、両手に収束する。
やがてそれは、一つの形と成り、凪織の想いに答え、他者を護る武装へと変貌する。
徐々に凪織の両手に形造られていく「戯装」を見て、のるんは小さく息を漏らす。
「白くて……巨大な螺旋槍……?」
左手には神々しく輝く白い螺旋槍、右手には巨大な聖盾が携えられている。
「これが……ボクの「戯装」……?もしかして、ボクの「エゴ」が……?」
「かもね。この力で、やれるだけやってみろって餞別なのかも」
とても、凪織の腕では扱うことが出来ない重厚さを兼ね備えている「戯装」を、軽々しく振るう姿を見て、のるんは改めて思う。
彼女を助けてよかったのだと。彼女を殺す選択肢を取らなくて良かったと。
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時は同じくして、生徒会室。
鈴とりあは、複雑そうな表情でモニターを凝視していた。
「反応消失。どうやら那雲さんの「エゴ」が敗れたみたいね。那雲さんらしき反応はまだあるし、救出成功って所じゃない?」
「……そうですか、残念です。此処で死んで頂く予定だったのですが。困ったものですね」
鈴はティーカップに口をつけ、コクリと中に入っているロイヤルミルクティを飲む。
淹れたばかりなのか、湯気が立っており、香り高いそれは、部屋中に茶葉の匂いが漂わせる。
「あんたの計画は、無事失敗した訳だけど。どうするつもり?「カレンデュラ」?」
「酷いですねぇ……私のせいにしないで頂きたいのですが。「女王」や「特異点」が居たのなら、状況など、どうとでも変わるでしょう」
「カレンデュラ」は、自身の前に置かれていたティーカップを一瞥すると、りあに視線を移す。
顔や言葉には怒りを感じないが、「カレンデュラ」が、苛立ちを覚えていることだけは分かる。
「「特異点」……ねぇ。私としては、結代さんより、よっぽど漆原さんの方が「特異点」だと思うけど。「カレンデュラ」はどうして、あの子のことをそう呼ぶのかしら」
りあの言葉に、「カレンデュラ」は顎を擦りながら、考え込む。
「簡単な話ですよ。漆原ヤタノは、自分の才能だけで「戯装」を展開していましたが、彼女には何の才能も感じられませんでした。言ってしまえば、ただの一般人が「天才」と同じ事をしている。絶対に何か裏はあると思いますよ。警戒するに越したことは無いでしょうね」
「ふむ……「カレンデュラ」さんがそう仰るのであれば、我々も良く見ておいたほうが良いかも知れませんね。彼女が今後、誰と徒党を組み、何を成すのか……それ次第では、私達も事を構えないと行けないかも知れないですし」
鈴達は、生徒会室で暫くの間、誰一人として言葉を交わす事はなかった。




