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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
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#35 「覚醒」


 瓦礫に埋もれてしまった凪織の「エゴ」をのるんは、目的もなく眺める。

 これで、凪織を救うことが出来たのだろうか。あまりに実感がない。

 なぁんなぁん言っている凪織は、普段と特段変わらない様子で、鳴き声を上げているだけだ。

 難しい顔でシャンデリアを眺めているのるんに、ヤタノは肩を叩き、満面の笑みでこちらに微笑みかける。


 「ま、わんこも無事だし?後はわんこを無事に送り返すだけ!ぼくってばじーにあすだねえ!!」

 「そうね。無事に堕ちた人を生きて現実に帰せるなら、上出来よ」


 なしろも、ヤタノの言葉に同調し、穏やかな表情のまま、その場を後にしようとする。

 だが、のるんは何となく引っ掛かっている。言葉に出来ないが、何となく嫌な感じがするのだ。

 言語化できない自分に嫌悪感を抱きながら、のるんはその場から動けずに居る。


 (本当に、この問題は解決したの?那雲さんは、死なずに済むの……?)

 

 急遽落ちてきたシャンデリアの下に居るであろう、凪織の「エゴ」はそのままにしておいて良いのか。

 この場を後にしてしまって良いのか。シャンデリアをぼおっと眺めていると、凪織が隣に座る。


 「此処に居るんでしたっけ。もう一人のボクが」

 「……うん。ぺしゃんこになってからは……反応、ないけどね」

 

 凪織は複雑な表情で、シャンデリア周りを歩いて回る。

 足取りは重く、一歩一歩踏み締めるように、何かを後悔しているような態度を隠さずに。

 暫くの間は、お互い何も言葉も交わさなかったが、次第に凪織は、ぽつぽつと言葉を漏らし始める。


 「ボクは……生きてても良いのでしょうか。のるんさんも見たでしょう」


 凪織が殺人を犯したことを言っているのだろうか。そんなもの、自分には決められない話だ。

 生きたいのなら生きれば良い。死にたければ、一人で勝手に死ねば良い。

 生殺与奪の権利は自分にしか無い。誰かに死ねと言って死ぬのは、きっと間違っている。

 曖昧な表情でのるんは、苦笑いする。だって、答えは自分で決めるべきものだからだ。


 「さぁ。那雲さんが死にたいのなら、ボクが今此処で罪を背負ったって良いよ」

 「や!流石にそういう訳ニモ……。それに、「今は」死にたいとは思ってませんし……」


 なんとなく、凪織の言葉が引っかかる。喉元に魚の骨が引っかかる感覚だ。

 

 (あ、そうか……今は、って事は、「ヘルヘイム」に堕ちた時は死にたいって思ってたんだ)


 そうでなければ、彼女が、此処で「エゴ」に殺されかけることもない。

 血飛沫まみれのシャンデリアを眺めていたのるんに、凪織は、ニヒルな表情を浮かべる。


 「命が惜しいなって思っちゃったんですよね、「エゴ」に身体を寄越せって言われた時。咄嗟に拒絶してしまったんデス。まだ死にたくないって、漆原さんや、のるんさんの顔が浮かんで、まだ出来てないことが沢山あるんだって思ったら、拒んじゃった……えへ。本当はそんな資格なんて無いのに」

 「……それは、親や妹を殺したから?」


 のるんの問いに、凪織は首を力無くカクリと縦に振る。

 正直言って、簡単に想像できるものではない。親も兄弟も、元より居なかった自分にとっては。

 親殺しの罪が重いことは、知識としては知っている。

 した事も、する事が出来ないのるんにとっては、同情することすら烏滸がましい。


 「でも、生きたいって思ったから、今こうしているんでしょ?」

 「そう……ですネ。例え、無能だって罵られても、漆原さんを裏切れない。裏切りたくない」 

 

 凪織は拳を固く握り締め、唇を噛んでいる。


 「だから、ボクは生きます、死んでなんかやりませんとも。罪を背負って、いつか……「ヘルヘイム」で、のるんさん達の力になれるように、少しでも努力するつもりです。今は弱くたって……、未来まで決まってるわけじゃないんですし!わふっ」

 「へぇ、「ボク」の分際で言ってくれるじゃないデスか。現に「戯装」の一つも出せないくせに」


 のるんがビクリと身体を震わせると、シャンデリアで潰されていたはずの凪織の「エゴ」が、下から這い出てくる。

 あちこちから血が吹き出し、いかにも満身創痍だと言わんばかりな風体の彼女は、力無く笑う。


 「お前が努力して、どうにかなるもんじゃないんデスよ。「戯装」も、親殺しの罪も。さっさとボクに身体を明け渡せば、もっと幸せに死ねただろうに……」

 「かもね、もしかしたらずっと「戯装」を出せずに、お荷物になるかも知れない。その時はその時で、ボクでも力になれることを探すだけだよ」


 ふぅん、と声を漏らす「エゴ」は随分と不服そうだ。


 「まぁ、どちらにせよ。ボクはもう直、消える。でも流石に迷惑料を払わないのは、何となく嫌だから、キミにこれ、あげるよ」

 

 凪織の「エゴ」は凪織の身体に手で触れ、黒い光を放ち始める。

 慌てた凪織は、振り解こうと抗うも、「エゴ」の力の強さの前では、成す術も無いらしい。

 やがて、黒い光は収束し、凪織の身体に浸透していき、「エゴ」はその場から消えてしまった。


 「えと……なんだったんだろう……?」

 「もしかして、今なら「戯装」出せたりするんじゃない?出し方、憶えてる?」


 そりゃあ覚えてますけど……と、凪織は半信半疑で、目を瞑る。


 「「戯装」……抜錨」


 凪織の周囲に黒い光の粒子が顕れ、全身から発した黒い光はやがて、両手に収束する。

 やがてそれは、一つの形と成り、凪織の想いに答え、他者を護る武装へと変貌する。

 徐々に凪織の両手に形造られていく「戯装」を見て、のるんは小さく息を漏らす。

 

 「白くて……巨大な螺旋槍(らせんそう)……?」


 左手には神々しく輝く白い螺旋槍、右手には巨大な聖盾が携えられている。

 

 「これが……ボクの「戯装」……?もしかして、ボクの「エゴ」が……?」

 「かもね。この力で、やれるだけやってみろって餞別なのかも」

 

 とても、凪織の腕では扱うことが出来ない重厚さを兼ね備えている「戯装」を、軽々しく振るう姿を見て、のるんは改めて思う。

 彼女を助けてよかったのだと。彼女を殺す選択肢を取らなくて良かったと。




 __________________

 

 時は同じくして、生徒会室。

 鈴とりあは、複雑そうな表情でモニターを凝視していた。


 「反応消失。どうやら那雲さんの「エゴ」が敗れたみたいね。那雲さんらしき反応はまだあるし、救出成功って所じゃない?」

 「……そうですか、残念です。此処で死んで頂く予定だったのですが。困ったものですね」


 鈴はティーカップに口をつけ、コクリと中に入っているロイヤルミルクティを飲む。

 淹れたばかりなのか、湯気が立っており、香り高いそれは、部屋中に茶葉の匂いが漂わせる。


 「あんたの計画は、無事失敗した訳だけど。どうするつもり?「カレンデュラ」?」

 「酷いですねぇ……私のせいにしないで頂きたいのですが。「女王(クィーン)」や「特異点(シンギュラリティ)」が居たのなら、状況など、どうとでも変わるでしょう」

 

 「カレンデュラ」は、自身の前に置かれていたティーカップを一瞥すると、りあに視線を移す。

 顔や言葉には怒りを感じないが、「カレンデュラ」が、苛立ちを覚えていることだけは分かる。


 「「特異点」……ねぇ。私としては、結代さんより、よっぽど漆原さんの方が「特異点」だと思うけど。「カレンデュラ」はどうして、あの子のことをそう呼ぶのかしら」


 りあの言葉に、「カレンデュラ」は顎を擦りながら、考え込む。

 

 「簡単な話ですよ。漆原ヤタノは、自分の才能だけで「戯装」を展開していましたが、彼女には何の才能も感じられませんでした。言ってしまえば、ただの一般人が「天才」と同じ事をしている。絶対に何か裏はあると思いますよ。警戒するに越したことは無いでしょうね」

 「ふむ……「カレンデュラ」さんがそう仰るのであれば、我々も良く見ておいたほうが良いかも知れませんね。彼女が今後、誰と徒党を組み、何を成すのか……それ次第では、私達も事を構えないと行けないかも知れないですし」


 鈴達は、生徒会室で暫くの間、誰一人として言葉を交わす事はなかった。




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