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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
33/34

#32 「曲解」


 階段を登り、凪織が居るであろう五階へと辿り着くと、そこは四階までと大きく掛け離れていた。

 先程までは豪華絢爛という言葉が似合う風体だったが、今目の前に広がる光景は歪なものだった。

 あちこちが焼け焦げ、調度品は割れ、床や絨毯はずたずたに引き裂かれている。

 匂いも酷い。人の肉が焼けた匂いと薬物のようなケミカル臭で、思わず鼻を抓んでしまう程だ。

 のるんは、思わず言葉を失ってしまう。他の二人も、言葉が出ないのか、悲しげな表情を浮かべる。

 

 「なに……これ」

 「さぁ。随分悪趣味ね、とは思うけれど。那雲さんの中は案外、こうなのかもね」

 「それ、どういう事……?」


 ヤタノは鼻を抓みながら、首を傾げている。見た目が滑稽だが、それ程匂いが酷い。

 なしろはすぐに慣れたのか、平然とした顔で周囲を見回しながら、ふぅと息を吐く。


 「簡単に言えば、この城は那雲さんと彼女の「エゴ」が創り上げたモノなの。勿論、全部が全部、彼女の心象風景という訳じゃないだろうけれど。この有様になった理由は必ずあるわ」

 

 それこそ、何かに影響されたとか、誰かにこうなるように強制された、とかね、と続ける。

 周囲に「エゴ」が居ないことも確認したなしろは、腕を組んで考え込む。


 「五階だけがこの有様で、他の階は普通。言ってしまえば、表面上(低層階)は普通を装ってるけど、内心は五階の方、みたいな感じかしらね。メンヘラ拗らせてて可愛いじゃないの」

 「この光景が……わんこの内心……」


 ヤタノは、思い当たる節があるのか、顔を真っ青にさせながら、震えている。

 どうやら、焼け焦げた人の匂いと、ケミカル臭に、彼女は心当たりがあるらしい。

 未だに鼻が慣れていないのるんは、二人の会話に耳を傾けながら、壁に飾られた絵を眺める。


 (那雲さん以外が塗り潰された絵と、那雲さんだけが塗り潰された写真……)


 一体、どういう意味があるのだろう。二枚の記録に映る人物が同じかすら分からない。

 家族や友人、恋人なのか、それとも他の関係性なのか……、そう考えていると、横にもう一枚あった。

 満面の笑みの凪織と、首から上が千切られた写真。服装を見るに、高校の入学式だろうか。

 

 (多分だけど……、隣でギャルピースしてる女の子って……)


 顔こそ見えないものの、背格好と身長差を鑑みれば、隣りにいるのがヤタノだと分かる。

 他の写真や絵は黒く塗り潰されているのに、彼女の顔だけは力尽くで千切られている。

 のるんは、二人の話が変な方向に行っているのを聞き流しながら、考え込む。

 

 (他の写真も、曖昧な笑顔で写ってる那雲さんと、友人……なのかな)


 中学、高校、私服での写真や絵があちこちに貼られている。

 壁には鋲のようなもので打たれているが、顔を黒く塗り潰した上から押している物もある。

 見た感じではあるが、五階部分が焼け焦げた後に、この写真や絵が貼られているのも気になった。

 

 (この写真も気になるけど、このケミカル臭の出処は……)


 「エゴ」が居ないことは再度確認してから、のるんは匂いの強い場所へと進んでいく。

 幸い、目的地であろう場所とは逆方向なので、行ってみても損はない。

 ぼろぼろになった絨毯を踏み締めながら、血で汚れていた扉を開くと、匂いが特にきつくなる。

 中に入ったのるんは、目を丸くさせながら、悲鳴を上げてしまった。

 思わず尻もちを付いてしまったが、床にも血溜まりが多く、お尻が少し血で濡れてしまう。


 「い、いやああああああ!!」

 「結代さん!?どうかし、……あぁ。これは普通の子にはショッキングね……」


 のるんの悲鳴に気づいたなしろとヤタノが扉を開いて見た光景は、凄惨なものだった。

 中は一般の何処の家庭にでもあるようなリビング。四つの椅子に大きなテーブル。

 キッチンやソファ、柱時計もあり、細部まで拘り尽くされた、極々普通の一室といえるものだ。

 部屋の中は、ベージュの壁に、ウォールナット調のフローリング。テレビも四拾弐型くらいだろう。

 家族団欒の光景が手に取るように見えたその部屋は、とても平穏な状況ではなかった。

 どれもこれもが鋭利な刃物で切り裂かれ、重厚な鈍器で、見るも無惨に破壊されている。


 「なに、これ。あ、この子……多分、わんこの妹じゃないかな。酷いねえ……」

 

 ヤタノは絶句しながら、眼の前の光景を呆然と眺めていた。

 中の状況は、常軌を逸していた。首の無い中学生くらいの娘がソファに横たわっている。

 零明高校の近くにある中学の制服を着ている女の子の首は、ソファの裏側に落ちていた。

 焦点の合わない瞳が、こちらを見ている気がして、のるんは、気が動転してしまう。

 目を逸らそうと、テーブルの方へと目を向けると、顔面が黒焦げになっている男女が居た。

 二人とも、席に座っており、テーブルの上に置かれている料理を食べている光景に見えた。

 

 「漆原さん、こちらの二人は……ご両親かしら」


 なしろの問いに、ヤタノは震えながらも、首をカクリと縦に振る。

 なしろは、ふむと考え込んだ後に、両親の元へ近寄り、検分じみたことを平然と行う。

 テーブルの上から、両親の着ている服の中まで、ある程度確認し終えると、のるんの元へと戻った。


 「妹さんは、何か鋭利な刃物で首を一刀両断にされてるわ。ご両親は死後に、頭に可燃性の液体を掛けて、燃やされてるわ。しかも、ご丁寧に身体は燃えないように、綺麗に消火されてる。本当に良い趣味してるわね」

 「……これも、「エゴ」の仕業なの?」


 ようやく呼吸が出来るようになってきたのるんは、嗚咽を漏らしながら、酸素を取り込もうとする。

 なしろは難しい顔をしながら、那雲凪織の家族である三体の遺体に視点を移す。


 「残念ながら、それは分からないわ。「カレンデュラ」が、こういう風に()()()()()可能性もあるし、彼女の心象風景がこの光景を作り出した可能性もある。こればっかりは何とも言えないわね」

 「書き換えるって……、そんな事出来るの?」


 のるんはおずおずと自分の思ってることを口に出してしまった。

 「ヘルヘイム」についても、こんな大きなお城についても、のるんは何一つとして分かっていない。


 「基本的には出来ないと思っていいわ。ただ、堕とされた人は往々にして、こういった後ろめたい部分や、表に出せない感情を、こういう風に発露する事が多いの。これが脚色されたものなのか、それとも実際に起きた事をありのまま出力したものなのか。その程度のものよ。その点は……」


 なしろはヤタノの方を見る。貴方の方が詳しいでしょう?と言わんばかりの表情だ。

 この部屋に入ってからの、ヤタノの様子は少しおかしい。顔面蒼白のまま、中を見ていた。

 自分に話を振られたことに気づくと、ヤタノは精一杯の作り笑顔を見せて、唇に指を添える。


 「……わんこが天涯孤独な事は知っていたけど、どうして亡くなったまでは聞いてなかったや」

 「本当かしら。貴方の表情をずっと見ていたけれど……、知らないようには見えなかったわ」


 なしろが目を細め、ヤタノを詰問している。のるんはすかさず、ヤタノを自分の裏に隠す。

 訝しげな表情で自分も見られてしまったが、流石に今のヤタノは見ていられない。

 秘密など、誰にだってある。今見ているこの状況も、きっと凪織は見て欲しくないものだろう。


 「この風景の真偽を問い質しても意味、無いでしょ?肝心なのは、本人が何処に居るかだよ」

 「はえ〜。本人って誰のことですかぁ?こんな場所に人が来るなんて、驚きました〜」


 聞き慣れた声で話しかけられたのるんは、ぎょっとした表情で振り向いた。

 そこには、制服姿でのほほんとした表情の凪織が立っている。どうやら、無事だったらしい。

 だが、ヤタノの表情は曇ったままだ。未だにのるんの後ろから離れようとしない。


 (後ろめたいのかな、でも何となく、違和感を覚える気持ちは分かる)


 のるんは、なしろに目配せをする。どうやら考えていることは同じだったらしい。

 二人よりも一歩だけ、凪織に近づき、なしろは優雅な一礼を持って、彼女への敬意を表する。

 

 「ご機嫌よう……貴方が、那雲凪織さんね?」

 「はい、貴方は姫宮なしろさんです、よね。いつもヤタノさんがお世話になっています」


 凪織は、至極いつも通りと行った様子でなしろに礼をする。

 この当たり前の光景に、のるんは酷く違和感を覚えた。この状況下で、どうして冷静なのかと。

 その違和感を、なしろも感じ取っていたのか、瞬きもしない間に、「戯装」を解放する。


 「本人を名乗るなら、本人の心象まで投影するべきね。いや、「エゴ」風情には出来ないか」

 「あー……ソウダッタソウダッタ。姫宮さんは「ヘルヘイム」を熟知してたんだった」


 凪織の表情は、徐々に歪さが混ざり、最終的には本人が見せない表情へと変わっていった。

 人を卑下するような表情、厭味ったらしい瞳に、引き攣った口角。本人とは掛け離れた態度。


 (彼女が……人格を宿した「エゴ」。他の有象無象とは全然違う……)


 「じゃ、改めて。ボクはあのゴミから産まれた「エゴ」、悪いけど、帰ってくれないかな?」


 彼女が本性を表して喋った途端、周囲の空気が一気に冷えた気がした。

 

 

 


 

 


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