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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
34/34

#33 「得られなかったものは」


 

 「じゃ、改めて。ボクはあのゴミから産まれた「エゴ」、悪いけど、帰ってくれないかな?」


 底冷えさせるような声色で、凪織の「エゴ」は薄く微笑んだ。

 諦観や、憎しみといった負の感情が織り交ぜられた彼女の顔は、いつもの彼女とは掛け離れていた。

 のるんは、彼女に掛ける言葉に悩んだ。帰ろう、は違う。凪織は何処?も違う気がする。


 (どうすればいいの……?ボクは一体、何のために此処に来たの)


 自分の曖昧さに反吐が出ながら、のるんは見下した表情の凪織をキッと睨みつける。

 のるんの視線に気づいた凪織は、舌舐めずりをしながら、興味深そうにのるんに視線を向けた。


 「なんです?もしかして、この部屋の光景が気になるとか?イーヨ?教えてあげますヨ」

 「待って!!……言わなくたっていいじゃん。無理してまで、言うことじゃない……」


 凪織の言葉を遮ったのは、先程まで顔面蒼白になっていたヤタノだった。

 どうして、ヤタノは凪織の家庭内の事情を言わせたくないのだろう、気になるが触れられない。

 なしろは何も言わずに、ただ凪織の様子を窺っている。手には「戯装」を持ったままに。


 「良いんですよ、起きた事は変わりありません。そこに至る理由など、些事な事ですから」

 「でも!それで、も……。良いじゃん……、ようやく勝ち取った平穏なんだよ……?」


 凪織は首を横に振り、ヤタノに微笑む。腐っても「エゴ」は本人と瓜二つだ。

 ヤタノに微笑みかけているその顔は、本人と遜色ない笑顔だった。


 「のるんさんは、この街に来たばかりだから知らないと思いますけど、これでもボク、昔はそれなりの家の出身だったんですヨ。街では知らない人は居ないくらいの」

 「えぇ、那雲という名前はある程度、聞き覚えがあるわ。残念ながら、ニュースで。だけれど」


 なしろは腕を組み、ふぅと小さく息を吐く。貴方に興味など無いけれど、と言わんばかりだ。

 此処に来る前は、ニュースを殆ど見ていないのるんには、那雲という苗字に聞き覚えなど無かった。


 「まぁ……何年前ですかね。ボクが中学に入った頃かな。だから、三年前になるのか。そっか、もうそんなになるんだ」

 「やめて。わんこ、言わないで」


 ヤタノは拒絶反応を示しているが、凪織は言葉を続ける。


 「ボクの一家──那雲家は、ボクを残して全滅しました。この街に居ない人も、三等親まで。現存する純血はきっと、ボクだけになっちゃった。結構、ニュースで話題になってたから、知ってるものだと思ってたんですけどネ」

 「……知らなかった。でもなんでそんな事が……?」


 今は平和な時代だ。戦争も起きなければ、暗殺なんて起こす必要がない。

 銃も剣も使わない、ただ片田舎に存在する小さい一族を鏖にする理由など、あるはずがない。

 状況も拝啓も知らないのるんは、必死に考えるも、何も思いつかない。

 でも、ふと思ったのは、確かに凪織は高校内でも若干浮いていた。みんなから避けられていた。

 普通に接してくれていたのは、生徒会長の鈴と、ヤタノくらいだった。

 同じ生徒会の副会長のリアですら、心底嫌悪した表情で、凪織の事を見ていたことも思い出す。


 「ボクの家って、まぁ言ってしまえば旧家みたいなモノでして……、旧家の娘は家を存続させるために、他の地主や、高貴な血を取り込もうとするのが一般的なんです。それで、当時中学生のボクに紹介されたのが……」

 「星骸市に居るそれなりの家の資産家。確か、当時四拾代のお世辞にも、格好良いとは言えないオジサマだったわね」


 なしろは、スラスラと凪織の情報を、のるんにも分かりやすいように補足を入れる。

 ヤタノは、固く握り締めた拳を振り上げ、そのまま勢いを殺さずにテーブルに打ち付けた。

 相当の威力で叩いたのか、音は部屋中に響き渡る。拳も紅く腫れてしまっており、痛々しい。


 「当時壱拾弐歳のボクと、四拾代の婚約者。その二人が一緒に何処かに行けば、いい声は聞こえてこないですよね。やれ、パパ活だの、やれロリコンに身売りしたアバズレだの……。あはは、当時は、やみやみなぎさん、略して闇凪だったかもしれません」

 「でも……!わんこは悪くない。悪いのはこの世界じゃん……。全然じーにあすじゃない」


 ヤタノの言葉に、凪織は首を横に振る。


 「いえ、世界はちっとも悪くないんです。那雲家に産まれた以上、果たすべき責務だったんです。他の誰かに何と言われようとも、友人や仲間に恵まれなくとも。家が決めた男に嫁ぎ、家を存続させる。それがボクの役目であり、仕事だったんだと。今ではそう思ってますヨ」

 「旧家の産まれの人間としては殊勝な考えね。現代らしいものではないけれど」


 凪織は、それはどうも、とお世辞に簡単な礼をしてから、指をパチンと鳴らす。

 すると、四人が居る部屋の中の光景が、瞬きする間もなく書き換わっていく。

 状況は凪織と婚約者が夜の公園で二人きり、と言ったシーンに切り替わっている。

 想像以上に脂ぎった婚約者は、興奮しているのか、息が荒く、見た目も醜いものだ。


 (これが中学生と歩いてたら……そりゃあキツいかぁ……、ボクも嫌かも)


 のるんは、内心で凪織に同情しながら、凪織の生み出した映像を眺める。


 「ね、ねえ凪織たん……。ど、どうしてボキとちゅっちゅしてくれないんだお?」

 「で、ですから。そういった事は成人になってからと約束したではありませんか……」


 手を繋ぐことすら拒まれていた婚約者は、はぁはぁと息を荒くしながら、凪織に詰め寄る。

 後退りし、婚約者との距離を開けていた凪織は、やがて背後に壁があることに気づき、絶望する。

 このままだと、この男に貞操を奪われてしまう。でも、それは嫌。どうせなら、もっといい人と……。


 「ね?ボキとちゅっちゅしお?はぁはぁ……凪織たぁ、ん!?」

 「い、いやああ……え?」 

 

 そう思っていた矢先だった。いきなり婚約者は、その場で倒れ込んでしまった。

 血を流し、倒れている婚約者は、頭を鈍器で殴られたらしい。


 「逃げるよ。此処に居ちゃいけない」

 「え、ひゃあっ」

 

 倒れた婚約者の近くに立っていたフードを被っていた者は、凪織の手を引き、その場から走り去る。

 どれくらい走っただろうか、少なくとも息は切れたし、相当疲れてしまったことは憶えている。

 自分の手を引く、フードを被った人物の背格好が近いことに親近感を憶えながら、凪織は、考え込む。


 (どうして、この方は婚約者サマを殺したんでしょう……メリット無いでしょうに)


 少し離れた林道で、フードを被っていた人物は、フードを外し、凪織の顔を見る。

 凪織は目を丸くさせながら、口元を手で隠す。婚約者を殺したのはヤタノだったのだ。

 漆原ヤタノ──同じ中学、同じクラスメイトでこんな自分とも仲良くしてくれる貴重な友人である。

 でも、どうして彼女が、婚約者を殺したのかは、さっぱり分からなかった。


 「え、と。どうして……?」


 困惑していた凪織がヤタノにそう尋ねると、ヤタノはニカっと白い歯を見せて笑った。

 

 「友達が困ってるんだから、助けるのは当然でしょ〜!ぼく達友達だもん!」


 その言葉にどれだけ救われたか。こんな人生が嫌でしょうがなかった。

 このままきっと、脂ぎったおっさんに飼われ続ける人生だと思っていた。

 家にも、学校にも居場所はなく、隣に居る人生の伴侶は身体と家柄しか見ていない。

 そんな絶望的な状況から、ヤタノは救ってくれた。ただ、友達が困っているという理由だけで。


 (決めた。わたくしは……いいえ、()()は漆原さんと添い遂げる)


 行き過ぎた感情が暴走した凪織は、邪魔者の排除は徹底しなきゃと考え始めた。

 手始めに行動に移したのが、家族だった。手口も簡単だ。睡眠薬で眠らせて、殺すだけ。

 実行に移すのも、そう時間は掛からなかった。自分を自由にするため、ヤタノの隣りにいるため。

 それだけを考え、計画を実行した。父親と母親を鈍器で殴り、妹の頸動脈をナイフで切り裂いた。


 (あぁ、人ってこんなに簡単に死ぬんだ。なら、もっと早く殺しておけばよかった)


 凪織は、殺すだけでは飽き足りず、父親と母親の顔にガソリンを塗り、火をつける。

 すぐに沈下させ、顔だけを燃やす。次に妹は、家にあった日本刀で首を綺麗に斬り落とす。

 刀を扱う心得は、幼い頃から教え込まれていたお陰で、簡単に斬れてしまった。


 (そこから先は簡単だった)


 壱拾弐歳の自分が一家惨殺などする訳無いと考えた警察は、不可解な未解決事件として処理した。

 それが三年前にニュースや新聞にも載せられていた「星失市一家惨殺事件」の真相である。

 犯人は当時、壱拾弐歳の少女二人。どちらも少年法に守られ、犯人として怪しまれることもなかった。

 二人が手を取り合って、何処かへと歩いていくシーンを最後に、部屋の風景がもとに戻った。

 

 「とまぁ、こんな感じですネ。そうしてボクは可哀想な子になったのです、わふっ」


 凪織の物語を見終えた三人は、各々で言葉を交わすことはなかった。




 

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