#30 「思ってたよりじーにあす」
古めかしい城内を三人は慎重に散策する。
煉瓦作りの城壁、床は相手の足取りや動きが聞き取りにくく、探知に集中力を持っていかれる。
何が出てくるのか分からない以上、過剰に体力や精神力をすり減らすわけにも行かない。
なので、道中に出てくる「エゴ」は最大限回避する方向で行こう──そういう話をしていたはずだ。
「ビリビリショック〜!」
のるんは、またか……と頭を抱える。どうにもヤタノは、のるんの指示を曲解しているらしい。
ヤタノは目に映る敵の半数ほどを、自身の詠唱術で黒焦げにしていた。
最低限の配慮はあるのか、相手は単独の者のみで、周囲に敵が居ないことを確認した上で攻撃している。
(何にも考えてないわけじゃないのが、また何とも言えないなぁ)
力を付けたい気持ちは分かる。詠唱術だって、「戯装」絡みだって、上達しておくべきだ。
先程は咄嗟ではあったが、のるんの思い通りに水を氷にしたり、液体のまま操っていた。
それでいてふと、思った。ヤタノは毎回、火力の調整や、扱う電撃の質が一定なのだ。
まだ数度しか行っていないが、どれくらいの火力で、範囲はどうとかを考えると、あの速度は異常だ。
ほぼ遅延無しで、寸分の狂いもなく。相手を仕留めている彼女は、歴戦の猛者にだって見える。
「うーむ……やっぱり漆原さんはじーにあすなのか……」
「何をそんな難しい顔しながら、うんうん唸ってるのかしら」
のるんの独り言に、なしろは目を細めながら、隣から声を掛けてくる。
歩みを止めるわけにも行かないので、のるんは先行して攻撃を繰り出し続けているヤタノを横目に見ながら、自分の考えを簡潔に伝えると、なしろは「あぁ」と短い言葉を漏らす。
「結代さんと漆原さんの詠唱術の扱い方が違うのよ」
「扱い方?」
なしろの言葉に鸚鵡返しすると、なしろは首をカクリと縦に振る。
「あの子は、詠唱術を用いる際に「技名」を口に出しているわよね。あれって、無意味じゃないのよ」
「……良かったら、その話……詳しく聞かせて」
なしろは、徐ろに掌で小さな旋風を巻き起こす。即座に発生させたそれは、すぐに消滅する。
「例えばだけれど、今の旋風を、技名無しで出そうと思うと、範囲や威力などを一個ずつ調整してから出力する必要があるの。言語化するなら、「範囲は限りなく小さく、威力も極力抑えて、すぐに消えてしまう程度の旋風」みたいな感じかしら。数字で表すなら「威力1、範囲1cm、持続時間1秒」みたいな感じで認識してくれればいいわ」
「ふむふむ……」
のるんが考え込んでいるのを見ると、なしろは理解していると認識し、言葉を続ける。
「漆原さんが行っていることは、先程の旋風みたいな一連の処理を「一つの技」として概念を固定化させて、出力速度を大幅に早めている、ということになるわ。例えば、先程の疾風属性の詠唱術を「ぐるぐる」って名称で認識し、自身内で詠唱を固定化させてしまえば、「ぐるぐる」を出すぞって思うだけで出るようになるの。わざわざ、威力や範囲を一々変数として処理しなくとも、数値を固定化した技を出すって考えの方が、詠唱術の発動速度は大幅に上昇するわ」
「な、なるほど?」
半分くらいは理解できたかも知れない。
それでも、頭に疑問符が浮かんでいるのるんを見かねたのか、なしろは蟀谷を指で抑える。
「そうね、もっと分かりやすく言えば、「料理のレシピ」みたいなものだと思えばいいわ。例えば、「オムライス」を作る際に、卵やケチャップ、お米をどれくらいの量使えば、これが出来るっていうのが、分かりやすくなるでしょう?結代さんは、料理する際に材料をどれくらい用意して、その材料を炒めるのか、焼くのかを一個一個考えながら調理しているのに対して、漆原さんはレシピがあるから、すぐに調理が出来る。そんな感じかしらね」
「ふむふむ……」
なしろの説明がストンと腑に落ちたのか、のるんの頭にもすっと入った気がする。
ただ、その考えだとデメリットもある気がする。のるんは、ぼそっと言葉に出してしまう。
「じゃあ、技名を言ってしまうと、相手にもどれくらいの物が出るかがバレちゃうって事かな」
「そういう事。そこがデメリットでもあるわ。自分も相手も詠唱術の内容が認識しやすくなる。勿論、相手が初見の詠唱術だったり、相手がこちらの言葉を認識できない場合は問題ないけれどね」
そこまで物事を深く考えていなかった。
ヤタノの技名がダサいなぁ、と思っていた程度だったのだ。
彼女が詠唱術を効率的に繰り出すために、そこまで考えていたなら、才能としか言いようがない。
でもそれならば、敵が複数体居た際は、火力を上げたい際は少し時間がかかることになる。
そこがデメリットとして挙げられるだろう。敵対するつもりは更々無いが、味方の弱点は知っておくに越したことはない。フォロー出来る出来ないは、大きく戦況を変える事になる。
(ボクもよく使う詠唱術に関しては、技名があったほうが良いかなぁ)
そんな事を考えながら、時折、のるんもヤタノのサポートに回るべく詠唱術を使用する。
勿論、経験を積んでおくためだ。不慣れなまま、強敵と出会って、負けるなんて展開はゴメンだ。
暫くの間、歩いていると、少し離れた場所にフルアーマープレートの「エゴ」が巡回していた。
こちらに気づくと、走って駆け寄ってくる。手に持っているのは、門番と同じ槍斧だ。
「む、何もの」
「超!ビリビリショック!」
先程の「ビリビリショック」よりも高火力の電撃が「エゴ」に直撃する。
のるんはふと思った。「超」を付けるだけで、火力調整ができるなら、もうそれでいいじゃん、と。
敵を倒す度に、ヤタノは満足げに胸を張り、ドヤ顔で何時だってこういうのだ。
「あいむ、じーにあすぅ……えんでゅ〜?」
死んだ「エゴ」に何を聞いているんだか、とはのるんもなしろも言わない。
野暮にもほどがあるし、ヤタノが良いのであれば、それで良いのだ。
「にしても、大分歩いたけどぉ、わんこ居ないねえ。今何階なんだろう?」
「今は……、三階かな。多分那雲さんが居るであろう私室エリアが五階だから、もう少しだね」
のるんがペラペラとメモ帳のようなものを拡げていると、ヤタノは目を丸くさせる。
「えっ、なんでそんな事が分かるの!?もしかして、のるちゃもじーにあすかぁ……?」
ヤタノの素直な称賛の言葉に、のるんはあはは、と愛想笑いを浮かべる。
「漆原さんが「エゴ」を倒してくれてる間に、壁面にあった案内図をメモっただけだよ」
不用心だなぁとは思うが、それでも情報を得られるのならば、問題はない。
目を輝かせながら、凄い!天才!とヤタノが言ってくれる度に、少しだけ自己肯定感が上がる気がする。
悪い気はしないが、慢心をしたくないのるんは、ありがとう、とだけ言って先に進もうとする。
ようやく階段を見つけ、四階に差し掛かろうとしていた時、いきなりなしろが叫ぶ。
「結代さん!止まりなさいっ!っ……「風の防護壁」!」
なしろの詠唱術で前方方向に半球状の風で出来たバリアが出現する。
何事かと身構えていると、瞬きする間もなく、バリアが凄まじい音を立てて破壊される。
「どんなネズミが紛れ込んでるのかと思いきや、貴方でしたか『御令嬢』」
「っ……最低な相手と出くわしたわね……『カレンデュラ』」
カランカランと、下駄を踏み締める音が周囲に鳴り響く。
銀髪を簡単に纏め、目元には古傷がある女性が、和傘を指しながら、階段を降りている。
黒い和装には紅い見慣れぬ文字が刻まれており、明らかにこの城には見合わない格好をしている。
(ってことは……「エゴ」じゃなくて、人間……?)
なしろに視線を向けていた「カレンデュラ」と呼ばれた女性は、のるんの方を見る。
「おや、見慣れぬ方ですね。ダメですよ、「御令嬢」、遠足の場所はちゃんと選ぶべきです」
「知ったような口を聞かないで。それに、わたしはもう、貴方の「御令嬢」じゃないの」
なしろは憎悪を孕んだ視線を彼女に向けている。
「カレンデュラ」はなしろの事を「御令嬢」と呼んでいる。夢の中と同じだ。
それに、彼女の見た目は見覚えがある。──「盞華」、夢の中ではなしろと共に行動していた仲間。
どうやら、この世界では味方ではないらしい。こうして、眼の前で立ちはだかっているのが証拠だ。
「もう直、月が真紅に染まる。城主はまもなく崩御なさる。早々に立ち去った方が良いですよ」
「残念だけれど、わたし達はその城主サマを助けに来たのよ」
「カレンデュラ」は心底おかしそうに笑い始める。
まるで、お前がそんな事を言うなんて、気でも狂ったのかと、言わんばかりの態度だ。
「今更、正義のヒーローの様な立ち回りをされるとは……いやはや。御冗談を」
「邪魔するなら、貴方でも容赦しないわ」
なしろが「戯装」を解放し、「カレンデュラ」へと向けると、「カレンデュラ」は両手を上げる。
戦闘の意思はないという意思表示だが、その表情は余裕綽々と言った様子だ。
「邪魔などしませんとも。貴方のご活躍を期待しています。あぁ、そうだ。そこの人」
「え、ボク?」
「カレンデュラ」の視線が再び、のるんへと向けられる。
優しさの中に、棘のようなものを感じる。夢の中で見た彼女とは大きく掛け離れている。
(彼女も、夢の中に出た人……、でも、夢の中とは全然違う……)
「貴方は……、いえ。何も言うまい。精々、頑張って下さい」
「カレンデュラ」はそれだけ言い残すと、その場から姿を消した。
苦虫を噛み潰したような表情のなしろは、何も言わずに階段を登っていく。
「ねーねー、のるちゃ、あの人は知り合い?何処かで見たことがある気がするんだけど」
ヤタノの問いに、のるんは言葉に迷う。知ってはいるが、知らない人だ。
少しだけ考えた末に、のるんは、複雑そうな表情で笑う。
「ううん、知らない人。此処を出たら、姫宮さんに聞いてみても良いかもね」
「うむ!じーにあすなぼくなら、だいたい分かるけどね!聞いてやらんこともない!」
じゃあ、聞かなくても良いのでは、と言いそうになった口を無理矢理塞いだ。




