#29 「最低限の労力で」
槍斧を振り回し、こちらを威嚇している門番は多勢に無勢ながらも、果敢に攻めんとしている。
対するのるんは、如何に相手に増援を呼ばれないように、戦闘を終えるかをずっと考えていた。
剣戟は周囲の敵を呼ぶ。であれば、双小剣での戦闘は推奨できない。それは、ヤタノもなしろもそうだ。
目的を達するには、音を立てずに、声を発させずに、戦闘を終える必要がある。
互いに牽制し合う状況下で、なしろはのるんの肩を叩く。
「今回の戦闘、貴方が主導で動いてみなさい。危険そうなら補助もするし、アドバイスもするわ」
「えっ、戦闘経験豊富な姫宮さんが、リーダーとして動いた方が良いんじゃ……?」
意図が理解できなかったのるんは、困惑した様子でなしろを見る。
命が懸かっている状況下で、ずぶの素人である自分に指揮を任せるとはどういう了見だろうか。
「わたしはあくまで、貴方が救いたい人がいるから手を貸しているだけ。戦う術は自分で磨くべきよ」
「……そうだね、分かった。ねぇ、姫宮さん、あの「エゴ」って呼吸とかしてたりするの?」
のるんの問いに、なしろは不思議そうな表情を浮かべる。
「声を発してる以上、口はあるだろうけれど……。呼吸で生命を維持しているかと言われたら……」
「そっか、じゃあ窒息死させるのは確実じゃないね」
顔を覆う甲冑の中を、水分で満たして窒息させてしまえば、一番手っ取り早いと考えたが、難しそうだ。
ならば速戦即決の上、武器を使わない方向で行くしか無い。後はヤタノ次第だ。
「漆原さん、ボクがあいつの体内を水浸しにするから、そこから電撃放って感電させて。その後に、ボクが氷漬けにするから、動けなくなったアイツを、崩壊の詠唱術で止めを刺す……出来る?」
「へぇ〜、初めての協力プレイだねぇ〜。のるちゃに合わせるから、やってみよっか!」
ヤタノに指示を出し、門番を再度見据えると、門番は退屈そうにこちらの様子を伺っていた。
「話し合いは終わったか?そちらから来ないのなら、こちらから行くぞ」
槍斧の矛先はのるんへと向けられている。回避した直後に、甲冑内を水で満たす算段だ。
頭の中で液体を創造し、剣先から水が滴り始めているのを確認すると、門番に視線を合わせる。
脇を締め、突進の勢いを加算して突きをするスタンダードな攻撃を、早め早めから回避すると、のるんは剣先から創造した液体を甲冑内へと注ぎ込む。
「んわっ!?水が甲冑内に……どうなってやがる……」
「漆原さんッ!」
のるんの声に、ヤタノは元気良くサムズアップし、一丁の拳銃を門番に向ける。
「おっけい!喰らえ〜ビリビリショック!」
「ぐあっ……!?」
ヤタノの放った電撃は、水浸しになっていた門番に効果抜群といった様子だった。
あまりのネーミングセンスに、のるんは引き笑いをしながら、門番に追撃するべく、詠唱する。
水浸しで動きの鈍い相手であれば、凍らすことなど容易いだろう。剣先に霜が降り始め、準備が整う。
「のるちゃ!お願いッ!」
「あんまり声は出さないで欲しいんだけどなぁ……!おっけぃ!」
膝から崩れ落ち、体勢を崩した門番目掛けて、のるんは氷結属性の詠唱術をお見舞いする。
濡れていた部分から凍りつき、最後には甲冑ごと完全に氷漬けにされた。
のるんの目論見は概ね達成だ、相手を無事無力化することが出来た。
こちら側が少し騒いでしまったが、以降はよりスムーズに戦闘行為を遂行できるだろう。
「んじゃあ漆原さん、後はお願い」
「まっかせて〜?えーと……崩壊属性の基礎は、純然たる破壊願望……」
むむむ、と眉間にシワを寄せながら、ヤタノは何やらブツブツと呟いている。
後に聞いた話だが、詠唱術自体は、詠唱無しでも使用することが可能だが、詠唱をすることで威力補整や、扱いやすさが向上するため、詠唱出来るのであれば、しておいた方が良いらしい。
既にある程度の詠唱が済んでいたのか、ヤタノのもう一丁ある拳銃の銃口からは、白と黒の粒子のようなものが零れ落ちる。
ヤタノは銃口を門番へと向け、冷たい声色と表情でトリガーに手を掛ける。
「潰れろ」
ヤタノがトリガーを引いた途端、氷漬けになっていた門番はブラックホールのような物に吸い込まれる。
対象を飲み込むと、それは満足げにその場から姿を消し、門番は跡形もなく消え去ってしまった。
どうやら、無事に戦闘は終了したらしい。増援もなく、門番の言うように多忙なのだろう。
のるんとヤタノが安堵のため息を吐くと、なしろが小さな音で手を叩き、薄く笑った。
「二人で「エゴ」を捌くなんてやるじゃない。フィードバックも必要だけれど、場所を移すわよ」
「りょ、了解。こっそり中入っちゃおうか。そこ、空いてるし」
三人は、そそくさと城内へと侵入し、客室の一つに忍び込む。
城内は華美というほどでもなく、非常に質素な造りと装飾で統一されていた。
今居る客室も来賓を饗すための物なのだろうが、それでも、置かれているものは最低限の物だけだ。
ベッドにテーブル、チェアにドレッサー、それなりの姿鏡と、本当に質素なものばかり置かれている。
「さて、じゃあさっきの戦闘だけれど。お見事だったわね、攻撃を受けずに一方的な勝利」
「ふふん、ぼくの詠唱術サバキがスバラだったね!」
自信満々げに胸を張るヤタノは、鼻がぐんぐん伸びている。こういう所が羨ましい。
対するのるんは、他に使える属性が判明していないので、後で調べておきたいなぁと考える。
基本的には得意属性と副属性の二つが扱えるとされているが、まだ氷結しか確認できていない。
(でも、時間無いし。無駄に消耗するのもアレだし、今は止めておいた方が良いよね)
戦闘はそこまで悪いものではなかっただろう。最低限の包帯や薬は用意しているが、それでも数は多くない。
回復薬を消費しなかったという点では、評価されても良いかなと思う。
ヤタノを見る目は、酷く優しいものだったが、のるんに向ける目は、少し違っていた。
「えぇ。でも、結代さんはわたしを使うべきだったわね。さっきの戦術は、完全にわたしを使うつもりがないように見えたわ。戦力温存なのか、二人で倒したかったのか。そこは分からないけれど、同行している以上、上手く使って頂戴ね?リーダーさんには期待しているわ」
「わ、分かった。頑張るね」
なしろの言う通りだ。そもそもなしろを使うことを考えていなかった。
自分の氷結属性を軸に、如何に相手を無力化する際に、疾風と呪詛が扱えるなしろの事を考えていなかった。
圧倒的にヤタノの方が相性がいいのだ。戦闘面においても、知識面においても。
呪詛属性がどういう物かを把握出来ていない以上、戦術に組み込めなかった。
(でも言い訳だもんね。知らないなら、折を見て聞いておくべきだった)
少し反省しているため、シュンとしていたのるんを見て、ヤタノは唇に指を添えて、うーんと唸った。
「でもでも〜。呪詛属性も、姫っちの戦闘スタイルも把握出来てなかったら戦術に組み込めないし、それを聞く時間も無かったよね〜。何でもかんでも知ってる訳じゃないんだし、今のうちに教えてよ〜」
「……そうね、簡単に情報共有しておくわね」
やや不機嫌そうにそう呟いたなしろの瞳には、怒りや憎悪が孕んでいるような気がした。
自分のことが嫌いなのだろうか、負の感情を自分にぶつけてくる理由が分からなかった。
「わたしは呪詛属性の搦手で弱体化し、その隙に「戯装」で殴打したり、斬ったりするわ。呪詛属性は、相手を弱体化することに特化した属性よ。状態異常を付与したり、相手の生命力を奪うような物が多いの。得意なのは、「戯装」に詠唱術で呪詛を付与して、攻撃しながら弱体化させることかしら」
「なるほど……」
だとすれば、なしろは、戦術の起点になる存在かも知れない。
疾風属性は他の属性と比較すると、戦闘向きのものではない。
どちらかと言われたら、支援や補助と言った使い方をすることの方が多く見受けられる。
(移動用だったり、風の刃や弾はそこまで火力が高いものじゃない。速効性重視のものが多い)
その部分を加味して、次回以降は戦術を組む必要がありそうだ。
普段は、各々が自由に戦うスタイルで問題ないが、先程のように協力して戦う必要がある時もある。
なしろの事も念頭に置きながら、戦闘をするように心掛けるようにしておこう。
(人のこと、気にしてる余裕あるのかな、ボクに)
今は凪織の事が第一だ。彼女を連れ帰るために、今此処に居る。
質素ながらも堅牢な作りのこのお城の何処に、彼女は居るのだろうか。長い探索になりそうだ。




