#28 「セ、センス無さすぎでは?」
なしろが固まっていた先には、大きなお城が聳え立っていた。
それも、西洋の煉瓦作りで出来た本格的なものだ。もう少し小さければ、ラブホテルだろう。
零明高校から本当に徒歩数分圏内にあるそれは、何処からどう見ても、現実にはないものだ。
恐る恐る、のるんはヤタノの肩を叩き、あそこには元々何があったのかを尋ねる。
「ふぇ、……住宅街だったってのは憶えてるんだけどぉ、わんこの家じゃないんだよねぇ」
「わたしもあんまり印象に残ってないわね。帰路なのだけれど、普通に一軒家があったはずよ」
勿論、のるんの記憶には、あのお城がある場所に印象など残っていない。
通学する際にも通らない場所であれば、尚更のことだ。
のるんは、改めてまじまじとお城を眺める。周囲の建物との協調性を破壊してまで建てられている。
(なんとなくだけど、らしくない……?気がする)
のるんは、城の前でなしろ達と立っていると、中から誰かが出てくる。
フルアーマープレートのこれまた中世に実在していそうな、騎士のような何かだ。
右手には自身の身長よりも大きい槍斧を持っており、左手にはラウンドシールドを持っている。
騎士らしい「何か」は、重々しい声で、城門の前に居たのるん達に告げる。
「貴様ら、キャッスル・凪織に何の用だ?」
「ただの通りすがりよ。前からこんな場所にお城なんてあったかしら?」
飄々と嘘をつくなしろに、ヤタノとのるんは感心しながら背に隠れて、首を振って同意した。
というか、キャッスル・凪織ってネーミングセンスどうなってるんだ、とのるんは内心思っている。
騎士らしい「何か」は、首を傾げながらも、槍斧の柄を地面に叩き付けて威嚇する。
「そんな事はどうでもいいだろう。用がなければ早々に去れ。門番の俺も、城内も多忙だからな」
「多忙〜?なにかイベントごとでもするんですかぁ〜?」
なしろの背中に隠れながらも、ニヤつき顔でヤタノが門番にそう尋ねると、門番は武器を構える。
槍斧から放たれる金属の輝きが、人間の一人や二人を、簡単に突き殺せるのだと言わんばかりだ。
「部外者には関係のない話だろう。これ以上、邪魔をするならお前達を排除するが?」
「わわっ、すみません!すぐ立ち去りますから!!」
命の危険を感じたのるんは、一先ず二人の首根っこを掴みながら、一旦路地裏へと退散する。
あまりにも剣呑な態度を取っていた二人を前に、眉をへの字にしながら、腰に手を当てる。
「も〜!何初っ端から門番とやり合おうとしてるの!危ないでしょ!」
「有象無象の「エゴ」程度、さっさと処理しちゃえばいいのよ。わたし達には力だってあるのだから」
自分よりも経験があるなしろの言葉を本来であれば、聞き入れるべきなのだろうが、のるんは退かない。
「それでも!増援を呼ばれて、下手に消耗したら那雲さんに接触できないでしょ?」
「……そうね、月ももう直紅くなる可能性を加味したら、迂闊だったかも知れないわね」
浅はかだったわ、と謝罪を受ける。
怒ってないから気にしないで、とだけ言うと、のるんは色々と目の前の情報を処理しながら、思案する。
「さっきの門番も「エゴ」なの?」
「えぇ。さっき言っていた那雲さんに影響されて再構築された「エゴ」ね。役割演技しているのよ」
「はえ〜。じゃあ人格の宿った「エゴ」……って奴では無いの〜?」
なしろは顎を擦りながら、首を縦に振った。
一番危険なのは、凪織の人格が宿っている「エゴ」であることは、事前に聞いている。
「簡単に言えば、「エゴ」が空気を読んだのよ。お城に生徒や動物が居たら、おかしいでしょう?」
「はえ〜……、じみにじーにあすなんだねぇ。ま、ぼくほどじゃないけどね!!」
何処で張り合っているんだ、とのるんは頭を抱えながら、二人の会話を聞いている。
そうなると、学校内に居た「エゴ」が人の形を取っていたのも、生徒を演じていたということになる。
(地味に重要な情報かもしれない。憶えておかなきゃ)
「あいつらは、堕ちた人間に影響されて、姿形を変える。キャ……ふふ、あのお城を進めばきっと分かるわ」
「見た目でもそれなりに広いのに、中に入ったら、余計に迷いそう……。毎回構造が変わるんだもんね?」
あまりのネーミングセンスのなさに、なしろは吹き出しながらも、話を続ける。
もしそうなら、一回の侵入で凪織を救出しなければならないかも知れない。
そうなると、尚の事、門番ごときに「戯装」や詠唱術を使っている場合じゃない。
「いえ、ソレはないわ。生身の人間が創り上げたモノは、基本的には構造は変わらないわ。一度憶えてしまえば、腐ることはない。零明高校は多数の人間の思想が反映されてるせいで、ぐちゃぐちゃだけれど」
「ふむふむ……。べ、別に知ってるけどさ?一応聞くけどさ?わんこを助けるにはどうすればいいの?」
ヤタノが目を泳がせまくりながら、なしろにそう尋ねると、なしろは息を吐く。
貴方が知ってる訳無いじゃない、と言わんばかりの表情をしているも、ヤタノはどこ吹く風と言った様子だ。
「方法は二つよ。那雲さん本体をこの城から連れ去るか、那雲さんの「エゴ」を殺すか。……ただ」
「ただ?」
なしろは、どう伝えるべきかを考えているのか、と少しの間、口籠る。
「経験上、本人の「エゴ」は、本人のすぐそばに居るわ。……だから、戦闘は避けられない」
「んじゃ、わんこの「エゴ」をぶっ飛ばせば良いってことだ!ぼく、あったまいい〜!」
どちらにせよ、戦闘は避けられない。であれば、力を付ける必要がある。
ある程度は城内の「エゴ」を処理しながら、凪織を探す方針で行くべきだろう。
その後は、簡単に作戦会議を開始する。問題はどうやって中に入るかだが、結論は既に出ていた。
「周囲をある程度、探知で探ってみたけど、侵入経路はなさそうね。やっぱり正面突破するしかないわ」
「じゃ、あのムカつく騎士様をぶっ飛ばしますかぁ。折角だし、詠唱術も使ってみたい!」
「で、でも。あの門番を倒したら増援がぞろぞろと出てくるんじゃ……?」
なしろはのるんの言葉に、目を細める。
「ソレはないわ。さっきの門番、言っていたでしょう?俺達は多忙なんだ、と。きっと那雲さん関連のイベントを起こすつもりなのよ。だから、侵入者排除に全力は出せないわ。過度に目立たなければ、問題はないわ」
「じゃ、早速乗り込みますかぁ……。「戯装」展開──」
ヤタノは「戯装」を展開し、黒い二丁拳銃をホルスターに収める。
シンプルな黒のボディに、あちこちに銀の装飾が施されているそれは、実用性とおしゃれさが介在している。
「随分と装飾に拘っているのね、漆原さんのは。……「戯装」解放──」
今まで聞いたことのない単語──解放という言葉に、のるんは気になり、視線をなしろに向ける。
なしろの周囲に、紅黒い光の澱みが顕れ、なしろの両手を侵食し、やがてそれは収束する。
姫宮なしろの願いは、少しずつ澱みから再構築され、叶わない想いは、彼女を喰らう武装へと変貌する。
紅黒い、胎動している一振りの「戯装」は軽鈍器のようにも、大剣の様にも見える。
片手で軽々と扱っているそれは、どう考えても質量と見た目があっていない。
(姫宮さんの「戯装」……解放って言ってたよね。しかも軽鈍器にも見える……)
軽鈍器は、夢の中の彼女が使っていた武器だ。手軽さと殺傷性能のバランスの良い武器だった。
色も形も、雰囲気も「Noise」──なしろに憑依していた外神が使っていた武器と良く似ている。
(本当に関係、無いのかな。あの物語はボクの夢で、この世界とは……何も無いんだよね?)
今はそんな事を考えている暇は無い。のるんもなしろに続き、「戯装」を展開し、二人に続く。
城門の方へと戻り、退屈そうに外を眺めていた門番の前に再び三人は立つ。
「あぁ?さっきの奴らか。仰々しいモノ持ちやがって、やろうってのか?」
「そ〜なんだよねぇ!このだだっ広いお城に一匹のわんこが紛れちゃってね!そこ退いてよ!」
槍斧を振り回し、フルアーマープレートの門番は、こちらを侵入者とみなし、排除を開始した。




