#27 「初陣」
のるんは、なしろとヤタノの二人と共に「ヘルヘイム」内の校舎を歩く。
紅と黒で渦巻いている校内からは、今も誰かの悲鳴のような鳴き声が響いている。
不気味さは相変わらずだが、数回経験すれば、ある程度は慣れてしまうものだ。
(慣れたくはなかったんだけどなぁ……、服も制服だから、汚したくないし)
入る度に構造が変わる歪な校舎も、あちこちで蠢いている化け物──「エゴ」も。
歩けばぴちゃぴちゃと、粘度の高い液体が靴を侵食し、気分が沈んでいく感覚に陥る。
沈んだ気持ちで校舎内を歩いていると、普段の調子を取り戻したヤタノがのるんに耳打ちする。
「今日は、「エゴ」が少ないねぇ。誰かに始末されたとか〜?」
「誰かが意図的に「エゴ」を一箇所に集中させている可能性もあるわ」
耳打ちしていたにも関わらず、少し離れた位置で「エゴ」を警戒していたなしろが答えた。
疑問符が頭上に幾つか浮かんでいたのるんの顔を見て、なしろは頬を少し緩ませ、言葉を続ける。
「有象無象の「エゴ」は人が堕ちると、そこに集まる習性があるの。堕ちた人が素となっている「エゴ」が中心となってね。でも今回はあまりに少なすぎるから、早く那雲さんを殺すために、誰かが集めてる可能性があるの」
「でも、月が紅くならなきゃ、「エゴ」は人を殺さないんだよね?」
なしろは首を縦に振り、肯定の意を示すが、それと同時に曖昧な表情を浮かべる。
まるで、少しは考えてものを話せばどう?と言わんばかりの態度と表情だ。
「それはあくまでタイムリミットよ。人間側が攻撃を仕掛けない限り、人格の宿った「エゴ」は、宿主である人間を殺さない。けれど、堕ちた場所から逃げたり、移動してしまうと、有象無象の「エゴ」に食い殺されてしまうの」
「まぁ、ぼく達も、その辺に居る「エゴ」から襲われまくってるしね〜。大体は相手にしないか、体力温存で逃げてるけど」
この辺りの「エゴ」は比較的弱いが、「戯装」を展開し続けるのは体力や精神力を消耗する。
過度な使用を控えて、その分、凪織の救出に必要な時に使いたい。
「それよりも、今は他の人間に出くわさないかが心配だわ。厄介なのに会わなければいいけど」
「他の人間……?生徒会の人達……?とか」
のるんの言葉になしろは首を横に振り、否定の意を示す。
周囲を警戒する必要が大分薄くなったため、なしろの口数も増え始める。
「生徒会なんて、居ても居なくても変わらないわ。わたしも詳しいことは知らないけれど、「ヘルヘイム」に出入りしているグループが少なくとも二つあるわ。一つは和装で統一されているグループ、もう一つは「戯装」なのかは分からないけれど、身体の一部が変形しているわ。特に後者には気をつけなさい。得体が知れない以上、単独行動や、不用意な接触は可能な限り避けるべきよ」
「ひぇ……こわいねぇ。じゃあ此処に来る時は、のるちゃか姫宮さんに、着いてきて貰わなきゃだねぇ」
和服に身を包んでいる集団に、何処か見覚えがある気がするのは、きっと夢の中の話だろう。
警戒するに越したことはないが、今ののるんに他の人間などを探知する力がない。
単独行動しかしていないなしろはある程度の探知能力を有しているため、無事なのだと言う。
(生徒会以外にも「ヘルヘイム」に、か。一体何の為に……?)
考えても分からないことを考える必要はない。今は凪織救出が最優先事項だ。
生徒会と我々以外にも此処に出入りしている人間が存在する。そして、「エゴ」は人に寄ってくる。
「ヘルヘイム」に今、何人居るのかは分からない。それでも、進まなきゃいけない。
(要約すると、此処の「エゴ」が少ない時は、誰かが居る可能性が高いってことだね)
なしろはキョロキョロと辺りを見回しながら、一つ一つの窓を覗き込んでは、うーんと唸る。
もしかして、本当に飛び降りるつもりだろうか。確かに選択肢はそれしか無いだろうが。
暫くの間、ヤタノと談笑していると、なしろが窓を叩いた後に、足を止める。
「此処ね。窓をぶち破る前に、飛び降りた時の対処法を伝えておかないといけないわ」
「あ、本当に窓蹴破って飛ぶんだ……。対処法って……?」
なしろは「戯装」を展開し、その場で「戯装」から旋風を起こした。
それを見たヤタノとのるんは、お〜……と感嘆の声を漏らす。
「こんな感じで、「戯装」を使えば、詠唱術という物が使えるわ。勿論、精神力がすり減るから、使い所は考えるべきだけれど」
「はえ〜!すごいねぇ。それ、ボクも使えるの?」
「ただこれは、本人の適性が大きく関係してるから、何が使えるかは本人次第ね」
「ほ、ほう……?」
のるんの頭上に再度疑問符が浮かぶ。
やたちもうーん?と唸っているのを見たなしろは、ふぅっと息を吐く。
「そうね、詠唱術を知らずに人格の宿った「エゴ」を相手するのも危険だし、少し座学をしましょうか」
「勉強嫌いだけど〜……まぁしょうがないか。よろしくおねがいしますっ!せんせー!」
調子の良いヤタノの言葉を聞いて、気を良くしたのか、なしろも少しだけ満足げだ。
「詠唱術というのは、自身の中でイメージしたものを「ヘルヘイム」内で具現化させる物なのだけれど、その人が持つ得意属性によって扱えるものが変わってくるの。属性は全部で八つ。火炎、氷結、疾風、電撃、地変、呪詛、祝聖、崩壊。基本的には、得意属性一つ、副属性一つを使える人が多いわ」
「ふむふむ。ちなみに姫っちは?さっき風を起こしてたから、どっちかが疾風なんだよね?」
ひ、姫っち?と困惑しているなしろを前に、ヤタノはグイグイと色々質問を重ねている。
ちょっと助けなさいと、目配せを受けたのるんは、しょうがなくヤタノの頭上にチョップをお見舞いする。
いきなり殴られたヤタノは目を丸くさせるも、なしろの顔を見て、矛を収める。
「っと……質問しすぎちゃった。一個ずつゆっくり教えて!」
ヤタノが焦る気持ちは十二分に分かる。凪織は今もこうして間も命の危機に晒されている。
それでも、自分達が死ぬのは御免だからこそ、なしろの話を聞いておく必要がある。
(強いなぁ、漆原さんは)
心の中で、ヤタノの株が上がりながら、のるんもなしろの言葉に耳を傾ける。
「まずはわたしの属性からかしら。得意属性は呪詛、副属性が疾風ね。他は殆ど使えないわ。幸い、探知が使えるから、重宝はしているけれど」
「はえ〜。じゃあ努力しても使えないものは……」
なしろは首をカクリと縦に振る。
「使えないわ。わたしも試したけれど、その二つ以外は威力が弱すぎて使い物にならなかったり、そもそも扱うことすら出来なかったもの」
「ふむふむ……。自分の属性を知る方法は?」
なしろは、なしろの「戯装」を指差し、右手で握り締める。
「結局は力技なのだけれど、火炎なら火をイメージ、氷結なら氷といった感じで、イメージしたものを出力できるか試してみるのが一番手っ取り早いわ。試しに結代さん、小さな氷を窓に放つイメージを想像して「戯装」を握ってみなさい。窓をぶち破るつもりでね」
「分かった……やってみる」
のるんは「戯装」を展開し、頭の中で氷礫で窓をぶち破る姿をイメージする。
赤黒い長剣を振りかざし、窓へと放つと、握り拳程の大きさの氷が勢い良く剣先から射出される。
放たれた氷礫は窓を破壊し、のるんの想像したものが具現化したのを目の当たりにさせた。
「お〜……コレが出来るってことは、ボクの属性は氷結、なのかな?」
「かもしれないわね。疾風か地変、氷結が扱えれば、飛び降りた先に着地用の半固体を置いたり、風を起こしたりで衝撃を緩和できるから、結代さんは大丈夫ね。じゃあ次は漆原さんね。火炎から試してみなさい」
「はぁい〜。むむっ。火炎は出ないかぁ……じゃあ……」
ヤタノは順番に詠唱術を試していき、得意属性は電撃、副属性で崩壊が扱えることが判明した。
どちらも実体を持たない属性のため、のるんの用意した液体で着地することにし、三人は窓から飛び出す。
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高さは二階くらいのものだったが、実際は五階くらいから飛び降りた感覚だった。
見たものが、そのまま実際の数値ではないことは分かっていたが、あまりの高さに詠唱術が発動できないかもと思った時は、本当に心臓に悪かった。
一緒に飛んだヤタノは心底楽しそうに飛んでいたが、のるんにはそこまでの度胸はない。
窓から飛び出し、飛び降りた先は、校庭だった。木々もあちこちに血が付着しており、不気味さは段違いだ。
夜の学校は怖いと言う話はよく聞くが、正直その比じゃない。地面にも遊具にも血痕があちこちに。
のるん達が飛び降りた後に、なしろは疾風属性の詠唱術を用いて、ふんわりと着地する。
(ボク達も姫宮さんにお願いして着地した方が良かったのでは……?)
きっと、精神力の消耗を抑えるために、のるんにさせたのだろう。
「さて、校舎外に出られたけど、どうやら比較的近い場所みたいね、方角は……」
なしろは凪織が居るであろう方角を見ると、フリーズする。
のるんとヤタノも、なしろに倣って見ている方向を見ると、そこには巨大なお城が聳え立っていた。




