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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
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#25 「例え、堕ちたとて」


 酷い頭痛に襲われながら、凪織は目を覚ますと、普段寝ているベッドではないことに気づく。

 もう少し惰眠を貪りたいという身体に鞭打ち、目を擦りながら、周囲を見ると、目を丸くさせる。

 自分の家に良く似てはいるが、部屋のカラーリングや配置が微妙に違う。それに、あちこちが赤黒い。

 

 「此処……、もしかして「ヘルヘイム」……ですか?」 


 自ら侵入した覚えがない。で、あれば此処にいる理由は一つだ。


 「……ボクが堕とされたってワケですか。なぁん……」


 鳴き声も虚しく、部屋の中で木霊する。生徒会に所属しているので、この状況は事前に聞いている。

 「ヘルヘイム」の月が紅くなる少し前に、何らかの理由で人間が誘われ、殺される。

 どうやら、自分がその標的になってしまったらしい。堕ちる理由も大体察しがついていた。

 肩を落としながら、凪織は窓の外の光景を眺める。内装は自室だが、場所はてんでめちゃくちゃだ。

 月が白く輝いており、今居る場所がかなりの高層階であること。他に情報は何一つ得られない。


 「部屋の中に「エゴ」は居ない……、周囲を探索するのは……ボク一人じゃ無理か」


 「戯装」を出せない自分では戦力になれない。ヤタノの隣に立つことも出来ない。

 だから、苦しかった。力を求めている生徒会の力にもなれない。それが物凄く辛かった。

 無能の烙印を押され、周囲からは生暖かい目で見られている。その現実を受け入れられなかった。


 (だから、一人でこっそり特訓してましたが、流石に現実で出せるものではないですし)


 何もしない、出来ない自分がどうしても許せなかった。

 普段は楽しそうに、凪織を虐めているヤタノも、今では既に生徒会の戦力になっている。

 なにより、ぽっと出の、結代のるん(アイツ)も「戯装」を出していた。あの子の隣で戦っていた。

 その事実を受け入れることが出来なかった凪織に、ヤタノの隣りにいる資格など無いのだ。


 「やめましょう……。結局、ボクに才能が無かった。それだけの話デスし……」


 暗く淀んでいる思考を一旦振り払い、改めて状況を再確認する。

 自室に似た部屋に居る自分は、どうやら「ヘルヘイム」に居ることは確かだ。

 まだ猶予はある。助けを待つべきか、自分で行動をするべきか。

 此処が安全かどうかすら分からない以上、行動するメリットはあるが、戦えない自分では無理だと悟る。

 ベッドに寝転がり、いつもと同じに見える別の天井を眺める。後どれだけ生きられるだろう。

 せめて、紙とペンさえあれば、家族や友人、ヤタノにだって思いを残すことが出来たのに。


 「残された命、どう使いましょうか……」

 「何、諦めた顔で独り言を、ブツブツ呟いてるんです?那雲凪織」


 自分と同じ声が隣から聞こえてくる。ぎょっとしてベッドから飛び起きる。

 凪織が声のする方を見ると、そこには自分と同じ顔をした少女が薄ら笑いを浮かべて立っていた。

 

 「え、エト……、貴方は?」

 「やだなぁん……。知らないフリするなんて。いくらポンコツでダメわんこなキミでも、ボクが誰かくらい、分かるんじゃないです?そうですよね?」


 分かっている。彼女が何者なのかくらい。認めたくないのだ。彼女が自分なんだって。

 自分と同じ顔でそんな表情をするな。自分と同じ声でそんな事を言うな。

 乾いた喉を癒すために、唾をゴクリと飲み込んで、凪織は口火を切った。


 「お前はボクの「エゴ」、そうでしょう?」


 凪織の言葉に、少女は部屋に響くほどの声量で笑ってみせる。


 「あははっ、そう!そうダヨ!ボクはキミの「エゴ」。ぽんこつでダメダメなキミでも分かるんだ?」

 「……バカにしてるんですか?それくらい、ボクにだって分かりますから」


 冷ややかな目で睨んでみても、「凪織のエゴ」はどこ吹く風と言った様子だ。

 涼し気な表情で、こちらを見下すような言葉を投げかける彼女が、自分だなんて認めたくない。


 「あぁ、そう。で?キミはどうするつもりなぁん?……分かってるでしょ?ボクの言いたいコト」


 このままだと、ボクに殺されちゃうけど、と言わんばかりの言葉に、凪織は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 「ボクには力が無い。此処で死ぬのが運命だって言うなら、受け入れるだけです」

 「なにそれ笑える。自分に才能がないから、殺される運命を受け入れる?ダッサイねぇ?」


 心底バカにされたような表情を浮かべた「凪織のエゴ」は凪織に顔を近づける。


 「だから、お前は無能なんだよ。いつも悟ったような顔で、何もかも諦める。何もしない」

 「…………」


 凪織が何も言わないこと良いことに、「凪織のエゴ」の口撃は止まらない。


 「でも結局、誰かに傍に居て欲しい。だから尻尾を振って、構ってって、ボディランゲージをする。ダッサ。力のない自分の無力さを認められずに、今もこうして、必死に考えたフリをしてる。諦めてる癖に、さも諦めてませんみたいな顔して。死んでも尚、何か残そうと精一杯何かをしようとしている。違う?」

 「……キミだって。ボクの事を分かってるなら、さっさと殺せ。殺せないんですよね?」


 「凪織のエゴ」が言っていることは、きっと何一つ間違っていない。

 頭では、何かを残そうと必死になっているが、端から見れば諦めでしか無い。そういう見方もある。

 仮に死んでも、何か手掛かりさえ此処に来た人に託せれば、自分が生きた価値はきっとあるはずだ。


 (ただでは死んでやらない……絶対に歯型くらいは付けてやる)


 それが表情にもでていたのか、余裕綽々だった「凪織のエゴ」の表情が変わる。

 警戒心を顕にし、こちらを注視している。先程までは、見下していたのにいきなり対等になった。


 (図星……だったのカナ。デモ、ボクもただで死んでやるわけには行かない)


 月はまだ紅くない。死ぬまでの猶予はきっと残されている。

 眼の前に居る目を背けたくなるような存在を目の当たりにしていると、部屋の扉が開かれる。


 「おや、自身の「エゴ」を前にまだ生きていたんですか。無駄にしぶといですね、那雲さん」

 「……オマエ、どちら様です?「本体」の記憶にない存在ですケド。「エゴ」殺しか何か?」


 銀髪セミロングで、目元に古傷が目立つ女性は、「エゴ」と凪織を交互に見ている。

 和をモチーフにした黒基調の衣服は、動きやすさ重視でかつ、非常に軽装備だ。

 「凪織のエゴ」も凪織も知らない銀髪の女性は、飄々とした態度で月を眺めている。


 「あぁ。まだ、そんな時間ですか。さっさと暴走させて死んでしまえば、話は早いんですがね」

 「えと……、貴方は誰です?ボクの味方?それとも……、敵?」


 銀髪の女性の登場に寄って、凪織の表情はより険しくなる。

 紅い月が出るまでは、生きていられると思っていたのに、敵であれば、この場で死ぬかも知れない。

 「エゴ」に太刀打ちすることすら出来ないのに、人間の相手までとても出来ない。

 凪織の質問に、銀髪の女性は困ったような表情を浮かべる。


 「うーん。少なくとも、味方ではないですね。敵でもないですけど、()()


 含みのある言葉に、凪織は警戒心を最大限引き上げる。

 引き上げたとて、犬パンチくらいしか出来ないのだが、それでも、肉球で一撃くらいはお見舞いできるはず。


 「そもそも貴方は誰なのです…?姫宮さんでも、生徒会の方でもなさそうですけど……」

 「生徒会?あぁ、玉兎さんの率いてる集団ですか。もしかして、零明高校生徒会所属ですか?」

 

 どうやら、彼女はある程度、現実世界のことも把握しているらしい。

 少しでも情報を持ち帰るために、おどおどしている「エゴ」は一旦置いておいて銀髪の女性との会話を続ける。


 「はい、ボクは零明高校生徒会の那雲凪織(なぐもなぎり)です。えと、貴方は……?」


 凪織が名前を聞くと、銀髪の女性はうーん、と少し考え込んだ後に眉を下げながら、薄く笑う。


 「そうですね、カレンデュラ……とでも名乗っておきましょうか。カレンと呼んで下さい」

 「カレンさん……ですか。カレンさんは一体此処へ何をしに……?」


 カレンデュラは花の名前だ。確か、マリーゴールドの別名だったはず。

 黄色く明るい花を咲かせるそれは、眼の前の女性とは対極の存在に見えてしまう。


 「貴方の様子を見に来ただけですよ。紅い月が出る前に、死なれても困りますから」

 「……、此処でボクが死ぬのは運命ですか?それも貴方が仕組んだ」


 カレンデュラは、またしても困ったような表情を浮かべる。

 優しげな雰囲気を漂わせる彼女からは、危ない匂いがぷんぷんしている。


 「さぁ、どうでしょうね。生きて再会できた日に、またお話しますよ」


 カレンデュラはそれだけを言い残し、その場から去ってしまう。

 残されたあわあわしている凪織と「凪織のエゴ」は互いを見やる。


 「月が紅くなるまでは、お互いに煽り合うの辞めませんか。不毛じゃないですか」

 「なぁん……。なぁん……」


 二人は、しばらくの間、談笑して過ごすことになった。

 きっと、此処に居れば、すぐに死ぬことはないのだから。

 



 




 

 

 

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