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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
25/34

#24 「Ying Yung」


 いつの間にか、なしろは居なくなっていた。

 覚悟を決めたのなら、オカルト研究部室へ来いと言っていた。

 どうするべきだろうか。生徒会はきっと彼女を救助などしない。とも、言っていた。


 (ボクは……、誰かが苦しんでいるのに、見て見ぬ振りなんて出来ない)


 「戯装」の整備も数日前に済ませている。体調も万全だ。ある程度の用意は出来ている。

 此処で明日まで待つ必要も理由もない。それに、今日救えないのなら、明日生徒会と行けば良い。


 「よし、行こう。姫宮さんの元へ……」

 「待って、のるちゃ」


 後ろから声がして、のるんはびくりと身体を跳ねさせる。

 先程までは誰も居なかったは筈のそこには、浮かない表情のヤタノが立っていた。


 「ごめんねぇ。盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ〜?抜け駆けしようとしてるらしいじゃん?」

 「え?あ、いや……あはは」


 彼女の口調は重く沈んでいた。普段通りを装うとはしているが、声色は酷く寂しげだ。

 笑って誤魔化すぐらいしか出来なかった。だってその通りだから。

 生徒会のことを信じていないわけではない。早いに越したことはないのだ。

 「ヘルヘイム」の月をまだ見ていない。もしかしたら既に紅くなっている可能性だってある。


 「のるちゃは、行くの?あの人と」

 「……うん。明日、生徒会と行くにしても、付け焼き刃でも、力を付けておきたいから」


 この手の相手に、不必要な嘘は必要ない。自分の思いや考えをすべてぶつけておいた方が良い。

 のるんの言葉に、ヤタノは少し考え込んだ後に、いつもの表情に戻し、頭を下げる。


 「ぼくも連れて行って。接触禁止のあの人に付いていくのは、本当はダメだけど。わんこの命には変えられないから。お願い」


 のるん自身としては心強い味方なのだが、なしろはどう思うのだろうか。

 連れて行くだけ連れて行って、拒まれたら、その場で帰って貰うしか無い。

 自分には、許可することが出来ない事を説明し、ヤタノに了承を得ようとすると、また声がする。


 「別に漆原さんが来る分には構わないわよ。ただ、護ってあげられないから。自己責任でね」

 「!?姫宮なしろ……?……一体何処から見てるんだろ〜?」

 

 すぐに声は掻き消えたが、どうやら彼女が見ているのであれば、余計な話はできそうにない。

 ある程度は目配せと、身振り手振りで済ませながら、二人はオカルト研究部室へと向かう。

 行き方をある程度憶えていたのるんは、前回前々回とは打って変わって、非常にスムーズに辿り着いた。

 シンプルなネームプレートに「オカルト研究部」と書かれている一室を見たヤタノは、首を傾げる。


 「こんな所に、オカルト研究部なんてあったっけなぁ……?確か此処って空き室だったような……」

 「もしかしたら、既に此処が()()、なのかもね」


 敢えて言葉にはしない。その方が、三者視点良いと思ったからだ。

 見られている以上、過剰な接触は避けるべきであり、情報の伝達も最小限に留めている。

 のるんは、意を決し、真新しい引き戸を引くと、そこには本を読んでいるなしろは居た。


 「いらっしゃい。貴方が生徒会書記の漆原ヤタノさんね?初めまして、姫宮なしろよ」

 「……初めましてぇ。零明高校一年、漆原ヤタノですぅ。なんでも?二人でわんこを助けに行くって聞いたんで、話を聞きに来たんですよぉ〜〜」


 ヤタノの猫撫で声を聞いて、なしろはパタリと読んでいた本を閉じ、ヤタノを視界に入れた。

 のるんに向けるものとは大きく異なり、酷く冷たい視線でヤタノを睨みつけている。


 「本来、生徒会の人間はわたしとの接触が禁じられているはずだけど。それはいいのかしら?」

 「友人の命が懸かってるのに、しょーもないルールなんて無視に決まってるでしょ〜?」


 ヤタノはしれっと凄いことを言ってのけた。それだけ、凪織の事が大切なのだろう。

 確か、二人は小学校からの付き合いだったはずだ。となると、十年程の付き合いになる。

 入って二週間程度のルールよりも、彼女を救う手段を優先するのは、当然と言えば当然だ。


 「話はある程度聞いているわ。なんでも、「ヘルヘイム」に入って即座に「戯装」を出すことの出来た天才だって」

 「のるちゃ、話したの……?」


 のるんは勢い良く首を横に振った。そんな話はなしろとはしていない。

 なしろもなしろで、どうしてそんなことまで知っているのだろうか。


 「その子は話していないわ。ただ、貴方と話している感じだと、無謀に死地へと突っ込むタイプじゃない。それと生徒会で、結代さんが「ヘルヘイム」に侵入していたのなら、貴方も侵入している可能性が高い。なら、貴方が「戯装」を手にしていると考えたほうが自然でしょう?」


 サラッと言ってのけているが、要は情報分析をした結果、持っていると判断しただけなのだろう。

 実際にその分析が当たっているのが余計に怖い。現に彼女は戦力になり得る人材だ。


 「自身が手にした最小限の情報で、最大限の成果を得る。効率重視の貴方がしそうな事だわ」

 「へぇ……、てっきり、生徒会を敵に回したのかなって思ってたけど、違いそうだねぇ」


 頭の良さそうな会話が繰り広げられている間に、のるんは、「戯装」に付けるアタッチメントを再確認する。

 精神力の摩耗を抑えるものに、出力を抑える代わりに扱いやすくするもの、他にも何種類か見繕ってもらった物を眺めながら、二人の会話を流し聞きする。

 何を言っているのか、最初の方は理解していたのだが、徐々に物理学や心理学らしい単語が聞こえてからは、理解しようとするのを止めた。

 勉強はあまり得意ではない。どの教科も平均点程度の自分には天才達の言葉は理解できない。

 どれくらいの時間が経ったかまでは、憶えていないが、最後の方に熱い握手をしていたのは憶えている。


 (全然話聞いてなかったけど、大丈夫かな。まぁ、なんとかなるかな)


 「えと、話は終わった……のかな?」

 「うむっ、ぼくのじーにあすれべると遜色のない天才だって、わかった!」


 じーにあすれべる、とは何なのだろうか。のるんの頭上に疑問符が浮かぶ中、なしろが耳打ちする。


 「IQが同程度だって言いたいみたいよ。わたしはそこまでのレベルに達していないのだけれどね」

 「あはは……、謙遜だと思っておくね」  


 何を言っていたのか理解出来てない時点で、のるんは落第点である。

 知ろうとも思わなかったので、特に気にもしていないのも、問題なのだろう。

 少し考え事をしていると、なしろは二人に座るように促す。それに従って座ると、口火を切る。

 

 「それで、那雲さんは何処らへんに居るって、生徒会長から聞いているかしら?」

 「それが……少なくとも校外なんじゃないかって。校内には居ない、そう言ってたね」

  

 なしろは、のるんの言葉に、ふむ、と顎を擦りながら何やら考え込む。


 「そうなると少し面倒ね。校外の近くであれば良いのだけれど。校内程度であれば、わたしも迷い込んだ人間の居場所を感知できるけれど、校外となると、根気よく探索する必要がありそうね」

 「あと、玄関は施錠されていたけど、開けることは出来るの?」


 のるんの問いに、なしろは目を瞑り、首を横に振る。

 

 「あそこの鍵は、生徒会長様が厳重に管理しているわ。だから、正面から出ることはできないわ」

 「その言い方だとなにか出る方法はあるっぽそうだけど〜、どう出るの?」


 ヤタノの話では、校外の強力な「エゴ」が校内へと侵入するのを防ぐために、施錠しているらしい。

 だから、初めて侵入した時に、鈴が校内の「エゴ」は弱いが、外の敵は強いと言っていたのかと納得する。


 「窓から出ればいいわ。玄関は強固に施錠されているけれど、窓はそうでもないから。空きそうにないなら、ぶち破る。どうせ、校内周辺に居る鳥獣型の「エゴ」なんて、有象無象でしか無いわ」


 玄関の鍵を持っていない我々に非なんて無いわ、と言わんばかりの態度にのるんは脱帽する。

 現代版のマリー・アントワネットは、玄関から入れないなら、窓を突き破るらしい。

 半ば呆れながら、のるんはヤタノ、なしろと共に凪織救出に向かうべく、部室の扉を開く。




 


 




 

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