#23 窮地は唐突に、覚悟を決めて
知らせは突然だった。4月15日水曜日の放課後。
今日はどうしようかなぁと、さな達と話しながら、教室にたむろっていた時だった。
勢い良く扉を開いたのは、額に冷や汗をそのままにしていた鈴が現れる。
「結代さん。少し宜しいでしょうか?」
「え?はい、大丈夫ですけど……」
さな達に断りを入れ、のるんは鈴に連れられるがまま、生徒会室へと入る。
中からは怒声が響き渡っている。ヤタノの声だ。何と言ってるかまでは分からない。
怒りで正気を失いつつあるのか、鬱陶しそうな表情でリアがヤタノをあしらっている。
「巫山戯ないでよぉ、副カイチョー。ぼくにはこの力がある。じゃあ、行かなきゃだよねぇ?」
「一人で行っても、犬死するだけだわ。それこそ、無駄よ」
(なに?一体何が……?あ)
ふと見渡せば、生徒会室内に凪織が居ない。彼女に何かあったのだろうか。
なんだか嫌な予感がする。のるんが此処に呼ばれた理由も、彼女が此処に居ないのと関係があるのか。
重々しい空気の中、何も言い出せずにいるのるんに、鈴は固く噤んでいた口を開く。
「……那雲凪織さんが消息を絶ちました。ご自宅には昨日から戻っていないそうです」
「え、……じゃあ」
頭の中で鈴の言葉がリフレインする。理解できているはずなのに、上手く飲み込めない。
彼女の言葉から、先に言わんとしていることは想像に難くない。
「ヘルヘイム」に行ってしまったのだろう。それも、自発的にではなく、連れ去られる形で。
虚ろな目で、ヤタノがこちらを見ている。光を失った瞳がのるんを見据え、こちらへと歩き出す。
「ねぇ、のるちゃ。のるちゃは認めてくれるよねぇ。わんこを助けに行かなきゃってさぁ」
「え……、うん、そう、だね」
言葉の歯切れが悪いのは、周囲が、彼女の言葉を全面的に同意しているように思えないからだ。
状況を完全に理解できていない。そんな状況下では、助けに行こうなんて言えない。
(一体、何がどうなってるの。鈴達はどうして助けに行こうとしないんだろう……)
どうにも、リアや鈴の表情も曇ってはいるが、冷静さは保たれたままに見える。
恐る恐る挙手し、鈴の方を見る。これはきっと、自分が聞かなければならないことだ。
「……那雲さんは、「ヘルヘイム」に堕ちたのでしょうか?」
鈴は、ゆっくりと首を縦に振り、奥歯を噛み締めながら、言葉を紡ぎ始める。
「恐らくは。中に彼女と思わしき反応があります。それに、市外に出た形跡もありません」
「要するに、那雲さんは「ヘルヘイム」に居ると、生徒会は見ているわ」
「だったら、助けに行くに決まってるよねぇ?何日和ってんの?カイチョーさん」
すっかり頭に血が登っているヤタノは、直ぐにでも行こうと入口を塞いでいる鈴を押し退けようとしている。
「退いてよ。あんたらが行かなくても、ぼくは一人で行くからさ」
「一人で行くのは危険です。ですからこうして協力者である結代さんを……」
二人の視線がこちらへと向けられる。元より、手を貸したい気持ちが強かったので構わない。
コレがドッキリや冗談ではないことを祈りながら、のるんは鈴に詳細な情報を聞き出す。
昨晩の深夜にヤタノが凪織に連絡したものの、返事がなかった。
普段であれば、直ぐに返事が帰ってくる時間帯だったのもあり、心配になったヤタノが凪織の家に行くと、ご両親も帰ってきていない凪織の事を心配していた。
(なるほど、そこで彼女の失踪が発覚したんだ。……でも)
恐らく、最後に彼女と接触したのは、のるんだろう。昨晩の夕方頃に、彼女と話をしていた。
思い悩んだ表情で、悩みを打ち明けていた彼女の表情は、今でも鮮明に思い出せる。
「ボク一人の力でどうこうなるとは思いませんが、協力します」
「さっすが、のるちゃだねぇ。腰抜けのカイチョー副カイチョーとは大違いだねぇ」
悪態をつき、二人を睨みつけるヤタノの頭に優しくチョップをお見舞いする。
先程までの周囲を底冷えさせるような表情は、いつもの人を小馬鹿にする顔に戻っていた。
「それで。玉兎生徒会長、那雲さんが今、どの辺りに居るかは分かるんですか?」
「残念ながら、詳細までは。ただ、校外であることは間違いありません」
鈴の言う校外は、「ヘルヘイム」内の話だ。あの世界とこの世界は構造自体は酷似している。
ただ、ひとえに学校と言っても、出るまでに迷宮じみた校内を探索する必要がある。
(玄関口からは出れなかったけど、出る手段……あるのかな)
初めて迷ったあの日のことを思い出す。
出ることも叶わず、命を散らさんとしていたあの時の事は、忘れることはないだろう。
のるんが思案していると、眼の前で再度口論が始まっている。
「のるちゃも認めてくれたよねぇ?今すぐに行かない理由があるの?」
「準備を整える必要があるでしょう。それに、一日二日で死ぬ訳じゃありません」
鈴の言葉に、ヤタノは奥歯を噛み締めながら、鈴の襟を掴み怒りを顕にする。
「悠長にしている場合ですかぁ!?人の命が懸かってんですよ!?あの子は……、一人であんな場所に居るんですよ!」
「……ミイラ取りがミイラになる。そんな諺があるように。万全の準備をしてから行くべきでしょう。明日、準備を整えてから侵入しましょう」
激しくヤタノに捲し立てられても、鈴は涼しい顔でヤタノの顔を見ている。
次第に怒りの炎が収まったのか、ヤタノは掴み上げた裾を乱雑に手放す。
「りょ〜かい。一日だけ待つね。でも、それ以上は待たないから。じゃ、ぼくは先に帰るね」
そう言い残すと、ヤタノは無遠慮にドアを開いて、その場を去っていった。
静かになった生徒会室内で、鈴は、深い溜息をつきながら、自分の席に腰を掛ける。
蟀谷を手で抑えながら、酷く疲れたような顔をしている。
「全く……、あの場所は命に関わるということを、漆原さんは理解していないのでしょうか」
「命に関わる場所だからこそ……、那雲さんを助けたいと思ってるのでは?」
あの二人の仲が良いのは知っている。凪織は何時だってヤタノの事を気にかけていた。
戯装を出せなかった時も、ヤタノは凄い。ボクも頑張らなきゃ、と自分を鼓舞していた。
だからこそ、ヤタノも凪織を助けることに躍起になっているのだろう。
(美しい友情に見えるけど……。それでも……)
勿論、鈴の言い分もわかる。下手に乗り込んで返り討ちにあってしまえば、本末転倒だ。
慎重に事を進めなければならないことも理解できるが、問題はタイムリミット。
「「ヘルヘイム」に連れ去られた人の……、生存可能時間は……?」
「凡そ三日です。水分や食事は、道中で得られる可能性はあります。ですが、長時間滞在したことによって、精神が衰弱し、「エゴ」に喰らわれてしまえば、一巻の終わりです」
尚の事、急がねばならない。 なしろに頼んで、一緒に「ヘルヘイム」で準備を整えるのも手だ。
今の自分では役に立てるかも分からない。力を付けておいた方が良いかも知れない。
のるんは、一先ずその場を後にし、生徒会室を出ると、そこにはなしろが薄ら笑いを浮かべて立っていた。
「……聞いてたの?今の話」
「えぇ、まぁ。だって、外にまで響き渡っていたもの。漆原さんの怒声も、貴方の悲しそうな声も」
くすくすと笑う彼女は、凪織の命など、どうでもいいと言わんばかりの態度だ。
人の命が懸かっている。のるんも、考えていることはヤタノと同じだったらしい。
流石になしろの襟を掴み上げて、怒りをぶつけることはしないが、腸が煮えくり返る気持ちは理解できる。
その場で拳を握り締め、静かに怒りを燃やしていると、なしろは目を細め、のるんを見つめている。
「あら、貴方も意外と熱血漢なのかしら?お熱いことねぇ。たかだか二週間程度の仲で、命をやすやすとBETするつもりなんて……」
「……」
このまま、彼女の言葉を聞いていると、自分までおかしくなりそうだ。
なしろも、鈴も人の命を何だと思っているんだろうか。この世界はゲームなんかじゃない。
現に、来栖三月の父親は、「エゴ」に殺されている。
どうして、それを見て彼女も同じ目に合わせようとするのか、のるんには理解できなかった。
くすくすと笑うなしろは、おもむろにのるんに近づき、頬から顎にかけて撫でるように触れた。
「貴方が望むなら……、那雲さんを助けるのに力を貸してあげてもいいわ」
「……え?」
凪織を助けても、彼女にはメリットがない。つまり動く意味がない。
どうしてそんな提案をノルンにしたのだろうか。首を傾げていると、なしろは薄く笑う。
「その代わり……生徒会からは手を引きなさい?きっと、彼女達は那雲さんを助けないわ」
それだけを言い残すと、乗るならオカルト研究部室で待っているから、とだけ言い残し去っていた。
この決断は、きっと大きく自分の中の何かを変える気がする。どうするべきだろうか。
放課後の鐘がなり、のるんは決断の時が迫られている事を自覚した。




