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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
19/34

#18 「調整」


 

 放課後、なしろの待つ部室へと向かおうとしたのるんは、ふと気づく。

 オカルト研究部室なんて、この学校にはないのだ。厳密には、何処にあるのか分からない。

 文化部棟にあるのは、みんな知っているのに、具体的に何処にあるのかは、誰も知らない。


 (部室の存在そのものが学校の七不思議って、意味が分からない……)


 でも、あの時はすんなり行けたのだ。今の自分ではいけないのだろうか。

 ひとまずは、適当にうろついてみる。記憶の限りでは、何処かの階の一番奥だったはず。

 一階を見て回り、二階を見て回り、三階を見て回るも、オカルト研究部室は無い。

 自分の記憶の限りでは、三階の一番奥だったはずだ。隣の部室が「囲碁将棋部」だったのも憶えている。

 しかし、そこには扉すら無く、ただの壁になっている。オカルト研究部室のプレートすら無い。

 

 (うーん……。おっかしいなぁ。確かに此処だったような)


 何も無い壁をのるんは、なんとなく触れる。すると、突如凄まじい目眩に襲われる。

 世界が急にぐにゃりと捻じ曲がったような、そんな錯覚に陥り、強烈な頭痛が身を蝕む。

 立つことすら困難になり、その場で膝立ちになり、頭を抱える。

 

 「な、なに……突然、うっ」


 意識が遠のいていくのを感じ、のるんは自分の意識を手放した。

 最後に見た光景は、誰かがこちらを見下ろし、口角を三日月状に吊り上げている歪な顔面だった。



 _________



 「あら。目が醒めたかしら」

 「……此処は?」


 のるんは、普通の部室には早々ない、キングサイズのベッドから身体を起こすと、そこになしろが居た。

 窓際で、難しそうな言葉が表紙に書かれている本を読んでいたなしろは、どうにも様になっている。

 状況が理解できない。どうして自分が眠っていたのかも、此処が何処なのかも。

 こちらが目覚めたことに気づいたなしろは、こちらへとゆっくりと近寄り、微笑んだ。


 「オカルト研究部室よ。貴方が、わたしと待ち合わせをしていた場所。随分と待たされたわ」

 「ボク、いつの間に……?」

 

 未だにじんじんと痛む頭を抑えながら、自分の記憶を遡るが、辿り着いた記憶が無い。

 最後に憶えているのは、文化部棟の三階で強烈な目眩がして倒れた所までだ。

 

 (一体、何が……?それにどうして、辿り着いたんだろう……)

 

 どうやら、此処が件のオカルト研究部室らしい。でも、以前と内装がガラリと変わっている。

 以前までは、本当に普通の内装に、殺風景な机と椅子があっただけの部屋だった。

 ただ、今はどうだろうか。ぼんやりとした頭と瞳に鞭を打ちながら、再度見渡す。

 ゴシック調の紫と黒で統一された壁紙、床、家具は、人が住んでいてもおかしくないレベルだ。


 「オカルト研究部室って……、こんなに綺麗な場所だったっけ……?」

 「えぇ。少なくとも、()()はそうね。()()は前からそうよ」


 なしろの言葉に、引っ掛かりは憶えたが、どちらにせよ、此処がそうである根拠は持ち合わせていない。

 少なくとも、以前彼女が居た場所とは違う。それすらも、真偽が分からない。

 考えても、ぼんやりと頭痛が襲ってくるので、のるんはひとまず、考えるのを止めた。

 

 「貴方、「ヘルヘイム」に行きたいんでしょう?自衛手段はあるのかしら」


 ベッドの縁に座るなしろの言葉が、やけにすんなりと耳に入ってくる。

 先程まで、ぼんやりとしか聞こえなかったものが、随分とクリアに聞こえることに違和感を覚える。

 ただ、今は考えても仕方ない。のるんは、頭の中で「双小剣」をイメージし、「戯装」を展開する。

 黒い剣をベースに、紅い筋のようなものが蠢く、不気味な二振りの刃。

 片方は長く、片方は短い、非対称の二振りは、相手の生命を奪い取ることに特化している。


 「これが、ボクの「戯装」──身を守るには充分でしょ?」


 のるんが出した「戯装」に、なしろはへぇ、と興味深そうに笑う。

 その瞳には、少しの驚きと凄まじい怒りが孕んでいることに、のるんは気づく由もない。


 「持っているのなら良いわ。それで?行ってどうするの?どうせ、生徒会共と行ったんでしょう?」

 「あの世界に何があるのか。「エゴ」とは何なのかを知りたくて」


 まるっきりの嘘ではない。平穏な日常を求めるのるんとしては関わる必要のない場所だ。

 ただ、この力に目覚めた以上、避けては通れない場所になってしまった。

 今の学校生活を、平穏を過ごすためには力がいる。もう見て見ぬ振りは出来ない。

 折角出来た友達が、「ヘルヘイム」に堕ちる可能性だってある。その時に助けられないなんて嫌だ。


 (もう、何も失いたくないんだ)


 何も失いたくない、と自分で言ったことに、疑問を覚えた。自分は一体何を失ったんだ?

 無くしたものは確かに沢山ある。小さい頃には家の鍵だったり、玩具は沢山無くしている。

 でも、それが、今の言葉を発した理由とはとても考えにくい。じゃあ、ボクは何を恐れているんだ。


 (この気持ちって、ボクの気持ちなのかな)


 最近、よく夢を見る。物凄くリアルで、物凄く冷たく、悲しい夢物語だ。

 最期の最期に、愛する人に己を殺させ、自分に関する記憶を全て奪ったお話だ。

 ハッピーエンドだったのだろう。それを彼女は望んだのだろう。現に、あの子は幸せそうだった。

 どうしてか、自分と同じ名前というだけなのに、自分と重ねてしまう。

 所詮、現実味のない夢なのに。所詮、誰かが考えた創作でしか無いのに。


 (時折、彼女が自分なんじゃないかって、思う時がある)


 違うのに、あんなに勇敢じゃないのに、あんな選択を自分はできないのに。

 だから、疑ってしまう。自分はそんな事を考えない。じゃあ、あの子の考えなんじゃかと。

 夢の中の彼女、姫宮のるんの癖が出てしまったのか、自分も、思考の海に溺れていたらしい。

 現実のなしろがこちらに顔を近づけ、心配そうな表情でこちらを見ている。

 

 「……どうかした?随分と顔色が悪いけれど」

 「え?あ、ううん。ちょっと心配になっただけだよ」


 のるんは嘘をつき、頭を掻きながら、心配しないで、となしろに微笑みかける。

 その行いが、更に彼女を不安にさせることになど、気づきもしないで。


 「……心配って?「それ(戯装)」で誰かを殺すことを憂いているのかしら?」

 「んーん。実はね」


 のるんはなしろに、「過剰使用による精神的副作用」について簡単に話す。

 ヤタノが数多くの「エゴ」を殺し、「戯装」を使用した際に引き起こした精神錯乱の症状。

 今日のお昼に一緒に話して思ったのだ。本来のヤタノは、そこまでおかしい子ではない。

 きっと、「戯装」を使い過ぎたせいで、何らかの副作用が起きて、豹変したのだと。


 「あははっ、そう。そうなのね、ふふふ、あはははっ!」

 

 こちらが生徒会の面々と過ごして起きた出来事を話すと、なしろは心底おかしそうに笑い始める。

 目尻に溜まった涙を指で拭い、ごめんなさい、つい。と言葉だけの謝罪を、のるんに浴びせた。


 「玉兎鈴は、漆原ヤタノの豹変を、「精神的副作用」だって、言ったのよね?」

 「う、うん。……違うの?」


 のるんが恐る恐る尋ねると、なしろは足りなくなった酸素を補給するべく、ゆっくりと呼吸する。


 「わたしは漆原ヤタノとの直接的な面識はない。だから、どの程度豹変したかは知らないわ」


 なしろは言葉を続ける。ようやく身体に酸素が行き渡ったらしい。

 肩で息をしていたのも収まり、涙も拭い終えたなしろは、困ったような表情を向けた。


 「「未調整」のを使っても、そこまでの豹変はしないわ。きっと、素が出ただけよ」

 「……えっ」


 言葉を失った。相反する意見が頭の中でぶつかり、混乱する。

 ヤタノが見せた二面性が、「戯装」の物ではない可能性が高いと言われたことに、考えがぐらつく。

 いい人だと思っていたのに。昼に見せた彼女が、本来の彼女だと信じたかったのに。


 (どっちが正しいのかな。じゃあ、玉兎生徒会長が言ったことが……嘘?)


 のるんは自身の心がぐらついたのを感じたが、それよりも気になる文言があった。

 なしろは「未調整」の「戯装」を使っても、と言った。「調整」が出来るのだろうか。


 「じゃあ、「戯装」って調整が出来るもの、なの?」

 「あぁ。そこまでは話していないのね。良いわ、少しだけ散策してから、行きましょうか」


 なしろはオカルト研究部室の扉を開くと、先は真っ赤に染まった廊下が伸びていた。

 どう見ても、扉の先に拡がっているのは、「ヘルヘイム」だ。あちこちから呻き声が聞こえてくる。

 足が竦み、逃げ出したい気持ちを押し殺し、なしろの言葉に疑問をぶつける。


 「行くって、何処に」

 「調整するための材料を此処で拾ってから、貴方の「戯装」を調整しに行くのよ」


 そう言ったなしろは、のるんを置いて先へと進んでいってしまった。

 慌ててのるんは追いかけ、二人で周辺の「エゴ」を蹴散らしてから、学校を後にする。

 滞在期間が短かったのか、まだ放課後になってから時間はそこまで経っていないらしい。

 なしろに連れられて向かったのは、近くの商店街のとある場所だった。

 

 


 

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