#17 虚ろな瞳に
4月9日金曜日。今日を乗り越えれば、土日が待っている。
明日は雨らしいので、暇つぶし用の道具も用意してある。今すぐに雨降ってくれても構わない。
食パンを咥えながら、のるんは、ぼんやりと1階部分を改めて見回す。何とも殺風景だ。
折角、昔はお店をやっていたのだから、何か彩りの一つが欲しい所だ。
「と言ってもなぁ……」
「な〜に、独り言をぶつくさ言ってるのさ〜」
誰も居ないと思っていたので、後ろから声がした時は、心臓がなくなる勢いで驚いた。
知らない間にさなが家に来ていたらしい。多分お手洗いに行った時に侵入したのだろう。
「も〜。不法侵入で逮捕されるよ〜?……本当びっくりした……」
「のるんちゃんに逮捕されるなら……まぁ、いいかなぁ?な〜んて」
良い訳がない。こんな天然男たらしを逮捕した暁には、全クラスメイトから顰蹙を買うこと間違いなしだ。
日曜日は晴れていることだし、朱雀や他の友人と部屋のレイアウトや、外の土地を弄るのも良いかも知れない。
(まぁ……、特に未だ予定はないから、その時考えようかな)
如何せん、「ヘルヘイム」に侵入して数日は、異常に体力を消耗する。
前に侵入したのは月曜日、ようやく身体のだるさが抜けた頃合いだ。
再度「ヘルヘイム」に侵入するのも一つの選択肢でもある。
(なしろに声を掛けてみようか……。彼女の考えも知りたいし)
放課後、なしろが暇そうであれば、声を掛けてみよう。
眠たい目を擦りながら、さなと共に学校へと向かう。
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ウトウトとしていたら、あっという間に昼休みになっていた。
各々が散り散りになり、のるんはいつものようにさな達と食事を取ろうとして気づいた。
今日はたまたま昼ごはんを持ってきていなかったのだ。購買に行かなくては……。
購買は、教室棟1階の玄関口付近にある。いつもは人が少ない場所なのだが、昼休みだけは人で溢れかえっている。
少し出遅れたせいで、人が大分少なくなってはいたが、残っているパンはほとんど無かった。
「お、おわ……。しょうがない……。残ってるパンを買おう……」
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。お菓子とかじゃ、お腹は膨れないものねぇ……」
のるんは、残っていたシュガートーストを買うと、残っているラインナップを見る。
文房具からノートといったありふれた物から、エナジードリンクや、救急キットまである。
他にもお菓子や、携帯食など、食べ物系も多く置かれている。
(なんだか、購買らしくないラインナップだなぁ。でも……)
消毒液や、老化防止薬まであるのを見るに、「ヘルヘイム」探索に使えるかも知れない。
今後、必要なものがあるなら、ここで買うのも選択肢の一つにして良いだろう。
購買のおばちゃんがおまけしてくれた栄養携帯食を片手に、教室へと戻ろうとした矢先だった。
聞き慣れた猫撫で声が、背後から聞こえる。悪寒がする抑えながら、のるんは振り返った。
「あらぁ〜?のるちゃじゃん〜。やほやほ〜」
「ん。こんにちは、漆原さん。漆原さんも購買に?」
のるんの言葉に、ヤタノは自慢げに人気そうな惣菜パンをいくつか見せびらかしてくる。
焼きそばパンにコロッケパン、牛焼肉パンと随分と茶色いものが多い。
「移動教室の帰りに寄ったら、まだ購買に誰も居なくてさ〜。良かったら一緒に食べない〜?」
「良いけど……、何処で食べるの?」
昼休みに教室以外で食事を取ったことのなかったのるんには、提案できる場所がなかった。
同じく一年生であるヤタノに聞いても分からないだろうなぁ、とのるんは思っていたが、帰ってきた言葉は想像していないものだった。
「ん〜。二人っきりならぁ、屋上、とか?鍵、持ってるんだよね〜ぼく、生徒会書記なので!」
普段は施錠されている屋上で昼食が食べられるのならば、確かに二人になれるだろう。
他にも、生徒会室で食べる案も貰ったが、流石にリアと一緒に食事を取ったら、胃が痛むので、屋上でヤタノと昼食を取ることにした。
さなに謝罪の連絡を入れたら、何故か喜ばれた。どうしてなんだろう。
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零明高校──屋上。
晴れた春の日差しが暖かく、ご飯を食べたら眠たくなりそうになる程、程よい気温だ。
普段は立ち入りを禁止されているせいか、人は誰も居ない。
お誂向きに、ベンチまで用意されている。ヤタノに促され、二人で隣り合って座る。
「はいこれ〜。流石にカロリーやばやばだから、のるちゃにあげるねぇ」
ヤタノに牛焼肉パンを握らされた。……栄養携帯食は食べなくて済みそうだ。
のるんはヤタノから貰った牛焼肉パンの封を切り、口に入れる。
牛カルビを炭火で焼いたような風味が鼻腔を刺激し、少食ののるんでも美味しく食べれる物だった。
「これ、美味しい……」
「伊達に人気ナンバーワンじゃないからね〜。ぼくには重いんだけど、のるちゃの口にあって何より〜」
口に合わないと分かっていたのに、何故ヤタノは買ったのだろう。
あまり気にしても分からないものは、考えない主義ののるんは、そうなんだぁ、と相槌を打つ。
二人はご飯を食べ終えて、一息つくと、二人の間には穏やかな時間が流れる。
沈黙の時間が暫しの間、流れた後に、口火を切ったのはヤタノだった。
「月曜日はごめん。ぼく、のるちゃに酷いこと言っちゃったよねぇ」
「……え?」
急に謝罪を受けたのるんは、つい言葉に詰まり、目を丸くさせた。
自信満々で傲慢な、彼女の口から謝罪がでてくるとは思えなかったのだ。
「だから!のるちゃが「戯装」を出した時に、結構強いこと言ったじゃん〜。気にしてたんだ」
彼女の表情からは、申し訳なさそうな雰囲気が漂っている。
もじもじとしながら、慣れていない言葉を使っている彼女は、バツが悪そうにしている。
「別に気にしなくていいよ。副作用?の影響だったんでしょ?」
「そうだけどさ……。仮にも仲間であるのるちゃに、酷いこと言っちゃったんだぁって、カイチョーにも攻撃して、暴れてたのに、簡単に負かされて……背負われてた時から、思ってて」
かなりの性格破綻者だと思っていたが、案外そうではないのかも知れない。
それに、「戯装」の過剰使用による副作用は、使い始めたばかりの時は、よく出るものらしい。
ならば、そこまで気にする程のものでもないだろう。それに、多く敵を倒した勲章のようなものだ。
「だからさ、こうして謝っとこうって思ったわけである!だって、友達でいたいし〜?」
牛焼肉パンが人気ナンバーワンで、かつヤタノは食べないのに買ったのは、自分の為だったのかも知れない。
(あれ?でも、じゃあなんでボクが、お昼持ってなかったの知ってたんだろう?)
ヤタノのしたことに対して、過度に気にするのは、やめておこう。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、なんて言葉もあるくらいだ。
ある程度、無知で居た方が幸せな気がする。持ってきた筈のご飯が無いことだっておかしくない。
「そっか、ありがとうね、漆原さん。ボクは気にしてないから。また「ヘルヘイム」を探索する時はよろしくね」
「もっちろん!この天才のぼく様にまかせておいて!」
無い胸を張り、ドヤ顔をかましているヤタノの世間話に付き合うと、予鈴が鳴る。
もう間もなく、昼休みが終わるらしい。そろそろ教室に戻らねばならない。
のるんがベンチから立ち上がり、教室に戻る旨を伝えると、ヤタノは少し寂しげな表情を見せた。
「あ、うん……。またね、ばいばい。のるちゃ」
「うん、またね」
ヤタノとの昼食を終え、教室に戻ると、さなから誰と食べたのかや、どんな話をしたのかを根掘り葉掘り聞かれた。
お陰様で、授業中にお喋りするなんて、万死ですわ〜〜!とフカ先生に廊下に立たされた。
何故か、こちらに話を振ってきたさなは、口笛を吹きながらのるんを見ている。お咎め無しだ。
これが、校内政治の賜物ならば、たまったものではない。憶えていろ、猫鮫フカ。
いつかその尻尾を引っこ抜いて、フカヒレスープにしてやるんだと、決意を新たにする。
「ボク何も悪くない……と言うこともないか。おしゃべりしてたのは事実だし……むむむ」
昼食後の五限は本当に眠たかった。前時代的な体罰に不満を漏らしながら、一時間立っていた。
六限は普通に受け、放課後になった途端に、人はあっという間に捌けていった。
さなと、朱雀を見送り、のるんは教室に残っていたなしろに声をかける。
「ねぇ、姫宮さん。今ちょっといい?」
のるんが声を掛けると、本を読んでいたなしろは、のるんの方へ視線を向ける。
相変わらず、虚ろで湿度の高い瞳だ。こちらを見る目には、深い闇が湛えられている。
「なにかしら?」
「ちょっと話があってさ。部室、行かない?」
なしろは本をパタリと閉じ、身体もこちらへ向ける。
感情をあまり発露しない彼女が、口角を少し吊り上げ、嬉しそうに笑う。
ただ、単純に嬉しそうというよりかは、何か他の感情も含まれた複雑なものだった。
「あら、二人きりになりたいだなんて、積極的なのね?良いわ、ホテルかしら?」
「部室のことをホテル呼ばわりしないの!一緒に行きたい場所があるんだ」
これだけ言えば、「ヘルヘイム」のことだと分かるだろうに、なしろは徹底して惚ける。
夢の中の彼女なら、もっと素直で可愛いのになぁと考えていると、ずいっと顔を近づけられる。
「今、他の女の事、考えてたでしょ?」
「う、ううん。姫宮さんの事を考えてたよ。嘘じゃない」
何故か、浮気バレした旦那のような口調になってしまったが、本当に嘘は言っていない。
冷や汗が止まらなかったが、ある程度は信用して貰えたのか、矛は収めてもらえた。
「良いわ。後で部室に来なさい。今の貴方なら、きっと自力で辿り着けるわ」
「え?う、うん。分かった」
気がつけば、なしろはその場には居なかった。
彼女の言葉は、どういう意味で言ったのだろうか。後で聞いてみなければ。




