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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第二章「「ヘルヘイム」に攫われて」
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#14 「凡人」


 のるんが追いついた時には、既に周囲の「エゴ」は倒されてしまっていた。

 二人が居たのは、教室の一角。場所的に「文化部棟」の二階辺りだ、随分と遠い場所まで来てしまった。

 教室内を見渡すと、あちこちに「エゴ」の血が飛び散っており、破片も所々残っている。

 先程まで沢山居た人型から、鳥のような羽根が生えたモノや、獣のようなモノまで。


 「この数……お二人で?」

 「……いえ。私はあくまで補佐や撃ち漏らしを処理しただけです。殆どは漆原さんが」

 

 鈴が手を貸すまでもなく、全部ヤタノが倒したと聞いて、のるんは目を丸くさせた。

 ヤタノは酷く冷静で、それでいてつまらなさそうに「エゴ」の死骸が消えていくのを眺めている。


 「凄いね、漆原さんは」

 「……凄い?ぼくがぁ?」

 

 何気なく、そう呟いたのるんを、ヤタノは目を見開かせて首元を掴み、壁へとぶつけた。

 激情を孕ませた瞳には、普段からは感じ取れない怒りや、深い憎悪が滲み出している。


 「ぼくは凄くなんかないよぉ。これくらい、誰だって出来る。それこそ、わんこちゃんだって〜」

 「そんな事ないよ。ボクだって、ようやく「戯装」を出せたんだから」


 のるんが持っていた双小剣(ツインダガー)型の「戯装」を、ヤタノはじぃっと見ていた。

 その後、直ぐ様、ヤタノは口の端を引き攣らせ、無理したような表情で、のるんを見る。


 「|I'm Genius.And you?《ぼくは天才だ。でもキミは?》」


 「戯装」を解除し、ヤタノは更にのるんの顔に、自身の顔を近づける。

 もう少し進んでしまえば、唇と唇が重なり合う距離だ。

 初めてのキスをこんな場所で失って堪るかと、のるんはそっぽを向くが、ヤタノが手で無理矢理矯正させる。

 目の焦点があっておらず、のるんの事を見ている筈なのに、見えていないように見えた。


 「のるちゃが出来るなら、ぼくはもっと出来る筈なんだ〜。そうだ、決闘でもしようよっ。そうすれば、ぼくが天才だって、証明できるでしょ?ねぇ、殺ろうよ?」

 「え、ええっ……?」


 困惑しているのるんの事など、お構い無しでヤタノは、ねぇ、ねぇとこちらに詰め寄る。

 逃げることも叶わず、眼の前のヤタノも逃がしてくれそうな気配すらない。

 どうしたものかと、思案していると、ヤタノが鈴によって、無理矢理引き剥がされた。


 「っ!?カイチョー。なんで止めるんですかぁ〜?」

 「「戯装」の使いすぎで正気を失いつつあるようです。今日の所は引き上げましょう」


 鈴は至って冷静な声色で、ヤタノを諭そうとするが、ヤタノは諦めていないようだ。

 羽交い締めにされても尚、何とか逃げ出さんと、抵抗をしている。


 「結代さん、お手数ですが、椛野さんと那雲さんの元へ戻っていて貰えますか?彼女を落ち着かせた後に、皆で帰還しましょう」

 「は、はいっ。分かりました。……無事に戻ってきて下さいね」


 のるんは、鈴の事を心配していると、ふっと鼻で笑われた。

 酷い話だ。こちらは鈴のことを案じているのに、と心では思ったが、彼女には彼女の考えがあるのだろう。


 「勝手に死亡フラグみたいなのを建てないで下さい。長時間此処に居て、且つ「戯装」を使い過ぎると、時折こういった症状が出るんですよ。椛野さんも、昔は毎回こうなっていたので苦労したものです」

 「あんな罵詈雑言女と一緒にしないで貰えますぅ〜?ぼくは至って冷静で普通ですよぉ?」


 自分が負傷することも厭わないような暴れ方で、鈴の拘束を引き剥がそうとしている。

 遠心力や、自重を生かしたような振り解き方には、確かに知性や理性を感じるが、正気ではなさそうだ。


 「良いから行って!最悪の場合、二人を連れて戻ってきて下さい!」

 「は、はいっ」


 のるんは、鈴の大声にビクビクしながら、元きた路を足早に駆け抜ける。

 鈴がやられるということは考えにくいが、それでも無事で居てほしいと願いながら。



 _____________



 のるんが息を切らしながら、生徒会室へと戻ると、そちらも地獄のような惨状だった。

 悲しげな表情で凪織を見るリアに、拳が血まみれになるまで、何かを殴りつけた様子の凪織。

 膝から崩れ落ち、心底悔しそうに全身を震わせながら、泣いているようにも見える。


 (……えー、何があったの。本当に)


 争いごとこそ、起こってはいなさそうだが、こちらはこちらで只事ではなさそうだった。

 のるんは、凪織を置いておいて、若干気は引けるものの、リアに状況を報告する。


 「あの、椛野さん。実は……」

 「へぇ。あの自称天才さんが?あはは、面白いじゃない。それを会長が無理矢理連れてくるのね?了解したわ」


 心底楽しそうに、リアはのるんの報告を聞いていた。

 人のことを、常に憎しみの表情で見ていた彼女が、初めて愉快そうな表情をしている気がする。

 夢の世界では、此処までの邪悪さはなかったのだが、何が掛け違えば、此処まで変わるのだろうか。

 今の彼女は、世界の全てを憎み、ただ只管に嫌悪しているだけの子供にしか見えない。


 「それで……那雲さんはどうしたんですか?なんていうか……、随分と負傷しているみたいですけど」 

 「あぁ。アンタと自称天才が「戯装」をサラッと出したでしょ?それで、さっきまで出そうとしてたけど、出せなくて悔し涙出してたのよ」


 なるほど、凪織とヤタノの相性の良さはこういう所に出てくるんだな、と納得する。

 ヤタノはヤタノで、凡人である凪織が居ることで、自己肯定感を満たすことが出来る。

 凪織は凪織で、身近に天才がいることで、自分も出来るんじゃないかと陶酔することが出来る。

 実際に、気の良くなったヤタノが、色々影でアドバイスだったり、サポートをしていたんだろう。


 (共生関係って奴なのかな?そう言えば、那雲さんも中学時代からの友達っていってたし)


 少し前の休みの日に、凪織からそういう話を聞いた記憶がある。

 ドジでダメな自分を、いつだって助けてくれる優しい子だって、彼女は言っていた。

 ちょっと天才を自称しすぎて、痛い部分もあるけど、実際に天才と遜色ないくらいの秀才なのだ。


 (そんな、あの子が大好きなんだって、そう言っていた)


 だが、それでものるんが、リアに怒りをぶつけるのはお門違いだ。

 今はやるべきことを報告した以上、リアの助力を得て鈴の下へ向かうか、待機かの二択だ。

 幾許の間、悩みはしたが、下手に自分が顔を見せてしまえば、鈴の努力が無駄になる可能性がある。


 (待つしか無いか。その間に、那雲さんの手当をしなきゃ……)


 未だに楽しそうに笑い声を響かせているリアを横目に、のるんは凪織の元へ駆け寄る。


 「那雲さん……大丈夫?救急キット、持ってきてるから、手、治療するよ」

 「す、スミマセン……。のるんさんの、貴重な資源を消費することに……」


 俯いている凪織の手を治療するべく、のるんは彼女の身体を起こして、近くの壁に背を預けさせる。

 顔を上げた凪織の頬には、涙の跡がくっきりと残っている。


 「この手、何があったの?随分と酷い傷だけど」

 「あはは……、やっぱり凪さんは無力だったみたいなんです。二人みたいに戦力になれそうにありません……、もしかしたら、少しだけイキれるかも知れないなんて、思っちゃいましたけど……はは」


 力のない笑み、力のない言葉、力が抜けて、今にも倒れそうな表情に、のるんは涙を誘われる。

 でも、それはすぐに引っ込むことになった。後ろでくすくすと笑う声が聞こえたからだ。

 凪織の治療もおざなりに、のるんは立ち上がり、リアをギロリと睨みつける。


 「なに?私が面白いと思ったから笑っただけ。それの何が悪いの?」

 「他人のことを(おもんばか)れず、嘲笑(あざわら)う事の何処を、肯定できるんでしょう?「エゴ」以下ですよ貴方」


 のるんの言葉に、リアは笑顔を引っ込めて、蟀谷に青筋を浮かべている。

 何一つ偽りのない本心だ。だが、声は怒りに打ち震え、拳を背に隠して固く握り締める。

 同じ組織に所属する人間が、傷ついている時に寄添わない所か、嘲笑しているのは、許せない。


 「人を傷つけることを平然と出来る。それも才能の一つです。ボクにはとても出来ない事ですが」

 「お前……、よりにもよって、「エゴ」なんかと同類扱いしやがって……「戯装」──展開」


 リアは「戯装」を手に握り、剣先をのるんの喉元へと突きつける。

 彼女は此処までするのか。夢の中の彼女とは大違いだ。もっと理知的な人だと思ってたのに。


 「……どういうつもりです?ボクを殺すつもりですか?」

 「思った事を思った様に言って、何が悪い?」


 リアの表情は、確かに至って冷静だ。以前も恐らく、仲間になった者に刃を向けていたのだろう。

 慣れた手つきだ。人を殺すことに、躊躇もない様に見える。

 それでも、のるんは「戯装」を展開せず、リアの事を無視して、凪織を介抱する。


 「そんな愚問をボクにぶつける時点で、お株が知れる。生徒会長と漆原さんが戻り次第、帰還しますから」

 「なっ……私を無視して、そいつを取るのか!?まだ話は終わってな」


 リアは言葉を言い切る前に、顔を真っ青にする。

 のるんは、リアの見ている方角を見てみると、そこにはヤタノを背負った鈴が居た。

 鈴もヤタノもあちこちを負傷しており、二人が戦ったことであろうことは容易に想像がつく。

 対するこちらは、剣先をのるんに向けているリアと、剣を向けられても尚、凪織を心配している自分。


 (タイミングが悪いとは思うけど、実際に彼女がしようとしていることは一目瞭然、かな)


 言いたいことも沢山あるだろうが、鈴はヤタノがぐったりしているのを見て、リアを見る。

 

 「結代さんから話を聞いていませんでしたか?副会長。帰還します。ゲートを開けて下さい」

 「……分かったわ」


 リアは「戯装」を収納し、「ヘルヘイム」から脱出するための入口──ゲートを開けて我先にと、現実へと帰還していった。




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