#14 「凡人」
のるんが追いついた時には、既に周囲の「エゴ」は倒されてしまっていた。
二人が居たのは、教室の一角。場所的に「文化部棟」の二階辺りだ、随分と遠い場所まで来てしまった。
教室内を見渡すと、あちこちに「エゴ」の血が飛び散っており、破片も所々残っている。
先程まで沢山居た人型から、鳥のような羽根が生えたモノや、獣のようなモノまで。
「この数……お二人で?」
「……いえ。私はあくまで補佐や撃ち漏らしを処理しただけです。殆どは漆原さんが」
鈴が手を貸すまでもなく、全部ヤタノが倒したと聞いて、のるんは目を丸くさせた。
ヤタノは酷く冷静で、それでいてつまらなさそうに「エゴ」の死骸が消えていくのを眺めている。
「凄いね、漆原さんは」
「……凄い?ぼくがぁ?」
何気なく、そう呟いたのるんを、ヤタノは目を見開かせて首元を掴み、壁へとぶつけた。
激情を孕ませた瞳には、普段からは感じ取れない怒りや、深い憎悪が滲み出している。
「ぼくは凄くなんかないよぉ。これくらい、誰だって出来る。それこそ、わんこちゃんだって〜」
「そんな事ないよ。ボクだって、ようやく「戯装」を出せたんだから」
のるんが持っていた双小剣型の「戯装」を、ヤタノはじぃっと見ていた。
その後、直ぐ様、ヤタノは口の端を引き攣らせ、無理したような表情で、のるんを見る。
「|I'm Genius.And you?《ぼくは天才だ。でもキミは?》」
「戯装」を解除し、ヤタノは更にのるんの顔に、自身の顔を近づける。
もう少し進んでしまえば、唇と唇が重なり合う距離だ。
初めてのキスをこんな場所で失って堪るかと、のるんはそっぽを向くが、ヤタノが手で無理矢理矯正させる。
目の焦点があっておらず、のるんの事を見ている筈なのに、見えていないように見えた。
「のるちゃが出来るなら、ぼくはもっと出来る筈なんだ〜。そうだ、決闘でもしようよっ。そうすれば、ぼくが天才だって、証明できるでしょ?ねぇ、殺ろうよ?」
「え、ええっ……?」
困惑しているのるんの事など、お構い無しでヤタノは、ねぇ、ねぇとこちらに詰め寄る。
逃げることも叶わず、眼の前のヤタノも逃がしてくれそうな気配すらない。
どうしたものかと、思案していると、ヤタノが鈴によって、無理矢理引き剥がされた。
「っ!?カイチョー。なんで止めるんですかぁ〜?」
「「戯装」の使いすぎで正気を失いつつあるようです。今日の所は引き上げましょう」
鈴は至って冷静な声色で、ヤタノを諭そうとするが、ヤタノは諦めていないようだ。
羽交い締めにされても尚、何とか逃げ出さんと、抵抗をしている。
「結代さん、お手数ですが、椛野さんと那雲さんの元へ戻っていて貰えますか?彼女を落ち着かせた後に、皆で帰還しましょう」
「は、はいっ。分かりました。……無事に戻ってきて下さいね」
のるんは、鈴の事を心配していると、ふっと鼻で笑われた。
酷い話だ。こちらは鈴のことを案じているのに、と心では思ったが、彼女には彼女の考えがあるのだろう。
「勝手に死亡フラグみたいなのを建てないで下さい。長時間此処に居て、且つ「戯装」を使い過ぎると、時折こういった症状が出るんですよ。椛野さんも、昔は毎回こうなっていたので苦労したものです」
「あんな罵詈雑言女と一緒にしないで貰えますぅ〜?ぼくは至って冷静で普通ですよぉ?」
自分が負傷することも厭わないような暴れ方で、鈴の拘束を引き剥がそうとしている。
遠心力や、自重を生かしたような振り解き方には、確かに知性や理性を感じるが、正気ではなさそうだ。
「良いから行って!最悪の場合、二人を連れて戻ってきて下さい!」
「は、はいっ」
のるんは、鈴の大声にビクビクしながら、元きた路を足早に駆け抜ける。
鈴がやられるということは考えにくいが、それでも無事で居てほしいと願いながら。
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のるんが息を切らしながら、生徒会室へと戻ると、そちらも地獄のような惨状だった。
悲しげな表情で凪織を見るリアに、拳が血まみれになるまで、何かを殴りつけた様子の凪織。
膝から崩れ落ち、心底悔しそうに全身を震わせながら、泣いているようにも見える。
(……えー、何があったの。本当に)
争いごとこそ、起こってはいなさそうだが、こちらはこちらで只事ではなさそうだった。
のるんは、凪織を置いておいて、若干気は引けるものの、リアに状況を報告する。
「あの、椛野さん。実は……」
「へぇ。あの自称天才さんが?あはは、面白いじゃない。それを会長が無理矢理連れてくるのね?了解したわ」
心底楽しそうに、リアはのるんの報告を聞いていた。
人のことを、常に憎しみの表情で見ていた彼女が、初めて愉快そうな表情をしている気がする。
夢の世界では、此処までの邪悪さはなかったのだが、何が掛け違えば、此処まで変わるのだろうか。
今の彼女は、世界の全てを憎み、ただ只管に嫌悪しているだけの子供にしか見えない。
「それで……那雲さんはどうしたんですか?なんていうか……、随分と負傷しているみたいですけど」
「あぁ。アンタと自称天才が「戯装」をサラッと出したでしょ?それで、さっきまで出そうとしてたけど、出せなくて悔し涙出してたのよ」
なるほど、凪織とヤタノの相性の良さはこういう所に出てくるんだな、と納得する。
ヤタノはヤタノで、凡人である凪織が居ることで、自己肯定感を満たすことが出来る。
凪織は凪織で、身近に天才がいることで、自分も出来るんじゃないかと陶酔することが出来る。
実際に、気の良くなったヤタノが、色々影でアドバイスだったり、サポートをしていたんだろう。
(共生関係って奴なのかな?そう言えば、那雲さんも中学時代からの友達っていってたし)
少し前の休みの日に、凪織からそういう話を聞いた記憶がある。
ドジでダメな自分を、いつだって助けてくれる優しい子だって、彼女は言っていた。
ちょっと天才を自称しすぎて、痛い部分もあるけど、実際に天才と遜色ないくらいの秀才なのだ。
(そんな、あの子が大好きなんだって、そう言っていた)
だが、それでものるんが、リアに怒りをぶつけるのはお門違いだ。
今はやるべきことを報告した以上、リアの助力を得て鈴の下へ向かうか、待機かの二択だ。
幾許の間、悩みはしたが、下手に自分が顔を見せてしまえば、鈴の努力が無駄になる可能性がある。
(待つしか無いか。その間に、那雲さんの手当をしなきゃ……)
未だに楽しそうに笑い声を響かせているリアを横目に、のるんは凪織の元へ駆け寄る。
「那雲さん……大丈夫?救急キット、持ってきてるから、手、治療するよ」
「す、スミマセン……。のるんさんの、貴重な資源を消費することに……」
俯いている凪織の手を治療するべく、のるんは彼女の身体を起こして、近くの壁に背を預けさせる。
顔を上げた凪織の頬には、涙の跡がくっきりと残っている。
「この手、何があったの?随分と酷い傷だけど」
「あはは……、やっぱり凪さんは無力だったみたいなんです。二人みたいに戦力になれそうにありません……、もしかしたら、少しだけイキれるかも知れないなんて、思っちゃいましたけど……はは」
力のない笑み、力のない言葉、力が抜けて、今にも倒れそうな表情に、のるんは涙を誘われる。
でも、それはすぐに引っ込むことになった。後ろでくすくすと笑う声が聞こえたからだ。
凪織の治療もおざなりに、のるんは立ち上がり、リアをギロリと睨みつける。
「なに?私が面白いと思ったから笑っただけ。それの何が悪いの?」
「他人のことを慮れず、嘲笑う事の何処を、肯定できるんでしょう?「エゴ」以下ですよ貴方」
のるんの言葉に、リアは笑顔を引っ込めて、蟀谷に青筋を浮かべている。
何一つ偽りのない本心だ。だが、声は怒りに打ち震え、拳を背に隠して固く握り締める。
同じ組織に所属する人間が、傷ついている時に寄添わない所か、嘲笑しているのは、許せない。
「人を傷つけることを平然と出来る。それも才能の一つです。ボクにはとても出来ない事ですが」
「お前……、よりにもよって、「エゴ」なんかと同類扱いしやがって……「戯装」──展開」
リアは「戯装」を手に握り、剣先をのるんの喉元へと突きつける。
彼女は此処までするのか。夢の中の彼女とは大違いだ。もっと理知的な人だと思ってたのに。
「……どういうつもりです?ボクを殺すつもりですか?」
「思った事を思った様に言って、何が悪い?」
リアの表情は、確かに至って冷静だ。以前も恐らく、仲間になった者に刃を向けていたのだろう。
慣れた手つきだ。人を殺すことに、躊躇もない様に見える。
それでも、のるんは「戯装」を展開せず、リアの事を無視して、凪織を介抱する。
「そんな愚問をボクにぶつける時点で、お株が知れる。生徒会長と漆原さんが戻り次第、帰還しますから」
「なっ……私を無視して、そいつを取るのか!?まだ話は終わってな」
リアは言葉を言い切る前に、顔を真っ青にする。
のるんは、リアの見ている方角を見てみると、そこにはヤタノを背負った鈴が居た。
鈴もヤタノもあちこちを負傷しており、二人が戦ったことであろうことは容易に想像がつく。
対するこちらは、剣先をのるんに向けているリアと、剣を向けられても尚、凪織を心配している自分。
(タイミングが悪いとは思うけど、実際に彼女がしようとしていることは一目瞭然、かな)
言いたいことも沢山あるだろうが、鈴はヤタノがぐったりしているのを見て、リアを見る。
「結代さんから話を聞いていませんでしたか?副会長。帰還します。ゲートを開けて下さい」
「……分かったわ」
リアは「戯装」を収納し、「ヘルヘイム」から脱出するための入口──ゲートを開けて我先にと、現実へと帰還していった。




