#13 「戯装展開」
のるん達は、早速生徒会室付近を散策し、付近に居る「エゴ」を探す。
どんよりとした空気が廊下に漂い、此処が現実の世界とは違うのだと、言葉なくして物語っている。
一度来たのるんや、鈴、リアは何事もなく進んでいるが、来たことの無い凪織は、ビビり倒している。
「な、なんなんですか此処ぉ……、なんか、呻き声も聞こえてくるんですケド……」
「割り切った方がいいよ〜、わんこちゃん〜。ほら、ゲームで死んだら本当に死ぬゲームとかよくあるじゃん?」
ヤタノの言葉に、凪織は目を見開かして、ヤタノに顔をぐいっと近づける。
「それは非現実だからいいんです!そんなモノ現実にしちゃったら、楽しめないじゃないですかぁ!」
「そ。それ、非現実で生きてる人達も、おんなじ事思ってると思うよ。ま、嫌なら帰ったら良いんじゃない?ね?カイチョー」
ヤタノが鈴に話を振ると、ゆっくりではあるが首を縦に振り、肯定の意を示す。
「勿論、無理強いはしません。引き返すなら今かもしれませんね」
「えぇ、そうね。私達も足手まといをサポートできる余裕があるとは言えないもの。那雲さんも、引き下がるなら今よ。それに……」
リアは少し離れた場所に視線を移す。それに伴って、他の面々もそっちを向くと居た。
目的の化け物──人を殺す「エゴ」だ。黒く蠢いているそれは、人のような姿をしており、顔の部分には白い仮面を付けている。
鈴は他の面々に下がるように言って、自身の背中に三人を隠す。
「椛野さんは背後や他の方角からの追撃に備えて下さい。「戯装」展開……」
鈴の周囲に光の粒子が顕れ、手の付近に収束する。
やがてそれは一つの形となり、鈴の想いに応えて、彼女を護る武装へと変貌する。
藍色が鋭い刀身に混ざり、蛇のような模様が刻み込まれている長太刀が鈴の手に握られる。
剣先を「エゴ」に定め、鈴はふぅっと息を吐く。
「さて、お手本という訳ではありませんが、貴方には犠牲になって貰いましょうか」
二足歩行で人のようにゆっくりと歩み寄る様はゾンビのようにも見える。
仮面をしているせいで、こちらを見ているのかすら分からないが、ゆっくりと距離を詰めている。
腰を落とし、剣先を低く構え、間合いに入った瞬間に、地を這うように振り上げた。
下から上に斬り上げる攻撃方法は、対人戦であれば、あまり良しとされたものではない。
「理性もなく暴れまわるだけの化物であれば、一番効果的なんですよね」
斬り上げた軌道に沿って、「エゴ」の腹部から頭部が、綺麗に二つに裂けていった。
余りの手際の良さに、如何に彼女達が、此処でアレらと戦っているかが容易に伺えた。
黒いヘドロのようなものが刀身についていたが、血振るいで落としてから、手を離す。
「……と、このように倒します。この近辺はまだ弱いですが、学校外や、生徒会室から離れると、どんどんと「エゴ」も強くなっていきますので、ご注意下さいね」
「ひ、ひえぇ……、化物が消えた……これは夢デスヨネ、そうですよね、うんうん」
凪織はキャンキャン騒いでいるが、ヤタノは涼しい顔で、「エゴ」が死んだ場所をじぃっと眺めている。
鈴が斬った「エゴ」は死んでまもなく、死骸ごと消え去り、元いた場所には何かが落とされていた。
のるんがそれを拾い上げると、どうやら仮面の切れ端に見える。
「それは、「エゴ」の残滓ですね。使い道がありますから、大切にとっておいて下さい」
「残滓……、残りカスって奴ですか。分かりました。持ってておきます」
のるんが持ってきていた鞄に仕舞い込むと、鈴が手をパンと叩き、注視を向けさせる。
「先程の武装は「戯装」と呼んでいます。その人本人の想いや、考え方が武器となって具現化する仕組みになっています。この世界である程度滞在できる方であれば、使える可能性は高いはず」
「へ〜、「戯装」ね……、非科学的だけど、面白そうじゃん〜」
ヤタノは随分と興味津々といった様子で、鈴の一挙手一投足を観察していた。
鈴は、ふむ、と小さい声を出し、近くの「エゴ」が居る可能性のある場所を確認する。
「面白いものではありませんが……そうですね、まずは漆原さんがやってみましょうか」
「本人の想いや、考え方を具現化させるイメージと、さっきのカイチョーの動きを真似して……」
ヤタノは目を瞑り、自身の手に想像した武具が来るように祈りを捧げる。
「──「戯装」展開」
ヤタノの周囲に、青白い光の粒子が顕れ、やがてそれは自身の手に収束する。
漆原ヤタノの想いは少しずつ形造られ、歪な願いや感情は、彼女を貪る武装へと変貌する。
頭の中で、形を思い描く。長さ、重さ、手に馴染むような感触まで、細部を拘り尽くす。
(──無いものをあるものに変換する。あると信じれば、きっとそこに生まれるはずだから)
光の粒子は、やがて形となり、何もなかった空間が歪み始める。
何も握っていなかった掌に、重みを感じる。冷たい金属の感触が、遅れて現実へと昇華する。
二丁の黒い拳銃が、ヤタノの手に握られていた。あれが、彼女の「戯装」らしい。
「なぁるほどねぇ。思い描いた刹那、空を握ったはずの手に、確かな重みが生まれた。そんな感じね」
「一発で具現化出来るとは……、流石の洞察力です。では、お手並み拝見と行きましょうか」
鈴も「戯装」を展開し、二人は、少し離れた場所に居る「エゴ」に攻撃を仕掛ける。
先程と同じ人間のような姿をしているタイプの「エゴ」だ。学校だからか、同じ様なのが複数体あちこちに居るらしい。
両手に拳銃を握り締めたヤタノは、口角を三日月状に吊り上げて笑う。
「じゃあ……遠慮なくいっきっまっすよ〜!」
構えてから照準を合わせるまでに、コンマ数秒も掛からず、的確に頭部を打ち貫いている。
複数発打ち込まれた「エゴ」は身体がボロボロと崩れ落ち、絶命したことを目の当たりにさせる。
自身の中の威力を確認できたヤタノは、「戯装」を投げ捨てるように消滅させ、すぐに展開する。
「なるほどねぇ。一度イメージを理解したら、再度展開するのは容易ってワケね〜」
「貴方……、初めてのフリしてるだけなんじゃないかしら。そんな簡単に具現化なんて、出来ないわよ」
リアがヤタノに悪態をつくと、ヤタノは軽い足取りでリアの元へと歩き、ニコリと微笑んで耳元に顔を近づける。
リアにだけ聞こえるように、ヤタノは耳打ちをする。
「自分が出来なかったこととか〜、理解できなかったこと?そういったちっさい価値観に囚われてると〜、いつか痛い目、見るんじゃないですかぁ?副カイチョーさん?」
「ひぃっ!?」
のるんからは何を言っていたのかは聞き取れなかったが、リアの顔が真っ青になったのは視認した。
満足げな表情で、ヤタノは自身の出した物を眺めながら、微笑んでいる。
「じゃ、のるちゃ。ぼくは先に行ってるから、早く追っておいで〜」
「……わかった」
「戯装」を手に、ヤタノは少し先へと進んでいってしまった。
底知れない恐ろしさはあったが、「戯装」をいとも簡単に出せてしまうとなると、認めざるを得ない。
(あの子は、天才の類なのかも知れない。味方にすれば頼もしく、敵に回すと危険だ)
自分には出せるだろうか。彼女の言ったヒントを元に、自分の想いをよく考える。
要するに、その武器で誰をどう護るかを考えれば良いのだ。護る対象……誰だろうか。
以前の都会では護るものなど無かった。今だって、自分なんかに護って貰いたい人など居るのか。
(一人いるかも知れない)
頭に思い浮かんだのは、さなだった。
こんな世界のことを知らずに、綺麗に輝いている彼女に、心は何度も救われた。
出会って数日ではあるが、のるんの中ではちゃんと友達だと思っている。
(あの子と一緒に過ごせる平穏を護りたい、その想いを形に……!)
のるんは目を瞑り、自身の手に、自分なりの想いを込めて祈りを捧げる。
「ボクもやってみる……。「戯装」展開」
のるんの周囲に、黒い靄が顕れ、やがてそれは、自身の身体を飲み込み始める。
結代のるんの想いは少しずつ形造られ、壊れた心や、記憶が、彼女を蝕む武装へと変貌する。
頭の中で、形を想像する。長さ、重さ、色、かつての記憶を全て費やし、細部まで拘り尽くした。
(──何の価値もない、ボクにだって護ってみせるんだ)
身体に付き纏う黒い靄は、やがて形となり、何もなかった空間を、無理矢理捻じ曲げ始める。
徐々に徐々に靄は小さくなり、自身の掌に、冷たい金属の冷酷さを感じさせる。
二振りの小刀のような武器が、のるんの手に握られている。どうやらこれが、「戯装」と呼ぶらしい。
目を開け、改めてのるんは、自身の手に握られているモノを見る。
黒と赤が混ざった歪な二振りの刃。一本はそれなりに長く、もう一本は少しだけ短い。
まるで生きているかのように、脈打っているような錯覚に陥りそうなほど、禍々しい。
「これが……、ボクの「戯装」」
のるんは、掴み取った「戯装」を手に、ヤタノの元へと走り始めた。




