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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第二十一章
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境界事変篇 37『融解』


 地面に倒れ込んだ(まどか)を進藤が抱え起こす。しかし長い時間結晶に封じ込められていた影響からか円は一度だけ目を開けるとそのまま淡い光に包まれてこの世界から姿を消した。

 現実の高坏円の体に意識が戻ったと連絡があったのはそのすぐ後。自身も現実からこの世界に入っているという性質上どうしても切ることのできない唯一の回線を使って榊から進藤に連絡が入る。ほっと安堵したのも束の間、いつ結晶に浸食され兼ねないと連絡は最低限に止めることが望まれていることもあり、返事をすることもなく進藤はそのまま先に結晶を溶かす弾丸を撃ち込んでいた悠斗の元へと移動した。

 そこには目を瞑り横たわっている悠斗の姿。

 仮想世界だからだろうか呼吸をしていないように見える彼は無事なのだろうか。円のように意識があるのならば既に現実に戻っていてもおかしくない。しかし悠斗は目を瞑り横たわったまま微動だにしないのだ。


「大丈夫ですか!?」

「う…んん……」


 動かない悠斗へと駆け寄っていく進藤。

 GM07という鎧に覆われている体で手を伸ばし、悠斗の体に触れてみる。すると微かに伝わってくる暖かい体温。


「良かった。…あれ?」


 まだ生きていると気付きすぐにでも彼を起こそうとして進藤は世界の異変を感じ取った。

 二人を救出したことで完全に閉ざされていたと思われた世界に揺らぎが起こったのだ。

 空をも覆い隠している結晶がその先から少しずつ解け始めた。


「まさか…これのせい?」


 自分の手の中にあるGM07SSを見て信じられないと進藤が呟く。

 一度起きた揺らぎは振り子のように少しずつではあるものの確実に大きくなっていく。

 溶けた結晶が雨のように降り注ぐ。

 大粒の雨がこの世界全体を濡らし、壁や地面を覆っている結晶までをも溶かし始めた。

 停滞の解除。それが意味するのは、そこに封じられていたものの解放。


「う、うぅ」


 自分の体の影で横たわっていた悠斗が目を覚ます。

 うっすらと開いた目で彼が見るのは世界の下に潜んでいる存在。

 まるで自分を見つめる悠斗を見返すかのように、巨大な目が動いた。


「ここに居ては危険です。今すぐに逃げてください」

「…?」


 目を覚ました悠斗に進藤が告げる。

 ようやく意識がはっきりしてきた悠斗は目の前の存在がGM07であることに気付き、ばっと辺りを見渡した。


「危ない!」


 掠れた声で叫び、咄嗟に進藤の胸を強く押した。

 体に力が入りきらない状態での行動により悠斗は顔から地面に倒れ込んでしまう。それでも押し退けられた進藤が尻もちを付いた瞬間、彼の頭があった場所を溶けかけの先が鋭い結晶が通り過ぎた。

 砕けた結晶が地面に広がる。

 溶けかけていた結晶は熱された鉄板に落とされた氷が瞬く間に消えていくように跡形もなく消え去った。


「な、何が…」


 体を起こした進藤が結晶が飛来した方を見るとそこに立っていたのは溶けた結晶の向こうで悠然と立つアンヘル。

 それが悠斗や円と違うのは結晶から抜け出した直後だろうというのにそれまでと変わらぬ様子で動けること。

 気付けばその手には巨大な剣が握られている。


「お前は…」


 ぐっと体に力を入れて起き上がろうと悠斗が藻掻く。


「形勢逆転のようですね」


 軽く大剣を振り目の前の結晶を吹き飛ばす。

 振り続く雨に紛れ消えていく欠片。


「動くな!」


 今にも戦闘再開かと緊張感に満ちていく空気の中、進藤はGM07SSを構えてアンヘルを制止する。装填されているのは結晶を溶かすための弾丸ではない。相手を倒すために使っているいつもの弾丸だ。

 アンヘルは進藤の存在など意にも介さないという態度で無視をしている。


「あなたは…馬鹿なのですか?」


 などと吐き捨ているように呟き、アンヘルは大剣を勢いよく振り下ろして現実ではあり得ない斬撃を飛ばしてきた。

 進藤とて戦闘に慣れ、経験を多く積んできた。突然の攻撃であったとしても目視できれば反応することはできる。咄嗟に横に跳んで回避してみせた進藤は自身を外れ遥か後方を大きく抉る斬撃の威力に大きく目を見開くのだった。


「そこで黙って見ていればいい」

「ふざけるな!」


 アンヘルが悠斗へと迫る。ヒイロではない状態の悠斗は戦えるわけがないと進藤はGM07SSを持っているのとは反対側の手で近接用装備であるGM07Bを持ち、アンヘルの前に立ち塞がった。


「邪魔をするつもりですか?」

「当たり前だ!」

「そうですか。ならば、あなたも消えて貰いましょう」


 躊躇なく目の前の相手を大剣で切り伏せようとするアンヘルに進藤はいつものように刃を合わせようとするも咄嗟に手を引いた。その選択は間違いなく正解だったと言える。もしこの時刃を合わせていればGM07Bは軽々と破壊され、返す刀で切り伏せられていたことだろう。

 引いて受け流したことで反撃の機会を得た進藤はそのまま大剣の向こうにいるアンヘルへと刃を突き出した。

 狙うは首。

 攻撃に転じたタイミングも、選んだ攻撃も正着。

 だというのにどういうことだろうか。進藤の目には自分の刃が届く様子がイメージすることさえできなかった。

 最大にまで手を伸ばしてもなお、切っ先には何も触れない。

 距離を見誤ったわけじゃない。

 アンヘルもまた冷静に体を引いて絶妙に距離を変えてみせたのだ。

 腕を伸ばした格好で一瞬止まった進藤にアンヘルの蹴りが突き刺さる。

 吹き飛ばされて地面を転がるたびに、結晶が溶けて降り注ぐ雨が水柱を上げる。

 戦闘が始まったこと知らない榊たちは突然見ているモニターに起きた変化に戸惑っている。何事かと調べることもまた異常課に危険が及ぶと躊躇してしまうこの一瞬で進藤は次々とアンヘルの攻撃を受けてダメージを積み重ねていってしまっていた。


「どどどどうするんですか? 何が起こっているんです!?」

「向こうで何かあったのは間違いないわ」

「だったら今すぐにでも映像を繋いで」

「だめよ。その結果、異常課(ここ)のシステムまでも浸食される危険性がある以上、GM07のシステムを繋ぐことしか」

「でも! 少しでも繋がっているなら同じじゃないんですか!? 今はここの危険性なんかよりも進藤さんの方が!」

「わかってる!」


 篠原の言葉に声を荒らげる榊はGM07の現状を表している画面をじっと見た。この瞬間にもダメージは体の至る所に見られる。音声も繋がず何も手出しできない状況に歯痒く思っているのは篠原と同じオペレーターでもある榊も。

 信じて見守ることの難しさを実感している榊たちの目の前でモニターに映るGM07が事前に準備していた装備の大半を失ったことを知らせてきたのだった。


「うっ、くっ」


 大剣だけでなくその手足で繰り返し攻撃を受けて進藤は幾度となく地面に転がされた結果、体に装着していた装備の多くが破壊された。

 剣は折れ、銃は壊され、盾はもはやどこにあるのかすら分からない。

 残っているのはGM07SSが一つ。

 これでは戦えないと叫ぶもう一人の進藤(じぶん)の声が頭の中で鳴り響いている。装備の大半は失ったもののGM07自体は健在。こんな時に実感したくなかったGM07の性能の高さに榊に感謝する自分もそこにいるのだった。


「しぶといですね」

「ここでお前に好き勝手されるわけにはいかないからな」

「そうですか。時間があればじっくりと相手をしてやりたいところではありますが」


 ちらりと何かを一瞥するアンヘル。自然とその視線を追いかける進藤が見たのは大半の結晶が解けて消えた地面の下に潜む存在。


「こちらにはまだやることが残っているのでね」


 その目的が何なのか分からないままアンヘルは遂に進藤に向けて止めを刺すべくゆっくりと近付いてくる。

 接近を妨害しようとGM07SSを向けるも、これまでの攻防でただの射撃では効果が薄いことは理解している。


「えっ!?」


 引き金に指を掛けたまま迷っている進藤の目の前で突然アンヘルが横に倒れ込んだ。これまで動けなかった悠斗が素のまま体当たりして押し飛ばしてみせたのだ。

 足が縺れて倒れてしまうもすぐに起き上がりアンヘルと向き合う悠斗。その目には明確な戦意が漲っている。


「そうでしたね。ここにはまだあなたがいた」


 押し倒さだけではダメージは皆無。それでもどこか苛立ちを滲ませつつ立ち上がったアンヘルは素顔の悠斗を睨みつけた。


「いいでしょう。変わればいい。そしてまたあなたはこの世界を破壊するのでしょう」


 びくっと悠斗の動きが止まった。アンヘルの言葉の意味を完全には理解していない進藤はこの時が好機とばかりにGM07SSのトリガーを引いた。

 剣で防御することが間に合わず体で銃弾を受けとめているアンヘル。しかし強い衝撃を受けたようなアンヘルのリアクションに反してその身に大きな傷はつかない。


「俺は…」


 自分のことだからこそよくわかる。あの破壊衝動に呑み込まれていく感覚は二度と味わいたくはない。けれど目の前のアンヘルを倒さないことには自分を助けに来た進藤も危険な状態から抜け出すことはできないことは確か。

 怖れを抱き震える唇で告げる"ヘンシン”は違わず悠斗の体を変化させる。

 生体装甲を身に纏い戦う体へとなった悠斗だったがその姿はこれまでのヘンシンした時の姿と同じだった。


「はあっ」


 アンヘルに向けて拳を突き出す。

 恐怖心の残る状態ではいま一つ威力が乗り切らず悠斗の拳は軽々とアンヘルに防がれてしまう。

 ガードした直後に手を掴み引き寄せて大剣で斬り付けた。

 生体装甲の高い防御力によって斬られることはなかったものの大量の火花を撒き散らしながら大きく後方へと吹き飛ばされてしまった。


「あの姿ならばまだしもその状態では無駄のようですね」


 結晶から解き放たれて間もない状態だというのにアンヘルは平時と変わらない調子で動いている。それだけではなく、自分の力を恐れるあまり無意識に動きが鈍くなってしまっている悠斗ではアンヘルには届かない。


「まだだ!」


 倒れた悠斗と入れ替わり今度は進藤が前に出た。

 機械的な鎧であるGM07に身を包んだ進藤であっても武器を失くせば攻撃力に劣る。


「あなた程度何度来ようとも無駄だというのが分からないのですか?」


 拳を突き出し、格闘戦を仕掛けるもののアンヘルには簡単にいなされてしまい、反撃を受けて先程の悠斗と同様に後方へと吹き飛ばされてしまった。


「うわっ」


 地面を転がる二人が並ぶ。

 この場にいる全員が何かしらの仮面のようなものを身に纏い表情を隠しているなか、悠斗と進藤の顔は苦痛に歪んでいる。体に受けた痛みだけが理由じゃない。自分たちの力が及ばずにこうして伏せてしまっている現実が見えない棘となって心に深く突き刺さっているのだ。


「ヒイロ! 聞け!」


 起き上がりながら進藤が声を掛ける。

 悠斗は声に出さず身振りだけでそれに応えて顔を向けた。


「バラバラで戦ってたってアイツには勝てない。力を合わせるぞ」


 一人では駄目なら二人。至極当然な提案ながら、味方同士ではない二人が手を組むことには意味がある。

 暫し悩むように顔を俯いた直後、悠斗は頷いた。


「行くぞ!」


 進藤の合図で共に駆け出す。

 先んじて拳を振り上げたのは進藤。しかしその拳はアンヘルに届くことなく軽く防がれてしまう。だが、それは想定内だと入れ替わるように悠斗が攻撃を仕掛ける。進藤の拳を防御したタイミングを狙ったこともあって悠斗が突き出した拳はアンヘルの顔を殴り飛ばす。

 拳を受けてよろめくアンヘルに再び進藤が殴りかかる。

 今度は防御も間に合わず横っ腹を強く打たれてしまっていた。

 そのまま入れ代わり立ち代わり悠斗と進藤は攻撃を行う。

 拳だけじゃない。各々が持つ武器を使ったり蹴りを放ったり。その時その時に応じて最適と考えられる攻撃を立て続けに繰り出している。


「なるほど…」


 攻撃を受け続ける最中、アンヘルが小さく呟く。

 一瞬の隙を穿つように出た攻勢は続くものの戦況を一変させることも、勝敗を決定付けることもなかった。ただ悲しいかな進藤の、正確にいえばGM07の攻撃が弱かったのだ。GM07SSという武器を使った攻撃ならばまだしも、ただの打撃だけではアンヘルに大きなダメージを与えることができていない。ならば悠斗が攻撃の要になるかといえば、そうでもない。確実に攻撃が効いている手応えは感じているものの、それもまた決定打には至らない。


「この程度でしかないのなら…」

「なっ!?」


 暫く攻撃に晒され続けていたアンヘルは次第に二人の攻撃はそこまで脅威ではないと断じるようなっていた。強く殴り押されるときはまだいい。そうでない攻撃は受けても問題ないと徐々に防御もしないで前進するようになっていたのだ。

 自分たちの勢いが失われていることを進藤は既に知覚していた。それでも手を止めないのは止めた瞬間にやられるのは自分たちの方だと理解しているから。声を上げ必死に攻撃を続けている二人だったが、遂にアンヘルの反撃が始まった。

 まず近くにいる悠斗を大剣で斬り飛ばす。反撃として初撃となる袈裟斬りを耐えてもすぐに大剣を用いた突きを放ち軽々と後方まで吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛び地面に転がる悠斗を一瞥して進藤は自身の傍にいるアンヘルにほぼゼロ距離の射撃を試みる。

 乾いた二度の銃声が轟き、放たれた弾丸を腹で受けたアンヘルは一瞬怯みはしたもののすぐに空いている手で進藤の腕を掴んだ。


「離せ!」


 アンヘルの手から逃れようと腕を振り回すも、装甲すら破壊しかねないほどの強い握力で掴まれてしまえばそこから逃れることなどできるはずもない。

 メキメキと装甲から嫌な音がして、もがいたところで無意味だと唾棄するようなアンヘルの視線を受けて進藤が思わず動きを止めたその一瞬、アンヘルは進藤の頭から両断する勢いで大剣を振り下ろした。


「うわああっっ」


 回避することも防御することも間に合わず、振り下ろされた大剣を受けた進藤の体から大量の火花が吹き上がる。

 刃を受けた装甲が砕けその下にある黒い素体スーツが剥き出しになってしまう。

 膝を折り気を失いそうになるほどの痛みを受けてもなお、進藤は目の前のアンヘルを睨み続けた。


「フンッ」


 ボロボロの装甲の下、割れた仮面の奥に進藤の素顔がある。

 戦意を失っていない進藤を一瞥して再度アンヘルは大剣を振り上げた。

 狙うのは装甲の無い箇所。

 GM07の装甲を粉砕するほどの攻撃を生身で受けてしまえば。その結果は火を見るよりも明らかだ。


「――っ!?」


 進藤とアンヘルの間に立ち塞がった悠斗は振り下ろされる大剣が進藤に当たる前に体を使って受け止めた。

 ヘンシンしていることで身体を覆っている生体装甲はGM07の装甲よりも硬い。そのおかげで斬られることはなかったとはいえ、勢いよく振り下ろされた大剣を担ぐように受け止めたことで圧し潰されるように膝を曲げていた。

 がくりと迫る切っ先を目を瞑ることなる見据えている進藤。

 大剣を掴み、体ごと押し上げようとしている悠斗。

 そんな二人を前に大剣を両手で掴み圧し潰そうとしているアンヘル。

 拮抗している悠斗とアンヘルの押し合いの最中、進藤が先程悠斗がしたように体ごとアンヘルへとぶつかっていった。

 至近距離からの体当たりを受けてアンヘルは後方に押され飛ばされる。

 押さえ付けられていた大剣の圧力が消えて解放された悠斗はその場で膝を折り地面に手を付いてしまった。


「大丈夫か?」


 自分の方が満身創痍だというのに進藤は悠斗の心配をしているようだ。大丈夫だと頷く姿を見て安堵したのか、自身が取り落としていたGM07SSを拾い構えてアンヘルと向かいあっている。


「本当にしぶといですね」


 ただ押し飛ばされただけのアンヘルはすぐに立ち上がり、未だ抵抗を続ける二人に辟易した声で呟く。

 武器も残り一つ。体を守る装甲もボロボロ。戦える状態ではない進藤の代わり戦えるのは自分だけ。悠斗は自分の唯一の武器である剣銃(ガンブレイズ)を手に一歩前に出た。


「今のあなたでは私に勝てやしない」


 対峙する自分に向けて放たれた言葉に悠斗は体をびくっと震わせた。一気に蘇ってくる破壊の記憶。自分の後ろにいる進藤と目の前のアンヘルを交互に見て悠斗は心の中に迷いが生まれた。

 戦える力はある。が、それを使ったら次に自分がどうなるのかわからない。

 自己に対する恐怖が込み上がり、悠斗の呼吸が荒くなった。


「ヒイロ…?」


 様子のおかしい悠斗に進藤が声を掛ける。しかしその声は届いていないのか、悠斗はさらに息を荒くなっていく。

 悠斗の心を支配する不安と反比例するように心臓の辺りに熱が籠る。

 熱が衝動となり全身を駆け巡り、抑えきれない何かが溢れ出してくる。


「ああああっ!!??」


 炎が悠斗の体を包む。

 上半身の装甲は肥大化し、全身に無数の亀裂が迸る。

 ヘンシンの果て、更なるヘンシンが起こる。

 悠斗が力を得たことにアンヘルは警戒の色を強めるが、進藤の心配は別にあった。


「榊さん! 篠原さん! 聞こえてますか? 応答してください!」


 明らかの様子のおかしい悠斗に進藤は壊れかけのGM07を使い呼びかける。

 必要最低限の接続しか行わないことになっていても、この状況はまさに緊急事態だ。

 声を掛け続けている進藤を置いて悠斗は目の前のアンヘルへと向かって行った。

 悠斗が歩く度、その足跡を刻むように世界に亀裂が入っていく。

 大剣を携えたアンヘルが迫る悠斗に向かって近付いていき、大剣を振り上げた。

 真下から迫る大剣を悠斗は自身の拳で叩き落とす。

 凄まじい轟音が鳴り響き、アンヘルの大剣が脆い飴細工のように砕け散る。


「ハアッ」

「小癪なっ」


 再度別の大剣を掴み、殴り掛かってくる悠斗に打ち合わせる。

 それまで拮抗していた打ち合いも今の悠斗は軽々と破壊してしまう。

 大剣を殴り壊し、地面を踏み壊し、アンヘルの体を蹴り壊す。


「厄介ですね。この力は!」


 痛みに呻き、体が壊されていく感覚に襲われながらも必死に抗うその姿はアンヘルにも彼個人としての信念のようなものがあるのだと伝わってきた。

 ただ破壊の暴力を振るい続けている悠斗からは反対にこれまであった彼の戦う理由、信念のようなものが消えてしまっているかのよう。


『進藤君? どうしたの? 何が起きているの?』

『進藤さん! 無事なんですか!?』

「榊さん! 篠原さん!」


 聞こえてきた仲間の言葉に進藤は安堵しつつ、素早くこの状況について説明をした。


『そう…わかったわ。こっちでも調べてみる』

「お願いします。急いでください!」

『任せてくださいよっ』


 悠斗と円が解放されて以降、世界を覆っていた結晶は消えた。現状を把握してそう判断した榊はこれ以降いつものようにGM07と異常課を繋ぐことを決めた。壊れかけのGM07の視線を映し出した映像にはアンヘルと戦っているヘンシンした悠斗の姿。

 今はただ見ていることしかできないことにもどかしさを覚えるも、これまでのような不安はない。自分の後ろには榊たちがいる。それを実感するだけでこうも心強いのかと進藤はふと込み上げてきた笑みを零していた。

 だとすれば暴れるように戦っている悠斗が破壊の衝動に呑み込まれたのは心のせい。

 怖れや焦燥感に身を焦がし、不安を紛らわせるために心を焼いた。

 全てを滅ぼそうとする力は、自分をも焼き尽くそうとする力。


『わかったわ!』


 漠然と感じたままを心の中で呟いている進藤に榊の声が届く。


『彼の今の状態はまさに暴走状態よ』

「いや、それは解っていますけど」

『黙って聞きなさい。あのまま彼を戦わせていたら駄目。あの力は彼自身を燃料にして強くしているの』

「だから! それは分かってるんです!」


 自分の直感が正しいのだと榊に判を押されたも同然だというのに、進藤は違うと声を震わせる。


「今必要なのは彼を…ヒイロを……相馬悠斗という人を助けられる方法だけです!」


 救う。助ける。守る。これまで結果的とはいえ自分たちを守ってくれていたひとを、と強い祈りが込められた声に榊は思わず声を詰まらせてしまった。


『彼の破壊の力はこの世界を破壊するまで消えることはない』


 突然榊と進藤の会話に割り込んできた声。それは先に進藤によって結晶の中から助けられ、この世界から現実へと帰っていた円の声。


『今はその力に呑み込まれているようだが、心配はいらない。彼を信じろ。相馬悠斗という人間はそれほど軟じゃない』


 確信があるだと自信満々に言い切った円にどこか釈然としない様子の榊と何故か彼女の言葉がすんなりと腑に落ちた進藤はそれぞれ違うニュアンスで頷いている。


『高坏円さん。貴女をこの回線に入れたのは三雲さんですか?』

『いや。私ならばこのくらいならば簡単に侵入することができるのさ』

『このくらいって…一応秘匿回線なんだけど』

『物理的に切断されていない限り侵入経路はいくらでも作れるというわけだ』

『わかりました。この際細かいことは置いておくことにして、貴女には聞きたいことが山のようにあります。協力してくれますね?』

『ああ。勿論だとも。一般的な市民としては警察への協力は惜しまないよ。だが、今はこの状況をどうにかする方が先だ』

『何か作戦があるのですか?』

『作戦など必要ないさ。ただ、悠斗が戻ってくればどうにかなる』

『信じているのね』

『貴方こそ。彼を信じているのだろう?』


 自分の頭の中で繰り広げられている円と榊の会話に口を挟めないまま進藤は複雑そうに笑った。


『さて、そのためには君の力も貸してもらうぞ』

「は、はい!」


 突然円に声を掛けられて戸惑う進藤は若干上ずった声で返事をしている。


『とはいえその惨状では心許ないだろう。待っていたまえ』

「え?」

『まさかっ!?』


 などと言い円がカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてくる。

 次の瞬間、ボロボロだったGM07は一瞬にして修復されて新品同然の状態へと回帰していた。


『あり得ない。どうやって…』

『武装の予備はそちらに任せるぞ』


 驚きのあまり言葉を失くす榊に代わり愕然とする篠原の言葉を無視して円が榊たちに告げる。


「榊さん、お願いします!」


 さらに進藤から頼まれれば応えないわけにはいかない。

 円に聞くことが増えたと釘を刺す榊は望まれるがままGM07の予備装備一式を転送した。

 剣が手の中に現れ、新しい予備の弾倉がGM07の体に装填される。それと同時にGM07SSが新たなものへと取り換えられていた。


「これなら――!」


 駆け出した進藤から離れた場所で悠斗は自身の体から吹き出した炎を攻撃に転用してアンヘルを追い詰めている。が、優勢な状況とは相反して悠斗の方が全身ボロボロとなってしまっていた。


『何の手も打たないままただ見ているだけで大丈夫なの?』


 進藤には聞こえないように調整して榊が円に問い掛けていた。


『いや、このままでは悠斗が危険なことには変わらない。だからこそこちらから打てる手は二つに一つ。彼の力を封じ込めるか、彼にそれを扱えるようになってもらうかだ』

『そんなことできるの?』

『難しいだろうな。だが、悠斗ならば切っ掛けがあればできるはずだ』

『切っ掛け?』

『可能性は二つ。アンヘルを倒した時か、この世界に潜む存在と相対した時か』

『そんな悠長なこと』

『ああ。だからこそ強引にこちらから手を加える』

『どうするの?』

『時間がない。異常課の人たちにも力を貸してもらうぞ』


 にやりと笑うような声で円が告げる。

 それと同時に送られてくる膨大なデータ。それらは全て悠斗が使っているヘンシンの情報。そしてヘンシンした悠斗のもの。


『制御プログラムを組み上げる』


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