境界事変篇 38『構築』
GM07という鎧が完全修復された進藤は意気込んで苛烈な戦いの嵐の中へと身を投じていく。
暴走にも近しい状態でアンヘルを圧倒している今の悠斗には下手に近付いてしまっては自身も巻き添えになりかねない。けれど近づかなければどうすることもできないと、いつもはあまり使わない盾型装備GM07Gを前面に構えて近付いていくのだった。
アンヘルはアンヘルで大剣を振るうたびに悠斗によって砕かれてしまっているというのに、次から次へと自身の体に備わる装飾を掴み引き千切っては新たな大剣を作り出して例えそれが破壊されようとも構わずに攻撃を仕掛けたり反撃を試みたりしている。
二人の戦いに近付けばよりはっきりと見えてくる砕かれて舞い散る大剣の欠片。
場違いながら砕かれた大剣が溶けて地面に溜まっている結晶だった水に反射してキラキラと輝いて綺麗だと感じていた。
「止めるのならヒイロの方だろうけど、この状況を終わらせるためにはアンヘルを倒した方が確実だ」
進藤が視線を向けるのはアンヘル。
盾を持たない方の手でGM07SSを持ち銃口を向けた。
トリガーにかけた人差し指に力を込める。
タァンっと特徴的な銃声が響き、撃ち出された弾丸はまっすぐアンヘルに向かって飛んでいく。が、放たれた弾丸はアンヘルの体に命中したとしても傷を付けることはなく全弾潰れてポロポロと地面に落ちてしまった。
「まだだっ」
一秒として間を開けない連射を行い攻撃を仕掛けるも、その注意を自分の方に向けることすら難しい。
GM07SSと現実の銃との大きな違い、それは弾切れの有無にある。これまでのGM05の武装はある程度現実の常識に沿って作られていたが、それでは仮想世界という特性を活かしきれないと作り変えられたのだ。
そのおかげで戦えるはずなのに、肝心要の銃弾が全く効果を発揮していない。
無意味な銃撃を続けることしかできないのかと進藤が自分の無力さを歯痒く感じている最中、現実では円と榊が中心となって悠斗を助けるためのプログラム作成が急がれていた。
「何なんですかこれ!? ありえないですよ!」
円から渡されたヒイロのデータ。少し前、自分たちが解析したものも間違いではなかったが、本物のデータにはそれ以上に細かく詳しく記されている。それを見て、考えて、理解した篠原は信じられないものを見たというように声を荒らげていた。
「これじゃあ、人の形をした入れ物に無理やり巨大な化け物を詰めているようなものじゃないですか!」
デスクを叩き驚愕を露わにする篠原に榊はある種同情の視線を向けている。声にこそ出さなかったものの、そう叫びたくなる気持ちは理解できた。
「いいから手を動かしなさい」
「で、でも…」
自身は冷静でいるよう努める榊が視線で諫めると篠原はどこか納得できない気持ちを抱えつつも黙って作業に没頭しようとする。
『内に秘めた強大な力。それこそが悠斗が持つチカラなのさ』
「そんな言葉で納得できませんよ! そもそも、彼が今苦しんでいるのだって、彼の力が原因みたいなものなんじゃないんですか!?」
それを逆撫でしたのが円の一言。誰もが余計なこと言ったとを思わずにはいられないそれを聞いて一層篠原が声を荒らげた。
「これじゃあ彼は自分で自分を傷付けているってことじゃないですか!?」
叫ぶ篠原に榊は密かに頷き同意を示した。悠斗のデータを読み解き榊が得た結論、それは彼女自身が作ったGM07の設計思想の正しさあを裏打ちするものだった。GM07のコンセプトは人が鎧を纏うもの。その目的は装着者を守ることであり、攻撃は武装による後付けに留めた。それはGM07そのものに力を付与した場合、それを装着した人に与える影響を考慮してのこと。悠斗のそれは彼の肉体を変化させるもの。精神に影響があるAIによるサポートも最低限に留めることを選んだ榊だからこそ、悠斗の力の危険性が理解できる。
「しかもこれ…制御プログラムじゃないですよね」
篠原は今組み上げようとしているプログラムを見てその機能を理解していた。だからこそその目的が理解できない。必要だからと自分に言い聞かせてはいるが、ここにある違和感はやはり拭いきれないでいた。
『ああ。それは悠斗の力をさらに引き出すためのものだ』
「そんな…」
「危険は理解しているのよね?」
『もちろん。いや、だからこそかな』
「えっ?」
心配そうな顔で手を止めてしまっている篠原と、自身の信念に沿って制止しようとしている榊に円はきっぱりと言い切った。
『今の悠斗は自分の力の使い方を誤っている。事実現在はアンヘルを圧倒できているように見えるが、確実にその先に待っているのは悠斗の敗北だ』
「だったらなおさらちゃんと制御した方がいいんじゃないんですか?」
『それだとアンヘルには勝てないさ』
「勝てたとしても彼を危険に晒していいはずがないでしょう!?」
『そのくらい承知の上さ。悠斗も私もね』
二人の意見は平行線。決して交わることはない。そう理解してしまったからこそ、この円の一言に篠原は釈然としない顔をするだけで何かを返すことができなくなっていた。
「榊さんはどうするんですか?」
助けを求めるように声を潜めて篠原が榊に問い掛ける。もし榊の意に沿わないのならばこの作業を続けるか否か。
そんな確認をするさなか、モニターの中では三人の戦いに変化が起きていた。
これまでアンヘルにしか敵意を向けていなかった悠斗が進藤が構えている盾を殴りつけて粉々に粉砕してみせたのだ。
盾の上から殴り飛ばされた進藤は地面を転がされたもののすぐに起き上がり、腰から下げたGM07Bという剣を手に取った。
切っ先を向けられた悠斗は体の向きを変えてゆっくりと進藤へと迫る。
攻撃の雨から逃れたアンヘルはこれ幸いと手を止めて少しだけ悠斗から離れた。
悠斗の攻撃が向けられることになった進藤は後ずさりながら反撃に出られないでいた。悠斗は攻撃するべき相手ではない。協力してアンヘルを抑え、この事態を解決に導く相手なのだ。そう考えれば考えるほど切っ先は揺らぎ、手がブレる。
「進藤さん!!」
『どうやら。あまり悩んでいられる時間はないみたいだ』
「わかってますよ! このままじゃ進藤さんが…」
『いや、それよりも先に悠斗の方が危ない』
「え?」
『このままでは悠斗は自壊するだろう』
聞こえてくる円の声を証明するようにモニターの中の悠斗はその体の端々から亀裂が広がり、より大きな炎が噴き出すようになっていたのだ。
時間がない。それを物語っているかのような光景に榊は覚悟を決めるしかなかった。
この決断がどういう結果を生むのか。
榊たちが危惧している通りになるか。
それとも円が考えているようになるのか。
分の悪い賭けであるように感じながらもこれが現状を打破する唯一の方法なのかもしれないと大きく舌打ちをして榊はキーボードを叩き始めた。
「榊さん…?」
「急ぎなさい! 進藤君が、それに彼が倒れる前に完成させるわよ」
「は、はい!」
危険性は理解した。リスクは飲み込んだ。あとは間に合わせるだけ。
恐るべき速さで組み上げられていくプログラム。それは完成すると同時に仮想世界で実体を得た。
一振りの小さな剣。
穢れなき銀の刃が輝くそれを円はどう使うのか。モニターの向こう側にいる円は自分に向けられた榊たちの視線に気付いていないわけではないだろう。
異常課に漂う一瞬の沈黙の中、悠斗によって殴り壊されたGM07の欠片が宙を舞った。
「高坏さん!」
『これを彼に。悠斗の胸に突き立てれば効果を発揮するはずだ』
「胸にって…その前に壊されるんじゃないんですか?」
「進藤君、聞こえてる?」
『は、はい』
「使い方は聞いた通りよ。できる?」
『やれます』
殴られて鎧が大破しかけている進藤は榊の手によってずっと円と自分たちの会話が届けられていた。だからこそ、これがどういうものなのかわかっているつもりだ。
手の中に現れた銀の短剣を手に、進藤は暴れ狂う悠斗とその後ろでどこか余裕を持ち始めたアンヘルを睨みつける。
「行きます」
自分のやるべきことは決まった。
迷いなく愚直にも真っ直ぐ駆け出す。
迫る進藤に反応した悠斗の拳が振り上げられた。
「ハッ」
咄嗟に回避して自分の眼前を悠斗の拳が通り抜ける。
このままでは短剣を突き立てる隙など無い。一度悠斗の動きを止める必要があると進藤はヒイロの防御力を信じてGM07Bで斬り付けた。
アンヘルからは同士討ちし始めたように見えただろう。
事実戦っているのは進藤と悠斗。
本来倒すべき相手であるアンヘルはある意味蚊帳の外。
悠斗が持つ破壊の力は攻撃だけではなく常時体から発せられているのか、斬り付けたGM07Bは一度悠斗の体を切ったものの、それと同時に砕けてしまう。
刀身を失ったそれを投げつけてすかさず次のGM07Bを取り出す。GM07SSの銃弾と同様、今の装備は壊れてもすぐに次の予備が装填される仕様へとなっていた。
どこか大剣が壊れる度に新しい大剣を持ち戦うアンヘルと似たスタイルになっていることを自覚しつつ、今の悠斗が相手ではそうせざるを得ないのだと理解できる。
攻撃を受けてはGM07自身が壊される。進藤にできることは防御ではなく回避。
しかしいつまでも回避に成功するわけでもない。
次第に突き出される拳が進藤を捉え、武器を当てることでどうにか軌道を逸らせるとはいえ未だ、銀の短剣が届く位置にまでは近付けずにいる。
「あれは――!!」
拳で戦う悠斗の体から漂う炎の勢いが増した。
戦っている相手だけではなく、自身をも焼き尽くさんとする炎。
頭を動かさず目だけでアンヘルを見るとまるでこの瞬間を待っていたと言わんばかりに大剣を携えて近付いてきた。
「くっ」
盾の装備GM07Gを手に悠斗を庇うようにアンヘルの前に立ち塞がる。
炎を纏いながら後ろに立つ進藤目掛けて悠斗が拳を振り上げた。
「ぐああっ」
悲鳴を堪え切れず進藤は殴り飛ばされる。
それでも直撃を免れたのは咄嗟に取り出したGM07Gで防御することに成功していたから。
粉々に砕かれた盾を捨てて、素早く立ち上がった進藤は再びGM07Bという剣を手に駆け出した。
「退け! お前の相手は後からしてやる!」
斬り付ける相手はアンヘル。
タイムリミットが迫る状況では本来後に回すべき相手だが、むしろアンヘルは悠斗の自壊を待っていたような節がある。
であればこの状況はアンヘルが自ら望んで作り出したもの。
やはりそれを打開するためには榊たちが作り上げた銀の短剣を使う以外に道はない。
強く心に刻み振り返る。
忘我の狂戦士と化した悠斗の体は今も炎によって崩壊を始めている。
背中越しのアンヘルが何をしでかすか細心の注意を向けつつ、進藤はGM07Bで正眼の構えを取った。
「ふぅぅ」
深く息を吐き出し、心を鎮める。
狙うは一瞬。
「ハアアッ」
気合を入れて剣を突き刺す。
拳を振りかざす悠斗の右肩を穿ち、GM07Bは剣先から粉々に砕けていく。
けれどそれは承知の上。
防御するまでもなく砕かれるのだから体で受ける。そう読んだ進藤の勝利だ。
剣が砕かれるとはいってもその一瞬は確かに触れている。
僅かながら仰け反った悠斗が足を止める中、進藤は砕けた剣を手にそのまま前進していく。
「ここだぁっ!!」
GM07Bの刀身が半分以上砕けたその刹那を狙い、手を放して銀の短剣へと持ち替える。
素早く狙いを変えて、ヒイロの胸の中心にある結晶体に銀の短剣を突き立てた。
生まれる一瞬の静寂。
全身で飛び込んだ突きの勢いと悠斗が絶えず纏っている破壊の能力。それらが拮抗し銀の短剣は根元からポキリと折れてしまった。
進藤の手に残った銀の短剣の持ち手。
悠斗の胸に深く突き刺さったままの銀の短剣の刀身。
受け身が取れず地面を転がり悠斗の後ろへと来た進藤が振り返ったその時、悠斗はそれまでにないほど強大な炎の渦に呑み込まれてしまっていた。
「プッ、アハハハっ」
堪え切れず笑い出すアンヘル。
息を呑んでことの成り行きを見守っていた進藤の眼前で、炎の渦は悠斗の体を黒墨に変えた。
炎が消えて元の人のシルエットへと戻った悠斗はどさっとその場に倒れてしまう。
「これが貴方の狙いですか。確かにこれならば彼は自ら滅びの道は進まないでしょうね」
物言わぬ焼け焦げた人形となってしまった悠斗を見下ろしてアンヘルは進藤を嘲笑するように告げる。
「後は貴方をここで仕留めればこの世界は守られる」
大剣の切っ先を向けて言い切ったアンヘルが進藤に向けて飛び掛かってきた。
「くっ」
砕けた銀の短剣を捨てて新たなGM07Bで打ち合わせる。
各々の武器が持つ質量の違いが強く表れる二者の激突が始まった。




