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気合の入った我がクラスの女子たちはまことに素晴らしい仕事をした。誰一人台詞をミスることなく、かつ自分の持てる限りの演技力で演技をしていた。まだ途中だが、間違いなく今までで最高の出来だろう。しかし演目は桃太郎である。盛り上がるはずがない。などと言うと、それは違うんじゃないの?盛り上がっていない時点でその最高というのはタカが知れているということでしょ?それをば認めないで白けた空気を演目のせいしている奴に、舞台に立つ資格はないよ。土に還れ、ばか。という意見を持つ人もいるかもしれないが、そっちこそ想像力が欠如しているんだよ、痴れ者が。高校生にもなってアレンジなしの桃太郎で、どうやって盛り上がれと言うのだ?実際に鬼役の奴を斬り殺すのか?ええぇ?そうやって血を見ると興奮するとかいう輩は、ははは、古代ローマでグラディエーターでもやってろよ。類人猿。というか、舞台に立つ資格など初めからいらぬよ。どあほ。
ということで客の方は今一つ盛り上がっていなかった。まだ、スターたる吾輩も出ていないしね。
「桃太郎はすくすくと強い体を持った立派な青年に育ちました」
「八代くん、行って」
箕畑に促され、一度幕の下りた舞台の中央へ俺が行くと、徐々に幕が上がり始める。それと同時に歓声が上がり始め、幕が上がり切ったところで歓声が爆発した。
桃太郎でこんなに盛り上がるとかアホか、こいつら。というか、盛り上がるのはやめたまえ。今さっき胸中で高校生が桃太郎で盛り上がれるわけないと熱弁した俺の立場がなくなるだろうが。そもそも、こうして自分が好きなものがちょっとでも関わっていれば、全体に対してはそれほど好意的でもないのに自らの気持ちを誤魔化して熱狂する。絶叫する。踊り狂う。というのは、ひっじょおに良くない。何故か?それは生き方が雑になるからである。自分の好きなものを見つけて熱中するのはいい。だがしかし、それさえ見つけてしまえば後はどうでもいい、関係ない、勝手にしろ、という態度ではごく少数の細かいことを気にする連中にいいように操られてしまうではないか。たとえを挙げようか。あなたが金銀宝石、いわばジュエリー、またの名を光り物、を何よりも好きだとする。何よりも好きなのだから、当然のことながらお得意になっているバイヤーや商人がいる。そんな輩が『旦那or奥さん、最近いいものが手に入りましてね』などと営業に来る。あなたは当然気になるから、『ほほん、見せてごらん』と言う。
『いやあ、手に入れるのに苦労しましてねぇ。最初に情報を掴んだのは去年の』
『いいから、はよ見せろ。ボケ』
『あ、はーい』
という感じに話が進んで、宝石商がケースを両手で捧げ持ってこちらに向ける。
『中身は黄金にはめ込まれたダイヤなんですが、これが大変入手困難で、私はまずアマゾンに』
『黙れ、お前の話などどうでもいいんだよ。早く見せなさい。さもないと燃やすよ?』
『やや、失礼しました』
そう言って商人がケースを開けると、そこにはハート型をした拳大の黄金が鎮座し、そこへピンポン玉ほどもあるブリリアントカットのダイヤモンドがはめ込まれている。カラット・カット・カラー・クラリティどれをとっても一級品で、目に刺さるような輝きを放っている様にあなたは忘我状態。
しかし。
なんか臭い。妙な臭い、というかはっきり言ってしまうと大便の臭いがする。それもそのはずで、ダイヤをはめ込んだ黄金というのは、俗語・隠語で言うところの黄金、すなわちウンコそのものなのだから。つまり宝石商が持ってきたのはウンコにダイヤを埋め込んだ、宝とゴミとの間を紙一重のところで往還する、よく分からないがとにかく汚い代物であった。
けれども自分の好きなものがあれば他どうでもいいという態度のあなたは、これを無視、あるいは目を瞑って、よく交渉もせずにほとんど商人の言い値で購入。しかる後、臭いや見た目、公衆衛生や倫理道徳さえも度外視してそのウンコつきダイヤモンドを首からぶる下げて往来を闊歩するという凶行に及ぶ。その結果、友人の喪失・失恋・一家離散・馘首・商業施設や公共施設への出入り禁止・迷惑防止条例違反で逮捕・排泄物を身につけていることによって何らかの病に侵される・家に気持ちの悪い虫が湧く、などの憂き目に遭う。もっと言えば、宝石商の言い値というのがとんでもない額であり、それを賄うためにあなたは消費者金融に手を出したのであって、雪だるま式に増える借金のため破産。恐い方々による取り立てから逃れるために夜逃げを決行するも、すべての原因となったウンコつきダイヤモンドは手放せず、それを持って逃げたためにくさい臭いによっていとも容易く追尾・捕縛せられ、挙句コンクリート詰めにされて海に沈められて死ぬる。といった、まことに悲惨な人生を送るのである。ああ、無情。
など言ってられるのは、たとえ話だからであって、実際に自分がそのような状況に陥ったらそんな余裕はなく、恐らく『うわ、死ぬ』か何か言って宣言通り絶命するだけである。だから好きなものに目が眩んではあかぬのだ。つまり、そうならないためには、今この状況で俺のことが好きだとしても、やっているのは桃太郎などという演技なのでそこは、だっさ、高校生で桃太郎とかだっさ、というように声を大にして罵倒、したら俺はそいつをぶん殴るかもしれないが、とにかくそんな対応を取るべきである。
なーんて忠告をすると、意外に優しいところがあるんだね。ほほほ、悪ぶったキャラ作りが破綻しておりますどすえ。などと勘違いするパーソンが出現するかもしれないので言っておくと、拙者は別にお前らの命などどうとも思っていませぬ。そして悪ぶったキャラ作りなどしておらない。ならなぜ例まで挙げて解説をしたのかというと、現今の世の中ではこうした好きなものに目が眩んだ輩が見えない壁の発生源になっているケースが多いからである。彼らは好きなものに夢中になるあまり、それを中心とした絶対的価値観を創出し、それを見えない壁として世に蔓延らせているのだ。人間、好きなものが絡むと感情的になる。そこを好きなものに目が眩まない連中に操られ、彼らに都合のよい見えない壁が作られたケースだって一度や二度ではない。だからこれだけ口を酸っぱくして言っているのだよ、ドゥーユーアンダスタン?
と胸中で一人講義を繰り広げていると、ようやく歓声が治まった。こう言うといかにも長らく歓声が続いていたように思えるかもしれないが、実際は俺の脳みそが高速回転しただけである。嘘ではない。私の頭だってこれくらいは回転する。
客席が静まったところでナレーションが続ける。
「そしてある日、桃太郎はこう言いました」
「おじいさん、おばあさん、僕は教室棟へ行ってこの文化祭に蔓延する見えない壁を、木っ端微塵に破壊します」俺は台本を無視して高らかに言い放った。
体育館から音が消え、僅かばかり残っていた歓声もぴたり止んだ。ははは、空気が固まる音はいつ聞いてもいいものである。極楽、極楽。
おじいさん役のA子もおばあさん役のB子もポカンと口を開けている。
「あの、鬼、じゃなくて…?」
数秒の後、A子が口にした言葉はもはや率直な疑問だった。
「はい。見えない壁です。これは鬼などよりもよほど放っておけないものなのです。そして容易にはダメージを与えることすらできない。ですから仲間も犬、猿、雉では到底足りませぬ。おじいさんもおばあさんも、そして鬼にだって協力してもらわなくちゃならない。そして、今客席でこの劇見ているあなた方にも」
客席の方へ向いて声を張り上げたが、観客はまだ理解が追いついていないらしい。面倒くさい。こういうのは勢いだ。勢い、勢い。
「俺と一緒に見えない壁を破壊しようぜ」
まだ客は曖昧に周囲を見回している。
「俺と一緒に見えない壁を破壊しようZE」
まだ客は現状についてこれていない。
「俺と一緒に見えない壁を破壊しよーZE☆」
まだ客は戸惑っている。
ふざけるな。いい加減にしろ。
「一緒に見えない壁を破壊してくれたら好感度上がるけど、どうすんの、お前ら?」
体育館を揺るがすような歓声が爆発した。観客全体が両手を突き上げ、飛び跳ね、絶叫している。バカか。何?お前らは俺の好感度が無いと死んだりするの?と言いたくなるくらいチョロい。俺の好感度が最も大事であるという見えない壁ができている。でもまあ、今はそれを利用してやるのだから、いいとしよう。
観客の熱狂を見た二年五組の女子たちも、すでに劇を忘れて全員が舞台に上がって来ている。
「よっしゃあ、気合入れてくぞ。お前ら」
「オー」
「見えない壁を破壊するぞ」
「オー」
「徹底的にぶっ壊すぞ」
「オー」
「木っ端微塵に吹き飛ばすぞ」
「オー」
体育館がびりびり震えるような合いの手である。
「よーし。水風船を持てー」
観客一人一人がおもむろにバックや袋から水風船を取り出す。
なにゆえ観客全員が水風船などを携帯しているのか?水風船を持ってなきゃ外出できない法律でもあんのか?おぉ?そら都合がえーのー、などと絡んでくる人がおるかもしれないがそれは違う。この水風船普及率の高さの秘密はというと、握手会の時、最後尾の案内をしていたほのかが水風船を配っていたからである。そして、それにすべて水を入れて膨らませてくることが、握手会に参加する条件の一つだったのだ。だったのだよ。ははは、知将と呼んでくれたまえ。ほほほ。
にしてもどうやら、狙い通りこれだけの人数全てに水風船がいきわたっているらしい。ほのかの手持ちが少なくなった時に光輝が部室から補充分を持ち出したりしていたが、買い集めた分は全て使いきったのだろうか。なぜそんなことが気になったのかというと、今回の作戦のためにおっそろしい量の水風船を購入したせいで陰険部の部室が部室としての機能を停止する寸前にあるからだ。俺がもういいと言っているのに、あの陰険妖怪が『もし少なくて作戦が失敗したらどうするんですか。そんなことは許されないんですよ。僕たちは絶対に全員を最低最悪の不幸のどん底に叩き落とすんです。最低なんです。最悪なんです。妥協はないんです。僕は最高ですよ』などと支離滅裂なことをしゃべくりながらPCとテレフォンを駆使して大量の水風船を仕入れたのだ。それもなかなかに苦労したらしく、最終的に光輝は目を充血させ『最低最悪、ぐふふ、最高ですよ』などとうわ言のように呟きながら涎を垂らし、アバアバ言いながら作業にあたるという体たらくだった。その凄まじい執念に俺は引くばかりで、まったく感謝の念は湧いてこなかった。というか、最初からいらないと言っているのに光輝が頼んだのだから感謝もクソもない。むしろ、あのまま部室が段ボール箱だらけだったら承知せぬ。俺の安息の地はあそこだけなのだから。と、自分で言うとそこはかとなく侘しい気分に浸れるが、今はそんな場合でもない。
「これから教室棟にいる男どもに水風船で奇襲をかける。準備はいいか?」
「オー」
男どもに水風船で奇襲をかけることが見えない壁の破壊とどう関係するのか理解している奴は一人もいなそうだったが、女どもの返事にはまったく迷いがなかった。まさに教祖になった気分である。
「では、諸君。進撃開始だ」




