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 主人公補正がどれくらい影響を与えているかは分からないが、俺はウォーターパークの一件で、ほのかをさらに惚れさせた。こんな風に言うとまるで狙ってやったみたいだが、全然そんなことはなく、ただ牧ヶ谷を殴ったことの言い逃れとして使ったに過ぎない「幼馴染をいじめている奴が許せなかった」という俺の啖呵に、むこうが勝手に惚れ直しただけである。アホか。

 惚れ直してどうなったかと言うと、もはや周囲が分かり過ぎるほどに承知していたので滑稽でしかなかったツンデレのツンが消滅した。

「あの、正の隣に座っていいかな?ダメだったら我慢するけど…」

 ツンが消滅してみると、意外なほどほのかは慎ましい乙女だった。けれども慣れというものが存在するせいで、せっかくの慎ましさもなんだか裏がありそうな、薄気味悪い感じにしかならないのが何とも言えなかった。

「おお…別にいいけど」

「やった」

「何、部室でイチャついてるんですか。八代さんは海野さんへの態度が軟化してるし。まさか惚れたんですか?」

「や、やだ、何言ってんの、もう…」ほのかは恥ずかしそうに俯く。

「うわ、以前より反応がウザいです。どうなんですか、八代さん?」

「そんなわけあるか。お前ね、あんな風に学校でいじめられてるって話を聞いたら、色々と言いにくくなるだろ。なんか可哀そうだし。それくらいは俺でも空気読むよ」

「それをはっきり本人に聞こえる声で言ってる時点で空気読んでないです。さすが」

「でも気を遣ってくれるだけで嬉しいな。正が別に私のこと好きじゃないのは知ってたし。まあ、それは、残念なんだけど…」

「別に好きじゃないとは言ってないだろ」やりにくいテンションだな。「まあ、あれだよ、お前も八代正の好感度チャンピオンズレースの参加者なんだから。対象外ではない」

「何ですか、それ」光輝は呆れてため息をつく。

「俺に恋する全女性を対象にした俺の中での好感度の順位付けだ」

「本当?私、今何位くらいかな?」ほのかわくわくしながら訊いてくる。

「何位というのはまだない。何せ俺のことを好きな女が多すぎて、人数を把握しきれないからな。現状は九段階に分けている程度だ」

「私はどの段階なの?」

「中の下だ」

「中の下…」

「まあ、といっても中の下より上は今のところ存在しない。だから現状では上位ということだな。しかし、俺が好きになるのは上の上でもトップに立った一人だけだ。ま、好感度はそいつの行動次第で変動するから、せいぜい頑張ることだな」

「うん、頑張る」

「毎度思うんですけど、八代さんのどこがいいんですか?明らかに女という存在を見下し切っているじゃないですか。催眠術か何かにでもかかっているんですか?」

「うふふ、恋って催眠術みたいなものよ。光輝くんには分からないかもしれないけど」

「うわ、うっざ」光輝は苦り切った顔をして思い切り顔を背けた。「勘弁して下さい。僕のメンタルが先にやられそうです。文化祭の話をしましょう」

 どうやら、ほのかの頭の中は中々にすごいことになっているらしい。いや、俺に主人公補正が付加された時からそうかもしれないが、とにかく主人公補正が解けた後、ちゃんと元に戻るのだろうか。戻らなかったらそれは、はは、たいぶ悲惨だね。哀れだね。こんな脳内お花畑になっちゃってさ。なあんて、他人事みたいに軽口叩いていられないというのも、ご近所・幼馴染ということであるから、それは容易に家族の耳に入りそうで、そこでそうした身内の知るところとなると、ひっじょおに見えない壁とは戦いにくくなるからである。戦いを止めるチャンス?ははは、そんなもの、いらぬよ。ていうか、今更やめたところですでに取り返しはつかぬしね。俺は勝つまでやめない。どうなったら勝ちなのか知らないけど。

「握手会の方は大体オッケーです。後は八代さんが文化祭までに死ななければ」

「誰が死ぬか」

「そんなこと言って、怨恨で刺されたりしないでくださいよ。僕の楽しみがなくなってしまいますからね」

「お前は他人を思いやるという気持ちが無いのか」

「お互いさまじゃないですか」

「私、正が他の女の子と握手してるの見るの、辛いな…」

「じゃあ来なくていいですよ。よく考えたら、海野さんの仕事ほとんどないし」

「ううん。でも、行く。正の助けになるなら、私は協力するよ」

 ほのかは真っすぐに俺を見た。

 そして見つめたまま、黙っている。

「別にそのくらいじゃ好感度は上がらんぞ?」

「な、なんだぁ…」

「狙いが見え見えですからね」

「まあ、それはいいとして、握手会の客は俺のクラスの劇が始まる時間になったら、そのまま体育館に連れ込むからな」

「分かりました。八代さんのクラスの劇は何なんですか?」

「桃太郎だ」

 劇決めの時は、すでに警戒して一言もしゃべろうとしないクラスの男どもを非協力的だと糾弾し、無理矢理意見を言わせてから、それを徹底的に否定するコンボで挑発してやったが、それだけしても奴らは見えない壁を突破してこようとしなかった。むしろ、すでに諦観のような雰囲気が漂っており、俺の言葉も右から左、ただただ早く終わるのを待っているようだった。なんという無気力さ。そんな薄弱な意志だから『最近の若者は…』などとエルダーピープルから舐められるんだよ。まぬけ。だが、俺は諦めない。このままでは終わらない。せっかく女子が全員意のままという、例年にはないアドバンテージがあるんだから、もっともっと見えない壁にダメージを与えるのだ。再起不能なくらいバラバラにしてやる。一つの欠片も残さずに粉々にしてやる。ぶっ壊す。ぶっ潰す。ぶっ倒す。うおぉぉ、盛り上がってき過ぎて落ち着かない。今すぐ何か壊したい。

「それより光輝、そのパソコン壊していいか?」

「いいわけねーでしょ。脳みそに蛆でも湧きましたか?というかそんなことより、桃太郎って、そんな幼稚なのをやるんですか…って、ああ、八代さんのことだから、何か仕込むのにやり易い演目にしたんですね?」

「察しがいいな」

「ぐふふ。楽しみにしてます」

「いや、お前にも手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「そうなんですか。何なりとお申し付けください。無理でなければやります」

「随分と協力的だな」

「陰険部の活動ですから」光輝の目は活き活きと輝いている。相変わらず人の風上にも置けない邪気の塊だ。

「私は?」ほのかが身をのり出す。

「ほのかは、そうだな、劇の時は客と一緒に行動してくれればいいや」

「客が行動するの?」

「まあな」

「ちなみに、予想はつきますが、八代さんの役は?」

「むろん、桃太郎だ」

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