(10)序論について
この探究は単なる戯れである。観察と経験、および伝聞と演繹に基づいた空想であり、まったくもってわたしの自己満足にすぎない。断定的な物言いに終始しているが、荒唐無けいな話であることは理解している。
これはわたし自身の恥辱の考証だ。罪過にも等しい独善にケジメをつけるための、くだらない言い訳なのだ。これによって何かが変わるものではない。ましてやあの日の悪夢と、あの日から始まった狂想のような日々が報われることなどありはしない。
始まりはずいぶん昔の事であり、わたしがまだ若かったころのことだ。亜人の男アトロゥを、わたしは決して忘れることはない。ヤツはまさしく悪魔だった。
アトロゥによって故郷は壊滅させられたわたしは、行き場もなく森をさまよっていた。いくらかの時が過ぎたころ、漫然と死を待つばかりだったわたしに、また別の亜人の男が救いの手を差し伸べた。わたしと亜人たちとは言語が異なっている。亜人の彼の名がオベロンであると分かったのは出会ってからしばらく後、言葉での疎通が行えるようになってからだった。
あの悪魔のような亜人アトロゥ。それに対してわたしを助けてくれた亜人オベロンと、その里の者たち。彼らは同じ亜人種でありながら、ずいぶんと容姿が異なっている。この二者の類似と相違が、ある着想をわたしに与えた。
この探究の主要なテーマは、そんな「亜人」についてである。亜人の特性や発祥を解明することは、わたしに見舞った運命の理由を究明することにもつながる。
亜人とは「人間に似て、非なるモノ」だ。まずアトロゥとオベロンたちが、人間に似て非なる同一の種である理由、あるいは近縁の種であると推定する理由を確認する。
オベロンや里の者たちの、人間と異なる主な特徴は髪色である。あの「緑色の体毛」は人間との大きな差異であり、アトロゥにも共通する特徴だ。そのほかにも人間との差異が共通しており、鼻と耳の形状、および肌の色が同一である。
アトロゥのおぞましい風貌は、わたしと同じ人間であるわけがなく、まさしく亜人だった。しかし里の者たちは、鼻と耳の形状や髪色を除けばわたしたち人間と大差がない。この差異の理由は、里の亜人と外界の人間との交雑が影響している。
里の者たちは人間と敵対関係にあるが、本来は穏やかな性質を持っている。外界の人間に遭遇しても、その者に敵意さえなければ、哀れみを持って対応するのが平生なのだ。オベロンのように、外界の人間を里へ連れてくる者が稀におり、それによって交雑が進んでいるのだ。
ところで緑色の体毛について、興味深い話がある。この大森林にいる動物の中には固有種がおり、オベロンらと同じく緑色の体毛をしている。この緑毛の獣は、里では家畜にすることが禁じられており、これには古い言い伝えがかかわっている。緑毛の獣は神である森の御使いであり、したがってその命は森のものであって手を出してはならないそうだ。
驚くべきことに、この迷信にはれっきとした根拠が存在している。むかしは緑毛の獣も飼っていたそうが、死によって植物化するものが少なからずおり、畜産による収穫物のほとんどが得られなくなってしまうというのだ。
なんともキテレツな話であるが、彼らにとっては普通なようで平然と話していた。現在においても彼らの飼う家畜の中には稀に産まれることがあり、そのたびに森へ帰しているそうだ。
そもそもに彼らの緑色の髪がなんたるかなわけだが、それについては後述にて触れている。




