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君の背中に恋をした 後編

『俺に……キスされたら、嬉しいか?』

 そう言われて唇を重ねた日から、もう二週間は経っていた。

 あの日、修理を終えた眼鏡を受け取り、バイクで家まで送ってもらって別れるまで、奏介と僕はほとんど言葉を交わさなかった。

 奏介はなにを思って話さなかったのかは、僕には分からない。

 だが、僕が話さなかったのは、奏介からあの海での出来事はなかったことしたいと、言われるのが怖かったからだ。

(後悔してる、なかったことにして欲しい……。なんて言われたら、僕は一生立ち直れない)

 その結果、奏介のことを避けるようになってしまい、なんだか奏介からも避けられているような気がしながら、今日に至る。

「はぁー……」

 僕は端っこに寄せていた机に腕を突っ伏して、顔を腕の間に埋めた。

「おーい。大丈夫か? 体調が悪いとか?」

「わっ……!」

 クラスメイトの林くんに声をかけられ、僕は慌てて顔を上げた。

「ち、違う違う。ちょっと、疲れただけで……」

「それならいいんだけど。悪いなー。放課後に残ってもらっちゃって。あんな立派な設計図書いてくれたから、物部には現場監督やって欲しくてさー。てか、ジェットコースターって本当に作れるんだなー」

 僕たちのクラスは元々縁日をやるつもりで、輪投げやスーパーボールすくいなどを準備する予定だった。

 でも僕は、奏介が話していた手作りジェットコースターの話が忘れられずにいた。

『ジェットコースターを自分たちで作れるらしくてさー。手作りならではのスリルがあるみたいで、乗ってみたかったんだよなー』

 そう話していた奏介が、僕たちの作ったジェットコースターに乗ったら、どんな顔をするだろう。

 ふと思って調べてみたところ、作るのは大変であったが無理ではないことがわかった。

 そこで思い切って設計図を作り、林くんに相談してみた。

『えっ! これ、物部が考えてきたの? すげーな! おーい、みんな! これ見てみろよ』

 林くんはすぐにクラスメイト全員に話を広め、盛り上がった結果、縁日からジェットコースターに出し物が急遽変更となった。

「僕はネットで作り方を見て、予算内になんとか収まらないか計算しただけだから……」

「いや、計算してくれて設計図作ってくれたから、こんなトントン拍子に話が進められたんだろ。しかも、生徒会や学園祭実行委員まで丸めこんでくれてさー」

 学園祭の企画書は夏休み前に提出し終わっていたため、本来であれば出し物の変更は許されなかった。

 だが、設計図とコスト、安全面と集客率を全て盛り込んだ企画書を僕が作り直して提出したところ、なんとか内容変更が許されたのだ。

「食品を扱うのと違って保健所の届け出も必要ない。かつ、派手で集客力がありそうなことが功を奏したんだよ」

「ほんと、物部には感謝だなー。高校生活最後の学園祭だし、本当はみんな、派手にやりたかったんだよなー」

(最後……。そうか、当たり前だけど、これで高校生活最後の学園祭になるのか……)

 僕は正直、高校生活で何をしてきたかと聞かれたら、勉強としか答えられない日々を送ってきていた。

 けれど、奏介との出会いをきっかけに、クラスのみんなとこうやって一つのことをやる経験ができて、本当に良かったと思っている。

「実は、奏介が乗りたいって言っていたのがきっかけなんだ」

「奏介って、あのヤンキー?」

 僕と林くんが話していると、クラスメイトたちが僕の机の周りに何人か集まってきた。

「丹野だろー。アイツって、結構ヤバイ噂聞くよなー」

「そうそう。しょっちゅう補導されてるとか、ヤバイ友だちと一緒にいるとか」

(なんだよそれ。そんなこと、奏介がするわけないだろ)

「いまどき、あんなダサイ金髪とかさー。ありえないよなー」

(それはお姉さんの練習台になってあげているだけで……)

「年寄りカツアゲしてるって聞いたぞ」

(むしろ助けて、感謝されてる!)

「まさか物部って、あのヤンキーに脅されたりしてないよな? だったら、俺たちさー」

「おいおい、奏介は……」

 林くんが間に入るよりも先に、僕は思いっきり机を両手で叩いた。

「奏介はそんなことするヤツじゃない!」

 僕は苛立ちが頂点になり、座っていた椅子が倒れる勢いで立ち上がった。

 すると、突然僕が大声を出したことで、学園祭の準備をしていたクラスメイト全員の視線を集めてしまう。

「えっと、物部……? 噂だから、そんなに怒るなって……な?」

「離してくれ!」

 隣にいたクラスメイトが僕の肩を掴んできたため、僕はつい振り払ってしまった。

「物部……」

 驚きと戸惑いの表情を向けるクラスメイトに、僕は大きく息を吸い込んでから叫んだ。

「噂を口にした時点でそれは真実でなくても伝わっていくんだ! 丹野はイイヤツだ! アイツの金髪は美容師であるお姉さんの練習台になっているだけで、お年寄りの多い商店街の手伝いをボランティアでするヤツだ! だから根拠のない噂は流すな!」

 早口で、しかも大声を出したこともなかった僕は、肩で息をしてしまう。

「……ッ」

 僕は息をのみこんでから、もう一度、クラス全員に聞こえるくらい大きな声で叫んだ。

「丹野はイイヤツだ! 以上! 僕は学園祭実行委員のところに行ってくる!」

 まるで捨て台詞のような言い方で、僕は速足で教室を出ると、音を立てて教室の扉を閉めた。

(くそっ!)

 僕は人生で、こんなに苛立ったことがないほど苛立っていた。

 それは、奏介が根も葉もない噂を立てられていることと、自分も以前、さっきのクラスメイトと同じようなことを考えていたのが情けなかったからだ。

(あんなにイイヤツなのに……僕のことを助けてくれて……)

 奏介のことを考えると胸が締め付けられた。

 そして、どうしようもなく、今すぐ会いたくて仕方なかった。

(奏介に……)

 奏介に会いたい。

 その一心で、学園祭実行委員に本当は用事なんてなかった僕は、急いで奏介のクラスに向かった。

「あ、あの! 奏介……丹野奏介はいますか?」

「ん? 奏介なら今、他のクラスに余った暗幕借りれないか探しに行ってるぞ」

「ありがとう!」

 僕はドア付近にいた奏介のクラスメイトに話しかけると、すぐにまた走り出した。

(奏介……! 奏介……!)

 僕はとりあえず一年生から順番に探していけば会えるだろうと、一階にある一年生の教室を目指して階段を駆け下りた。



 

「や、やっと見つけた……」

 どうやら奏介は三年生から順番に回っていたらしい。

 一階の一年生から回っていた僕が奏介に出会えたのは、二階にある二年生の教室を回り終えた頃だった。

「碧斗……。って、顔が疲れきってるぞ! 一体どうし……」

 廊下で奏介の姿を見つけた僕は、安堵で足の力が抜けて廊下に膝をついてしまった。

「ど! どうしたんだ、碧斗!」

 慌てて僕を心配して駆け寄ってくる奏介に、僕は口元がつい緩んでしまうのと同時に、泣きそうになる。

「な、なんで笑ってんだ碧斗! いや、泣きそうなのか? 一体なにがあったんだ!」

「違うんだ。幸せだなって思ったんだ」

 廊下に膝をついて僕の顔を心配そうに覗き込んでくる奏介に、僕は満面な笑みで見つめて、素直に気持ちを答えた。

「は? 幸せって一体……」

「あっ! あれが丹野先輩かー」

「へー、本当に優しいんだー」

「はっ……?」

 見ず知らずの後輩たちが、僕たちの横を通り過ぎていくときに聞こえた会話を、奏介は驚いた様子で、聞き間違いかと辺りを見渡していた。

「そう! 丹野奏介はこうやって人の心配をしてくれる、本当は優しいヤツなんだ!」

 僕は二年生の廊下中に響くくらい、大きな声で叫んだ。

 すると、教室にいた二年生の後輩たちが、教室から次々に顔を覗かさせた。

「なっ! えっ?」

 突然の僕の行動と、置かれている状況に驚いた奏介は慌てふためいていた。

「……ッフ、あっはっは」

 その姿に、僕は思いっきり吹き出して笑ってしまった。




「後輩のクラス、全員に話してきたのか……?」

「全員ではない。放課後だったから、残って作業していた生徒にだけだ。これから暗幕を借りに来る丹野奏介は、金髪なのは美容師であるお姉さんの練習台で、商店街のボランティアをする優しいヤツだから、見た目でヤンキーと誤解しないようにと伝えただけだ」

「えっ……どうしよう。俺、これからどうやって校内を歩けば……。って、なんで商店街のこととか、姉さんのこと知ってんだよ!」

 奏介は余った暗幕を借りられたようで、保管されている視聴覚室に僕を連行するように引っ張っていった。

「眼鏡屋のおじいさんに教えてもらったんだ」

「だよなー。それしかないよなー……。くっそ、あのじいさん!」

 視聴覚室に到着して、奏介は掴んでいた僕の腕から手を離すと、部屋の奥に一人で進んでいってしまった。

「おじいさんは悪くないんだ。僕が教えて欲しいと頼んだんだ」

「俺がトイレでいなくなったときだろ? ったく、勝手なことするなよ」

「ご、ごめん……」

 たしかに奏介の了承も得ずに、奏介のことを勝手に聞いたのは、よくなかったと思う。

(しかも、それを奏介の許可なく話してしまうなんて……)

「……ッ」

 後ろ手で視聴覚室のドアを閉めたのと同時に、突然僕は罪悪感に苛まれて、顔を俯かせた。

「あったあった。って、なっ……! おいおい、どうしたんだよ急に」

 僕が俯いていることに気付いて、奏介は見つけた暗幕を抱えて駆け寄ってきてくれるが、僕は顔を上げられなかった。

「……」

「はぁー……碧斗って、本当に読めねーな」

 奏介がついた深い溜め息に、僕は呆れられてしまったと胸が締め付けられた。

「ごめん……」

「謝るなよ。別に怒ってねーからな」

「でも……!」

「あー……ごめん、碧斗。ちょっと後ろ向いて」

「えっ? あ、ああ……」

 僕は突然言われたことに戸惑いながらも、言われた通り奏介に背を向けて、俯き気味にドアを見つめた。

(これってもしかして、僕の顔も見たくないってこと……?)

 そう思うと突然息が詰まった僕は、身体を強張らせながら唇を噛みしめた。

「うわっ!」

 すると、急に視界が真っ暗になり、身体が何かに勢いよく引っ張られた。

「そ、奏介!」

 奏介が手に持っていた暗幕を頭から被せられ、そのまま後ろから抱き締められているのだと気付いた僕は、身体を捩じって抗った。

「奏介っ! 離し……」

「頼むから、逃げないでくれ……」

 悲痛な叫びのような声と抱き締められる腕に力が込められ、僕は抵抗するのをゆっくりと止めた。

「あの日からもう二週間も経ったんだな……。正直、碧斗と話せないのすげー辛かった……」

「奏介……」

「なんなんだよ。思いっきり俺のこと避けてると思ったら、わけのわかんない大胆な行動して……本当に碧斗の行動は読めねーよ」

 そう言って、奏介はさらに僕を抱き締める腕に力を込めながら、身体を密着させてきた。

 視界が遮られているせいか、奏介の息遣いや骨の当たる感触まで、ダイレクトに僕の身体へと伝わってくる気がして、急に恥ずかしさを感じてしまう。

「逃げない! 逃げないから、これ取ってくれ!」

 僕の必死な訴えに、奏介は腕の力を緩めて暗幕を引っ張ると、床に落とした。

 やっと視界が開けたのと、奏介から解放されたことに安堵の溜め息を漏らすが、なんだか気恥ずかしくて、僕は奏介に背を向けたままになってしまう。

 すると、奏介は僕の右手に後ろからそっと、手を繋ぐように重ねてきた。

「そうす……」

「なんで、俺のこと探してたんだ?」

「それは……」

 僕は思わず、言葉に詰まってしまう。

 クラスメイトが話していた奏介の噂を、話すべきか迷ったからだ。

「……」

 話す決意ができずに黙ったままでいると、繋いでいた手に力が込められた。

(奏介……)

 僕は決意をするように、奏介と同じ力で手を握り返した。

「クラスで奏介の話が出たときに、みんな奏介のことを誤解していて……。年寄りをカツアゲしているだとか、根も葉もない噂を口にしていて……」

「ふーん……。それで俺へ急に会いたくなったの? それって同情? 俺のこと可哀そうに思ったからなのか……?」

(えっ……)

 繋いでいた手が離されながら、淋しそうに呟かれたため、僕は慌てて奏介に向かって振り向いた。

 すると、勢いよく奏介の腕の中で抱き締められた。

「えっ? あっ!」

 なぜこの状況で抱き締められているのか理解できなかった僕は、奏介の腕の中で慌てふためいてしまう。

「ごめん、今のなし。嫌味な言い方した。本当は碧斗が会いに来てくれただけで、すげー嬉しかったのに……」

「奏介……」

「ありがとうな。その……俺のために色々してくれて」

 奏介の腕の中で僕は顔を上げると、奏介は僕を覗き込むように見つめていた。

 嬉しそうに、でもどこか少し恥ずかしそうな表情に、僕も頬が熱くなるのを感じた。

「奏介……」

 今度言葉を交わしたら、終わってしまう。

 そんな恐怖を抱えていたのを忘れるように、僕は奏介の背中に腕を回して抱き締め返すと、奏介の胸に顔を埋めた。

「よかった。またこうやって話せて……」

「碧斗……。あ、ああ。そうだな。でも俺たち、なんでお互いに避け合ってたんだろうな……」

 本当は奏介の問いの答えが分かっていながら、僕は口に出すことはできなかった。

「……」

「碧斗も……怖かったからなのか……?」

 僕は答える代わりに、奏介の胸に顔を埋めながらそっと頷いた。

「そうか、一緒……だったのか……」

「……」

「……」

 なにが怖かったのか。

 お互い口にしないまま黙っていると、奏介は静かに腕の力を緩めて、僕から身体を少しだけ離した。

「なあ、碧斗。文化祭……一緒に回らないか?」

「えっ……?」

(奏介と文化祭を……)

「いや、まあ嫌なら……それに誰かともう約束……」

「約束なんかしてない!」

 僕は食い気味に答えながら、必死に何度も首を横に振った。

「嫌じゃないし、僕も奏介と回りたい! それに、奏介に僕のクラスへ来て欲しいんだ! 実は僕のクラス、奏介が言ってたジェットコースターを作ることになったんだ!」

「えっ! 嘘だろ? だって、縁日やるって言ってたよな?」

「奏介の話を聞いたら気になって……調べて設計図作ってみたんだ。それで、クラスに持っていったら、みんな賛成してくれて……。だから絶対、奏介に乗って欲しいんだ」

「な、なんだよそれ……! すげー楽しみ! じゃあ、お互い文化祭の準備頑張らないとな」

「ああ!」

 互いに見つめ合って笑い合うと、奏介はそっと僕の頬に手を伸ばしてきた。

「ほんと、碧斗ってすげーよな……」

 左頬に手を添えられると、奏介の体温を感じた。

 手のひら全体から伝わってくる奏介の体温は、とても温かかった。

(どうしてだろう……なんで僕は泣きそうになって……)

 胸に温かいものが広がっていく感覚と同時に、僕は目頭が熱くなるのを感じた。

「いいか……?」

 なにがと聞かずに、僕はただ静かに頷くと、奏介の顔がそっと僕へと近づいてきた。

(キスをされるのだろうか……)

 そう思いながら、僕は目をゆっくりと閉じようとしたとき、校内放送を知らせるチャイムが流れた。

『あー……三年一組、丹野奏介。今すぐ生徒指導室まで来なさい。繰り返す。三年一組、丹野奏介。今すぐ生徒指導室まで来なさい』

 校内放送は奏介を呼び出すものだった。

(今の声、生活指導の近藤先生だ。放課後にわざわざ、奏介を呼び出すって一体……)

「だー! もうっ! なんなんだよ!」

 奏介は僕の頬から手を離すと、苛立ったように首の後ろを掻いた。

「てか、今すぐってなんだよ! 俺、何かした記憶ないんだけど! いいところだったのに、邪魔すんなよ!」

(いいところって、やっぱり僕にキスを……)

 自分の置かれていた状況を客観的に僕は理解すると、恥ずかしさで胸がいっぱいになった。

「ほ、ほら! 呼ばれてるなら行かないと!」

 僕は慌てて視聴覚室のドアを開けて、奏介を引っ張りながら生徒指導室へと向かった。




「うっす」

「失礼します」

 生徒指導室の扉を開けて僕と奏介は中に入ると、中で待っていたのは生徒指導の近藤先生だけでなく、教頭先生まで同席していた。

「……? どうして物部くんが丹野くんと一緒にいるんですか?」

「えっ……。あっ……!」

 自然と一緒に、奏介と生徒指導室の中へ入ってきてしまったことに気付いた僕は、慌てて外に出ようとする。

(ん、だけど……)

 教頭先生の言い方は、僕がなぜ一緒に入ってきたのかではなく、僕と奏介が一緒にいることを驚いている口ぶりだった。

 どうも納得がいかず、僕は足を止めてもう一度先生たちに向かって振り向いた。

「そうす……丹野とは友だちで、さっきまで一緒にいたからです」

「友だち? 物部と丹野がか?」

 教頭先生以上に近藤先生は不思議そうに僕と奏介の顔を見比べたため、僕は苛立ちを覚える。

「僕と丹野が友だちなことが、なにか先生たちにご迷惑をおかけするのでしょうか?」

 口元は笑っていながらも僕は睨みつけると、先生たちは顔を見合わせて焦った様子に変わった。

「な、なるほど……。いえ、そういうわけではないのですが……。とりあえず、私たちは丹野くんに大事な話があるので、物部くんは出ていってくださいね」

 物言いは柔らかいが、教頭先生にはっきり出ていけと言われ、僕は奏介の顔を見る。

「大丈夫だって、すぐに終わらせるから。悪いんだけど、暗幕を俺のクラスに届けておいてくれないか? そしたら廊下で待っててくれよ」

 奏介に子どもがお留守番を任される時のように頭を撫でられると、僕は静かに頷いた。

(でも、僕が席を外さないといけないような話の内容なのか……?)

 嫌な予感と胸騒ぎを感じつつ、僕は暗幕を受け取って生徒指導室を出ると、とりあえず奏介のクラスに行ってから、奏介が出てくるのを待つことにした。



 

「遅いな……」

 僕は待ちくたびれて、生徒指導室前の廊下で、壁に寄り掛かりながら窓の外を見つめた。

 外には学園祭の準備を切り上げて、下校を始める生徒がチラホラいた。

(学園祭……。そっか、奏介と回れるんだ……)

 高校入学、いや、中学時代を含めても、こんなに学園祭を楽しみにしたことは一度もない。

 使っていない空き教室や屋上前の踊り場で、一人学園祭が終わるのをただ待っていた。

 楽しい思い出なんて一つもなかったが、今は学園祭が待ち遠しくてしょうがない。

(奏介のクラスのお化け屋敷も楽しみだし、奏介が乗りたいって言ってたジェットコースター、無事に完成させて乗せてやりたいな。でも……)

 楽しみでワクワクする気持ちと、奏介に何かあったのではないかという気持ちが、生徒指導室の扉を見つめる僕の心の中で鬩ぎ合う。

「あっ……」

「しつれーしました」

 奏介が生徒指導室から出てきて扉を閉めると、どこか肩を落としているように僕には見えた。

「奏介、どうしたんだ?」

「ん? んー……ここだとちょっとなー……。屋上にでも行くか」

「えっ……」

(それって……)

 ここではできない話ということは、そんなに深刻な内容だったのかと、僕は息が詰まるのを感じた。




「昼間はまだ暑い日もあるけど、この時間帯ならだいぶ涼しくなったなー」

 奏介は扉を開けて屋上に出ると、両腕を思いっきり空に向かって伸ばした。

 空は奏介に海へ連れて行ってもらったときみたいに、夕焼けに染まっていた。

 屋上のフェンスに向かって歩いていき、そのまま寄り掛かった奏介は、何も言わずにただ空を見上げた。

 僕は奏介の隣へ並ぶように、フェンスに寄り掛かった。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? 呼び出しなんて、一体なにがあったんだ?」

「んー、実はさー……。明日から停学だってさ、一週間」

「えっ……? て、停学? それって、ど、どうして……?」

 停学という聞き慣れない言葉に僕は動揺を隠せず、フェンスに寄り掛かっていた身体を慌てて元に戻した。

「いやー……バイク乗ってんの、どうやら卒業生に見られたらしい。やっちまったなー、アッハッハ」

 奏介は頭を掻きながら笑っていたが、僕は息をのんだ。

「えっ……? でも、今までだってバイク乗ってたんだよな? なんで今更……」

(卒業生にバレるって、まさか……)

 僕は心当たりがあり、手が震えた。

「制服……」

「当たりー。どうやら碧斗を乗せたときのが見られちまったみたいでさー。あーあ、やっちまったなー……」

 奏介は手で顔を覆い隠して空を仰いだ。

「停学はいいんだけど、なんでこのタイミングなんだよ。あーあ、碧斗と学園祭回るの楽しみにしてたのになー。日程どかぶりじゃん」

「そ、そこは今、問題じゃないだろ!」

 そんなことより停学のほうが重要な問題だと僕は言いたかったが、奏介は驚いた顔を一瞬して、眉を下げた。

「……。なんだ、そっか。碧斗にとって俺と学園祭回るのはどうでもいいことなんだな」

「そんなことは言ってない! そんなことより、僕が言いたいのは……!」

(……!)

 奏介は僕の前に立つと、僕の顔の横にあるフェンスの網を掴んだ。

「えっ……」

 まるで逃がさないと言っているかのようで、僕はどうしていいかわからなくなってしまう。

 そして、僕を見つめている奏介の顔は、どこか怒っているように見えて、言葉も出なくなってしまった。

「そんなことよりって……。なんだよ。碧斗にとって、俺との学園祭なんてどうでもよかったんだな……」

(そんなわけない! 僕だって楽しみに……)

 いつもなら素直に伝えられる気持ちも、奏介が僕を見つめてくる目が、まるで他人のように冷たかったため、言葉が何も出てこなくなってしまう。

「ふーん……わかった。なんか俺だけ浮かれてて、バカみたいだな。チッ……くそっ!」

「……ッ!」

 奏介は舌打ちをして、僕の顔の横で掴んでいたフェンスを思いっきり揺すった。

 僕は驚いて目を瞑ってしまい、奏介から顔を逸らしてしまう。

 心臓の音がまるで警告音のように耳で響いている中、奏介が離れていったのを感じて、ゆっくりと目を開ける。

 すると、奏介は目の前から姿を消していて、屋上の扉がちょうど閉まる瞬間だった。

「う、嘘……! 待って……」

 このままでは何かが終わってしまいそうで、僕は必死に奏介を追いかけるために走り出した。

(いやだ! こんなの!)

 だが、屋上の扉を開けてすぐの階段にさえ、もう奏介の姿はなく、僕は必死に奏介を追いかけようと階段を駆け下りた。

(奏介……! 奏介……!)

 いくら階段を下りても奏介の姿は見えず、僕は頭が真っ白になってしまう。

「あっ……」

 必死になって駆け下りた結果、僕は階段から足を踏みはずした。

 だが、間一髪のところで手すりに掴まって、なんとかそのまま転げ落ちずに済んだ。

「ふー……痛ッ……」

 安堵と同時に、手首に今まで感じたことのない痛みを感じて、僕は顔を歪めた。

 どうやら全体重を手で、しかも変な角度で支えてしまい、痛めてしまったようだった。

「うっ……」

(奏介……)

 名前を呼んでも今度はもう、僕を助けに現れない。

 そんなことはわかっていたが、僕は心の中で奏介の名前を何度も呼んだ。

(奏介、奏介……)

 高校三年にもなって、痛みで泣くなんてばからしい。

 だが、手の痛み以上に、僕は胸がどうしようもなく痛いほど締め付けられた。

 僕にはその場で胸に手を当てて、うずくまることしかできなかった。




 奏介が停学処分となり、もうすぐ一週間。

 学園祭二日目の最終日を迎えていた。

 昨日は在校生のみだったが、今日は一般公開が行われているため、校内は人で溢れかえっていた。

「本当にいいのか? なんなら、一緒に回るか?」

「いいんだ。特に行きたいとこもないし。むしろ代わってくれてありがとう」

「そっか、それなら……」

 僕はクラスメイトに誘われても、学園祭を回る気分にはならなかった。

 なので、みんなが進んでやりたがらない教室入口での受付係を、昨日から僕が当番交代を申し出ていた。

 (ここなら座っていられるし。とくにすることもない僕にぴったりだ)

 クラスメイトと協力して、無事、小さな手作りジェットコースターは完成できた。

 小さいと言っても大人もしっかり乗れるくらい頑丈で、カーブは手作りのコースだからこそ、乗っている人に緊張感を与える力作だ。

 完成して、クラスメイトと共に喜びを分かち合ったが、やっぱり僕の心には大きく穴が空いたままだった。

(完成したの、奏介に見てもらいたかったな……)

 ふと、後ろを振り返って教室内に目を向けると、クラスメイトが楽しそうに準備する姿とお客さんの笑顔が、今の僕には少し眩しかった。

(ドンくさい僕じゃなかったら、あの日なにかが変わっていたのかな……)

 僕は右手首に巻かれた包帯を、じっと見つめた。

 奏介を追いかけて階段を踏み外したあの日、僕は手首を捻挫した。

 だが、そんなことよりも、奏介に誤解されたままで、会えなくなってしまったことが本当に辛かった。

 会いたい。

 頭の中に毎日思い浮かぶのは、その言葉だけだった。

(明日は振替休日。ということは、明後日には奏介に……)

 奏介に会えるのは嬉しいが、正直どんな顔をして会えばいいかわからない。

 屋上できちんと言えなかったが、バイクに制服姿で乗っているのを見られたのは、そもそも僕が原因だ。

(僕に会いに来てくれた日……。奏介はもう一度僕を後ろに乗せるために、わざわざバイクに乗って登校してきたんだ。だから奏介が停学になったのは僕のせいで……)

 生活指導の近藤先生には、僕が奏介の後ろに乗っていたことなども全て話した。

 だが結局、奏介の停学は覆ることはなかった。

 罪を奏介だけには背負わせたくないと言ったけれど、結局僕にはなにもできなかったのだ。

(奏介……)

 名前を心の中で呟くだけで、辛くて胸が締め付けられる。

 僕は顔を俯かせていると、誰かが僕の前に立ったのを感じた。

(そうす……)

「物部、調子悪いのか? 受付代わろうか?」

「は、林くん……。いや、大丈夫だ」

(僕は一体何を考えてるんだ。奏介がここにいるはずもないのに……)

 慌てて顔を上げて、僕は林くんに笑みを浮かべた。

「林くんは、これからたしか呼び込み当番だろ?」

「そうなんだよ。でも、この盛況っぷりなら呼び込みなんていらないだろ。こんなにお客さん並んでるんだし」

 林くんの後ろには、気付かないうちに列ができていた。

「これなら人気ランキング一位を狙えるかもなー。たしか金一封もらえるんだっけ? そしたらクラス全員で打ち上げ、派手にやろうぜ」

「そうだね……一位、だったら嬉しいね」

 みんなで頑張った成果が評価されるのは、やっぱり嬉しい。

 けど僕はやっぱり、奏介に乗って欲しかったという気持ちが勝ってしまい、無意識に顔を俯かせてしまう。

「おいおい、暗いぞ。本当に大丈夫……か……」

「……?」

 林くんが言いかけたため、僕は俯かせていた顔を上げる。

(えっ……)

 僕は驚いては、瞬きを何度もした。

 それは僕の目の前で、林くんがフランケンシュタインのラバーマスクを被った制服姿の人に、手を掴まれていたからだ。

「勝手に触るな」

(この声……)

 

 

 

「そ、奏介……!」

 被りものをしていたのでくぐもって聞こえたが、たしかに声は奏介だった。

 僕は受付の席から、勢いよく立ち上がった。

 すると、林くんを掴んでいた手を離した奏介は、僕を落ち着かせるように人差し指を口元に当て、静かにするようジェスチャーをしてきた。

 僕は慌てて口元を手で覆い隠すと、辺りを見渡した。

「なんだ。来てたのか」

「ああ。暇だったからな」

「よく言うわ。停学処分なんて何十年ぶりだって、おまえんとこの担任が泡吹いてたぞ」

 林くんも久々に奏介と会えたのが嬉しそうで、奏介の胸元を肘で小突いていた。

「ったく、心配かけさせやがって。しっかし、物部の落ち込み具合が半端じゃなかったんだからな。ボーっとして昼飯はこぼすわ、授業中は全く違う答え言い出すし」

「は、林くん!」

 たしかにこの一週間、僕のポンコツっぷりはクラスのみんなが心配していた。

 だが、奏介に知られるのが恥ずかしくて、僕は慌てふためいてしまう。

「そうだ、物部。俺と当番変わって。俺は今から受付。物部は呼び込みな。ほら、これ持って校内回るだけでいいから」

 そう言って、林くんはダンボールで作られた看板を僕へ押し付けるように渡すと、廊下にできた列の整備を始めた。

「はーい。一列になって、もっと詰めてくださーい。ほら、こんなこと物部にできないだろ。さっさと仕事してこい。戻ってきたら、優先的に乗せてやるから」

 林くんは僕を追い払うように、手であっちに行けと合図してきた。

(林くん……)

 優しい気遣いに僕は胸がいっぱいになり、受け取った看板を抱き締めるように抱えた。

「わかった! 行ってくる! ありがとう、林くん。よし、行こう。えっと……フランケンさん……?」

 奏介はフランケンシュタインのマスクを被ったまま頷くと、僕は奏介と一緒に並んで歩き始めた。




「まさか、来るなんて思ってもみなかった。その……停学中に、これはまずいんじゃないのか?」

 奏介に会えた喜びで忘れていたが、停学処分中に学園祭を回るのは問題ではないかと気付き、僕は心配になってしまう。

「まあ、俺もそう思ってたんだけど……。実は生活指導の近藤が連絡くれてさ。誰もいないうちに校内へ入って、これ被ればバレないだろうって。マスクまで貸してくれたんだぜ」

「近藤先生が?」

「ああ。なんか碧斗が後輩に言って回ったことが、近藤の耳に入ったらしくてさ。それで、高校最後の学園祭に参加しないのは可哀そうだって、どうやら思ってくれたみたいなんだ」

「う、嘘……」

(じゃあ、僕のしたことが少しは奏介の役に立ったってこと?)

 僕は嬉しくて顔がニヤケそうになる。

 すると、奏介は僕の頭に手を置くと、軽く撫でてくれた。

「だから、ここにいるのは碧斗のおかげ。サンキューな」

「でも、元はと言えば停学は、僕を乗せるためにバイクで来たからで……」

「それは俺が勝手にやったことだろ? だから碧斗は気にする必要ない。それにあの日、碧斗を海に連れていけたことのほうが、俺にとって大事だったからな」

「奏介……」

 僕のことを気遣ってかけてくれている言葉だと分かっていても、奏介の言葉で僕は少し肩の荷が下りた気がした。

「でもまあ、気にしてくれてるんなら……。あーあ、この格好だと視界が悪くて歩き辛いんだよなー。誰か傍にいて、サポートしてくれる人いないかなー」

 わざとらしくチラチラとこちらを見る動きと、フランケンシュタインのマスク姿がミスマッチで、僕はつい笑みが零れてしまう。

「そんなの……僕しかいないだろ」

「ああ。そうだな」

 奏介は鼻で笑うと僕の右手を握ろうとしたため、僕は右手を痛めていたことを思い出して慌てて避けた。

「ごめん、こっちの手はちょっと……」

 ケガをしていると言いかけるが、奏介は僕の手を握ろうとしていた手で自分の頭を掻いた。

「わりぃ……嫌だよな。やっぱ、回るのも……」

(ああ、まただ)

「……ぶぁか!」

 僕は勢いのまま大声で叫ぶと、廊下にいた人たちが一斉にこちらを振り返った。

「お、おい碧斗……」

「またそうやって勝手に解釈して! 僕がどんな気持ちでこの一週間……!」

「ま、待った! よ、よーし。すぐここに入ろう! なっ!」

「はーい! 二名様ごあんなーい」

 奏介は僕の背中を押すと、奏介のクラスでやっていたお化け屋敷の中に連れ込まれた。

 扉を閉められて目の前が真っ暗になると、僕は少し冷静さを取り戻したが、まだ怒りは収まらなかった。

「碧斗ー。頼むって。目立つなって、近藤に再三念押しされてんだからさー」

「ふんっ……」

 僕はへそを曲げた子どものように、奏介から顔を逸らすと、教室の入口の扉がまた開けられた。

「はーい、そこのお二人さん。さっさと進んでくれないと後ろが詰まっちゃうよー」

「……」

「……ふんっ」

 案内係の人に注意されて、僕は鼻息を荒くしたまま奏介の手を左手で握って引っ張った。

「仕方がない! 行くぞ、奏介」

「お、おう……」

 僕と奏介は、お化け屋敷の中をとりあえず前に向かって進んでいった。

 教室の中は昼間にも関わらず、暗幕のおかげで真っ暗になっていて、目が慣れてきても中々歩きにくかった。

 僕は奏介の手を握りしめていた手に、軽く力を込めた。

「右手、実はケガしてんだ。だから、奏介がさっき握ろうとしたから避けたんだ。逃げたわけじゃない」

「は? ケガ? ケガって何かあったのか?」

「……。奏介が僕の話を聞かずに屋上から出ていったからだよ。追いかけている途中で階段を踏み外して手を捻ったんだ」

「手? 足じゃなくてか?」

「そうだよ。何? なんか悪いか?」

 僕は苛立ちを声に露わにして足を止めた。

「いや。碧斗らしいなーって。でも、痛かったよな。ごめんな、俺のせいでケガさせて」

 握っていた手に、奏介からそっと力が込められたのを感じた。

「そうだよ、反省しろ。何が『俺との学園祭なんてどうでもよかったんだ』だよ! ふざけんな! そんなはずないだろ! 僕がどれだけ楽しみにしていたか……」

「楽しみにしてたのか……?」

「当たり前だろ!」

「そっか……」

「……!」

(ああ、もう……)

 奏介はまるで幸せを噛みしめるように呟いたため、僕は胸が潰されそうになる。

 悲しくないのに、涙が溢れそうになる感情。

(そっか、これは……)

 僕はやっと、この感情の意味を理解した。

(幸せだと、心が満たされるから涙が溢れるんだ……)

「楽しもな、学園祭」

「……ああ」

「碧斗が作ったジェットコースター、すげぇ気になってたんだ」

「あれは最高傑作だ。だって、奏介のために……」

「……。あのー……」

「……!」

 急に背後から声をかけられ、僕と奏介は驚いて同時に振り返った。

 そこには白いシーツを頭から被ったお化け役が、申し訳なさそうに立っていた。

「お化け屋敷なんで、もう少し驚いてくれませんか?」

「あっ……」

 そう言われて、僕は奏介と顔を見合わせて笑い合った。

 いや、奏介は被り物をしているから本当は表情は見えないのだけれども、僕にはそう見えた。

 僕と同じように、幸せそうに笑っていた。




「後夜祭、出なくていいのか? クラスのヤツらも待ってんじゃないのか?」

 日も落ちて暗くなった校庭では、学園祭を締めくくる後夜祭の伝統行事、花火大会が行われようとしていた。

 打ち上げ花火の他に手持ち花火も多数用意されている校庭では、全校生徒が始まるのを今かと待ちわびている。

 そのため、校舎に残っているのは僕と奏介くらいだろう。

 僕と奏介は明かりも点けずに、最上階にある空教室の窓際席で前後に座りながら、遮光カーテン越しに窓を見つめた。

「それをいうなら、奏介もだろ。明後日から復帰っていったって、みんな淋しがってるだろ」

「俺のことはいいんだよ。って、ここならコレ、脱いでもいいよな」

 奏介はずっと律儀に被っていた、フランケンシュタインのマスクを脱いだ。

「ふー……すげぇ解放感」

(あ、奏介だ……)

 なんでそんな当たり前なことを言っているのかと思いながら、僕は目の前にいる奏介の顔が新鮮に感じてしまう。

 金色の髪に、耳にはいくつものピアス。

 最初はヤンキーだと思って、勝手に素行も悪くて近づき難いって思っていたが、実際はそういうわけじゃない。

 僕のことを助けてくれて、僕の見ている世界を次々に変えてくれた。

 クラスメイトと話をするようになったのも、学園祭がこんなにも楽しいと思えたのも全て。

 僕にとって奏介はやっぱり、かけがえのないヒーローだ。

「なに……笑ってんだよ」

「ん? 奏介がいて幸せだなっと思って」

「なっ!」

 何気ない僕の言葉に、奏介は急に顔を赤らめさせた。

「はぁー……ほんと、碧斗には勝てねーわ」

 奏介はそう言って、僕の頭に手を置くと優しく撫で始めた。

「ごめんな、屋上でのこと。停学はまぁまぁショックで動揺してたみたいだ。俺のことを好きな碧斗が、学園祭一緒に回るの、楽しみじゃないはずないのになー」

「……!」

 揶揄うように僕の髪を搔き乱し始めた奏介の手を、僕はグッと掴んだ。

(俺のことを好きな碧斗がだって? そうだよ。わかってんなら……)

 僕は掴んだ手を離さず、奏介の目を真っ直ぐ見つめた。

「楽しみだった。なのに、僕のせいで停学になって……こんなこと言える立場じゃないのに、すごく……悲しかった」

 掴んでいた奏介の手を、僕は自分の口元に持っていった。

「奏介が好きだ……。だから、学園祭一緒に回れて本当に嬉しかった」

 奏介の指先に、奏介が僕にキスをしてくるときのように、そっと唇を添えた。

「えっ……あっ……ええっ!」

 奏介は声を裏返しながら、慌てて僕から手を引っ込めると、その場で立ち上がった。

「なっ! なんだよ! 僕が奏介を好きなことが、そんなにおかしいのか?」

「いや、そういうわけじゃ! って、なんでこういうとき、急に男前になるんだよ! 俺がカッコ悪いじゃねーか」

 顔を両手で覆い隠した奏介は、天を仰いだ。

「だー、もうっ!」

 すると、奏介は僕に近づいてくると、椅子に座ったままの僕を抱き締めた。

「好きだ! 俺も碧斗のことが大好きだ!」

「奏介……」

「碧斗がバイクに乗った俺を必死に追いかけてくれて、俺の顔を見たときの安心した顔で一目惚れした。後ろに乗せている間も、ずっとドキドキしてた!」

「それって、今みたいにか……?」

 抱え込むように抱き締められているため、僕に奏介の心音がはっきりと伝わってくる。

 僕と同じように、まるで走った後のように心臓の鼓動は跳ね上がっていた。

「お、お前……」

「僕も一緒だ」

 奏介の手をとって、僕は奏介の手を自分の心音を聞かせるように胸に手を当てさせた。

「僕も奏介のことを思うと、こうなるんだ。正直、初めてで分からないことだらけだが……」

 僕はスッと立ち上がると、奏介を真っ直ぐ見つめた。

 そして、奏介に自分から唇を重ねた。

「……!」

 奏介は驚いたように肩を弾ませたため、僕は少しだけ離してもう一度唇を重ねた。

 今度はちゃんと目を閉じて。

 そのとき、窓の外から打ち上げ花火の上がる音が響き、薄暗かった教室を一瞬だけ色鮮やかに明るく照らした。

 また少し唇を離して、僕と奏介は見つめ合った。

 そして、互いに笑い合った。

(ああ、なんて……)

 幸せなんだろうと、心から思った瞬間だった。


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