四話 閑話新題【黒鉄兄妹】その三
「とまぁ、そういうわけで兄貴は設定集という名の"観測者"に成り果てたということだな!」
その声でせっかく作った"回想"はヒビ割れて、元の雑多な部屋へと引き戻された。
「人の回想に無理やり割り込んでくるのはどうかと思うぞ?"助言者"の妹様」
少し芝居めかして俺と同様に変化した最愛の妹へと目を向ける。
そう、あの瞬間から俺は、いや、俺たちはこの世界を観測する機構の一つに組み込まれていたのだ。役目は唯一つ、俺はこの神々が捨てたこの世界群を観測し、妹は世界にヒントを与える。
そういう役回りであった。
――補足をするとあの後アーヴァロン嬢の屋敷の門は潜らずに、情報が延々と流れ込む状態で鉄筋縮れる我が家へと帰ったのである。
そして回想し、妹に邪魔をされた。これが事の顛末である。
「まぁいい、それよりもだ。与えられた仕事をしないといけない、そうだろ?舞」
多少、厄介なことだが俺たちには関係ない。俺たちのような異形が胸張って歩ける世界なんて、俺たちを見捨てた神に感謝感謝だ。
真面目な顔を作って妹の顔を見る。それはスイッチだ、小娘を魔女へと切り替えるためのスイッチ。
見た目、中高生といった少女、俺の妹は無造作に転がった大きなテディベアを座らせて、抱かれるように腰掛ける。
「…そうね、お巫山戯はこのくらいにしましょう。」
舞は一瞬目を閉じる、ゆっくりと開くその瞳に先程までの天真爛漫さはなく、微かに幼さを残す、しかし怪しい光を宿した不気味なまでの雰囲気を纏っていた。
「初めはこの世界についてのおさらいだ。」
そう言うと俺は語り始める。
この世界は、神が不要になった箱を中身ごと捨てる広大なゴミ箱だ。
PCのゴミ箱を想像すると早いだろう、ファイルをフォルダーごと捨てるようなものだ、だがPCのゴミ箱とは決定的に違う点がある、それは削除が出来ないという事だ。
仮の不要な世界を空白の世界に捨てても世界と住人は尚も生き続ける、神に捨てられたという事実だけ残して広大な空白の世界の中で自分の生まれた世界に縛られて生き続けるのであった。
そして俺達の例だ、俺たち兄妹は世界ごと捨てられたのではない。
俺たちの家をピンポイントかつ丁寧に一室だけを切り取って捨てられたのだ、つまり俺たちは余程不要な存在だったという事だ。
「…ここまではいいか?」
一呼吸おき、いつの間にか足を組んでいる妹へ伺う。
「ええ、大丈夫よ。でも二つ訂正」
そう言うと妹は雑多に転がったウサギのぬいぐるみに手をかざす、するとウサギのぬいぐるみは慌てたように跳ね起きて、空の箱の中へと飛び込んだ。
「一つ目は、世界と世界の移動はできるわ。こんな風に」
ウサギのぬいぐるみは箱の中に完全に入ると箱の中から姿を消す、その瞬間に別の箱から両手を上げて先程のウサギのぬいぐるみは姿を現した。
「特殊な方法に限り世界間移動は可能なの、だから厳密には住人は縛られていないのよ。」
そして、虚ろを含んだ瞳で数体の雑多に転がったぬいぐるみを見渡す妹、それに促されるようにぬいぐるみ達はむくりと起き上がり万歳をするぬいぐるみの居る箱へと入って行く。
「そして二つ目、個人を空白の世界に放つ理由」
そういうと妹は背もたれにしている大きなテディベアをすし詰め状態の箱へと投げつける。
大きなテディベアは弧を描き、すし詰め状態の箱へと落ちてゆく、ぼふっという衝撃音と共に箱の中身は散乱する。
「どうしようもない危機的な時に、個人を世界から逃した可能性もあるのではないかしら?」
妹はそう言うと始めにウサギのぬいぐるみが入っていった箱を持つとそのまま箱を逆さにする、中からは先程のウサギのぬいぐるみがぼとっと床に落ちていた。
「慰めてくれているのか?」
「そうよ、でも嘘はいってないわ。」
俺は「そうか」と一言いうと仕切り直しとばかりに咳払いをして、目前に迫る危機の話を始める。
――――危機、それは回収者の襲来である。
空白の世界、異能や異形が当たり前のように存在する小世界群、俺たちを含め世界ごと此処に来た者たち、これらは移民と呼ばれている。
移民というからには居るのだ、空白の世界の原生生物、空白の世界由来の小世界とその住人が存在しているのである。
その住人たちは漏れなく何かの異能を持っている、恐るべき技能と呼ばれる力――
此処で説明だ、この世界の異能は四種の異能と一種の例外が存在する。
まずは空白の世界に元より住んでいた住人が使う技能だ、技能は魔力、電力、浮力などありとあらゆる力を最適化させて現実に作用する技術だ。
技術というからには理解と動力さえあれば誰にでも使える能力と言える、しかし本当に誰もが使えるとしたらどうだろう。
そんな世界に喧嘩は売れない、無謀である。しかし攻め込まれたとしたら、攻め込む以前の問題である。
気を取り直して次だ、移民者、つまり俺たちだ。取り分け俺たちの境遇に近い者たちが持つ異能、才能だ。
才能は個体由来の異能であり異能者の在り方に拠って性質を変える異能であり、存在の力、つまり魂を使って扱う異能である。回復はするものの使いすぎれば異能者の魂に傷が入ってしまう連発できない異能である。
三つ目だ、純粋な努力と研鑽による最高位の努力の結晶、能力だ。
魂も傷つかず、動力の必要のない理想の異能と言っても過言ではないだろう、その代りに異常なまでの研鑽と努力があったとしても容易に手に入る異能ではないのだ。
そして異能の最後、神から与えられた天賦と呼ばれる異能。
神から与えられるという性質上、基本的に移民者たちしか持たない異能である、効果は漏れなく絶大であり時間遡行や概念破壊といった最早、人智の及ばないレベルの異能である。しかし贈り物という形式上、望まない能力である場合が多々有りもする。
さて、例外で本題、超常の異能たちをしてもなお異常、数多の異能を鼻で笑う異形。
妄執、妄想、希望、願望、理想、幻想から生まれた叡智を超えた集大成、禁忌である。
禁忌は動力も魂も努力も必要なく望んだ力を手に入れる異能だ。
しかしその異常性からか禁忌は存在そのものが具現化し、誰にも宿らない、モノとなった禁忌が具現化した存在を禁止道具という。
説明は以上だ、そして回収者の話へと戻る。
回収者は概念存在だ、見ること触ることは出来ても滅ぼすことが出来ない、そして何より千を超える禁止道具を従えて禁止道具を探し彷徨う亡霊のような存在だ。
回収者には特定の姿がない、つまり俺が見れば鬼になるだろう、妹が見れば人間に限りなく近い異形になるだろう、つまり同族、それも容姿がそれなりで中性的な同族を疑えばもしかすると回収者かもしれないという事だ。
そして俺たちが回収者を恐れている理由、それは奴の探している相手の存在を設定集としての俺は知っているからである、回収者は唯一の怨敵を探している、禁止道具を探すのと同じくらいの優先度で、千の禁忌を従えて、空白の世界の全てに行き来することの出来るその足で、ただ一人を、殺そうとしている。
回収者は手段を選ばない、回収者は禁止道具で繁栄した国、禁止道具で名を残した英雄から無慈悲に禁止道具を回収する。
故に俺が、俺達が怨敵の存在を知っているとしたら、その時は――――
「――俺たちは死なないまでも、悲惨なことになるだろうな」
そう呟いてから妹へ目をやる、妹はいつの間にかスイッチが切れて、先程投げていた大きなテディベアを抱きしめて気持ちよさそうに眠っているのだった。
ひとまず黒鉄兄妹の話は終わりです




