三話 閑話新題【黒鉄兄妹】その二
おまたせしました
「なっ!私の言ったとーりだろ!」
見渡す限りの草原と所々で主張する木々の中、愚妹はドックランに放った犬のように跳ね回る。
「・・・お前が何かしたのか?」
明治以前より歳をとらない妹は、いつの日からか不老の魔女と呼ばれ、恐れられて身を隠すような日々を送ってきた。
その上、妹の使う不思議な力は魔法と言っても差し支えなく、妹は名実ともに魔女である。
それに規模はこれ程ではないが小さな庭を草むらから砂場に変えるくらいはやってのけるのだ。
故にこれをやっても不思議ではないと睨んでいるのだが・・・
「普通の人間に何ができるというのだ!それが出来たらイリュージョニストだぞ?」
――何を言ってるんだと首を傾げる愚妹は年齢はもちろん精神も成長しないのではないかと思えるほどに馬鹿であった。
「・・・せめて魔法使いくらいにはこねて欲しかった」
とはいえ俺は呆れ半分そう言い愚妹を眺めるが馬鹿が自覚なしに魔法のようなモノを使っている可能性も否定出来ないのも事実だ。
だがそれを否定する要素に気付く。
落ち着いて周りを見渡してみれば家の真隣に西洋風の屋敷が佇んでいた、勿論もともとのゴーストタウンはマンション街であり、こんな物があるはずが無いだ。
それに我が家はマンションから無理やり一室を引っこ抜いたように四角く切り取られ、雑な鉄骨やら支柱やらが飛び出ている。
「魔法使いなんているわけないだろ!兄貴は馬鹿だな・・・タネも仕掛けもあるんだぞ!」
「・・・じゃあお前の使ってるそれはなんなんだ」
せっかく人が考察しているのに気楽に無い胸を張って自信満々に言い放つ、思わず思考を止めてツッコミを入れてしまった。
「これか?これはな!火の根源素を指の先に集めて酸素を可燃させているんだ!」
愚妹はそう言うと丘ひとつない平原をこれ以上無く反りあげ、大変腹の立つドヤ顔でブリッジ気味に無理なシャフ度を決めて手のひらに炎を浮かべている。
「・・・それを魔法だというんだ」
呆れてものも言えないが、振り絞るように言うと妹がキョトンとした顔でこちらを見ている。
・・・こちらを見ているというよりは俺の後ろを見ている、というのが正しいか。
「楽しそうな話をしてるのだな」
鈴を転がすような声につられて振り返る――
視線の先には炎のように赤く長い髪が一陣の風のように靡いた。
アングレサイトを思わせる金色の瞳に引き寄せられそうになり、咄嗟に視線を逸らすと黒を基調とした赤と金のドレスが揺れていた。
年齢は分からないが少なくとも幼くは無く妹より少し身長の高い少女だ。
いい歳をして見惚れていた、などという事を巧みに隠しつつ、先程の屋敷を思い出しながら、そういうことかと納得し声の主に話しかける。
「隣人か、引越しの挨拶が遅れたのは申し訳ないが少し後にしてほしい」
少し申し訳なさそうな表情を作り黒いドレスの隣人に願う、隣人は妹を一瞥してから眉をひそめたと思うとカラカラと笑い俺に向き直る。
「いやなに、気になって来ただけだ。挨拶に来る時は菓子折のひとつでも寄越してくれ。」
隣人の隣に突如として漆黒の騎士が現れる。
騎士はドレスの隣人の前に頭を垂れて西洋風に跪く、ドレスの隣人は顔を上げろと命じて騎士は立ち上がると同時に隣人の手を取り、掻き消えるようにこの場所を後にするのだった。
「今のは何だったんだ?兄貴」
目の前から隣人が消えて暫くの静寂の後に妹の素っ頓狂な声が耳に響く。
「俺に言われても分からん、引越しの挨拶を催促しに来たのかもな」
それと追加で未だに全裸の妹を訝しげに見ていた、と心の中で言っておく。
というより、妹が全裸で平原を走っている状態を犬のようと例えるのには我ながら慣れたと諦観せざるをえなかった。
「なるほどな!ならば挨拶が先決だな!突然の引越しだ、土地勘もないしな!」
馬鹿はそんな気分の俺を放っておいて、ありのままの姿で無駄に常識的な事を言うのである。
「・・・そうだな、それもいいかもしれない。」
・・・とりあえず服を着せよう話はそれからだ。
そう心に誓いつつ何故か冷房のかかった自宅へと帰宅するのであった。
○○
「景色に合わない外観だな」
家にあったそれなりに高い煎餅を片手に妹と門前に立って改めて隣の屋敷を見た感想がそれであった。
我が家も言い訳がつかないくらい不自然ではあるが、その隣の西洋風豪邸の前では霞んでしまうのではないか、いやどちらも似たような物か?
方やコンクリートと鉄筋、対して庭付き、門付きの洋館であり、門前には一対のドラゴンを象った石像が佇んでいる。
単体なら我が家の方が異質であるが両方合わせればその異質は洋館が勝ると俺は思っている。
――さて、どう入ろうか
そんなことを考えていると石像がこちらを向きゆっくりと台座を降りて近付いてくる。
石のように見える肌とは対照的にしなやかに動く四肢は人工的なものではなく〝そういう生き物〟だとありありと見せつけていた。
相手の手だけが届くような距離で石像は止まり声を発する。
「これより先はアーヴァロン邸である、踵を返すことを強く推奨する!それができぬ場合、実力を以て我を突破せよ!」
石像はどこからが取り出した石材のハルバードを足元に突き刺してこちらを見据える。
・・・それにしても〝排除する〟ではなく〝突破せよ〟か。
「また、えらく突然で好戦的な門番だな」
バンダナを締め直して語りかける。
(さて、どうしたものか)そもそも荒事を想定していなかった、お隣に挨拶しに来たら戦闘開始とか誰が予想するだろう。
「・・・」
石像はまるで"石像"ように佇みこちらを睨んでいた。
――突然、俺の隣を黒い影がするりと抜けて石像に何かが近づいた。
「兄貴!なんだこれ!石像が動いてるぞ!」
影の正体は無論、愚妹である。
四方八方から石像を見つめてきゃっきゃと猿のように跳ね回っている。
それを意に返さず、石像は無造作にハルバードを振りかぶると舞に振り下ろす。石の刃が無慈悲にも舞の首を飛ばしたと思われた刹那――
〇〇
「ッ!」
石材のハルバードはボロボロと砕け散った。
石像は驚いたように飛び退き、何が起こったのかと確認する。
先程鬱陶しく我の周りを跳ね回った少女の前には石材のハルバードを握り潰す、自身の主であるアーヴァロンと同じ金の瞳を持つ灰色の甚平姿の大男が立っていた。
(あの距離なら一瞬で動く事も可能だ・・・だが)
石のハルバードはただの石ころでは無い、魔力で加工された強化石材である。
それを握り潰せる人間がいるわけが無い、しかし事実として破壊されたのは変わらないのだ。
そこまで考えてもう一度男を見る、そして先程までの男との差異に気が付いた。
男の赤いバンダナを貫くように金色の角が二本伸びていたのだ――
〇〇
「女子供に手を出すのは感心しねぇな・・・」
妹が襲われた事でバンダナを外す前に角を出してしまい、妹から貰ったバンダナに穴が空いてしまった。
妹に手を出し、あまつさえ妹から貰ったバンダナを破いた石像への怒りを抑えて石像に向けて言い、受け止めた武器だったモノを砂利ほどになるまで握り砕いてボロボロと足元へ落としていく。
次はこちらの番だというような態度で甚平の裾から何の装飾もない無骨な鉄製リングを取り出して力を込める、それは熱した鉄のように溶け始め、体積を増やしていく。瞬く間に凶悪な金棒へと姿を変えて石像に向けて振り下ろした。
石像は抵抗らしい抵抗を見せず、石像はまるで陶器の様に甲高い音を立てながら崩れていく、あとに残るのは石の残骸とズドンと大地を揺らすような金棒の衝撃だった。
「・・・俺の妹はこんな序盤で死ぬようなキャラじゃないんだ、仮に死ぬとしても終盤で劇的に散っていくんだよ」
粉々になった石像を一瞥してから、そう言う。同時に突如、膨大な量の情報が体を駆け巡る。
空白の世界、移民者、住人、成り立ち、現状、役割、石像の存在、自分の存在、禁止道具、【放棄宣言】、固有武器、異能、そして回収者。
それはもちろん眼前に建つアーヴァロン邸の主についても例外ではなかった。
「・・・なん・・・だ・・・これ」
急展開にも程がある、もっと伏線とかあるだろうと考えて――
急展開?伏線?俺は何を考えているんだ?設定が無数に脳内へと流れ込み、その情報の数々は意思を持ったかのように告げる、謳う、寿ぐ。
――あなたは観測者になったのだと――
そして俺は突然溢れた情報量にしばらく呆然とするのだった。




