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杞憂

 ルッツはレーニを再び眠らせる。恐らくは魔術回路を用いた機構。魔力を微かに感じたかと思うとレーニはすーっと瞼を下ろしたのだ。おやすみ、という言葉もない。


 まるで昏倒したかのようなレーニを下ろし、小さな人形用の椅子に腰掛けさせた。寝返りを打って椅子から転げ落ちるという事もないだろう。僕はこの身体になってからも寝返りは打つ。やはり体重が掛かって負担を感じると、どうにも体勢を変えたくなる。


「戻るか。エミなら下手な事は言わないと思うが……儂が代わりに話してもいいぞ?」

「いえ、僕が説明した方が『それらしい』とは思いませんか」

「それならそれでいい」


 ルッツと僕が客間の前まで来ると、リタが扉の傍に立っていた。待っていてくれたらしい。


「失礼した、エンゲルス氏。何分、子の将来の話となると落ち着いてはいられませんでな」

「昨日の今日でこんな提案です。仕方のない事でしょう。――結論は出ましたか?」


 グスタフ氏が乗り出すように、こちらに尋ねてくる。勢いのグスタフ、引きのアンネローゼ。父親の姿勢を受け継がなかったのか、それとも反面教師に育ったのか。アンネは積極的には来ないものの僕の方をちらちらと窺ってくる。


 二人とも僕らが受けるのか受けないのか、それが聞きたいのだ。しかし、結論を切り出す前に話しておかなければならないだろう。手の平を返されないとも限らない。


「結論をお話しする前に、僕についてひとつ知っておいてもらいたい事があるんです」

「なんでしょう?」

「グスタフ氏とアンネには僕が何に見えますか」


 僕の問いかけに二人は互いを見合わす。アンネなんか首を捻っている。


「女の子、だよね」

「でしょう? ……まさか、男性でいらっしゃいましたか?」

「いえ、男ではないです」

「ふう、安心しました。それで、問い掛けの意味は何でしょう」

「僕が男でも女でもない、と言ったら驚かれますか」

「……えっ、と」


 言ってる意味が分からないのか、息を詰まらせ僕への返答が無い。僕が同様の質問をされたら、たぶん全く変わらない反応を示すと思う。少なくとも一般的な認識では性別は男か女か、雄か雌かだ。


「エミちゃん、女の子じゃないの……? 可愛いのに」

「ええ、違います」

「でも男の子でもないって、どういうこと?」

「それはつまり、僕が人間じゃないって事ですよ。自動人形(オートマタ)と言ったら分かりますか?」

「知識として頭にありますし、実際に見たこともありますが……」


 グスタフ氏のくまが浮き出て疲労感が露わな目が僕の身体を検分するかのように動く。ドレスから露出した手、襟元、そして顔。指先にはちゃんと爪もあるし、関節には皺がある。肌をよく見れば浅い溝、肌理が細かいのもわかるだろう。人間との違いは顔の造形が一番分かりやすい。実際、グスタフ氏の視線は僕の顔のあたりで彷徨った。何か違和感を覚えるのだろう。


「目を見てください」

「そのオッドアイですか? 確かに珍しいですが……」

「あっ」


 グスタフ氏はいまいちピンと来ないようだが、アンネは気付いたようで声をあげる。


「分かった?」

「目が、目が綺麗っていうか、その、透明?」


 そうなのだ。僕ことエミはあらゆる身体の部位が人間のように作られているのだけれど、この目玉だけは硝子玉のように透き通っているのだ。窪んでいて暗いから普段は分からないだろうけど、よく見れば一目瞭然な特徴だった。


 アンネの声を受けてグスタフ氏が僕と視線を交わす。町長を務める中年の目はまるで死んだ魚のものだ。こんな目をしていると言うのに、話をしてる間は口はよく動くし手が感情を表すかのように動く。不思議なものだ。


「義眼、という訳ではないんですね?」

「もちろん。まだ疑うと言うのであれば、息を止め、目を見開いたままで暫くいてもいいですよ」


 僕はかっと目を見開き息も止める。さぞ間抜けな顔をしている事だろう。


「ははは、私達は隠し芸を見に来たわけではありませんよ。それで、私達が知っておくべき事は他にありますか?」

「いえ、ありませんが」

「そうですか、分かりました。それで、お話は受けていただけるんですか?」

「えっ? いや、あの、僕は自動人形なんですよ」


 グスタフ氏のスタンスは変わらない。僕が彼の提案を受けるか否か。ただそれだけのようだった。


「今、エミさんが仰られた事は理解しました。大丈夫ですよ、問題になるような要素ではないです。自動人形だった所で、私達は変わりません」

「エミちゃんがお人形さんでも、あたしはおかしいって思わないよ。だって会った時からお人形さんみたいだな、綺麗だなって思ってたし……ね?」


 考えていなかった反応で思わずルッツを見てしまう。髭と飴色のグラスで読み辛い老人は、顔にはっきりと分かる困惑の色を浮かべていた。僕が自動人形であることをあっさりと受け入れられてしまい、逆にこちら側に人を受け入れる余裕がなかったのが分かった。


 世の中は僕らが思っているよりも寛容で適当なのかもしれない。


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