「私が起こされる必要はあったのですか」
「護衛という名目で雇い入れますから給金も悪いようにはしません。如何でしょう、エミさん」
――それってつまり友達料ってわけですよね。金の切れ目が縁の切れ目になりそうで、アンネと友情を深めていくのに抵抗が出来る。僕がお金を求めたのも、グスタフ氏が引き下がらなかったのとリタの提案があったからで、別に金銭のやり取りがしたかった訳じゃない。
「待ってくれ、エミは儂らにとって大事な子だ。身の危険があるところには預けられない」
「ですから、護衛は名目に過ぎないのです。実際には我々にとっても信頼の置ける人間を傍に控えさせます。それに、我が家で預かるというのは過ぎた申し出でございましょう。そこは分を弁えております。週の半分も来ていただければ、私からすれば御の字でございまして」
グスタフ氏は口がよく回る。僕らが僅かに一言挟んだら、その数倍の言葉でこちらを弄する。口が達者なのも過ぎればあまり宜しい事ではないのかもしれない。まるで丸め込めようとされているようで不愉快だ。
「結局はエミの判断に私達も委ねるしかないんだけどさ……やっぱり私としては賛成は出来ないなぁ」
「エミちゃんが受けてくれるとあたしは嬉しいけど、でもエミちゃんがあたしと一緒に居るのが嫌って言うなら断ってもいいから……」
グスタフ氏が僕らをごりごりと押す一方で、当のアンネは主張はしつつも僕を慮る一歩引いた姿勢だ。アンネがこれを天然でやっているなら将来は相当に面倒な女になるぞ。彼女の恋人になる男はきっと大変だ。
ルッツやリタの反対を聞いて、委縮して身を固くしてるアンネはまるで怯える小動物のようだ。僕としてはアンネをいじめたい訳でもないのだけれど、曖昧に「あはは……」と笑ってお茶を濁すぐらいしかできない。
「エンゲルスさん、家族だけでちょっとお話をさせていただきたい。お時間をそう取らせは致しませんので席を外させていただいても宜しいかな?」
縮こまった少女の様子など意に介さずにルッツは切り出す。恐らく僕、エミについての事だろう。
「ええ、どうぞ」
「ありがたい。エミ、リタ。ちょっとおいで」
客間から出てアトリエへと場所を移すと、ルッツはレーニを抱き上げる。ルッツの腕の中でレーニはぎこちない動きで瞼を持ち上げると、周囲の様子を見渡してから「おはようございます」と言った。
「さて、まずは本人がどうする気なのか聞いておきたい」
「そう、ですね。まだ僕の事がバレると色々と不味いんですよね?」
「……遅きに失している、とも言えるがな」
「じっちゃん、ほんとにごめん」
ルッツが溜息を吐く。行き遅れてると言うのにお転婆な孫を持つと大変だ。いや、お転婆だから行き遅れてるのか。
「もうエミに関しては隠しようがない。隠したとしても不自然だ」
「隠されてたように思えないんですけどね」
「これ以上、抉ってやるな。それで、どうだ? 受けられるなら受けるつもりはあるのか?」
「週の半分とも言ってますし、実際にはアンネの遊び相手だからそれでお金が入ってくるならいいんじゃないかなぁ、って」
「あんな大きな子供の遊び相手というのもおかしな話だな」
ルッツが呵々と笑う。
「金銭の心配なら要らぬ心配だぞ?」
「うんうん、じっちゃんはかなり稼いでるよ」
「何処かの誰かさんが楽をさせてくれないせいだがな」
「……でも、受けたいな」
「そうか。エミがそういう考えならもう儂は何も言う事はない」
ルッツがレーニに視線を落とす。知識だけは豊富な自我とも言えない知能がそこにはいる。人間に似せた自動人形をルッツが作り、僕がその魁という設定になる予定だったのだ。しかし人間に似せる為の学習はまだ始まったばかりで、僕らの目指す作り話にはまだ遠い。
「お前が自動人形であると話す事を許そう。どうせ、町の中には勘付いてる連中もいる事だ。ただ、魂寄せについては触れない、これが条件だ」
「ちょっと、じっちゃん。本当にバラしちゃうの?」
「ルッツ、いいんですか?」
「ああ、魂寄せにさえ触れなければ」
「じゃあ話を受けますね。ありがとうございます」
リタがむすっとする。リタの態度は分からなくもない。だけれどヴァルター・トレイガーと名乗ったリタの知り合いである官憲の隊長は僕の事をルッツの作り上げた自動人形と一発で見抜いていた。町の中で認識の齟齬が出て、噂になるのも遠くはないだろうと思う。
ならばここで町長を相手に先手を打っておくのも悪くはないはずだ。
「リタ、僕の事を自動人形だと言ってきた人もいたでしょう? 僕は確かに自分の事を人間であると思っているけど、身体は自動人形なんですから。隠して勘繰られるよりも、自分から情報を与えて操作した方がいいんです」
「それぐらい、分かってる」
リタがアトリエから出て行こうとする。しかし戸に手を掛けてから僕とルッツ、そしてレーニを見て大きく息を吐き出した。
「私はさ、エミちゃんが一人の人格として扱われないのが怖いんだ」
まるで吐き捨てるようにリタは出て行った。エンゲルス家との話し合いが終わったらリタを納得させないといけない。そんな気がした。




