人間じゃないし亜人種でもない
「あなた方に自動人形である僕を受け入れる心があるのは分かりました」
「おお、それでは――」
グスタフ氏の顔が綻ぶ。この人は結論を急ぎ過ぎる。
「まだ、僕の話は終わっていません。エンゲルス家は召し抱えている人の数も多いでしょう? その中には僕に反感を抱く人もいるはずです。衝突が起きないとも限らないでしょう」
「なるほど。それは確かに」
「その時、僕の側に立ってくれますか?」
グスタフ氏が唸る。この場で明かされた事柄に対してすぐに検討が出来るはずもなく、僕への勧誘は一旦持ち帰らねばならない。今、此処で話が決まってしまっては後々になって問題が噴出するだろう。
「それは場合による、としか言いようがないですね。うちで亜人種を下僕として扱っていますが、貴方は亜人種でも人族でもない」
亜人種。以前、ダークエルフがいるとルッツだかリタだかが口にしていたな。神の恩恵から外れた種族だとか。グスタフ氏の口振りからすると、「亜人種」というのはある種族を指しているようではないようだ。
「我々、人族の中には人族が特別だと考える者も少なくありません。エミさんが自動人形であるのを理由に亜人種として下僕のように扱われる、という事が考えられます」
「ええ、まさにそれを危惧しているんです」
「その時は私がエミさんを守りましょう。それ以前に、不幸な誤解が起きないように事前に出来る限りの配慮も致しましょう」
「是非ともお願いします」
「ですが、エミさんに明らかな非があった場合には、私はあなたに責任を取ってもらわねばなりません」
「それは構いませんよ。私に非があれば、ですが」
僕としてはそもそもエンゲルス家の邸宅で他の誰かと喧嘩するつもりもない。もしも止むを得ず、という事になったら僕を追い詰めた奴が悪かろう。いや、これは希望的観測なのかな。
ここで自分の思考の殻に閉じこもっていても仕方がない。
「まあ何かあったらさっさと解雇してもらっていいです。何かあったら辞めるつもりですし、更に言えばお金には困ってはいないので」
「その様な事にならないよう、お互いに努力すると致しましょう」
グスタフ氏が右手を差し伸べてくる。握手で締めよう、というつもりらしい。
「その手を握るのはまた今度にしましょう。まだ決めたわけじゃないので」
「ははは、手厳しい。持って帰って家の者と話し合ったら、リオネルを使いに寄越しましょう」
「そういえば今日はリオネルさん来ていないんですね」
後ろに控えているのは僕の知らない人だ。如何にも装飾が凝った防具が如何にも護衛って感じで、リオネルのような武骨な印象はない。
「あれは腕が立つのは間違いないのですが、あまり守るといった事に向いていません。ですので、今日は置いてきました」
確かに攻める方が守る方に比べて得意そうだった。大事な部分を守りながら動きやすさを考慮した防具は、自分の身を盾にする事は考えていないだろう。
「そろそろお暇させて頂くとしましょう。帰ったらまた事務仕事です」
「それは……お疲れ様です」
「エミちゃん、またね」
「うん。またね、アンネ」
護衛を連れ立って帰るエンゲルス家がコホレアへと帰っていくのを見送る。僕が昼寝から起きた時には夕焼けだった空が、紺色の絵具を塗り広げたように暗くなっていた。アンネが何度も振り返るのがおかしくて、つい笑みがこぼれる。【光球】を灯した一行が見えなくなるまで、アンネは結局十五回もこちらを窺っていた。
僕は一緒に見送っていた二人に振り返る。
「なんか、すみません」
「ん? 何がだ」
ルッツがぶっきらぼうに返してくる。もう暗いというのに、飴色のグラスをしているものだから目が全く見えない。ルッツからは見えているのだろうか。
「いえ、これから多分迷惑をいっぱい掛ける事になると思って」
「そんな事か。別に、構わんよ」
「そーそー、私たちは迷惑を掛けてくれない方が多分心配するよ」
そう言ってリタは僕にしな垂れかかってくる。声は慈しみに富んでいて、とても優しく響いたように感じられた。ルッツの方もそんな僕らを見て、仕方がない、と言った様子で普段は真一文字に結んでいる唇を緩めた。
この世界に来て一か月。僕が寂しさを感じないで済んでいるのは、このスキンシップが大好きなお姉さんと、厳格でありながらも優しいお爺さんのおかげなのかもしれない。もしもエンゲルス家に僕が雇われれば、今の僕よりも大きな妹分が出来る。不安はやはり少なからずあるのだけれど、アンネは嫌いじゃないしやはり楽しみだ。
「日が落ちて寒いし中に入れ。老骨には厳しいものがある」
「エミちゃん、私をおんぶしてー」
「えっ、お、重い!」
「ええい、そんな事を言うエミちゃんはこうだ――」
女性に対して言ってはいけないワードのひとつを口にした僕が、この後でリタにどのような仕打ちを受けたかは言うまでもないだろう。
この後、滅茶苦茶にされた。




