着せ替え人形
「きゃー! エミちゃん可愛い! すごい!」
店頭に戻ると、リタは普段は出さないようなやたらと興奮して甲高い声で叫んだ。リタはまだ着替えている途中のようでまだジャケットを着ていなかったのだけれど、手に持っていたジャケットを気を遣いつつも放り出した。
「あー、おばちゃんこれ最高。たまんない」
「やめ、引っ付かないで、ああっ」
両手を自由にしたリタは僕の抵抗を意に介した様子もなく抱き着いてくる。手でリタの身体を押してもまるで万力で固定されたかのように僕の身体は動かない。それでいて苦しいという訳でもないのが不思議なところだ。
僕が諦めて抵抗をやめると、頬擦りしてきたり服の縫い目を指先でなぞってきたりとパワハラからセクハラに切り替えてくる。諦めたとは言え鬱陶しいのに変わりはないので、とりあえず頭突きをかましておく。
「ちょっと自重しませんか? 度が過ぎますよ」
「お姉さん、妹さんも嫌がってますしこの辺りでやめておくのが淑女というものです」
「――すごい満たされた感じがある」
額どころか顔全体を赤くしながら恍惚とした表情で僕からリタが離れていく。リタの抱擁でしわになった部分をおばちゃんが手直しをしてくれるが、その顔には苦笑が滲んでいる。
「世話を掛けてすみません」
「ふふっ、あなたのお姉さんは余程あなたが可愛いと見えるわ。苦労が絶えなさそうね」
「普段は面倒見がいい人なんですけどね」
ただ、エミの容姿が関わると豹変するのだ。今の状態でウィッグなんて着けたら、きっとそのまま用事があるまで離してはもらえないのではないだろうか。それぐらいの勢い、迫力がリタにはある。
「はい、直った! じゃあお姉さんの方もあたしが見ましょう」
「あっ、それじゃあお願いします」
やはり本職と言ったところか、とても手際がいい。リタが自分で着てちょっと変な感じになってしまっていた所を直してからジャケットを羽織らせ、そのまま全体を直していく。素人目には何が変わったのかは分からないけど、なんとなく違って見える。
「お二人ともとてもお似合いですよ。そこの鏡で並んでみてください」
リタも着付けてもらったので、二人で鏡の前に立つ。二人が並んで映ることのできる大きな鏡だ。もちろん、くすんでいるなんて事はなく曇りのひとつもない。
「ああ、いいですね……」
「並ぶと僕たちの印象も違いますね。面白いです」
リタの服は腰の辺りをきゅっと絞ったデザインと合わせて、ジャケットの黒とブラウスの白のコントラストが効いている。リタ自身の赤髪が映えてとてもいい。身体の線だけを見ればとても成熟した雰囲気があるのだけれど、リタ自身の稚気が溢れる表情がギャップを感じさせた。これは次の瞬間に抱き着かれてもおかしくない。
「リタもちゃんと服を着ればいいのに」
「まるで裸で生活してるみたいな言い方をしないでくれるかな?」
リタがけらけらと笑って、僕の後ろにずれて肩に手を置いてきた。僕の方はと言えば、フリルなどで全体の輪郭がぼんやりとしていてふんわりとした印象だった。袖なんかはパフスリーブにベルスリーブと腕の輪郭を掴ませないし、リタの服と同様に腰を絞ってあってもジャケットがそれを隠してちらりとしか見えない。
整った白皙の顔が少女でありながら完成している人形のものであるとは残酷なものだ。生身の人間ではこうはいくまい。
「我ながらいい仕事が出来たと思います」
「いやぁ、おばちゃんはすごいね。反物屋じゃなくて仕立て屋をやった方がいいよ」
「こういうのは『ティン』って閃かないと出来ないんです。採算度外視の趣味を兼ねてるから、というのも大きくて商売にはなりませんねぇ」
「あら、残念です。じゃあまた気が乗ったらお願いしてもいいかしら」
「ええ、構いませんよ。あなたの妹さんを見てるとこう、胸の奥から湧き上がってくるものがありますから」
「わかりますわかります、その気持ちすっごいわかります」
リタからの不穏な波動を察知して、僕は店から通りに出た。お代はリタが払うだろう。反物屋の近くならばリタから離れても問題はないだろうし、ちょっと市場を散策するとしよう。
青果に装飾品、生きた動物や食肉と扱われている商品は露店・商店によって様々だ。中には何を扱っているのか分からないような人もいて、そういう人はおそらく技術を売っているのだ。身一つで敷物に座っている老人はお金と引き換えに何をする人なのだろうか。この世界の占い師にしても籤やら水晶玉といった道具を持っていたし、あまりに謎である。
道具屋も金物や陶器で作られた日用品を扱う店や、武具を専門に取り扱っている店、魔術回路を刻まれた品を扱う店と見ていて飽きない。やはり僕の目を引くのは日用品の店よりも武具や魔術回路に関連したものを扱う店だ。
「ガキには用のないところだろう、帰りな」
僕が自分の身長の二倍はありそうな細い槍を見ていると、後ろからガラガラ声の男がそう声を掛けてきた。振り返ってみると大斧を背負った武骨な壮年の男が立っていた。彼は店主ではない。店主は僕が店に入るなり物騒な面を緩ませて手を振ってきた白髪交じりの男だ。店主には客として見られてはいなかったが、邪険に扱われる事もなかった。
「用がなかったら来ちゃ駄目なんですか?」
「そのセリフは男が出来たらそいつに言ってやんな。そこのジジィに用がある奴の邪魔だからよ。ほら、出てった出てった」
男は汚れたガントレットを外してから、皮の厚い手で僕の背を押して追い出してきた。服を汚さないように気を遣ってくれたようだ。
「ほれ、あっちの方がおもしれぇと思うぞ」
男は屈んで僕と目線を合わせると、ガントレットを嵌めたままの手でネックレスなどを売っている店を指差してそう言った。
「…………はあ」
後ろを振り返って様々な武器の並んでいるのを見て、溜息をひとつ吐く。名残惜しさもあったけど、この男が見た目に似合わず優しくしてくれているのだ。知らない人だけど言いなりになるとしよう。
男の指差した方に歩き出して間もない内に店主の声で「勝手に店をしきってんじゃねえ!」と聞こえ、心がすっとしたのは言うまでもない。




