馬子にも衣装
僕たちが町へ入ると、そこには一か月前とは違った様子を見せる市場があった。以前に感じた賑やかさとは異なる、どこか活気がない雑然とした雰囲気が人々の間に感じられる。漏れ聞こえる会話の調子もどこか不安げだ。
「まだ見つからないんだとよ」
「へぇ、今度ばかりはマズイんじゃないのかい」
「将来が不安ったらないわね」
「そうなると、やっぱり外からになるのかねぇ」
具体的な話は分からないけれど、この一月で何か町に心配事ができたようだ。あちらこちらで人々が囁き合っている。大声を出しているのは呼び込みぐらいなものだった。
「何かあったのですかね。リタは知ってます?」
「あー、そっか。エミちゃんは町に出ないから知らないんだっけ。なんでも、町長の娘さんが失踪したとかなんとか」
「失踪、ですか」
歩きながら路地裏をふと見ると、官憲が隊伍を組んで町を捜索しているのか、みすぼらしい姿の男を取り囲んでいるのが見えた。男はしどろもどろになりながら、ジェスチャーを交えながら何かを語っているようだ。
「誰かに連れ去られたのだとしたら怖いですね」
「いや、それがね、その娘さんっていうのがこれまたお転婆らしくて。普段から屋敷を抜け出して町遊びしてるような子って話なの」
「それで戻ってこなかったとかそういう所ですか」
「ご名答、賞品は私とお揃いの服だよ」
「いらないです」
「残念、エミちゃんには拒否権はないんだよ」
歩きながら、別に見つからないだろうけどその町長の娘というのを探してみる。年の頃はどれぐらいだろう。十は超えているだろうか。反抗期を迎えてたりして。まさか、婿を取らない娘でいい大人だったりはしないだろう。
「リタ、誰かと結婚はしないんですか?」
「おうおう、いきなり喧嘩を吹っかけてくるなんていい度胸をしてるじゃんエミちゃん? 何でそんな事を聞くのか話しなさい。場合によっては私作のウィッグで一日生活してもらうからね」
「いや、別に……何でもないです」
両手を私の方に構えて喧嘩のポーズをリタが取る。この話題はリタにとっての急所らしい。僕としても面倒なウィッグを懸けられてまで聞きたい事なわけでもないので適当に濁しておく。
「何でもない訳ないでしょ」
「失踪した娘さんがリタみたいな人だったりして、みたいな事考えましたごめんなさい」
「私みたいってどういう人の事を言ってるのかなー?」
「……才色兼備な人の事です」
「うっふっふ、ありがと。あとで私好みに仕立ててあげるから」
女として焦り始めた人をからかうような言動はよくない。学びました。
そんな下らない話をしながら歩いていると反物屋に着く。おばちゃんは僕の事を覚えていたらしく、僕の姿を認めると手を振ってくれた。二の腕がぶるんぶるん揺れて気になって仕方がない。
「お待ちしておりました。仕立てあがっておりますので、お持ちいたしますね。少々お時間を頂きます」
おばちゃんは店の奥に引っ込むと、それほど時間を置かずに戻ってきた。その手には黒のゴシック調の服が二着ある。
サイズが大きい方は僕の知っているレディーススーツのような仕立てで、マーメイドドレスのように裾が広がっている。重ねられたジャケットやスカートには編み上げやフリルが派手になり過ぎない程度にあしらわれていて品を感じさせる。
サイズが小さい方は、もうがっつりゴスロリだった。フリル、レース、リボン、編み上げが節操がないのではと思うぐらいにされている。――僕は知っている。これは大人になったら様々な理由から着れなくなるファッションだ。そしてこれを着る事になると。
僕が町を歩いていても、後者のような服装をしている人は全く見掛けなかった。ロングスカートの給仕服とかは珍しくはなかったのだけれど、ゴスロリはいなかったのだ。
「あー、いいですねー」
「お揃いと申し上げたのですけれども、やはり人には似合うものがございますので、誠に勝手ながら私の勘で仕立てさせていただきました」
「いえいえ、いいものになって良かったです。シックなエミちゃんも見たかったですが、やはりあの子にはこういったものが一番似合いそうですよね」
僕が一歩引いておばちゃんとリタのやり取りを見ていると、二人がこっちを向いて手招きをしてきた。当事者は逃げられないのだ。
「サイズは問題なさそうですが、試着をしてもらえますか。調整が必要であれば直しますので」
「はあ、分かりました」
おばちゃんが僕の身体にゴスロリ服を当てて満足げに頷く。僕は為されるがままに、店の奥の方にある試着室へと通される。僕に服を渡しておばちゃんが去ろうとするので、逃げられない内にそのエプロンの裾を掴む。
「あの、着方が分からないので手伝ってもらってもいいですか」
「あら、ごめんなさい。そうね、それではまず脱いでもらえますか?」
「はい」
おばちゃんの手を煩わせながら、五分ぐらい格闘しつつゴスロリ服に袖を通す。思っていたよりも簡単ではあったが、型崩れをさせないように着るのが一番の難題に感じられた。どう考えても人の着るものじゃない。僕は自動人形だけど、置物ではないのだ。




