知らない人から物をもらってはいけません
武具を売る店を出て素直に小物を見に行くかと言えばそんなことはなく。僕は武器屋ともうひとつ目を付けていた魔術回路の刻まれた道具を売る店、さしずめ魔道具屋へと足を向ける。武具を売る店からはそう遠くなく、リタを残してきた反物屋の反対で少々距離がある。反物屋の方を見てもリタの姿はないので、もう暫く勝手に行動させてもらおう。
ちょっとの移動の間にさえ、町長の娘が失踪した話を耳にする。町ぐるみで可愛がられているようで、誰もがその娘の事を心配しているようだ。リタの話ではよく屋敷を脱け出すようだけど、脱け出した先で悪いようにはされていないのだろう。だからと言って誰が出来心を持つか分からない訳だけどね。
魔道具屋は無精髭を生やした若い男がやっていた。男はゆるい格好で襟も伸び切っているし、服にしわがあるしでヴィルダーロッター家で近いものを感じる。自動人形もあえて分類するとしたら魔道具に入るだろうし、きっと魔道具に携わる人間は人間性を捧げているのだ。
「へい、らっしゃい」
「こんにちは」
店主は僕の方を一瞥して挨拶を返すと、カウンターで頬杖を突いて退屈そうにする。店には僕以外にも何処かに戦いに行くのか、武器を帯びている少年少女やその師匠っぽい男性がいる。そういえば僕はまだ素材の姿でしか見たことがないけれど魔物もアステルのある世界にはいるらしいし、やはり討伐だとかをする組織があるのだろう。リタに後で聞いてみよう。
店内にはメダル型の魔術回路の展示やスクロール型の魔術回路の展示など、魔術回路が刻まれている媒体によって分類が為されていた。カウンターの向こうにはどこか高級そうな装丁の本が並んでおり、あれは僕の知る語句で表すなら魔導書ならぬ魔術書という事になると思う。他にはナイフや水差しといった日用品に魔術回路を刻んだ便利な雑貨も売っている。
僕はお金を持っていないという後ろめたさもあって、他の客が目を向けているような魔石――名の通り魔力を持った石らしい――を売っている一画に背を向けていた。僕が見ているのは日に焼けたスクロールの展示だった。値段を付けている枯葉の札を見てみると、ちゃんと展示してあるスクロールよりも桁がひとつふたつ少ない。何が変わるのだろう……。ひとつを手に取ってみても、別に魔術回路自体に損傷はなさそうだ。
言うまでもないが、僕は魔道具を見る機会はルッツとの練習ぐらいしかない。目利きどころか、きっとこの世界での常識的な範囲での魔術回路の知識もおそらくないのだ。黄ばんだスクロールって安いんだ、とかそんな感想しか僕の口からは出てこない。
「おいおい、それは高等魔術【灼刃】のスクロールじゃねえかよ。あんた、掘り出しもんだぜそれ」
だから、こんな知識をひけらかす様な言葉が僕からは出て来ない訳だ。如何にも持って回った言い回しをしたのは、いつの間にか僕の隣にいたさっき目にした少年だった。逆サイドには少年の連れの少女がいて挟まれている。なんなんだ、いったい。
「こんな安売りしていいのかよ、これ……」
「余ったお金でも手が届くよ、この値段なら」
僕は決して人付き合いが苦手な方ではないはずだが、いきなり距離を詰めて来られると困る。なんで覗き込んでくるの、ねえ。そこまで場所を取ってない展示だから仕方ない、のかなぁ?
「いいなぁ……」
「おれもちょっと漁ろ」
「えっ、あっ、私も」
彼らは押し出そうとしたわけではないだろうけど、僕は一歩引いて安売りの展示から離れる事になってしまう。ちょっと親の顔が見たいですね、という訳でなんとなく師匠っぽい男の人に非難めいた視線を送っておくけど困ったような顔をするだけで何も言ってくれなかった。
少年曰く高等魔術【灼刃】のスクロールを手に持っているが、戻すには仲睦まじく掘り出し物を探している二人の傍に行かねばならない。だがそれは苦痛だ。
「あの、すみません。これ持ってきちゃったんですけど……お返しします」
だから僕はカウンターで頬杖を突いてこちらを眺めてた店主に返す事にした。
「ん、いいのかい? 僕が言うのもなんだけど、彼の言う通りお買い得だよこれ」
「でも、お金がないので。冷やかしですみませんね」
「あー、なるほど。じゃあ君の髪の毛と交換、とかでもいいよ」
「…………」
こいつ、いわゆる変態という奴なのではないだろうか。ちょっとこれには僕も引かざるを得ない。スクロールをカウンターに放り投げて店主から距離を取る。
「ははは、冗談だよ。【灼刃】のスクロールは確かに叩き売りをしたんだけど、古いとなかなか扱い難かったりするし売れなくてね。そもそもこの辺りじゃ高等魔術なんて使う機会がなかなか無いしさ。たぶん、あの子ももし買ったとしても持て余すだろうしタダで持って行っちゃってもいいよ」
「いえ、そんな物を渡されても僕も困るのですが……」
「……そうかい? だとしたらお兄さんの目が節穴って事になるのかな」
あ、もしかしなくても僕が自動人形だと分かっているのではないだろうか。藪から蛇を出してもつまらないし、素直に受け取っておくべきか。
「そこまで言うなら、折角ですし頂いていきます――」
「キミのような子を見た代価としては安いものだ」
僕のような子ってどんな子の事を言ってるんですかね……。店主は慣れた手付きでスクロールを丸めて紐で縛ると僕の方に手渡す。それを端っこの方を持って受け取った。
「またおいで、今度ゆっくりお兄さんとお話ししよう」
「あはは……ありがとうございました」
僕が踵を返すと、気になるスクロールを見つけ出せたようでカウンターに持って行く少年とすれ違うことになった。
「あんたさ、魔術師だったりする?」
「いえ、別に……」
「そっか。じゃあまたなー」
「うん、またー」
今の質問にどういう意図があったのかは知らないけど、とりあえずひとつ言える事は僕の方に彼らと再会するつもりはないって事だ。




