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人狼奇譚  作者: 南 晶
第二章 人狼の話
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女1

 俺の姿を認めた人間は一瞬顔を引き攣らせたが、すぐに我に返ると、背中から白い木の矢を素早く掴み取り、腰に下げていた弓にあてがう。

 見覚えのあるその白い矢は、さっきの野鳩を射抜いたものと同じだった。


 今回の咎人、つまりは俺が殺すべき人間は、この小さな女だという事か・・・。


 今までのような屈強な大男を勝手に想像していた俺は、その事実に気が付いて少々力が抜けた。

 だが、女は緊張した面持ちのままグイッと弧を描くように矢を構えると、親の仇であるが如くすごい目で俺を睨みつける。

 その強い視線に、俺は一瞬、目を見張った。

 見た事もない澄んだ水色の瞳だった。

 幼い少年みたいな日に焼けた褐色の肌と痩せた細い体。

 俺がその人間を『女』だと認識したのは、頭の天辺で引っ詰めて縛り上げた長い金色の髪のせいだった。

 髪の毛を伸ばして結い上げるのが人間の女の習慣であることを、遠い昔、誰かに聞いた覚えがある。

 だが、それ以外は女としての特徴は見られない。

 全体に小さ過ぎて痩せ過ぎている。

 恐らく、充分に食料摂取されていない発育不良の体だ。

 釣り上がった目尻に低い鼻、小さな丸い顔には大き過ぎる口。

 その口が少し開き、大きな八重歯が覗いた。


「何だ、お前は!?こんな所で何をしている?」


 凛とした高い声で、女は俺に向かって怒鳴った。

 その小さな手に構えた矢は、微動だにせず俺の心臓をピタリと狙っている。


・・・しくじったな。こんなに小さな女だと分かってたら、狼の姿のままの方が有利だった。


 俺は心の中で舌打ちしたが、今更、後悔しても仕方がない。

 女から伝わってくる殺気で、周りの空気もビンビン張り詰めている。

 体は小さいが、かなりの使い手である事は間違いなかった。

 俺は抵抗の意志がない事を証明したくて、岩に背中をつけて両手を挙げた。

 女は矢を構えたまま、ジリジリと俺に近付いて来る。


「答えろ!お前は誰だ?ここで何をしていた?」


 厳しい口調で女は再び俺に質問を投げる。

 それはこっちの台詞なんだが、矢に警戒した俺は大人しくいう事を聞く事にした。


「あんたと戦う意志はない。あんたこそ誰だ?」

「黙れ!まだ質問に答えてない。先に名前を名乗れ!」


 俺は返答に困って宙を仰いだ。

 名前を付け合う習慣がない人狼一族で生まれた俺に、当然、名前はなかった。


「・・・そんなモノない。必要なら、あんたが付けてくれ。好きなように呼んで貰って構わないから・・・」


 俺の返事を聞いた女は、一瞬、ポカンとして口を開けた。

 その顔がまるで子供みたいで、こんな状況にも拘らず、俺は少し可笑しくなる。

 俺の表情が緩んだことに気が付いた女は、慌てて口を閉じて矢を構え直した。


「ふざけるな!どうして私がお前の名前を付けなければならないんだ?」

「本当にないんだ。でも、あんたが付けてくれるなら今後はそれを名乗る事にする。だから、今付けてくれ」

「ばっ、莫迦にしてるのか!?どうして名前がないんだ?」

「どうしてって・・・誰もつけてくれなかったからだろ。必要もなかったし。だが、あんたが必要なら付けてくれても構わない」

「どうして私がお前の名前が必要なんだ!?」

「だって、お前は誰だって聞いたじゃないか。俺の名前が必要なのはあんたの方だろ?」

「・・・そういう事になるのか?」

「そうだろ?俺は自分の名前は別に必要ない。だから今までなかったんだ」


 奇妙な問答の末、女は眉間に皺寄せて考え込んだ。

 我ながら名案だと思ったが、どうやら納得できないらしい。

 しばし悩んだ後、ハッと何かに気が付いたように丸い顔を上げた。


「分かったぞ!お前も人ではないのだな?」

「・・・?」


 勿論、俺は人ではないが、女の言葉尻に違和感を覚えた。

 この女は人ではないのか?

 少なくとも人狼ではなさそうなのだが・・・。


 俺の沈黙を肯定の意に取った女は、何故か哀れむような視線を俺に投げ掛け、構えていた弓矢をダラリと下ろした。


「そうか・・・。この国にもやはり人でない者がいるのだな。名前がないのも、こんな所で狩りをしているのも、裸のままで服も着てないのも、これで分かった」

「何が分かったんだ?」


 自問自答しては一人で納得している女を、俺は興味深く見つめた。

 人でないなら、この女はどんな動物なんだろう。

 容貌から推測すると、イタチみたいな動物だと思うが・・・?


 女は何を勘違いしたのか、弓矢をそっと地に置いて岩にへばり付いている俺の方にゆっくりと近付いてきた。

 その動作に攻撃の意志がない事を認め、俺も上げていた両手を下ろす。

 だが、逆に丸腰で友好的に近付いてくる咎人を殺すのは、更に気が咎めた。


「驚かせてすまなかったな。私はルアナ。この森を越えた隣の国からここまで狩りに来ている。お前と同じ、あっちじゃ人でない者だ。心配するな」


 優しい顔で、笑みまで見せながら女は俺に右手を差し出した。

 垢と泥で汚れた小さな手だった。

 それを握り返す事が人間達の友好の証だと噂に聞いていた俺は、慌てて自分の手を差し出す。

 その女、ルアナは俺の大きな手を両手で掴むとギュっと握って、背の高い俺の顔を見上げた。


「私と一緒に隣の国に来るか?こちらも人ではないが、服も着る事が許されないお前よりはマシな暮らしだ。仕事が見つかるまで、私の家にいても構わない」


 俺を見上げるその瞳に同情の色さえ浮かんでいる。

 恐らく、この女は俺が服を着ていないので、可哀想だと思っているようだ。


・・・このまま、この女について行けば、寝首を掻く事くらいできそうだ。


 そう考えた俺は、彼女の言葉の本当の意味さえ理解しないまま、首を縦に振った。





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