咎人2
俺達が『処断する』咎人は人間だけではない。
人間が動物を殺すように、人間を無差別に殺す事を好む動物も当然存在する。
大抵の動物は人間を恐れるが、一度人間の弱さに気が付いてしまうと野生の血は制御が効き難い。
動物でもある俺には分かるが、弱い者を見ると攻撃したくなるのは野性の本能だ。
武装している人間は時に強敵だが、潜在戦闘能力は野生動物の中ではかなり低い。
それに気が付いてしまった動物は、無差別に人間を殺すようになる。
それを処断する事も俺達の任務の一つだった。
咎人が人間でも動物でも、殺す事自体、好きな仕事ではなかったのに、どちらも結局、俺の役割になった。
理由は単純な事だ。
成長した俺は、人狼一族の中でも一際体が大きくなって、闘って俺に敵うヤツは仲間の中ではいなかったからだ。
『咎人の処断は残虐な方法で』という暗黙の掟も、俺が処刑人になってからは守られなくなった。
見ての通り、俺は人狼としては攻撃性に欠け、殺す事が好きではない。
咎人が出れば、森の守り神として処断は行う。
だが、なるべく苦しませないように一撃で息の根を止めてやる。
それを良く思わない仲間もいたが、最終的な決定権は処刑人の俺にあった。
呼ばれれば、馳せ参じて殺す。
命令拒否はしない代わりに、俺のやり方で。
処刑人としての俺の役割は、それ以上でもそれ以下でもなかった。
そうだ。
あの咎人に出会うまでは・・・。
◇◇◇
「おい、処刑人!俺達の縄張りまで侵入して狩りをしている人間がいる。どうやら隣国からわざわざやってきたらしい。森の中で寝泊りしながら狩りを続けているらしい。早く処断しなければ、森の守り神としての面目に関る」
のんびりと昼下がりの日差しを浴びて惰眠を貪っていた俺の元に、あの黒い年上の人狼がやってきてそう言った。
名前をつける習慣がない人狼一族は、お互いを呼ぶ時はクロとキバとか、その時々の気分で適当に呼び合う。
だが、俺については、嫌々やっているこの役割のお陰で『処刑人』と呼ばれる事が多かった。
悪気があって呼ぶヤツはいないが、こいつだけは俺を呼ぶその声に刺々しい感情を感じる。
・・・残虐に殺す事が大好きだったこいつは、実は自分が『処刑人』になりたかったんだろうな。
ヤツの憎悪を感じる度に、俺はそう思って気が付かない振りをしてきた。
「見ての通り、俺は休んでいる。その話は了解した。後で必ず遂行する」
「何が後だ!早く行かなきゃ、移動してしまうかもしれないだろう?寝てないでさっさと行け!」
投げ槍な俺の態度に腹を立て、そいつは俺と同じような黒い毛を逆立てて喉の奥でグルル・・・と唸り声を出した。
威嚇しているつもりらしいが、俺だってあの頃のような子供ではない。
横柄なヤツの態度に俺も苛つき始めて、昼寝をしていた岩の上から飛び降りヤツの前に立つ。
自分より一回り大きい俺の体を見上げて、ヤツは少したじろいで尻尾を丸めた。
「行くと言っている。あんたに急かされる理由はないね」
「ハッ!勝手にしろ!伝言は確かに伝えた。ノロノロして咎人を逃がしたら、今度はお前が森を追われる番だぜ」
分かりやすい捨て台詞を苦々しく吐くと、ヤツは逃げるように尻尾を巻いて去って行った。
あんなヤツの言う事は聞きたくなかったど、神聖な森で平和に暮らす動物達が殺されているのを黙っている訳にもいかない。
俺は大きく深呼吸して体を伸ばしてから、森を荒らしているという人間を探して走り出した。
鬱蒼と生い茂った広葉樹の原生林は、動物達の楽園だった。
しっとりと苔生した大きな岩の間を冷たい湧き水が流れていく。
動物達はここで喉を潤し、四季折々の自然の恵みにありつく。
俺もここが好きだった。
人間の姿で人の世界で生きている仲間もいるらしいが、俺は多分、動物側だ。
こんこんと湧き上がる水が流れ落ちていく岩に飛び乗り、水を飲んだ。
冷たい水が口から溢れ、黒い毛を湿らせていく。
蔦の絡まる巨木が縦横無尽に枝を広げて、葉の合間で木漏れ日がキラキラ光っている。
豊かで美しい森だ。
使命感の薄い俺も、ここは守りたいと切に思った。
その時だった。
ギャアア!という鳥の断末魔の鳴き声が、静かな森の静寂を破った。
枝留まっていた無数の鳥が、それに驚いて一斉に飛び立つ。
俺の立っている岩から少し離れた所に、野鳩が落下してきた。
曲がった野鳩の体はそのまま地面に叩きつけられ、しばらくバタバタと羽を動かした後、動かなくなった。
その背中には白い木の枝のような小さな矢が刺さっているのを、俺は見逃さなかった。
マズイ。
今回の咎人は弓矢の使い手だ。
飛び道具を使いこなす人間は、敵としてはやっかいだ。
下手すれば、こっちがやられる。
その時、落ちてきた鳩を追いかけてこっちに向かって走ってくる足音が、地面に伝わって聞こえた。
案外、近くにいるらしい。
足音は急速に接近してくる。
狼の姿で背中を見せて走っていく所を目撃されたら、もう終わりだ。
後ろから矢で攻撃されるに決まっている。
俺はそう考え、一瞬で決断した。
岩に前足を掛けヒョイと後ろ足で立ち上がってから、俺はあっと言う間に人間に変化した。
俺の人間の姿は、あまり褒められた容貌ではない。
体だけでかい、絵に描いたような木偶の坊だ。
背中まで伸びたボサボサの黒い髪、ギョロっとした大きな緑色の目。
完全に変化したつもりでも、人間にしては体毛が多過ぎる気がする。
尻尾がないだけでも、今回の変化はマシな方だ。
問題は、何の準備もなく突然変化したもんだから、当然、着る者がない。
俺は生まれたままの素っ裸で岩に張り付いたまま、こっちに向かって駆けて来る咎人の姿が見えるのを待ち受けた。
やがて、地面に張り巡らされた巨木の根を飛び越えながら、早足でやってくる人間の姿が見えた。
金色の髪を無造作に縛り上げている小さな頭に、細い小さな体。
今まで見てきた咎人と同じように体にはボロ布を巻きつけている。
勢い良く掛けて来たその人間は、岩に張り付いている俺の姿を見つけ、ギョッとした顔で立ち止まる。
それは、俺が初めて見た人間の女だった。




