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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第95話:母上が捕まりました(※男子校の部室、大炎上中)

フィリップはみた。そして考える・・・んだろうなぁ( ˘ω˘ )

パリ、シテ島のフランス王宮。

重厚な大広間に、雷鳴のような怒声と、何かが派手に倒れる音が響き渡った。


「父上が、母上を捕らえただと!?」


若ヘンリーが椅子を蹴り飛ばし、勢いよく立ち上がる。

十八歳の長男は、怒りと屈辱で顔を真っ赤にしていた。


「実の妻だぞ! 長年連れ添った王妃を、街道で止めて自由を奪うなど……

そこまでして我々を押さえつけたいのか!」


「兄上、少し落ち着いてください」


「落ち着いていられるか!」


若ヘンリーは机を叩いた。


「母上は我々の話を聞こうとしてくれていた! 

それを父上は、まるで反乱の首謀者のように扱って――」


「だから、喚いても母上は戻りません」


低い声で割って入ったのは、十五歳のリチャードだった。

表情は若ヘンリーよりずっと静かだったが、その分、目が怖い。


「父上が母上まで拘束したなら、もう言葉だけで退く気はないのでしょう。

なら、こちらも力があると示すしかない」


「そうだ!」


若ヘンリーが即座に食いついた。


「軍を集めよう! 父上に、我々をいつまでも子ども扱いできないと思い知らせるのだ!」


「待ってください」


そこへ、十四歳のジェフリーが割って入った。


「今すぐ兵を集めて突っ込んでも、父上の思うつぼでしょう。

まず、母上がどこへ移されたのか確認するべきです。それから、

どの諸侯がこちらにつくのか、どの城が王側に残っているのかも調べないと」


リチャードが眉をひそめる。


「調べている間に、母上がどこかへ連れて行かれたらどうする」


「だからといって、場所も分からないまま全軍で走り回るんですか?」


「見つければいい」


「どうやって」


「探せばいい」


「だから、その方法を考えましょうと言ってるんです!」


若ヘンリーが両手を広げた。


「二人とも喧嘩している場合ではない! まず母上を取り戻し、

そのうえで父上に私たちの要求を――」


「兄上が一番話を広げてますよ」


「何!?」


「母上を助ける話と、兄上の王としての権限の話は別でしょう」


「別ではない!」


「別です」


「お前はいつも細かい!」


「兄上が雑なのです!」


「なんだと!」


「やめろ、二人とも!」


「リチャード兄上が一番声大きいですよ!」


ギャーギャー、ワーワー。


怒号。反論。さらに反論。

ティーンエイジャー男子三人が、

それぞれ違う方向へ全力疾走しながら同じ部屋で叫んでいる。


結果

フランス王宮の大広間は、国家戦略会議の場というより、

完全に荒れた男子校の部室と化していた。


その光景を前に。

フランス国王ルイ七世は、静かに右手をみぞおちへ当てた。


「…………」


痛い。

今日も順調に痛い。


ルイはゆっくり息を吸い、吐いた。


ダメだった。

やっぱり痛い。


(神よ……)


心の中で祈る。


(元妻が、現夫に捕まりました)


目の前では、その息子たちが揉めている。


(そして、その息子たちが私の宮廷で、

母親を取り戻す方法について喧嘩しています)


若ヘンリーが叫ぶ。

リチャードが反論する。

ジェフリーがさらに修正する。


(なぜ私は、元妻の現夫との夫婦喧嘩と、その子どもたちの反抗期を、

国家予算と外交と軍事力を使って仲裁しているのでしょうか……)


いや。

正確には仲裁ではない。


ヘンリー二世の力を削ぐ好機として、喜んで若ヘンリーを受け入れたのは自分だ。

だから完全に被害者面はできない。


それでも。

もう少し静かな政治案件だと思っていた。

まさか、思春期男子三人の進路相談までセットとは聞いていない。


ルイは遠い目になった。

だが、状況自体は軽くなかった。


アリエノールが捕らえられた。

それは、少なくとも彼女がすぐに息子たちのもとへ合流できないということを意味する。


彼女がどこまでこの反乱に関与していたのかはともかく、

息子たちの間に入って話を聞き、アキテーヌ側の事情を説明できる人物が一人消えた。


そして実際。

その結果が今、目の前にある。


「まず母上の居場所を!」


「いや、先に軍を!」


「だから状況を確認してから!」


まったく話がまとまらない。


(……アリエノールがいれば、もう少しマシだったのだろうか)


ルイは一瞬、そんなことを考えた。


少なくとも。

この三人全員に同時に怒鳴れる人間は、今のところ彼女くらいしか思いつかない。


その時。


「父上」


小さな声がした。

見ると、七歳のフィリップが柱のそばに立っていた。

手には、いちじくを使った甘い菓子の皿。


「……ああ、フィリップ」


ルイはできるだけ穏やかな顔を作った。


「騒がしくてすまないね」


フィリップは三兄弟を見た。


若ヘンリーが怒っている。

リチャードが何か主張している。

ジェフリーがそれを止めようとしている。


しばらく眺めたあと、フィリップは父親のそばへ歩いてきた。


「お母上、捕まってしまったのですね」


「……そうだね」


「悪いことをしたのですか?」


ルイは少し考えた。


「……難しい話だね」


「難しいのですか?」


「ああ」


何しろ。


・男装して

・身分を隠して

・主要街道を避け

・夫に反抗している息子たちのいる方向へ向かっていた


外から見れば、かなり説明が難しい。

だが、それを七歳児に一から説明する気力はない。


「少なくとも、父君であるヘンリー王は、放っておけないと考えたのだろうね」


「そうなのですね」


フィリップは、いちじくを一口食べた。

それから、また兄弟たちを見る。


「……父上」


「なんだい?」


「あのお兄さんたち、みんなお母上を助けたいのですよね?」


「そうだね」


「でも、ずっと喧嘩しています」


「…………」


「アンリ殿は怒っていて、リチャード殿は兵を出したくて、

ジェフリー殿は先に調べたいって言っています」


「……よく聞いていたね」


「大きな声なので、聞こえます」


「そうだね……」


非常によく聞こえる。

聞きたくなくても聞こえる。


フィリップは首を傾げた。


「みんな、お母上を助けたいのに、どうして同じことをしないのですか?」


ルイは、少しだけ言葉に詰まった。


「……同じ目的があっても、どうすればそこへ辿り着けるかについて、

考えが違うことはあるのだよ」


「そうなのですか」


「ああ。人は皆、同じようには考えないからね」


フィリップは真面目な顔で頷いた。


「難しいですね」


「難しいよ」


ルイは心の底から答えた。


本当に、死ぬほど難しい。

むしろ父親としては、

息子に今のうちからあまり学んでほしくない種類の難しさだった。


フィリップは、もう一度三兄弟を見た。


若ヘンリーがまた何か叫んでいる。

リチャードが腕を組んでいる。

ジェフリーが額を押さえている。


「……父上」


「今度はなんだい?」


「このままずっと喧嘩していて、お母上を助けに行けるのですか?」


「…………」


ルイは黙った。


七歳児は、別に高度な軍事分析をしたわけではない。


ただ。

目の前で起きていることを、そのまま口にしただけである。


それが一番痛かった。


「父上?」


「……いや」


ルイはゆっくり胃を押さえた。


「本当に、その通りだね」


フィリップは納得したように頷いた。

そして、皿の上に残った最後のいちじくを食べる。


「僕、お部屋に戻って文字のお勉強をしてきます」


「ああ。そうしなさい」


「はい」


フィリップは礼儀正しく一礼すると、静かに大広間を出ていった。


その後ろ姿を見送りながら。


ルイは、ほんの少しだけ思った。

七歳の息子にすら分かることを。

どうして十八歳、十五歳、十四歳の三人はできないのだろう。


「聞こえておりますよ、陛下!」


ジェフリーがこちらを振り返った。


「口に出していない!」


「顔に出ています!」


「…………」


ルイは再び胃を押さえた。


もう嫌だ。


そんな父親の苦労など知る由もなく。

廊下を歩くフィリップは、ただ今日見たことを頭の片隅に置いていた。


”同じ目的があっても

人は、同じ方法を選ぶとは限らない”


まだ、それだけ。

今はそれで十分だった。


一方、大広間では。


「だからまず兵を集めるべきだ!」


「どこへ向かうつもりですか!」


「母上のいるところだ!」


「その『いるところ』を今調べてるんでしょうが!」


「父上を動かせばいい!」


「話がまた別の方向へ行ってますよ兄上!」


三兄弟の議論は、まだ一歩も前へ進んでいなかった。


ルイは天井を見上げた。


「……神よ」


少し間を置いて。

もう一つ、切実な願いを付け加える。


「できれば胃薬もお願いします」


もちろん

十二世紀の神は、胃薬までは届けてくれなかったのである。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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