第91話:包囲網って、私を囲むためのものだったんですか?(※夫の危機管理能力が牙を剥く)
ほかにもっと選択肢が・・・
「……ちょっと待って。誰か嘘だと言って」
ポワティエの執務室で、私は側近の騎士が持ってきた各地の報告書を前に、引き攣った声を漏らした。
「女公殿。北へ向かう街道では、王の役人が通行人を調べているとのことです。
反乱に関わる使者や兵の移動を警戒しているものと思われます」
「……まあ、それは分かる」
息子三人がパリに集まり、周辺諸侯もざわついているのだ。
連絡役や兵の移動を警戒するのは、あの有能すぎるCEOなら当然の初動対応だろう。
問題は、それだけではなかった。
「別の街道でも、王党派の城代が人の出入りを確認しているそうです。
た、港では船の出入りについて厳しい臨検が始まったとの報告も」
「…………」
私はゆっくり立ち上がった。
壁に掛けられた地図の前へ移動し、報告に出てきた街道、川の渡し場、港を目で追っていく。
「……ねえ」
「はっ」
「これ、別に私専用の包囲網じゃないんだよね?」
「…………」
「なんで黙るの!?」
沈黙が怖い。
いや、もちろん分かっている。
反乱対応として各地の監視を強めているだけなのだろう。
ただその結果
私まで、ものすごく動きにくくなっている。
「……ちょっと待って」
私は地図を見つめた。
北へ行く街道には監視。
川の渡し場にも目がある。
港も自由には使えない。
つまり。
「これ、息子どもの反乱を潰すついでに、私の逃げ道まできれいに塞がれてない?」
騎士たちは、また黙った。
「だから黙るなって!!」
私は頭を抱えた。
あの男、本当にこういうところだけは仕事が早い。
家庭内の話し合いは一切進まないのに、危機対応になると急に能力値が跳ね上がる。
私の脳内では、腕を組んだジャイアンが大真面目な顔をしていた。
『息子どもは後でいい。まず南を押さえろ』
……いや。
実際にそんなことを言ったかどうかは知らない。
でも、やりそう。
ものすごくやりそう。
「女公殿」
側近の一人が真剣な顔で進み出た。
「いかがなさいますか。このまま王側の警戒が強まれば、ポワティエからの移動も難しくなります。
ならば今のうちに兵を集め、城の守りを固めては」
「絶対ダメ!!」
私は即座に両手で大きなバツを作った。
「ここで私が兵を集めて立て籠もったら、それこそ本物の反乱軍になるでしょうが!」
「しかし、このままじっとしていれば、いずれ身動きが取れなくなる可能性もございます」
「うっ……」
それは正しい。
ものすごく正しい。
私は無実です。
話し合いを求めます。
そう言いながら座っているうちに、王側から見れば
『反乱に関与した王妃を保護下に置く』
という名目で、あっさり自由を奪われるかもしれない。
そして一度そうなったら。
アキテーヌのことも、息子たちのことも、自分の意思で動けなくなる。
「戦うのは論外。でも、ここにいたら詰む」
私は腕を組んだ。
頭の中で猛スピードの会議が始まる。
戦う?
ダメ。
籠城?
もっとダメ。
夫に手紙?
たぶん読んでも、自分に都合よく解釈される。
じっと待つ?
その間に状況がさらに悪化する可能性が高い。
「……行くしかないわね」
騎士たちが顔を上げた。
「どちらへ?」
「パリよ。息子たちのところ」
広間に、一瞬だけ静寂が落ちた。
「若ヘンリーも、リチャードも、ジェフリーも、全員そこにいるんでしょう?」
「は、はい」
「だったら、まとめて捕まえて説教する」
「……説教、ですか」
「そうよ」
私は机を指で叩いた。
「息子どもが勝手にグレて、元旦那の城に集合して、父親を倒す相談なんかしてるから
話がややこしくなってるの。全員の襟首掴んで正座させて、
『お前ら親父への当てつけで国家規模の反乱とか始めるな』
って言って、ちゃんと交渉の席に着かせる」
側近たちは、なんとも言えない顔をした。
だが、私の中では理屈が通っていた。
そもそもこれは、家庭内トラブルから始まった話なのだ。
ならば。
家族を集めて話をさせればいい。
実に平和的。
実に合理的。
現場へ乗り込んで当事者を一度全員座らせる。
前世なら、拗れた部署同士を会議室に突っ込んで、議事録と進行役をつけるようなものだ。
「……これが一番マシよ」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「戦争するより、絶対マシ」
問題は、”どうやってパリへ行くか”だった。
側近が、困ったように地図を見た。
「ですが、女公殿。現在、北へ向かう主要街道では人の出入りが確認されております。
港も監視が厳しい。通常の移動では、王側の者に見つかる可能性が高いかと」
「…………」
私は黙った。
さっきまで完璧だった作戦が、開始三十秒で壁にぶつかった。
「普通に行けないの?」
「難しいかと」
「堂々と行ったら?」
「止められる可能性が高いでしょう」
「船は?」
「臨検が」
「……川沿いは?」
「同じく警戒されております」
「…………」
私は窓の外を見た。
穏やかな青空。
遠くに見える塔。
いつものポワティエ。
なのに、急に世界全体がステージ制のゲーム画面に見えてきた。
正規ルートは監視。
裏道は不明。
見つかればゲームオーバー。
目的地はパリ。
「嘘でしょ……?」
情けない声が漏れた。
「私、四十過ぎてリアル潜入脱出ゲームやらされるの……?」
人生後半戦にして、まさかのステルスアクション強制参加である。
しかも難易度は、おそらく最高。
見つかった相手は衛兵。
リトライ機能なし。
セーブポイントもなし。
課金で強装備を買うこともできない。
「……クソゲーじゃない?」
誰も否定しなかった。
世界史八点ちゃん。
息子たちの反乱を止めるため、まさかの潜入移動計画へ突入。
なお本人は、この時点でもまだ、自分が戦争に参加しているつもりは一ミリもなかったのである。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




