第89話:三男まで来たんだが?(※フランス王宮、アンジュー家の家出センターになる)
そろっちゃったねぇ
パリ、シテ島のフランス王宮。
重厚な大広間に、乾いた靴音が響いた。
扉を開けて現れたのは、まだ十四歳の少年。
プランタジネット家の三男、ジェフリーだった。
その姿を見た瞬間。
玉座の脇にいたフランス国王ルイ七世は、見事に固まった。
「…………」
”また来た”
そんな顔だった。
その横で、七歳のフィリップが父親の袖を引いた。
「父上」
「……なんだい」
「また来ました」
「……そうだね」
「今度は、何番目ですか?」
「……三男だよ」
フィリップは指を折った。
「アンリ殿が一番目」
「うん」
「リチャード殿が二番目」
「そうだね」
「今度の方が三番目」
「……そうだね」
「まだ、いるのですか?」
「…………いるね」
いる。
まだ末っ子ジョンがいる。
ルイの脳裏に、幼いジョンの顔が浮かんだ。
まさか。いや、さすがに。
あの子まで来ることはないだろう。
……ないよね?
ルイは無意識に胃を押さえた。
長男、若ヘンリー。
十八歳。
次男、リチャード。
十五歳。
三男、ジェフリー。
十四歳。
思春期真っ只中の男子三人が、揃いも揃って父親に反発し、
他国の王宮へ集結している。
「……神よ」
ルイは静かに天を仰いだ。
「どうして私は、元妻とその現夫の息子たちを三人まとめて預かっているのでしょうか……」
もちろん、受け入れたのは自分である。
政治的においしいと思ったのも自分である。
それは分かっている。
分かっているのだが。
三人まとめて来るとは聞いていない。
若ヘンリーが真っ先に駆け寄った。
「ジェフリー!」
「兄上」
「お前も来てくれたか!」
若ヘンリーは満面の笑みで弟の肩を抱いた。
「やはり、お前も父上の横暴には耐えられなかったのだな!」
「まあ、それもありますが」
ジェフリーは旅のマントを外しながら、淡々と答えた。
「このままでは、ブルターニュのことまで父上が全部決めそうなので」
若ヘンリーが頷いた。
「そうだろう! 父上は我々を子ども扱いしすぎなのだ!」
「兄上の場合は、王なのに何も任せてもらえないのが問題でしょう」
「そうだ!」
「俺の場合は、アキテーヌに口を出されることだ」
横からリチャードが口を挟んだ。
「……兄上もいたのですね」
「ずっといたぞ」
「声が大きいので、分かっていました」
「なんだと?」
「別に悪口ではありません」
「ならいい」
いいのか。
ルイは遠い目になった。
同じ父親から生まれた兄弟なのに。
見事なくらい、面倒くささの種類が違う。
長男。
王冠はある。
実権がない。
なので怒っている。
次男。
アキテーヌへの父親の介入が気に入らない。
なので怒っている。
三男。
ブルターニュにおける自分の立場まで父親に管理されそうなのが嫌。
なので来た。
……全員、結局父親への不満で集まっている。
「父上」
フィリップがまた袖を引いた。
「なんだい」
「アンリ殿のお家では、息子さんはみんな、ここへ来る決まりなのですか?」
「違うよ」
「でも、三人います」
「……そうだね」
「父上のお城なのに」
「…………そうだね」
痛い。
事実だけで殴ってくる。
七歳児とは、恐ろしい生き物である。
一方兄弟の会話は続いていた。
「とにかく、これで三人揃った!」
若ヘンリーは勢いよく言った。
「父上も、もう私たちを無視することはできまい!」
「なら、早く動きましょう」
リチャードが腕を組む。
「父上が話を聞かないなら、こちらにも力があると示せばいい」
「兄上はすぐ、それですね」
ジェフリーが肩をすくめた。
「なんだ」
「真正面からぶつかるだけではなく、父上が困るところを考えた方がいいでしょう」
「困るところ?」
「味方が減るとか。土地が動かなくなるとか。金が入らなくなるとか」
「なるほど」
若ヘンリーが感心したように頷いた。
「では、それを全部やればいい」
「…………」
ジェフリーは兄を見た。
「極端ですね」
「何がだ?」
「いえ」
十四歳にして。
すでに兄たちの扱い方を少し覚え始めているようだった。
それを見ながら、ルイは考え込んでいた。
若ヘンリー
リチャード
ジェフリー
ヘンリー二世の息子たちが三人揃った。
しかも、リチャードは母アリエノールが自分たちの立場を理解していると言った。
ジェフリーまでここへ来たとなれば。
「…………」
ルイの目が細くなる。
アリエノールは、どこまで関わっている?
少なくとも、息子たちを父親の側へ戻そうとはしていない。
ヘンリー二世の方針に反対しているのも間違いない。
そして、その息子たちが今、次々と自分の宮廷へ集まっている。
「……これは」
ルイは小さく呟いた。
思っていた以上に、ヘンリー二世の家庭内部の亀裂は深いのかもしれない。
胃は痛い。
だが。
フランス王として考えれば、ものすごくおいしい。
「……神よ」
今度の祈りは、先ほどより少しだけ元気だった。
その頃、遥か南のポワティエ。
「……は?」
私は、伝令の報告を聞きながら固まっていた。
「今……なんて言った?」
「ジェフリー様が、フランス王宮へ入られたとのことです」
「…………」
脳が止まった。
一回、整理しよう。
若ヘンリー。
これは勝手に家出した。
私の責任ではない。
たぶん。
リチャード。
これは私が送り出した。
いや。
正確には、止めなかった。
しかも、戦争するなと念を押した。
ここまでは分かる。
問題は。
「……ジェフリー?」
「はい」
「パリ?」
「はい」
「ルイのところ?」
「そのようです」
「…………」
私はゆっくり机に手をついた。
「なんで?」
伝令が困った顔をした。
「……私にも、それは」
「そうよね!?」
思わず叫んだ。
「私、あの子送り出してないんだけど!?」
知らない
聞いてない
ジェフリーがパリへ行くなんて、相談すらされていない。
むしろ。
そろそろブルターニュの様子を聞いておこうかな
大丈夫かな
あの子も父親と揉めてないかな
……くらいに思っていたところである。
「勝手に自主参加すんな!!」
机を叩いた。
「出欠確認取ってないから!!」
若ヘンリー
参加
リチャード
参加
ジェフリー
自主参加
「…………」
私は指を折った。
一。
二。
三。
三人。
三人とも。
「……待って」
私は地図を見た。
パリ。
そこに、息子が三人。
しかも。
その宮廷の主は………
「……なんで息子が三人とも、元旦那のところにいるのよォォォォォ!!」
執務室に絶叫が響いた。
意味が分からない。
・現夫と喧嘩した息子たちが
・全員まとめて
・母親の元夫の家に転がり込んで
・現夫に対抗する相談をしている
何この家族。
昼ドラでももう少し人間関係を整理するだろう。
私は両手で頭を抱えた。
「若ヘンリーはまあ分かる」
分かりたくないが。
「リチャードも……まあ、私が行かせた」
後悔し始めているが。
「でもジェフリーは知らない!!」
勝手に増えた。
フラグが
自分で
自走して
増殖した
「……待って」
私は、ものすごく嫌なことに気づいた。
今、パリから見たらどう見える?
若ヘンリーがいる
リチャードがいる
ジェフリーまで来た
そして、その母親である私はヘンリーの方針に反対している
「…………」
やばい。
ものすごくやばい。
「これ、私が三人送り込んだように見えない?」
伝令は黙った。
「ねえ?」
沈黙。
「なんか言って!?」
伝令は非常に困った顔をした。
それが答えだった。
「……嘘でしょ」
私は椅子へ崩れ落ちた。
私がしたこと。
息子たちの待遇改善要求。
アキテーヌの権利擁護。
リチャードに、兄と話してこいと言った。
戦争は禁止した。
それだけ。
それだけのはずなのに。
気づけば
長男、パリ
次男、パリ
三男、パリ
全員、元夫のところ
「…………」
私は天井を見た。
「……私、いつからルイと共同親権になったの?」
誰も答えてくれない。
というか。
共同親権どころか
現在の構図だけ見れば、
元夫に息子たちを預けて現夫への対抗策を練らせているようにしか見えない。
違う。
断じて違う。
私はそんな采配をした覚えはない。
「……Google先生」
もちろん返事はない。
「チャッピーでもいい」
返事はない。
「誰でもいいから、今の私が歴史上どういうポジションになりつつあるのか教えて……」
十二世紀。
完全オフライン。
検索結果、ゼロ件。
私は机へ突っ伏した。
また何か間違ったフラグを立てたらしい。
いや。
今回は立ててすらいない気がする。
勝手に生えてきた。
世界史八点ちゃんここに来て初めて知る。
歴史のフラグとは。
自分で立てなくても
子どもが勝手に立ててくる場合がある。
しかも三本まとめて。
「お前ら全員、一回帰ってこぉぉぉぉい!!」
ポワティエに響き渡る母の絶叫。
しかし息子三人現在パリ。
聞こえるはずもなかった。
そしてフランス王宮は。
着々とアンジュー家の家出センターへと進化を遂げていたのである。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




