第84話:立派に育った息子が、地方支社で独立の旗を振ろうとしている件
脳筋次男だしねぇ
ヘンリーへ渾身の「諫言(※という名の抗議文)」を送りつけてから、数日が過ぎた。
南仏ポワティエの宮殿は、今日も大変賑やかである。
……主に、よろしくない方向で。
「女公殿! 我らの古くからの権利をお守りいただきたい!」
「ヘンリー王の統治により、我らの裁量が狭められております!」
「このままでは、我らの土地でありながら、何一つ自由にできませぬ!」
はいはい。
順番にお願いします。
一度に喋られても、私の耳は二つしかありません。
こちとら聖徳太子じゃねーっつーの。
私は謁見の間に集まった諸侯たちを眺めながら、こっそりため息をついた。
ポワトゥーを中心に、アキテーヌ各地からやって来た有力者たちである。
長年ヘンリーの統治に不満を抱いていた者もいれば、最近になって不満を強めた者もいる。
もちろん、全員が同じ考えというわけではない。
ただ、彼らには一つ共通点があった。
”ヘンリー二世による統制が気に入らない”
これである。
「女公殿! 我らは先祖代々の慣習を守りたいだけなのです!」
「うん。それは分かったわ。具体的には?」
「城や領地の扱いについて、もっと我らの裁量を!」
「……うん?」
「徴収や裁判についても、従来の権限を尊重していただきたい!」
「……ちょっと待って」
私は目を細めた。
「それ、本当に昔から認められていた権利? この機会に権限を増やそうとしてない?」
沈黙。
おい。なんで黙る。
「……女公殿。我らはただ、古き良き慣習を……」
「だから、その慣習の中身を確認したいって言ってんの!」
まったく。
本社がブラックだからといって、地方支社がホワイト企業とは限らないのである。
しかも、この狸オヤジたち。
ヘンリーの締め付けに反発しているのは事実だろうが、
全員が清廉潔白な正義の味方というわけではない。
自分たちの土地と権利を守りたい。
できれば今より自由に振る舞いたい。
あわよくば、この混乱に乗じて少々得をしたい。
そんな本音が、ところどころから透けて見えている。
(……なんで私の実家で、地方支社の労働組合が決起集会を始めてんのよ)
しかも、待遇改善の要求だけならまだしも、どうやら中央本社の社長を
引きずり下ろすことまで視野に入り始めているらしい。
いやいや、待って。
気持ちは分かる。
私だって、あのジャイアンのやり方には腹を立てている。
けれど、この人たちの要求を全部認めたら、
それはそれでアキテーヌの統治が大変なことになる。
本社の言うことを聞かない地方支社が、今度は各営業所で
好き勝手を始める未来が見える。
ブラック企業から独立したら、無法地帯になりました。
そんな経営再建、私は認めないぞ。
「皆さんの不満は分かったわ。でも、だからといって
何もかも好きにしていいわけでは――」
「皆の言い分にも、理由はあると思います」
そのときだった。
背後から、よく通る声が響いた。
諸侯たちが一斉に振り返る。
現れたのはリチャードだった。
十五歳。
前年にはポワティエでアキテーヌ公としての就任儀礼を済ませ、
本人もすっかり自分の立場を自覚している。
幼い頃に比べれば背も伸び、肩幅も広くなった。
剣の稽古にも熱心で、最近では騎士たちに混ざっていても、
以前ほど見劣りしなくなっている。
うん。
立派になった。
我が息子ながら、なかなか堂々としたものである。
……なのだが。
(……あれ?)
私は息子をじっと見た。
歩き方
周囲を見渡す仕草
そして何より、
人の話が終わる前に、自分の意見を表明するところ。
(……なんか、ものすごく親父に似てきてない?)
いや、待て。
誰が育てた。
私だ。
でも遺伝子の半分は、あの暴走戦車だ。
……ジャイアンの遺伝子、仕事しすぎじゃねえか!!
「母上」
リチャードは私の前まで来ると、諸侯たちを振り返った。
「彼らが不満を抱くのも当然です。父上はアキテーヌのことまで、
ご自分の意向で動かそうとなさる」
「……まあ、そうね」
「俺は、ここで暮らしてきました。この土地のことも、
ここにいる者たちのことも、少しは分かっているつもりです」
そう言って、リチャードは一歩前へ出た。
「だから、これは俺たちの問題でもあるのです」
「…………」
俺たち。
俺たち、ね。
私は改めて息子を見つめた。
以前のリチャードなら、父親に叱られたといっては不機嫌になり、
兄に負けたといっては意地になっていた。
もちろん今でも負けず嫌いだし、気に入らないことがあれば顔に出る。
そこはあまり変わっていない。
だが、今のこの子は違う。
アキテーヌを、母親が連れてきてくれた居心地のいい場所としてだけではなく、
自分が将来を担う土地として見ている。
ここの言葉を聞き、騎士たちと過ごし、諸侯の名前を覚え、土地の事情を知ろうとしてきた。
その積み重ねが、今のリチャードを作っている。
(……大きくなったなあ)
私は少しだけ胸が熱くなった。
あの小さかった子が。
葡萄を食べてはしゃぎ、騎士たちの訓練を見て目を輝かせていた子が。
今では自分の言葉で、領地のことを語っている。
母親として、これほど嬉しいことがあるだろうか。
……嬉しいんだけど。
「父上がすべてをお決めになる必要はありません。俺たちには、
俺たちのやり方があります」
(いや、成長したのは嬉しいけど、
なんでよりによって親父に真っ向から反抗する方向へ育ってんのよ!?)
ちょっと待て、リチャード。
方向性!
成長のベクトルがおかしい!
自立心を育てようとは思った。
確かに思った。
でも私は、国家規模の反抗期を育成するつもりはなかったぞ!
「若公のおっしゃる通りです!」
「我らも若公をお支えいたします!」
「アキテーヌのことはアキテーヌで決めるべきです!」
ほら!
諸侯まで乗っかってきた!
やめなさい!
その子、まだ十五歳だから!
立派なことを言ってるけど、昨日まで普通に私のところへ食事をねだりに来てた子だから!
いや、昨日は言いすぎかもしれないが、とにかくまだ十五歳なのである。
「……リチャード」
私はできるだけ穏やかに声をかけた。
「あなたの考えは分かったわ。でもね、諸侯たちの要求が全部正しいとは限らないし、
今ここで父上と対立を深めるのは――」
「分かっています、母上」
お。分かっているのか。
それなら話が早い。
「父上が簡単にお認めにならないことも承知しています」
「……うん」
「だからこそ、こちらも自分たちの意思を明らかにしなければなりません」
「…………」
違うそうじゃない。
(分かってねえ!!)
あああああ!
ジャイアン二号!!
父親と同じで、話は聞いている!理解もしている!
そのうえで自分の結論を曲げない!!
なんでそういうところばっかり似るの!?
もっと他に受け継ぐものあったでしょ!
体力とか!
いや、体力も受け継いでるわ!
最悪だ!!
私は額を押さえた。
しかも、困ったことにリチャードの言い分にも筋は通っている。
ヘンリーの干渉を嫌がる諸侯たち。
自分の立場を確立したいリチャード。
アキテーヌの独自性を守りたい私。
一見すると、全員が同じ方向を向いているように見える。
だが、実際には少しずつ違っていた。
私はアキテーヌを守りたい。
諸侯たちは自分たちの権利を守りたい。
リチャードは、自分の手でアキテーヌを治めたい。
似ているようで、微妙に違う。
そして、厄介なことに、全員が自分の主張には正当な理由があると思っている。
(……これ、会議がまとまったように見えて、一番まとまってないやつじゃない?)
前世の職場にもあった。
会議中は全員が頷いていたのに、
終わってみたら誰も同じ認識を持っていなかったという地獄の案件。
議事録を見て初めて発覚するやつだ。
今回は議事録どころか、下手をすれば兵が動く。
冗談ではない。
私は何とか話を整理しようと口を開いた。
ところが、その前にリチャードがこちらを向いた。
「母上」
「……何?」
「母上は、俺の味方でしょう?」
「…………」
その言葉に、私は思わず息を止めた。
リチャードは真っ直ぐに私を見ていた。
疑っているわけではない。
ただ、確かめたいのだろう。
母親が自分の考えをどう受け止めているのか。
自分の選ぼうとしている道を、認めてくれるのか。
十五歳。
大人になりかけているくせに、まだ母親の答えを求めている。
……ああ、もう、そんな顔をされたら。
「当たり前じゃない」
私は頷いた。
「あんたは私の息子でしょう。味方に決まってるわよ」
リチャードの顔が、ぱっと明るくなった。
ああ、かわいい。
でかくなったけど、やっぱりかわいい。
まだまだ私の息子だ。
そう思った、次の瞬間。
「おおおおお!!」
突然、広間が沸いた。
「女公殿が若公を支持されたぞ!」
「我らも若公に従おう!」
「アキテーヌの権利を守るのだ!」
「…………」
……ん?
何?今、何が起きた?
私はリチャードを見た。
リチャードは嬉しそうに頷いている。
私は諸侯たちを見た。
諸侯たちは、ものすごくやる気になっている。
もう一度リチャードを見た。
「……ちょっと待って」
「母上?」
「今の、私があんたの味方だって言っただけよね?」
「はい」
「それを、なんで皆さんがそんなに喜んでいらっしゃるのかしら?」
リチャードは不思議そうに首を傾げた。
「母上が俺を支持してくださると分かったからでしょう?」
「…………」
そりゃそうなんだけど!
いや、違う!違わないけど違う!
(……これ、もしかしなくても)
私は諸侯たちを見渡した。
期待に満ちた眼差し。
頷き合う男たち。
すでに何やら相談を始めている者までいる。
(母親としての回答が、アキテーヌ女公としての公式見解に変換されてない!?)
いや、待て。落ち着け。
私はこの土地の女公だ。
しかも、リチャードはアキテーヌ公としての地位を持つ息子である。
そんな息子を、公の場で、諸侯たちの前で支持すると言った。
これが政治的な意味を持たないはずがない。
(……しまった)
私は額を押さえた。
もちろん、リチャードを支持する気持ちは本当だ。
この子がアキテーヌを大切に思ってくれるのは嬉しいし、
夫が何もかも決めようとすることにも反対している。
だから、今の言葉を取り消すつもりはない。
ないのだが。
「……皆さん、一つだけ確認していいかしら」
私は諸侯たちに向き直った。
「私がリチャードを支持することと、皆さんが好き勝手に兵を動かしていいということは、
まったく別の話ですからね?」
少しだけ、広間が静かになった。
「……無論、女公殿」
年長の諸侯が恭しく頭を下げた。
「我らも軽率な行動は慎みます」
「そう。分かっていただければ結構」
よし。
少しは話が通じた。
「ただし、国王陛下が我らの権利を認められぬ場合には、相応の備えも必要かと」
「…………」
……ダメだ。全然通じてねえ。
私は椅子に深く座り直した。
あのね皆さん。
私は家族会議をしたいんですよ。
夫と息子たちの仲を取り持って、領地の問題も整理して、できれば穏便に済ませたいんですよ。
なのに。
夫は命令しかしてこない。
息子は自立する気満々。
諸侯はこの機会に権限を確保したい。
全員、言っていることが違う。
ただ一つ。
私を巻き込むという点だけ、なぜか見事に一致している。
(……これ、何の罰ゲーム?)
だが、笑ってばかりもいられなかった。
私はリチャードを見た。
あの子は、もう幼い子どもではない。
自分の意思を持ち、自分の将来を考え、父親の方針に疑問を抱いている。
そして私は、その意思を頭ごなしに否定したくなかった。
夫のやり方に不満を抱いているのも事実だ。
アキテーヌのことを、アキテーヌの人々を抜きにして決められるのも我慢ならない。
だから、私はリチャードを支持した。
その判断に、嘘はない。
ただ、母親としての気持ちと、女公としての立場を、
いつまでも切り離して考えることはできないのだろう。
私はもう一度、息子の顔を見上げた。
堂々と立つ十五歳。
その背後には、彼に期待する諸侯たちがいる。
……ああ。
立派に育った。
本当に、立派に育った。
(でも、まさか家庭内メガコーポの地方支社で、
独立運動の旗頭になる方向で育つとは思わなかったわよ……)
しかも、母親である私は、たった今、その若き支社長への支持を表明してしまった。
もちろん、まだ戦うと決めたわけではない。
けれど、夫の方針に従うとも約束していない。
その違いを、ヘンリーがどう受け取るか。
考えるまでもなかった。
「……あのジャイアンめ」
私は小さく呟いた。
せめて今度の手紙くらい、まともに読んでほしい。
本当に、心の底からそう願った。
……なお。
諸侯たちの間では、すでに今後の対応について活発な意見交換が始まっていた。
「若公をお支えするためにも……」
「まずは各地の状況を……」
「いざというときには……」
「…………」
私はゆっくり目を閉じた。
(だから、誰が独立プロジェクトのキックオフミーティングを開催しろっつった!?)
世界史八点ちゃん。
息子の成長を喜んでいたら、いつの間にか反ジャイアン連合の後援者として期待されていた。
……母親業って、こんなに政治的リスクの高い仕事でしたっけ?
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




