第73話:待って、うち何人いるの?(※社員名簿じゃねえんだぞ!!)
英国屈指の地雷一家がそろいましたね(ΦωΦ)
リチャードが生まれてから、さらに数年。
気がつけば、我が家はずいぶん賑やかになっていた。
賑やかというか、うるさい。
ものすごくうるさい。
ある日の午後、私は宮殿の広間で、一族の記録を書き写した羊皮紙を前にして、
こめかみを押さえていた。
窓の外からは、子どもたちの声が聞こえてくる。
笑い声
怒鳴り声
木剣を打ち合わせる乾いた音
そして時々、明らかに木剣だけでは説明できない鈍い衝撃音。
「……ねえ、ちょっと待って」
私は羽ペンを置いた。
「うち、今何人いるの?」
傍らに控えていた書記官が、きょとんとした顔をする。
「王妃陛下のお子様方でございますか?」
「そう。それ」
「では、順に申し上げます」
書記官は羊皮紙を広げた。
その姿が、どう見ても大企業の人事担当者にしか見えない。
「まず、フランス王との間にお生まれになったマリー姫、アリックス姫」
「うん」
「そして現在の国王陛下との間には、亡くなられたギヨーム殿。続いてアンリ殿下、
マティルダ姫、リチャード殿下、ジェフリー殿下、エレノア姫、ジョーン姫、そしてジョン殿下」
「…………」
私は指を折った。
途中で分からなくなった。
もう一回数えた。
やっぱり多い。
「待って」
「はい」
「私、通算何人産んだ?」
書記官は即答した。
「十人にございます」
「…………」
私はゆっくり羊皮紙を机へ置いた。
「社員名簿じゃねえんだぞ!!!!」
声が広間いっぱいに響いた。
書記官がびくっと肩を震わせる。
「十人!? 私一人で!? 前の結婚で二人、今の結婚で八人!?
短期間でどんだけ部署増やしてんのよ!!」
「部署……?」
「忘れて!」
私は椅子の背にもたれた。
前世の少子高齢化社会で生きていた元OLとしては、もはや理解の範囲を超えている。
しかも、人数が多いだけではない。
それぞれが、すでに濃い。
私は窓の外を見た。
「俺が兄だぞ! 少しは言うことを聞け!」
若アンリの声がする。
「兄だからって剣が強いわけじゃないだろ!」
すぐにリチャードが言い返す。
その直後、木剣同士が激しくぶつかった。
「こらぁぁぁ!! そこで本気出すな!!」
私が窓から叫ぶと、二人そろってこちらを見る。
その少し後ろでは、ジェフリーが妙に落ち着いた顔で兄たちを眺めていた。
「ジェフリー」
「はい、母上」
「なんで止めないの」
「どちらが先に疲れるか見ていました」
「お前が一番怖いわ!!」
まだ幼い娘たちは乳母たちの周りに集まり、そのさらに向こうでは末っ子のジョンが、
何も知らない顔で玩具を握っている。
私は額を押さえた。
「……濃い」
誰に言うでもなく呟く。
若アンリは、とにかく「自分は長男だ」という意識が強い。
リチャードは身体を動かすことが大好きで、兄に負けるのが大嫌い。
ジェフリーは、子どものくせに妙に人の様子を観察している。
娘たちは娘たちで、それぞれ気が強い。
そして末っ子は、今のところただのかわいい幼児だ。
”今のところ”
「……怖いな、その『今のところ』」
私は自分で言って、自分で嫌になった。
王と結婚したと思ったら修道士だった。
次に選んだ男は、暴走戦車だった。
そして気がつけば、その暴走戦車との間に大量の子どもが増え、
宮殿の中は毎日どこかで喧嘩か泣き声か政治の話が起きている。
「私、いつから超巨大同族経営企業の取締役になったんだろ……」
その時だった。
広間の扉が勢いよく開いた。
「アリエノール!」
来た。
「CEO」ヘンリー二世である。
「何」
「子どもたちの教育について考えた」
「嫌な予感しかしない」
ヘンリーは私の返事を無視して、机の上へ地図を広げた。
「男子が増えた。いずれそれぞれに役割を持たせなければならない」
「ほら来た!!」
私は頭を抱えた。
「まだ子どもだからね!? リチャードなんてこの前生まれたと思ったら、
もう木剣振り回してるだけなんだからね!?」
「だからこそ早くから考える」
「何を」
「誰に何を任せるかだ」
「人事異動の話すんな!!」
ヘンリーはまったく悪びれない。
「領地が多い以上、いずれ誰かが統治しなければならない」
「それは分かる。でも、なんで子どもの顔を見るたびに『どこへ配置するか』から考えるの?」
「親なら子の将来を考えるだろう」
「お前の場合、将来設計じゃなくて組織図なんだよ!!」
ヘンリーは眉をひそめた。
どうやら本気で違いが分からないらしい。
「アンリにはアンリの役割がある。リチャードにも、ジェフリーにも、いずれ考える必要がある」
「だから今決めるなって」
「今すぐ決めるとは言っていない」
「でももう地図広げてるじゃん!!」
私は机の上の地図を指差した。
「普通の父親は、子どもが増えたら『かわいいな』『元気に育て』って思うの! お前だけなの!
『よし、将来配置できる駒が増えた』みたいな顔してるの!!」
「駒とは言っていない」
「顔が言ってる!!」
窓の外から、再び木剣の音が響いた。
「お前が先に叩いただろ!」
「兄上が遅いからだ!」
「二人ともやめなさぁぁぁぁぁい!!」
私は窓へ向かって叫んだ。
ヘンリーが呆れたように鼻を鳴らす。
「元気でいいではないか」
「お前は止めろ!!」
私は深く息を吐いた。
目の前には地図。
外には子どもたち。
隣には、それぞれの将来を勝手に考え始めている夫。
家族が増えるたびに、家の中は賑やかになった。
そして同時に
ヘンリーの頭の中では、巨大な領域をどう維持するかという未来の設計図も、
少しずつ大きくなっているらしい。
私は窓の外を見る。
若アンリとリチャードは、また何かで揉めている。
ジェフリーはその横で、妙に面白そうな顔をしている。
娘たちはそんな兄たちを遠巻きに見ていて、末っ子のジョンだけが事情も知らずに笑っていた。
「…………」
私はハーブティーを一口飲んだ。
冷めていた。
「ねえ、アンリ」
「何だ」
「この家、将来大丈夫だと思う?」
ヘンリーは一秒も迷わなかった。
「私がいる限り問題ない」
「その自信が一番不安なんだよ!!」
私の叫びが、今日も宮殿いっぱいに響いた。
この時の私は、まだ知らなかった。
この家族が大きくなるほど、領地も、肩書も、野心も、それぞれの不満も大きくなっていくことを。
ただ一つだけ。
子どもが増えれば増えるほど、我が家が静かになる可能性だけは、
限りなくゼロに近づいている気がしていた。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




