第72話:産んでも産んでも家族経営の部署が増える件
段々役者がそろってきます(`・ω・´)
ギヨームの死を悼む間もなく、私の人生は止まってくれなかった。
イングランドで執務をしたと思えば、船で海峡を渡ってノルマンディーへ。
そこから馬を飛ばしてアキテーヌへ戻り、また呼び戻されて北へ向かう。
移動、執務、移動、折衝。
そして、その合間に当然のように挟まる妊娠と出産。
「またかよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ベッドの上でシーツを握りしめながら、私は何度目かも分からない絶叫を上げていた。
1156年には娘マティルダを産んだ。
そして翌1157年。
オックスフォード。
またしても私は、人生を根底から見直したくなるレベルの痛みに耐えていた。
「ぎゃああああああ!! これ毎回初見殺しなの何なの!?
一回くらいアップデートで難易度下げろぉぉぉぉ!!」
産婆たちは慣れた手つきで動いている。
慣れているのはそっちだけだ。
産む方は毎回命懸けなんだよ!!
やがて、部屋いっぱいに赤ん坊の産声が響いた。
「お生まれになりました!」
産婆が顔を輝かせる。
「男子にございます!」
「…………」
私は汗だくのまま天井を見た。
「……また男?」
「はい」
「また?」
「はい」
私はしばらく黙った。
元夫ルイとの十五年間では娘が二人。
ところがアンリとの間では、ギヨーム、若ヘンリー、そして今回。
男児が続く。
「何この偏りぃぃぃぃぃ!!」
もちろん、誰が悪いわけでもない。
そんなことは分かっている。
分かっているけど。
「カペー社十五年勤務で女子二名、プランタジネット社へ転職した途端に男子連発って、
排出テーブルどうなってんの!? 同じサーバーから出てるとは思えないんだけど!!」
「王妃陛下?」
「こっちの話!!」
私は枕へ倒れ込んだ。
王妃業。
領地経営。
長距離移動。
妊娠。出産。育児。また移動。
こんな無限コンボ、二十一世紀なら労基が泣きながら走ってくる。
そこへ当然のように、扉が勢いよく開いた。
「アリエノール!」
来た。
暴走戦車ジャイアン。
二十四歳のイングランド王、ヘンリー二世である。
「男子だな!」
「情報伝達だけは毎回速いな!!」
ヘンリーは赤ん坊の顔を覗き込むと、満足そうに頷いた。
「元気そうだ」
「今のところね」
「名はリチャードにしよう」
「リチャード?」
「ああ」
私は赤ん坊を見る。
真っ赤な顔で泣いている。
元気だ。
とにかく元気だ。
「……まあ、元気なら何でもいいわ」
「何でもよくはない」
「出た」
ヘンリーはもう別のことを考え始めている顔をしていた。
この顔を私は知っている。
何か配置する時の顔だ。
何か動かす時の顔だ。
人を見るより先に、地図を見る男の顔。
「男子が増えれば、将来の選択肢も増える」
「やめろ」
「何が」
「生まれて十分も経ってない赤ん坊を見ながら人事配置考えるな」
「まだ何も決めていない」
「その顔はもう半分決めてる顔なんだよ!!」
ヘンリーは気にせず続けた。
「南には、この子を置くのも悪くない」
「…………」
私は一瞬、言葉を失った。
「南?」
「ああ」
「……リチャードに、アキテーヌ?」
自分で口にした瞬間、胸の奥が少しだけ動いた。
この子が私の故郷を。
”アキテーヌ”を受け継ぐ?
ポワティエの風も、ボルドーの葡萄畑も、南の言葉も、あの土地の自由な空気も。
全部この小さな子に渡せるなら。
それは、少しだけ。
ほんの少しだけ、悪くない気がした。
「…………」
私は赤ん坊の顔を見つめた。
「もしこの子が、アキテーヌを――」
そこで
脳内の何かが、カチッと音を立てた。
「…………いや待て」
私はゆっくり顔を上げた。
「何だ」
「なんでお前がそれ言うんだよ(# ゜Д゜)」
ヘンリーが眉をひそめる。
「何が」
「アキテーヌは私の実家!! 私の領地!! 私の故郷!!」
「分かっている」
「分かってる奴が勝手に後継者候補決めるな!!」
「候補を考えただけだ」
「考えるな!!」
「考えるだろう」
「だからその当然みたいな顔やめろぉぉぉぉぉ!!」
私はベッドの上から怒鳴った。
「だいたい、生まれたばかりの子を見て『南に置くのも悪くない』って何!?
支社長候補じゃないんだけど!! この子は赤ちゃん!!」
「いずれ大人になる」
「今は赤ちゃん!!」
「将来を考えるのが親だろう」
「お前の親業、全部人事部なんだよ!!」
ヘンリーは本気で納得していない顔をしている。
その顔を見て、私は確信した。
この男は、家族が増えるたびに「家族が増えた」と思うより先に、
「将来の選択肢が増えた」と考える。
たぶん悪意はない。
本人なりに子どもの未来を考えている。
でも考え方が、どうしようもなく王であり、領主であり、経営者なのだ。
私は腕の中のリチャードを見る。
小さな手
小さな鼻
まだ何も知らない顔。
「……あんたはまだ何にも決まってないからね」
赤ん坊に向かって、小さく呟く。
アキテーヌを継ぐかもしれない。
継がないかもしれない。
どこで育つかも、何になるかも、まだ分からない。
でも。
もし本当にこの子が私の故郷を継ぐ日が来るのなら。
その時は、アンリの「配置先」じゃなく
私の息子としてアキテーヌを知ってほしい。
愛してほしい。
「……まあ、それはそれとして」
私は再びヘンリーを見る。
「何だ」
「勝手に決めるな」
「まだ決めていない」
「考えるのも私を通せ!!」
「面倒だな」
「お前がな!!」
こうしてまた一人、我が家に子どもが増えた。
家族が増えるたびに、ヘンリーの頭の中では未来の地図が少しずつ埋まっていく。
そして私の仕事は、子どもを産むことでも、王妃をやることでも、領地を守ることでもなく
もしかすると。
この男が勝手に描く巨大な家族経営の組織図を、
横から全力でひっくり返し続けることなのかもしれない。
「……ブラックすぎる」
そう呟くと、腕の中のリチャードが小さくあくびをした。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




