第67話:これ人生じゃなくて高難易度周回プレイだろ!!
まぁ。これからもっと激しくなるんですがね。( ˘ω˘ )
産後の肥立ちを待つ間、ポワティエの城の天蓋付きベッドで、
私はぬるいハーブティーをすすりながら虚空を見つめていた。
揺りかごの中では、生まれたばかりの長男ギヨームが、
何も知らない顔ですやすやと寝息を立てている。
丸々として、元気な男の子だった。
(……今ごろシテ島の宮殿で、ルイが「えええ……嘘でしょ……?」って膝から崩れ落ちてそうだな……)
十五年の結婚生活ではついに出なかった男子が、再婚相手との間ではいきなり生まれた。
元夫には同情を禁じ得ない。
だが、こちらもそれどころではない。
私はサイドテーブルに置かれていた羊皮紙と羽ペンを手に取り、
これまでの自分の人生を、なんとなく年表風に書き出してみた。
・十五歳で父が亡くなり、アキテーヌ女公になった。
・そのままフランス王太子と結婚して、気がつけば王妃になった。
・留守番する気満々だったのに、ルイが私もアキテーヌの軍も来る前提で
十字軍の話を進めていたので、仕方なく一緒に出発した。
・山で死にかけ、砂漠を歩き、海辺では大量の人間が置き去りになった。
・アンティオキアでは夫婦仲が決定的に壊れ、十五年続いた結婚を、
最終的に婚姻無効という形で終わらせた。
・ようやくアキテーヌへ帰れると思ったら、帰宅途中で誘拐未遂が二件発生した。
・その結果、独身のままいる方が危険だと判断して、二か月で再婚した。
・新しい夫は、話は通じるが人の話を聞かない暴走戦車だった。
・そして今、”長男が生まれた”。
そこまで書いて、私はしばらく羊皮紙を見つめた。
「…………」
数秒後、羽ペンをベッドの上へ放り投げる。
「これ人生じゃなくて、高難易度周回プレイだろ!!!!」
イベント密度がおかしい。
普通の人生なら、どれか一つでも十分に大事件だ。
それが私の場合、わんこそばみたいな勢いで次から次へと追加されている。
「私、どこで選択ミスした……? どの選択肢踏んだらこんなデスロードに入るわけ……?」
頭を抱えて唸る。
だが、どれだけ振り返っても、妙なことに気づく。
(……いや、待て)
私は羊皮紙をもう一度見た。
(私、『史実に沿って動こう』なんて一回も考えてないじゃん)
当たり前だ。
私は世界史八点なのだ。
アリエノール・ダキテーヌなんて知らなかった。名前を聞いても誰だか分からなかった。
教科書のどこかに載っていた可能性はあるが、少なくとも私の記憶には一切残っていない。
だから、「史実ではこうなるから、ここではこう動こう」なんて高尚なことは最初からしていない。
そもそも、できない。
私はただ、その時その時で、一番死ななそうな選択肢を選んできただけだ。
十字軍は、行きたくなかった。
留守番する気満々だった。
でもルイは私もアキテーヌ勢も同行する前提で話を進めていたし、結局ついていくしかなかった。
結婚を終わらせたのは、このまま夫婦を続ける方が無理だと思ったから。
アンリと再婚したのは、独身でいたら街道で拉致され、そのまま強制結婚されかねない状況だったから。
全部、その場その場で押された非常ボタンみたいなものだ。
「私……ただ毎回、一番即死しなさそうな選択肢を選んでるだけなんだけど!?」
安全策を取っている。
リスクも避けている。
自分なりに、毎回いちばんマシだと思う方を選んでいる。
なのに
「なんで毎回、前よりヤバいボスキャラとエンカウントしてんのよ!?!?」
前夫ルイは、真面目で善良だが信仰優先の現場猫。
現夫アンリは、話は秒で通じるが人の話を聞かないDQNジャイアン。
難易度が下がらない。
むしろステージが進むたびに、敵の攻撃力と行動速度だけが上がっている。
しかも、その暴走戦車は今、長男が生まれた勢いまで加わって、完全にエンジン全開だ。
イングランド
王位
兵
船
資金
毎日どれかの話をしている。
私は天井の梁を見上げ、しばらく黙った。
「……これ、次に何が来るの?」
考えたくない。
でも考えてしまう。
「世界史の神様……お願いだから教えて……。この先、これ以上の無理ゲー来る?
もう少しこう、ボルドーでワイン飲んで、猫を膝に乗せて、
何も起きない日常回とか挟まらないんですか……?」
もちろん、返事はない。
遠くの訓練場からは、二十歳の暴走戦車が部下たちに指示を飛ばしながら動き回る、
妙に元気な声だけが響いていた。
私はもう一度、手元の羊皮紙を見る。
史実をなぞっているつもりはない。
未来を知っているわけでもない。
ただ、その時その時で、自分なりに一番マシだと思う方を選び続けてきただけだ。
それなのに、気づけば人生はどんどん大きくなり、自分一人では止められないところまで転がっている。
「……いや、ほんとに何これ」
私はため息をつき、ハーブティーを一口すすった。
ぬるかった。
せめて飲み物くらい、もう少し優しくしてほしい。
私の人生という名の高難易度ゲームは、どうやらまだ序盤すら終わっていないらしかった。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




