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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第59話:この家系図、全員親戚じゃねえか!!

いよいよ話がまた動くよ!(`・ω・´)

1152年、春。

あれから数か月、私は水面下でずっと動いていた。


教会法に詳しい聖職者を捕まえ、系図を確認し、アキテーヌ側の人間とも話をつけ、

ルイ側の重臣たちとも必要な範囲で話を進める。


「婚姻無効にできるかもしれない」


あの時はまだ曖昧だった出口を、少しずつ、少しずつ、現実のものへ変えていった。


もちろん、その途中で何度も思った。


めんどくさい。

死ぬほどめんどくさい。

離婚ひとつするのに、何でこんなに確認事項が多いんだ。


前世なら、役所へ行って、紙を書いて、判子を押して終わり……

いや、揉めれば家庭裁判所とか色々あるのかもしれないけど。


少なくとも、大司教が何人も出てくることはない。

そんな面倒な準備を延々と積み重ねて、とうとうその日が来た。


『ボージャンシー』


フランス王家の城の一室には、長机と大量の羊皮紙、

そして見ただけで胃が痛くなりそうな人数の聖職者や関係者が集まっていた。


「――では、両家の血統について確認を行います」


厳かな声とともに、机の上へ畳二畳分くらいありそうな巨大な系図がドサリと広げられる。


「…………」


私は系図を見下ろし、それから改めて部屋の中を見回した。

大司教、司教、聖職者、王室顧問、法に詳しい人間、書記官、親族。


まだいる。

何人いるんだ。


「……ねえ」


私は隣の書記官へ、声を潜めた。


「はい」


「これ、私とルイの離婚の話だよね?」


「婚姻無効の審理でございます」


「そうとも言う」


私はもう一度、部屋をぐるりと見回した。


「なんで会議参加者がネズミ講みたいに増殖してんの?」


「王家の婚姻でございますので……また、教会法上の正式な判断となりますから、

多くの高位聖職者の確認が必要でして……」


「離婚届にシャチハタ押して夜間窓口にポイッじゃねえのかよ!!」


「しゃちはた……?」


「忘れて」


頭を抱えたくなる規模だった。


夫婦二人の問題だったはずなのに、気づけば

教会、王家、諸侯、親族、法学、外交まで全部乗せになっている。


「大企業の合併解消に伴う特別監査委員会じゃん……」


「王妃様?」


「独り言」


そんな私の絶望など気にもせず、会議は粛々と始まった。


「まず、フランス王家側ですが」


一人の聖職者が系図へ指を置く。


「ロベール二世より、この系統を経て――」


別の聖職者が続ける。


「一方、アキテーヌ家側は、ブルゴーニュ家との婚姻を通じ――」


系図の上に線が引かれていく。


こちらからあちらへ。

さらに別の家へ。

赤と黒の線が交差し、分岐し、また別の場所で繋がっていく。


私はしばらく黙ってそれを見ていた。


五分。

十分。

十五分。

そして、限界が来た。


「待って待って待って」


思わず身を乗り出し、巨大な系図を指差す。


「ちょっと待って。この家系図、何回見ても全員親戚なんだけど!!!!」


部屋中の羽ペンが、ぴたりと止まった。


「何なのこの狭いコミュニティ!?」


「王妃様」


「右見ても従兄弟! 左見ても又従兄弟! 斜め上行ったら祖父の姉の孫!」


「王族の婚姻関係は複雑でして」


「複雑とかいうレベルじゃねえよ!!」


私は机を叩いた。


「友達の友達はみんな友達、みたいなノリで全員繋がってんじゃん!! 

ヨーロッパ王侯貴族、村社会すぎるだろ!!」


司教の一人が、非常に疲れた顔で静かに説明を始めた。


「領地と同盟関係を維持するため、婚姻相手となる家門が限られる場合もございます」


「だからって!」


もう一度系図を見る。

本当に、どこを見ても誰かと誰かが繋がっている。


「こんだけ全員親戚なのに、結婚する時は『神聖な婚姻です』って通して!」


誰も何も言わない。


「別れる時になったら『血縁が近すぎました』って言うの!?」


さらに沈黙。


「後出しジャンケンにも程があるだろ!! 最初からチェックしろ!!」


「……当時も確認は」


「甘い!!」


「王妃様」


「甘すぎる!!」


頭が痛い。

本当に頭が痛い。

けれど、私のツッコミとは無関係に、会議そのものは驚くほど淡々と進んでいった。


血縁関係

教会法上の問題

婚姻の有効性

何度も確認され、何度も系図を遡り、そのたびに同じような名前の人間が何人も出てくる。


「またロベール」


「はい」


「さっきもロベールいたよね」


「別人でございます」


「ギヨームは?」


「複数名おります」


「ルイは?」


「複数名おります」


「…………」


私は顔を覆った。


「名付けのバリエーション増やせよぉぉぉ……」


「王妃様?」


「もういいです」


世界史八点には、この系図は難易度が高すぎる。


やがて、長い確認の末に、血縁関係について教会法上、

婚姻無効を検討し得る根拠があるという話が、少しずつ明確な言葉になっていった。


そこで私は、ふっと静かになった。

今まで散々、冗談みたいに言ってきた。


婚姻無効

離婚

退職

会社解散


でも今、目の前で本当にその手続きが動いている。


机の向こうへ目を向けると、ルイが静かに座っていた。


祈ってはいない。

十字架も握っていない。


ただ、こちらと同じように話を聞いている。


一瞬、目が合った。


ルイはほんの少しだけ笑った。

寂しそうに。

でも、以前のように私を引き止めようとはしなかった。


私は小さく息を吐いた。

これは、アンティオキアの夜とは違う。

怒鳴って、泣いて、勢いで、


『婚姻無効にできるんじゃないの!?』


と叫んだ時とは、もう違う。


私も、ルイも、ここまで来た。

そのうえで、別れることを選び始めている。


「……では」


大司教の声が響いた。


「次の確認へ進みましょう」


そして巨大な系図が、またずるずると広げられていく。


「…………まだあるの?」


「ございます」


「まだ?」


「はい」


私は天井を仰いだ。


「もう全員親戚ってことでよくない!?」


「よくありません」


「そこだけ即答すんなぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ボージャンシーの春。


中世屈指の、めんどくさい。

そして私にとっては人生最大の婚姻解消案件が、ようやく本当に動き始めた。


※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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